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……数時間後。
(やっと着いたけど……渋滞で少し遅れちゃったな……)
一磨さんの記者会見は、都内にある有名ホテルの広い会議室で行われるらしい。
山田さんはマスコミに顔を知られているために会場には入らず、私は彼が用意してくれたウィッグとメガネをかけ、こっそりと中に入った。
「それで本多さんと菊山さん、詩季さんとのご関係はどうなんでしょうか?」
すでに記者会見は始まっているようだ。
(……一磨さんはわかるけど……どうして蒼太くんの名前が……まさか……)
壇上を見ると、今回の記者会見のメインである一磨さんと……隣には蒼太くんの姿があった。
「それを受けて、本多さんの舞台降板の噂も出ていますが……」
一磨さんへと質問が飛び、彼は真剣な表情で答え始める。
「確かに私の舞台降板という噂が一部の局で、報道されていましたが、まったくそんな話は出ておりません。私は全力で舞台を務めさせていただきます」
キッパリとそう言ったあと、一磨さんは眉を寄せた。
「ただ今回、たくさんの方々の混乱を招くことになってしまい、大変申し訳なく思っております」
そう言ったあと、一磨さんは蒼太くんへとマイクを渡す。
「僕も言われのないことを記事に書かれ、大変残念に思っております」
「ということは、詩季さんとの関係はないと?」
「もちろんです。確かに詩季さんは素敵な女性ですが、隣にいらっしゃる一磨さんと同じく、僕にとっては大変、尊敬できる共演者であり大先輩です」
はっきりと蒼太くんが答えると、報道陣は再び一磨さんへ質問を投げた。
「では、本多さんと詩季さんとのご関係はいかがでしょうか……?」
その言葉に、彼はやわらかい瞳を向ける。
「ええ……。詩季さんとは、真剣におつき合いさせていただいております」
すると、記者の方からカメラのシャッター音が、何度も何度も鳴り響く。
フラッシュの嵐が収まったあと、報道陣から声が飛んだ。
「詩季さんとご結婚は考えていらっしゃるのですか?」
そう問われたとき、一磨さんの目が見開かれる。
(あ……)
一瞬、彼と目が合った気がしたが、一磨さんはすぐ真剣な顔に戻っていった。
「そうですね……将来、そうなればいいと思っていますが……」
彼は微笑みながら答えるも、すぐ表情に憂いが帯びていく。
「今回の件で、各方面の方に多大なるご迷惑をおかけしている状況ですから、まだ今の自分は彼女を支えられないと判断しております」
(え……)
「なので、もう少し成長し……いつかはみなさまにいいお知らせができる日が来るまで精進しようと思います」
そう言ったあと、一磨さんと蒼太くんは深く頭を下げる。
フラッシュの光がふたりを包んで静まったあと、司会らしき人が記者会見の終わりを告げた。
そのあと、報道陣から質問が飛び交う中、ふたりは背を向けて退場してしまう。
私はハッとして、彼らのあとを報道陣とともに追うのだった……。
(ふたりはどこに……)
そう思いながら、私はホテル内を探す。
(もしかしたら、先に帰ってるのかも……)
私は廊下にいた人たちから少し距離を置きながら、辺りの様子をうかがった。
「あれ?もしかしてあなたって……」
記者の風貌をした男性に声をかけられ、私はハッとして背を向ける。
(あ……どうしよう。バレちゃう……)
キュッと目をつむった瞬間、どこからか私の手が引っ張られた。
「え……?」
「良かった……ギリギリだったね」
(この声って……)
突然のことに驚いて、恐る恐る眼を開けるとそこに……。
「一磨さん、蒼太くん……」
さっきまで記者会見をしていたふたりが目の前にいる。
「驚いたよ。記者会見しているときに、詩季ちゃんがいたからさ」
「え?そうだったんですか……?俺、全然気付かなかったなあ……メールは送ったけど、まさか来てるなんて……」
その言葉に一磨さんの眉がピクリと動く。
「メール?」
すると、蒼太くんはあわてて、取りつくろうように口を開いた。
「な、なんでもありません!……やっぱり、あの広い会場内で詩季さんに気づくなんて、愛の証なんですかね?」
「そ、蒼太くん……!」
彼の言葉に頬が熱くなっているのを感じていると、一磨さんはめずらしくいたずらっ子な笑みを浮かべる。
「まあ、そうだな。俺が詩季に気付かないなんてあり得ないからね」
「か、一磨さんまで……!」
そんなふたりを前に、蒼太くんは肩をすくめながら苦笑した。
「うう……ごちそうさまです。……でも本当、良かったです。これで、また舞台が続けられますよね」
ニッコリと微笑みかける蒼太くんに、私たちはうなずく。
「ああ。がんばらないとな」
蒼太くんは私たちを見て満足そうに微笑むと、部屋の扉の方へと歩き出した。
「じゃ、俺はお邪魔虫みたいなんで出ていきます。詩季さん、また……舞台で」
どこか含みのある笑顔で彼はそう言い、颯爽と立ち去っていく。
「ったく……先が思いやられるな……」
ふたりきりになった部屋に一磨さんの声が響いた。
「え?どういうこと?」
戸惑う私の肩に、一磨さんは手を置いて微笑む。
「後輩はしっかりと躾けておかないとって話。詩季にちゃんとプロポーズするまで、気をつけないと……」
(プロポーズって……ん……)
私の考えを乱すようにスッと重ねられる唇。
肩にあった一磨さんの手にいつの間にか抱きしめられ、彼の温もりが伝わってくる。
(いつか……この人と一緒になれたらいいな……)
そんなことを思いながら、私は彼に身をゆだねた。
思考が霞がかったとき、ゆっくりと彼から唇が離される。
「……もう少し待っていて。絶対、詩季を迎えに行くから……」
「うん……待ってる」
そうして、ふたりの唇は再び引き寄せられていくのだった。

記者会見から数日後。
「蒼太……どうしてお前、詩季とくっついてるんだ?」
ミュージカルの稽古が再開され、少し苛立った声が稽古場に響く。
もう少しで舞台の公開日。
練習中は緊迫した空気が漂うが今は休憩中のため、少しゆるんだ雰囲気が流れていた。
「あ、あの……離してくれるかな?蒼太くん」
おずおずと私の腕に絡まっている蒼太くんを見上げる。
目の前には普段の表情だが、怒っているオーラを醸し出している一磨さんがいた。
「いいじゃないですか。少しだけですって、減るもんじゃないですし?」
(ん……?)
「そのセリフ……誰かがよく言っている気が……」
一磨さんが不思議そうにしていると、蒼太くんはニコッと微笑んだ。
「実は……この前、Waveのみなさんと一緒に飲みに行ったとき、亮太さんに教えてもらったんですよね!」
その言葉に、私と一磨さんは目を大きく見開く。
「え……!?」
「一磨さんの前で、詩季さんにくっついて、京介さんみたいに言うと面白いって」
(亮太くん……いつの間に蒼太くんと仲良くなって……)
一磨さんもあきれた様子で頭をかいた。
そのとき、私の耳に蒼太くんの声がかすめる。
「詩季さん。俺、まだあきらめてませんから……」
「え……?」
「一磨さんと結婚しちゃう前に、あなたを射止めてみせます」
すると、一磨さんの鋭い声が飛んできた。
「おい……蒼太、聞こえているぞ!いい加減にしろよ?」
「へへ……ごめんなさーい」
そう言って、無邪気に微笑みながら逃げていく蒼太くんに私は苦笑する。
周囲のスタッフたちも、私たちを見守るように笑っていた。
「こんなことなら、早く詩季と結婚した方がいいのかな……?」
「え?何か言った?」
「いや。何も……」
(実は聞こえてたりして……)
うーんと、頭を悩ませている彼の横顔が可愛くて、私の頬はついゆるんでしまう。
すると、視線に気付いた一磨さんの頬もやわらかくなっていき……
その腕はそっと私の肩へと回された。
「……大好きだよ。詩季」
もう少しで上演が始まるミュージカル。
それとともに、私たちの未来もこれからゆっくりと動き出していくに違いない。
私たちはそれを心に秘めながら、そっと微笑みを交わし合った。
それぞれに、ふたりの将来を思い描きながら。



2011/05/05 16:04


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