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その日の練習終了後。
私は一磨さんに声をかけ、借りていたDVDを差し出した。
「一磨さん、これ……どうもありがとう」
「ああ、どうだった?」
「先週貸してくれたのより、こっちの方が好きかも。特にあの海辺のシーンが……」
先日、『アトゥム』というミュージカルのDVDを借りて以来、一磨さんからはたびたびDVDを借りるようになっていた。
一磨さんが貸してくれるのは、舞台の参考になる作品やおすすめの映画などさまざまだ。
「じゃあ、次はまた何か違うのを持ってくるよ」
「うん、ありがとう。……それにしても、一磨さんって本当にたくさんDVDを持ってるんだね」
そう言うと、一磨さんがハハッと笑って頭をかいた。
「まあ、これが唯一で最大の趣味と言えるものというか……」
「へえ……映画見るの、そんなに好きなんだ?」
「そうだね。昔から映画とか舞台とかを見るのが好きで……実際に劇場へ足を運ぶだけじゃなくて、あとで何度も繰り返し見たくなるんだ」
それで気がつけば膨大な数がそろっていた、と一磨さんがDVDを掲げて笑う。
「自分が好きな作品はもちろんだけど、話題になってるものとか、誰かからのおすすめとか……とにかく目に留まったものは見てみないと気がすまなくて」
「もしかして、これまで見た作品ってどれも内容を覚えてたりするの?」
「まあ、細かいところまで覚えてるかって言われるとあやしいけど……大筋は覚えてるかな」
確かに、一磨さんが持ってきてくれるDVDは、いつも私が伝えた希望通りのものだ。
(これまで借りたDVDが全部私の好みに合ってるのは、一磨さんの記憶力のおかげなのかも)
「それよりこれ、昨日貸したばかりなのにもう見たんだね。そんなに急がなくても良かったのに」
「あ、うん。明日が休みだから、明日まで待とうかと思ってたんだけど……あらすじ読んでたらどうしても見たくなっちゃって」
「あれ、明日は休みなんだ?」
「うん、そうなの」
明日は、咲野さんに用事があるとかで舞台の稽古はお休み。
加えて、もともとのオフと重なったので、私は丸一日お休みということになったのだ。
「やっぱりそれ、明日見れば良かったかも。予定も入れてないから……どう過ごそうか考えないと」
冗談めかして言うと、一磨さんがふと思いついたように笑った。
「それなら、うちに来る?」
「……え?」
(うち、って……一磨さんの部屋?)
突然の申し出にうろたえていると、一磨さんが明るい声で続ける。
「もしこのあと仕事がないなら、うちに寄ってDVDを持って帰るといいよ。俺の部屋、ここからそんなに遠くないし」
「あ……」
(そ、そういう意味か……ビックリした。……えっと、どう答えようかな?)
(せっかく誘ってくれてるのに、断るのも悪いよね)
「一磨さんの迷惑じゃなかったら……寄らせてもらってもいい?」
そう言うと、一磨さんがクスリと笑った。
「俺から誘ったのに、迷惑なはずないよ」
「あ……」
なんと返していいか迷っていると、一磨さんがホッと息を吐く。
「でも、良かった」
「え?」
「……誘うの、ちょっと緊張したんだ」
小さくつぶやかれた言葉が、私の胸をそっと揺らした。

それから帰り支度を終えた私たちは、一磨さんの住むマンションに向かった。
(そういえば、前に翔くんから、Waveのメンバーは全員同じマンションに住んでるって聞いたことあるけど……)
なんとなく落ち着かない心地で廊下を進んでいると、後ろで扉の開く音がした。
「……あれ?」
聞き覚えのある声にそちらを振り向くと、ちょうど部屋から出てきた様子の亮太くんが立っていた。
「亮太。どこか行くのか?」
「そこのコンビニまで。……で、そっちはどういう状況なの?」
私たちを見る亮太くんが意味深な笑みを浮かべる。
(どういう、状況って……)
「ていうか、完璧に週刊誌ネタだよね。その組み合わせ」
「えっ?」
動揺する私の横で、一磨さんがあきれたようにため息をついた。
「そういう言い方をするなよ。○○ちゃんとは今、舞台の仕事で一緒なんだって前に言っただろ?」
「だからよけいに信憑性があるんじゃんか」
「亮太」
少し強い口調になった一磨さんを見て、亮太くんが肩をすくめる。
「ごめんごめん。じゃ、俺はコンビニ行ってくるから」
「ああ。気をつけてな」
「はーい」
のんびりと返事をする亮太くんが、すれ違いざま、私のそばでつぶやいた。
「がんばってね」
(……え?)
一瞬、言葉の意味を理解できずにいると、亮太くんはウィンクして去っていった。
(今の、どういう……?)
亮太くんの消えた先を見つめる私に、一磨さんが声をかけてくる。
「○○ちゃん?どうしたの?」
「あ、ごめんなさい、なんでもないの」
(なんとなく意味ありげだったけど……まさか、ね)
変に意識してしまいそうになる気持ちを押し隠して、一磨さんのあとを追った。

「どうぞ」
「お邪魔します」
ためらいがちに部屋へ足を踏み入れると、壁に沿って置かれた棚が真っ先に目に入った。
「わあ……」
(本当にたくさんあるなあ)
棚にギッシリと並べられたDVDは、どれもキレイに保管されている。
(こんなにたくさんあるのに、全部大切に扱ってるんだ……)
感心しながらDVDのラインアップをながめていると、一磨さんが隣に並んだ。
「何か気になるもの、ある?」
ふいに近づいた距離にドキリとしたことを、DVDを見つめてごまかす。
「うーん……こんなにたくさんあると、選ぶの難しいね」
「見たいのがあったら、何本でも選んでくれていいから。どうしても選びきれないようだったら、どんなのが好きか言ってくれたら適当に見つくろうよ」
「そうだなあ……」
「ええと……一磨さんはどういうのが好きなの?」
「俺?」
「うん」
「俺は、そうだなあ……特に好きなのはミステリーか青春ものかな」
「へえ……そのふたつって、なんだかちょっと方向性が違う気がするけど」
私が言葉を重ねると、一磨さんの瞳がいつもより活き活きと輝き出す。
「まあ、ジャンルからすれば確かに違うんだけど、でもどちらも人間模様というか、登場人物の心の有り様を細かく描写してるっていう意味では似てると思うんだ。俺、映画でも舞台でもそういう作品が好きで……」
さらに続けようとした一磨さんが、ハッと口をつぐんだ。
「……あ、ごめん」
「ごめんって……どうして?」
「なんか、俺ばかりしゃべってたから」
そうつぶやく一磨さんの頬が、ほんのり赤くなる。
「俺、好きなものの話だとつい熱くなっちゃって……直そうと思ってるんだけど」
「え、直す必要ないと思うけどなあ」
「ん……でも、語り出すと長くなるから……そういうの、子供っぽい気がするし」
「そう?私はいいと思うよ、そういうの」
思わず笑みが浮かぶのを感じていると、一磨さんの顔がもっと赤くなったようだった。
(なんだか、いつもとは違う一磨さんが見られたかも)
一磨さんは話題を変えるように小さく咳払いすると、すぐにいつもの表情に戻った。
「えっと、○○ちゃんはどういうのが好きなの?」
「私は、そうだなあ……落ち着いて見られるものが好きかも……あ、コメディとかも好きだけど」
「落ち着いて見られるような、か……それなら……」
一磨さんは棚に手を伸ばすと、数本のDVDを取り出した。
「これはラブストーリーで、こっちは青春もの。ちなみにコメディも出してみたけど」
「わ、ありがとう」
一磨さんから受け取ったパッケージを順に見ていく。
(これ、邦画だ……あ、こっちも?)
「一磨さんは邦画が好きなの?」
「邦画も洋画もまんべんなく見るけど……どうして?」
「選んでくれたの、邦画が多いみたいだから」
「ああ。落ち着いた雰囲気の作品がいいってことだったから、洋画よりは邦画のが好きなのかと思って……ほら、洋画は比較的、派手な演出が多いから」
そう言って、一磨さんが微笑む。
(あ、私の好みを考えてくれたんだ……)
そのことをうれしく思いながら再びパッケージを見ていくと、ひとつだけ雰囲気の違うものがあった。
「あれ……これだけ、ほかのと違うんだね」
パッケージの裏面には、あらすじなどは書かれておらず、たくさんのタイトルが並んでいる。
「それはショートショート。10分くらいの短い作品がたくさん入ってるから気軽に見られるし、ストーリーが面白いのとか、映像がキレイなのとかいろいろあるんだよ」
「へえ……」
(なんだか面白そう)
そう思っていると、一磨さんの指先がちょんとパッケージをつついた。
「ためしに、どれか見てみる?」
「え、いいの?」
「もちろん。短いから、時間もかからないし」
一磨さんはパッケージからディスクを取り出すと、デッキにセットする。
「何番のが見たい?」
「じゃあ……この、『ハーフタイム・エレベーター』っていうの……」
「ああ……いいね、俺もそれ好きなんだ」
笑顔でうなずいた一磨さんが、ボタンを操作してからこちらに戻ってきた。
「はい、クッション。適当なところ座って」
「あ、うん」
一磨さんに促されて、私はソファの端に座った。
それを見て、一磨さんも反対側に腰を下ろす。
さほど大きくないソファの両端に腰かけた私たちの間には、微妙な空間が生まれる。
わずかに身体をずらすだけで、腕が触れるような距離感。
(な、なんか恥ずかしくなってきた……)
私はあわてて視線をテレビに向けると、映像へと意識を集中した。
間もなく、テレビ画面に静かな映像が映し出される。
私が選んだ作品は、価値観の違いからすれ違っていた男女が、エレベーターの停止事故に巻き込まれたことをきっかけにお互いの心情を語り合うという内容だった。
10分程度の物語に織り込まれた、繊細で、思わず共感してしまうような心理描写に胸が熱くなる。
(もう終わっちゃった……早いな……)
『Fin』という文字を見つめながら、無意識に息を吐き出すと、一磨さんがこちらを向いた。
「これ以外にも見たいのがあったら……」
そう言いかけて、ハッと言葉を飲み込む一磨さん。
「あ……ごめん」
そのまま、そっと目を伏せてしまう。
(え?ごめんって……)
反射で目をまたたいた瞬間、頬を雫がすべった。
「……あ」
一磨さんの謝罪の意味を悟って、あわてて顔をうつむける。
(うわ、恥ずかしい……)
急いで涙をぬぐっていると、一磨さんがさりげなく立ち上がった。
「……ちょっと待ってて」
「あ……うん」
一磨さんはこちらを見ないまま、部屋を出ていく。
(今のうちに……)
目元の雫をぬぐい終えてしばらくすると、一磨さんが戻ってきた。
「はい」
そう言って差し出されたのは、白いマグカップ。
そこから、甘い香りを放つ湯気が立ち上る。
「これ……?」
「ミルクティー。甘いのは平気だよね?」
「あ、うん」
(でも、どうして……?)
マグカップを受け取りながら見上げると、一磨さんは再び隣に腰を下ろした。
そして、もうひとつ手にしていたマグカップに口をつける。
「そういえば、わざわざうちまで来てくれた○○ちゃんに、なんのおかまいもしてなかったなと思って……」
「え、そんな、気を遣ってもらわなくても……」
「……それから」
どこか言いにくそうに言葉を切った一磨さんの目元が、かすかに赤くなる。
「泣いたときって……温かいもの、飲みたくならない?」
「あ……」
思わず言葉を詰まらせてしまい、手元のマグカップに視線を落とした。
すると、隣でふっと息を吐く気配がする。
「ごめん、変なこと言って……でも俺、映画とかで感動したときは決まって飲みたくなるんだ……これ」
そうつぶやく一磨さんは、顔を隠すようにミルクティー入りのマグカップを口に運んだ。
カップを包む両手を、じんわりと温めてくれるミルクティー。
そっと口をつけると、ほどよい甘味とダージリンの香りが全身に広がる。
(……おいしい)
優しくてやわらかいその甘さは、まるで一磨さんの思いやりのように、私の顔をほころばせてくれるのだった。

数日後。
今日は、とあるバラエティ番組に出演するため、テレビ局を訪れていた。
控え室へ向かっていると、突然、後ろからポンと背中を叩かれる。
「○○ちゃんっ」
「え?あ、翔くん。偶然だね……翔くんも収録?」
「うん。ピンの仕事なんだ」
そう言った翔くんは、こちらが本題とばかりに身を乗り出してきた。
「ねえねえ、○○ちゃんって明日の夜、ヒマ?」
「明日の夜?……は、夕方まで仕事があって、そのあとは予定ないけど……どうしたの?」
「あのさ、明日、メンバー全員で俺の部屋に集まってDVD見ようかって話になってるんだけど……」
『DVD』という言葉が、無意識に一磨さんを連想させてドキリとする。
そんな私には気づかない様子で、翔くんが楽しそうに言葉を続けた。
「最近、一磨の影響でさ、面白そうなDVD探して上映会するのにハマってるんだ。それで、良かったら○○ちゃんにも来てほしいんだけど、どう?」
「え……いいの?Waveのみんながいるのに、わたしが行くと気を遣わせるんじゃ……?」
「全然オッケー!アイツらには○○ちゃん誘うかもって言ってあるし。てか、俺的には○○ちゃんが来てくれなきゃ……」
「……え?」
思わず問い返すと、翔くんはあわてたように手を振った。
「……あっ、いや、なんでもない。それじゃ、俺もう行かなきゃ。また連絡するから!」
そう言って手を上げた翔くんは、バタバタと走っていった。
その背中を見送りながら、ぼんやりとさっきの言葉を思い返す。
(Waveのみんながいるってことは……一磨さんも来る、のかな)
一磨さんの顔を思い浮かべると、少しだけ鼓動が速くなるのがわかる。
(明日……楽しみだな)
明日に思いを馳せる私の足取りは、自然と軽くなっていた。



2010/10/16 16:18


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