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(話ってなんだろう……)
義人くんの言葉が少し気になりながらも、私はラストシーンに挑んでいた。
そのとき、隼人さんの明るい声が飛ぶ。
「あ、相馬さん!」
「えっ!?」
見ると、俳優の相馬竜司がスタジオに入ってくるのが見えた。
「えっ……これってどういうことですか?」
相馬さんは以前のドラマのときに、隼人さんとともに共演していたのだが、今回のドラマに出演する予定はなかったはずだ。
すると、隼人さんと相馬さんが顔を見合わせて笑う。
「いや、隼人くんに友情出演で頼まれてね」
「……友情出演って……」
「あら、私もいるのよ」
女性の声に入口に顔を向けると、葉月かおりが立っている。
彼女も前のドラマのときに共演したのだが……。
「彼女も俺が頼んだんだよ。○○の兄に相馬竜司、義人の姉の葉月かおり……これ以上、最高のキャスティングはないだろ?」
「それは……そうですけど……」
戸惑う私の横で義人くんも立ち尽くしている。
「最高っていうか……すごすぎて……」
「せっかくの義人の初主演で……○○もヒロイン役なんだから、最高の作品にしたいだろ?」
「っていう、隼人くんの熱意に押されてやってきたんだ」
「そうよ、感謝しなさい!」
そう言って笑うみんなの笑顔につられて、私と義人くんも笑顔になる。
「よし、それじゃあ、撮影に入るか」
隼人さんのかけ声でスタートしたラストシーン。
それは、想像していたよりも見事な仕上がりとなった。
「オッケー!!これなら、監督も喜んでくれると思うよ。……お疲れさん!」
私と義人くんは顔を見合わせ、互いに笑顔を交わすのだった。

「お疲れ様でしたー!」
隼人さんのかけ声にスタッフや共演者の人たちが歓声をあげる。
クランクアップの打ち上げが始まる中、私や義人くんも手にしたグラスを高くかかげた。
共演者の人たちがひとりずつ挨拶をしていくということで、まずは義人くんがマイクを手にした。
「えー……俺がこういう風に話すのが苦手、というのは、すでにみなさんわかっているかと思いますが……」
その言葉にみんなが義人くんに笑顔を向ける。
「でも、今日はこの場を借りてみなさんに伝えたかったことを言いたいと思います」
義人くんはそう言って、みんなの顔をグルリと見回した。
「実は俺は……あるドラマに出ている隼人さんを見て、それで役者というものに憧れを抱くようになりました」
(あ……)
私は義人くんの顔をじっと見つめる。
「ただ、それは隼人さんがすごいからなのか、ただ漠然と何かを表現したいってことだけしかなくて……それがなんなのか知りたくて、このドラマの出演を決めたんです」
(義人くん……)
最初は話していたスタッフたちも、義人くんの話に静かに耳をかたむけている。
「でも、俺は演技の勉強をしたこともない、ただのアイドルで……本当は俺よりも、もっとちゃんとした役者の人が演じた方がいいんじゃないだろうかって……何度かそう思ったこともありました」
義人くんはそう言うと、大きく息を吐き出す。
「でも……隼人さんの指導を目の当たりにして……やっぱり俺、演じるからにはアイドルとかそんなこと関係なしに……藤崎義人として表現したいって……そう思うようになっていったんです」
「義人……」
近くに座っている隼人さんが、やわらかい表情ながらもキュッと唇を結んだ。
「もちろん、ちゃんと演じたいって思って引き受けてはいたんですけど……実際に撮影を進めていく中で、その思いがハッキリと……強くなっていきました。隼人さんが指導してくれたから……」
そう言って義人くんは私の顔をチラリと見る。
「そして、○○さんが支えてくれたから、最後まで自分らしくやり遂げられたんだと思います」
(え?私……?)
ドキリとしながら義人くんの顔を見つめ返すと、彼は笑顔で頭を下げた。
「それから、そのほかの共演者のみなさん、スタッフのみなさん……こんなつたない俺にいろいろとおつき合いくださり、ありがとうございました」
あちこちから沸き起こる拍手。
私もみんなと一緒に拍手をした。
力いっぱい。心を込めて。
しかしそのあと、クランクアップのうれしさからかついついお酒がすすんでしまい、寝不足も手伝って私の記憶は途絶えてしまうのだった。

少しして、私は遠くから誰かの声が聞こえてくるのを感じた。
「……う……ん……」
「○○……?」
(ん……?誰……?)
うっすらと目を開けると、すごく近くに誰かの顔があるのがわかる。
(わっ……)
いつの間にか眠って、彼の肩にもたれてしまっていたらしい。
「……○○ちゃん?」
「あっ……ご、ごめん!私……?」
そう言って急いで義人くんから離れると、彼はクスッと笑った。
「いいよ、そんな風にあわてなくても。……俺も前に、○○ちゃんの肩を借りたんだし」
「義人くん……」
「ここんとこハードだったからね。……疲れが一気に出たのかな?」
少し恥ずかしい気持ちになりながら目を伏せると、彼はそっと私にささやくように言った。
「でも……起きてくれて良かった」
「……え?」
義人くんの顔を見ると、やわらかい笑顔に出会う。
「話があるって……言ったの、覚えてる?」
「あ……うん」
「良かったら……ちょっとだけつき合ってくれる?」
そう言うと、義人くんはスッと立ってその場を離れていく。
(あ……)
私もあわてて立ち上がり、スタジオを出ていく彼のあとを追った。

すでに遅い時間のせいか、搬入口の近くには誰もいない。
「クランクアップしたら……ちゃんと言おうと思ってたんだ」
「……え?」
「俺が……最後までドラマを撮り終えることができたのは……本当にキミのおかげだよ」
少し頬を染めた義人くんが私の顔をじっと見つめる。
「もしいなかったら……俺はきっと途中で放り出していたかもしれない。……ありがとう」
「そんな……私は何も……」
「……最初は姉ちゃんに言われてこの世界に入って……嫌々やっていたけど、Waveのメンバーと出会って、少しずつ俺の中で何かが変わっていた」
そう言って義人くんの表情が少し曇っていく。
「でも、それでも……やっぱりどうしてもこの世界でやっていくことにためらいがあった」
「義人くん……」
「なんていうか、俺……昔からどこか人と関わるのが恐いっていうか、苦手っていうか……そういう気持ちがあって……」
(そう……だったんだ……)
「だから、一度、Waveでちゃんとやっていこうって思ったあとも、今回のドラマのときも……どうしても気持ちが続かなくて……でも……」
義人くんの口調がゆるやかにやわらかくなり、彼の手がふわりと伸びる。
(……え?)
「今回は○○ちゃんが……いつも俺に力を与えてくれた」
彼の温かい言葉が私に届くと同時に、私は力強く抱きしめられていた。
「義……人……くん?」
「何か表現したいっていう漠然とした気持ちでドラマの仕事を引き受けたけど……○○ちゃんと一緒にやっていく中で……それが本当にハッキリと形になっていくのを実感したんだ」
私を抱きしめる腕に力が込められる。
「だから……俺……ずっとこの世界に対して後ろ向きだったけど……初めて、このままがんばってみようと思った」
彼の声が、腕が、私の身体をギュッと締めつけていく。
やがて、義人くんはわずかに腕をゆるめると私の顔を見た。
「こんな風に前向きになれたのは……○○ちゃんのおかげだ」
彼のまなざしはまるで私の心の奥をのぞき込むように、まっすぐ届く。
「……そして、こんな風に……誰かが気になることも……初めてだった」
(……気になる……?)
ずっと見つめ合っていると、彼の顔がゆっくりと近づいてきた。
「あ……の……?」
「一緒にいるときも……離れているときも……」
静かな声が私の心をそっと揺らしていく。
(義人くん……)
「こんな風に……誰かを想うことは……初めてだった」
義人くんの甘い声が落とされると同時に、彼の指先が私の頬をくすぐっていく。
「京介や翔たちが、キミに触れるたび……今までに感じたことのない感情が沸き起こって……それがなんなのかずっとわからなかった」
「今までに感じたことのない感情……?」
「ああ……でも、その正体にハッキリと気づいたんだ」
そう言うと、義人くんは私のアゴを持ち上げた。
(あ……)
義人くんの濡れた瞳を前に、ドクンと私の心臓が大きく揺れる。
「……好きだよ」
ささやくような言葉とともに、その唇がゆっくりと私に迫ってきた。
「あの……ちょっ……待って……」
そうつぶやくと、義人くんはスッと目を細めた。
「……ごめん……」
義人くんのつぶやきが私の耳をかすめる。
「あ……」
だが、彼は私から指を離すことなく、フッと微笑んだ。
「……とは、今回は言わない」
「義人くん……」
「……だって、○○ちゃんのことが好きな気持ちは……悪いと思ってないから」
(義人くんが……私のこと……?)
そう思いながらじっと義人くんの顔を見つめていると、彼の長いまつげが伏せられる。
「……でも、○○ちゃんが俺のこと嫌いなら……無理には……」
彼の手がゆるむと同時に私は緊張しながらも目を閉じた。
「ううん……私も義人くんのことが好きだよ」
すると、私の唇はやわらかいものでふさがれた。
重ねられた唇と、私を抱きしめる熱い腕。
(義人くん……)
私は全身の力が抜けてしまったかのように、義人くんに身をゆだねた。
やがて、彼はそっと腕をゆるめて私の顔を見る。
「○○ちゃん……」
義人くんのやわらかい微笑みが私に向けられた。
「こうやって……ドラマじゃなくて、本当に抱きしめる日が来るなんて……」
彼の腕が私を再び抱きしめる。
「……ちょっと信じられない」
身体を通して伝わってくる義人くんの声が、私の心を一気に熱くさせる。
「私も……まだ、信じられない気持ちでいっぱいだよ」
そう言うと、義人くんは少し身体を離した。
(あ……)
また以前のような冷ややかな表情の義人くんに、心臓が嫌な音を立てる。
(あれ、私……何かまずいこと言ったかな……?)
「……義人くん?」
そっと聞いてみると、彼は照れたように目を伏せた。
「……そんな風に言われたら……離したくなくなる……から」
再び抱き寄せられる身体から、唇から、何度となく伝わってくる熱。
初めて伝わってくるその熱い想いに飲み込まれそうになりながらも、私はただ幸せを感じていた。
(義人くん……大好き……)
そんな想いを、何度も何度も噛み締めながら。


メイクを終えて控え室に戻ろうと歩いていると、後ろから誰かが声をかけてきた。
「あ、○○ちゃん?」
振り向くと、京介くんが意味深な笑顔を向けている。
「あーあ、ホントに義人に食われちゃうとはね……俺の方が絶対いいのに」
「ちょっ……食われちゃうって……人聞きが悪いなあ」
私がそう言って笑うと、京介くんはスッと目を細めて私に顔を近づけた。
「義人が嫌になったら、いつでも俺んとこきなよ……ね?」
「も、もう、京介くん!?」
そう言って京介くんの身体を押し返すと、彼はクスクスと笑った。
「やっぱ、そういうとこ、可愛いなあ……義人にやるの、もったいない」
(な、何、言ってるの……?)
口を開きかけた瞬間、すぐ近くから低い声が聞こえた。
「誰にやるのがもったいないって?」
「え?」
振り向くと義人くんが少し冷ややかなまなざしで立っている。
「うっわ、いつの間に……ってか、義人って怒るとそんな恐い感じ?」
京介くんはそう言ってあわてたように笑顔を作った。
「あの、じゃ、俺、一磨に呼ばれてるから……またあとでね」
京介くんはそう言って私に手を振ると、逃げるようにして去っていった。
「ったく……油断も隙もないな」
「義人くんってば……」
私が笑うと、義人くんもつられたように笑う。
「……久しぶりだね」
「うん」
お互い忙しい日々が続いて、なかなかゆっくり会うことができずにいた。
「俺さ、まだ出番が少しあるから……」
義人くんがそう言いかけたとき、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「○○ちゃーん!」
振り向くと翔くんらしき人が手を振りながら走ってくる。
「やばい……ちょっと、俺、隠れてるから」
そう言うと同時に義人くんは私の控え室の中に入った。
(え?)
私が戸惑っていると、翔くんが笑顔で近づいてくる。
「あれ?今、誰かといなかった?」
「え?ううん……誰もいないけど……」
あわててそう言うと、翔くんは首をかしげた。
「ホントに?……まあ、いいけど。でも、義人、来なかった?アイツのことだから、てっきり○○ちゃんに会いに来たんじゃないかなって……」
「よ、義人くんなら、こっちには来てないけど?」
「そっか。けど、○○ちゃんが義人とつき合うなんてなあ……ほんっと意外だったなあ」
「え、そうだった?」
私がそう言って笑うと、翔くんは少し不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ちぇっ、幸せそうな顔しちゃって。もしかして○○ちゃんにちょっかい出すと思って、最近避けられてんのかな」
「え?」
「……ま、いいや。義人のことでなんかあったら、遠慮なく相談してよ。……な?」
「うん、ありがと」
翔くんが立ち去っていくのを見送っていると、控え室の扉が少し開く。
「……行った?」
見ると良し人くんが隙間から顔をのぞかせていた。
「う、うん」
そう答えると同時に、義人くんは私の腕をつかんで引き寄せた。
(わっ……)
「義人くん……!?」
そう言うと、義人くんはシッと人差し指を唇に当てる。
「ごめん、まさか廊下で……くっつくわけにはいかないから……」
「それは、そうだけど……そういえば翔くんが、義人くんから避けられてるって言ってたけど、最近何かあったの?」
「それは……」
義人くんの低い声がゆっくりと近づいてきた。
「……え?」
気づくと義人くんの顔が間近にある。
(ん……)
唇から温かいものが伝わってきて、私は義人くんの身体を軽く押し返した。
「も、もう……もうすぐ出番なのに……」
「だって、なかなか会えなかったから……顔を見たら……」
「義人くん……」
「それに、京介や翔ともくっついてたでしょ?」
「別に、話していただけだよ」
そう言って笑いながら義人くんの顔を見ると、彼の唇に私の口紅が少しついていた。
「あ、口紅が……」
そう言って指先で唇に触れようとすると、義人くんはその手をつかんで私の唇に自分の唇を重ねてきた。
「それが……なんだか悔しいときがあるんだ」
「え……」
重なり合う唇はどこまでも甘く、次第に力が抜けていく。
(もう……義人くんってば……)
私はそう思いながらも、出番が来るまでの間、彼の唇を受け止めてしまうのだった。



2010/10/20 16:11


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