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無事に幕が下ろされた千秋楽。
その舞台袖は、緊迫した空気に包まれていた。
「一磨さん!」
私の目の前で、ぐったりと横たわる一磨さん。
その手は、私の衣装を強く握りしめている。
「おい、どうしたんだ!?」
「じ、実は……本番前に……」
私がどうにか状況を説明すると、咲野さんの顔がサッと青ざめた。
「……救急車を呼べ、急げ!」
「は、はい!」
一磨さんのケガに響かないよう、彼の手をギュッと握った。
(一磨さん……お願い、無事でいて……!)

それから間もなく救急車が到着し、一磨さんは病院に運び込まれた。
すぐには保護者と連絡がつかないということで、代理で咲野さんがつき添うことになり、そこに私も同行させてもらった。
救急車が到着したとき、一磨さんの手がすぐには外せないほど、しっかりと私の衣装を握りしめていたからだ。
「それで、彼の容態は……?」
ベッドに横たわる一磨さんを直視できなくて、私は診察医の顔を見つめる。
「ケガ自体はたいしたものではありません。まあ、それはすぐに処置をほどこして、安静にしていれば……の話ですが」
「だから、それはつまり大丈夫なんですか!?」
いつになく声を荒げる咲野さんを前に、診察医は小さく息を吐く。
「目を覚まさない原因は、おそらく過労です」
「過労……」
「ええ。これまで、かなり身体を酷使していたようですね。そこにこのケガを負っての長時間の演技……でしたっけ。つまり、身体が強制的に休む状態になっているというわけです」
「そう……ですか」
「最低でも2週間は入院してもらいたいところですね」
(2週間……)
その後、淡々と説明を終えた医師は病室を出ていった。
(一磨さん……)
重い沈黙が流れる中、ふと病室の外からバタバタという足音が聞こえた。
「院内は走らないでください!」
「す、すみません!」
そんなやりとりに続いて、勢い良く扉が開く。
「一磨!」
「翔くん!」
肩で息をする翔くんが、中に入ってきながら言う。
「一磨が、病院行ったって……連絡あって……ほかのヤツらは、今こっちに向かってる……俺、別撮りだったから先に来て……」
途切れ途切れに説明しながら、一磨さんのそばにやってくる翔くん。
「それより……なんで……一磨。こんな……?」
「あ、あの……実は一磨さん、本番前にケガをして……でも、舞台を中止にするわけにはいかないって……無理矢理、舞台に立ったから……」
どうにかそれだけ説明すると、翔くんは何か心当たりがあるのか、ハッと目を見開いた。
「一磨、お前……そんな、思いしてまで……○○ちゃんに……?」
そうつぶやいたきり、翔くんは黙り込んでしまう。
(翔くん……もしかして、千秋楽後の私たちの約束……知ってるの……?)
そのとき、ずっと口をつぐんでいた咲野さんが立ち上がった。
「俺は、ちょっと向こうに顔を見せてくるよ。特に指示とか出さないまま来たから、たぶん困ってるだろうし」
「あ……」
「○○ちゃんのことは、みんなに伝えておくから……今日はもう、こっちに顔を見せなくてもいい。一磨のそばについていてやってくれ」
「咲野さん……ありがとうございます」
「いや……一磨が元気になったら、みんなで打ち上げしような」
咲野さんは小さく微笑むと、翔くんに会釈して病室を出ていった。
扉が閉まるのを見て、翔くんがポツリとつぶやく。
「実は、昨日……一磨に呼び出されたんだ」
「一磨さんに……?」
「ん……。明日、って、今日のことだけど……最後の舞台が終わったら、○○ちゃんに自分の正直な気持ちを伝えるつもりだって」
翔くんの言葉に、ドクンと胸が鳴った。
「それと、俺に……ごめんって。別に、コイツは謝るようなこと……何もしてないのにな……」
「え……?」
(翔くん、一磨さんのこと怒ってたんじゃ……?)
先日の、翔くんと一磨さんのやりとりを思い出していると、翔くんが苦笑いを浮かべた。
「この前のは、さ……恥ずかしいけど、八つ当たりみたいなもんだよ。○○ちゃんに振られちゃって、それで、無意識に一磨に当たったんだ……」
情けないな、と翔くんはつぶやく。
「一磨は、もともと責任感の強いヤツだけど……でも、ケガを隠してまで舞台に立ったのって……○○ちゃんのため、だよ。何を伝えるつもりかは知らないけど、○○ちゃんと、千秋楽後に話をするって決めてたから……」
「あ……」
「あーあ……ホント、かなわないよなあ」
どこか明るい声でそう言って、翔くんは背伸びをした。
「……俺さあ、養成所にいた頃から、何やっても一磨にだけは勝てないんだよね。俺がどんなに困らせるようなこと言っても、全部笑って受け止めてくれてさ……ずっと、憧れてた」
「そう、なの?」
(一磨さんは、翔くんたちのことをうらやましいって思っていたみたいだけど……)
「そう。アイツ、歌もダンスも俺よか上手でさ……しかも今は、Waveのリーダーとかやっててかっこいいし、人の悪口も言わないし努力家だし、大人っぽいし、京介も亮太も義人も、一磨の言うことならちゃんと聞くし……あっ、でも、ファンの数は俺の方が上なんだけど!」
「……うん」
翔くんの言葉に小さく笑うと、彼もおどけるように肩をすくめてみせた。
「でも……○○ちゃんを振り向かせられなかったから……やっぱ、俺の負け。……なんて、勝ち負けとか言ってる時点で、俺の方が……ガキだよね」
アハハと笑った翔くんの瞳に、一瞬だけ切ない光がよぎる。
しかし、それを隠すように両手で頬を叩いた翔くんは、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「俺……笑えてる?」
「……え……」
「……ふたりのこと、応援する。ホントだよ」
「翔、くん……」
「強がりとかじゃなくて……あ、えと、今は……ちょっと、てか結構、いろいろガマンしてるけど……でも、ちゃんとふたりを応援できる男になるから。これからも……仲良くしてくれる?」
そう言って、翔くんが私に手を差し出してくる。
おずおずとそれに触れると、優しく握ってくれた。
「これからもよろしく、の握手ね」
「……ありがとう」
ふたりで笑みを交わしていると、翔くんがふと自分のポケットを見下した。
「……っと、ごめん。電話だ」
(あ、そっか……ここの病棟は、携帯OKなんだっけ)
私の手を離してポケットから携帯を取り出した翔くんは、無愛想な声で電話に出た。
「何?……ああ、着いた?じゃあ玄関に行くから、そこいろよ。……おう」
端的な会話をすませた翔くんは、携帯をしまいながら立ち上がる。
「アイツら……京介たちが下に着いたみたいだから、ちょっと迎えにいってくるよ」
「あ、うん」
(みんな、忙しいはずなのに、こうして集まるなんて……一磨さんが、みんなからそれだけ慕われてるってことだよね)
翔くんが外へ出ていくと、病室に一磨さんとふたりきりになる。
目を開かないままの端正な顔。
それを見つめながら、少しだけ不安になる。
(さっき、ケガはたいしたことないって言ってたけど……本当なのかな。でも、まったく目を覚ます気配がない……お願い……早く目を開けて……)
「一磨さん……」
祈るような気持ちでその顔をのぞき込んでいると、わずかに一磨さんのまぶたが震えた。
(……え?)
続けて、かすかに眉が寄せられたかと思うと、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。
「……あ……」
(一磨さん……!)
安堵で、全身から力が抜けていく。
(良かった……そうだ、ナースコール……)
一磨さんの回復を知らせなければと、ナースコールに手を伸ばしたとき……。
「○○ちゃん!」
「えっ……?」
勢い良く身体を起こした一磨さんが、私に手を伸ばす途中でグッと顔をしかめる。
「う……っ!」
「か、一磨さん……無理しないで」
「ご……めん……」
私の手を借りて再び身体を横たえた一磨さんは、じっとこちらを見上げてきた。
「ここ……?」
「病院だよ……倒れたの、覚えてない……?」
「……ごめん。最後の辺りは、痛みで頭がもうろうとしてて……」
(そう、だったんだ……)
あらためて胸が痛むのを感じていると、一磨さんの瞳に真剣な色が宿る。
「舞台は……ちゃんと、幕、下りた?」
「うん……大成功だったよ」
「そ、か……良かった……」
そこでやっと、一磨さんの表情がゆるんだ。
「ごめんね、○○ちゃん」
「え……?」
「今日まで待たせたうえに……こんなことになって……心配までさせてしまって……」
「そんな……一磨さんが、こうして目を覚ましてくれただけで……私は……」
そう伝える間に、胸に熱いものがこみ上げてくる。
「○○ちゃん……」
「もう……目……覚ま、して……くれないかと……」
こらえきれなかった涙が、頬を伝い落ちていく。
(こんな……泣くつもりなんて、ないのに……)
「本当に……ごめん」
一磨さんは、うつむく私の頬に指を伸ばすと、そっと涙をぬぐってくれた。
その指があまりにも温かくて、優しくて……私は急いで涙を払い笑顔を向けた。
「とにかく、良かった」
「……ん。本番前、俺のワガママにつき合って……黙っててくれて……ありがとう」
「ううん……」
そして、一磨さんがあらためて口を開こうとしたとき、扉がノックされた。
「○○ちゃん、入るよ」
「あ……」
続いて開いた扉の向こうで、翔くんたちが驚いたように足を止める。
「あれ?なんだ、一磨、起きてるし」
「え?あ、ホントだ。なんだよ、もう目ぇ覚まさないかもって話じゃなかったの?」
「そ、そこまで言ってねえよ!てか……さ、さっきまでは……え、いつ起きたんだ!?」
あいかわらずの賑やかさに、一磨さんが苦笑する。
「たった今だよ。……それより、廊下で騒ぐな。迷惑になるから」
「あ、お、おう」
あわてて中に入った4人が、ゆっくりと一磨さんのそばにやってくる。
「ん、まあそこそこの顔色だね」
「身体……平気か?」
「ああ……悪いな、心配かけて。それより仕事は大丈夫なのか?全員来て……」
「ああ、へーきへーき。社長にもマネにも話はしてあるし。むしろ、こうやって全員が駆けつけた方が、週刊誌とかで『Waveメンバーのすばらしい絆』とか書いてもらえるんじゃない?」
屈託なくそう言った亮太くんの頭を、京介くんが軽く叩く。
「不謹慎」
「いてっ……なんだよ、京介がんなこと言うなんてめずらしいな」
「さすがに教育的指導だよ」
肩をすくめた京介くんが、一磨さんを見て小さく笑う。
「ケガがあるから、自由なオフってわけにはいかないけど……まあ、こういうことでもないと一磨、休もうとしないし。ちょうど良かったんじゃないか?」
「まあ……でも、悪い。これまでも、舞台の練習を優先させてもらってたのに……まだしばらく迷惑かけることになるな」
「ハハッ……こんなときくらい、もっと気楽になれば?」
「え?」
「ていうか、一磨はもう少し……自分に正直に、ワガママになってもいいんじゃないかとは思うけどね」
「ワガママ、って……」
「俺らの面倒見てくれるのもいいけどさ……なんていうか……俺らだって、たまには面倒見たい気分になる日もあるってこと」
「今でも、充分すぎるくらい頼ってるよ」
一磨さんがそう言うと、それまで口をつぐんでいた翔くんが我慢できなかったように声をあげた。
「一磨のは、ハッキリ言って亮太の10分の1にもなってねえの!」
「おい、今、聞き捨てならないこと言わなかったか?」
「まあ、間違いではない」
「義人、お前、こういうとこだけ口挟むのやめろよな?」
「とにかく、一磨はもっとさあ、俺らに迷惑かけるくらいの気持ちで……」
「翔、勝手なこと言うなよ。俺は誰にも迷惑なんてかけられたくないんだけど」
「……って、おい!俺がいいこと言ってるときくらい、なんかもっと真剣な雰囲気出せよな!」
「俺がシリアスになって、誰か得するヤツがいるの?いるならやるけど」
「だ、誰が得するとかじゃなくてさー……」
言葉を詰まらせた翔くんを見て楽しげに笑った亮太くんが、チラリと一磨さんを見やった。
「別に、無理にどうしろっていうんじゃなくて、それぞれが自然体でいられるのが一番なんじゃないの?言いたいことがあるなら、遠慮なく言い合える、みたいな」
「それは……まあ」
「とりあえず俺が一磨に言いたいのは、『早く帰ってこい』……これだけ」
「……亮太……」
「今の流れでもわかるだろ?お前がいないと、誰もツッコミがいなくて困るんだって。……Waveは、一磨がいないと成り立たないんだよ」
亮太くんの言葉に、一磨さんは驚いたように目を見開いたあと、その表情を次第に笑顔へ変えた。
「ああ……お前らだけで仕事なんて、心配で、休んでいられるわけないだろ」
「ちょっとちょっと、『心配』と『うぬぼれ』をいっしょくたにすんなっての。これまで、お前が舞台に専念してる間、俺たちが何してたと思ってるわけ?」
俺がいなきゃ○○ちゃんをデートに誘えもしなかったくせに、と亮太くんがぼやく。
「えっ?」
「おい亮太!もしかしてふたりのデートを仕組んだの、お前なのか!?」
「さて、どうだったっけねえ」
「あっ、あれはデートじゃなくて仕事で……って、おい、今ここで言うことじゃないだろう?」
「そう?いや、久しぶりに一磨の動揺した顔が見たくなっちゃってさ〜」
「……ったく。お前ら、何しに来たんだ?」
そんなやりとりに、室内が明るい笑い声で満たされる。
(みんな……それに一磨さんも……楽しそうで、良かった……)
そっと安堵の息を吐いたとき、京介くんが時計を見る。
「っと、そろそろタイムオーバー。戻らないと」
「ああ……そうか」
「ゆっくり休めよ」
「また一磨をからかいたくなった頃に来るから」
「……はいはい」
病室を出ていく京介くんと亮太くんについて、歩き出そうとしていた義人くんが、ふと足を止めた。
「……早く、ちゃんと元気になれ。待ってるから」
「ああ……ありがとうな」
「……いや」
最後にフワッと微笑んで見せてから、義人くんも部屋を出ていった。
「んじゃ、俺も行くけど……」
「ああ」
何かためらうように視線を落としていた翔くんが、パッと顔を上げた。
「○○ちゃんに、何言おうとしてんのか知らないけど……もし泣かせたりしたら、俺がすぐ奪いにくるからな!」
(翔くん……)
翔くんの言葉に、一磨さんはフッと笑った。
「……わかったよ」
翔くんはグッと唇を噛むと、それ以上は何も言わずに病室をあとにした。

あれだけ賑やかだった室内が、急に静まり返り、なんとなく落ち着かない気分になる。
(そうだ……一磨さんの話って……これから、とか……?)
そう思いつつも口を開けないでいると、一磨さんがふっと息を吐き出した。
「昨日……話したんだ。翔と」
「あ……うん……」
「今、俺の胸にある……正直な気持ちを、翔にも伝えて……今日、○○ちゃんにも聞いてもらいたいと……思ってた」
私を見つめる一磨さんの瞳は真剣で、目をそらすことができない。
(一磨さんの、正直な気持ち……って……)
「……眠ってる間、ずっと……夢を見てた……本番前に、○○ちゃんをかばう夢……」
「あ……」
「……夢の中で、俺は……○○ちゃんを助けようと思うのに、あとちょっとのところで……助けられないんだ。どんなに一所懸命、手を伸ばしても……○○ちゃんを抱きしめられない」
「それは、ただの夢だよ……一磨さんは私を助けてくれたじゃない」
「……違うんだ」
一磨さんは、ふっと目を伏せる。
「あの夢は、きっと俺が……ずっと気にしていたことで……」
「気にしていた、こと?」
「○○ちゃんは俺にとって、そういう対象として触れちゃいけない存在だった……翔が○○ちゃんを想っているのも知っていたし……それなのに俺が、○○ちゃんを……ってなったら、翔を裏切ることになると思ったから」
「あ……」
「でも……わかっていたのに、○○ちゃんと仲良くなるうちに……○○ちゃんのこと、すごく気になっていって……気がついたら、気持ちを抑えることができなくなってたんだ」
そう言って、一磨さんが再び真正面から私を見る。
「○○ちゃんといるうちに……自分でも気づかなかった自分に出会った。でも、今ならわかるんだ……それが本当の俺なんだって。Waveのリーダーとしての俺だけじゃなくて……俺は俺だから、胸を張れる気がする。○○ちゃんの一番近い場所にいて、キミを幸せにするって……自信を持って言えるんだ。たとえ、○○ちゃんが俺に想いを返してくれなくてもいい……でも、今、○○ちゃんと向き合おうとしなかったら、きっと……一生、後悔すると思うから……」
「一磨、さん……」
「○○ちゃんが……好きだ」
飾り気のないその言葉に、強く胸を打たれる。
「好きなんだ……どうしようもないぐらい」
(一磨さん……私も……)
「私も……好き……」
必死にそれだけを伝えると、一磨さんがフワッと目元をやわらげた。
それは私の大好きな表情で、さらに胸が大きく高鳴る。
一磨さんから目をそらせずにいると、彼の手がゆっくりとこちらに伸ばされて……。
(あ……)
少し近づいた一磨さんの顔が、ふいにグッとしかめられた。
「か、一磨さん……大丈夫っ?痛い……?」
「ああ……ごめん、ちょっと……」
動きを止めた一磨さんが、小さく苦笑を見せる。
「たくさんの人に迷惑かけた分、おとなしくしてろってこと……かな」
(……あ……)
私は、勇気を出して一磨さんのそばに近づいた。
それからベッドのふちに腰かける。
「え……?」
「一磨さんは、迷惑なんてかけてないよ……さっき、亮太くんも言ってたでしょ、みんな、一磨さんを必要としてる……きっとすごく、感謝してるんだよ」
「……○○、ちゃん……」
一磨さんは、少し考えるように間を置いたあと、私の髪に指を差し入れた。
「○○ちゃ……○○……」
初めて私の名前を呼び捨てにする声に、心をつかまれる。
「好きだ……○○……」
「……私、も……」
続く言葉は、一磨さんの唇に吸い込まれた。
ケガに響かないよう、そっと重ねられる唇は穏やかで優しい。
そして……。
(甘い……)
一磨さんが私にくれたキャンディよりも、ミルクティーよりも……。
そのやわらかな甘さが、私の心を包み込んでくれた。
「ずっと……俺のそばにいてくれないか……」
「……うん……」
これまで、お互いに伝えられなかった想いを確認し合うかのように、私たちの唇はずっと重ねられていた……。


その後、一磨さんのケガは順調に回復し、ついに退院の日を迎えた。
「一磨さん、平気?」
「ああ、ありがとう」
私は、病室に置いていた荷物運びを手伝うため、病院からつき添って一磨さんの部屋へとやってきていた。
「あー、久しぶりの我が家だ」
「ふふ、おかえりなさい」
一磨さんは、大きく背伸びをしながらソファにドサッと身をあずける。
その瞬間、うっと身体を折り曲げた。
「か、一磨さん!?」
私はあわてて一磨さんのところへ駆け寄る。
「大丈夫?退院したっていっても、まだ無理しちゃ……」
そう言いながら、一磨さんをのぞき込んだとき……。
「ウソだよ」
「え?」
ふいに顔を上げた一磨さんが、チュッと音を立てて唇を重ねてきた。
すぐに離された顔には、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「ウソって……か、一磨さん!」
「ハハッ、ごめんごめん」
「ごめんごめん、じゃないでしょ!私、すごく心配して……!」
そう言いかけた私をさえぎるように、一磨さんの腕が伸ばされる。
そのままグイッと引き寄せられ、一磨さんのひざの上に座らされた。
「うん、ごめん……でも……我慢できなくて」
「え……?」
「ほら、病院では、いつ誰が来るかわからないし……身体もなかなか自由にならなかったから……」
その言葉とともに、腕に力が込められていく。
「俺の体調は、心配しなくても大丈夫だから……」
「あ……」
「もう……遠慮しなくて……いいかな」
間近に絡まる視線に、鼓動が速まっていくのがわかる。
「……うん」
うなずいた私を見て、一磨さんがフワッと微笑んだ。
その笑顔がゆっくりと近づいてきて、再び唇が重ねられる。
今度は、とても丁寧で、時間をかけた口づけだった。
「こんなこと言ったら……変に思われるかもしれないけど……」
唇を触れ合わせる合間に、一磨さんがふいにそうささやく。
「うん……?」
「この部屋に、女の子をあげたの……○○ちゃんが、初めてなんだ」
「そう……なの?」
「ああ……」
わずかに顔を離した一磨さんが、先日のことを思い返すように目を細めた。
「このソファで、大好きな子と一緒にDVDを見るの……夢、っていうか……ずっと、そうしたいなあって思ってたんだけど……この前、○○ちゃんをうちに呼んだ日……ここに座って、俺の好きな作品見て……俺と同じように感動してくれてたのを見たとき……ああ、いいなって……この子に……またいつかこのソファに座ってもらいたいなって……自分は恋愛してる余裕なんてないと思いながらも……強く、感じたんだ」
腰の辺りに回された腕に、少しずつ力がこもっていく。
そして、一磨さんが私の肩口におでこをすりよせた。
「だから、こうして○○ちゃんがここにいてくれること……本当に、幸せだって思うよ」
(一磨、さん……)
「もうひとつだけ……わがままを言ってもいいかな……」
ゆっくりと上げられた顔には、強い意志ののぞく瞳がある。
「ここにいるときは、俺のこと……『一磨』って……呼んでほしい」
「……え……」
一磨さんの言葉に、グッと心臓がつかまれる。
けれど、真剣な光を帯びるまなざしに、私の口は自然と動いて……。
「……一、磨……」
どうにかそう口にした私を見て、一磨さん……一磨はうれしそうに顔をほころばせた。
「ありがとう……○○……」
優しげに頭をなでる手のひらの感触に、私は思わずもう一度名前を呼んだ。
「一磨……」
「……大好きだ……」
全身を甘くうずかせる低い声を聞きながら、私はそっと目を伏せた。



2010/10/19 18:12


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