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「そんなことがあったんだ……」
蒼太くんから話を聞いて、私は思わず口に手を当てる。
「まあ、もともと社長は、一磨と詩季ちゃんをくっつけさせて、より話題性をって計算していたみたいだったしね」
「え?何それ……夫婦で出るCMみたいなのとかを狙ってたってこと?」
「夫婦でCMって……ずいぶんチープな発想だなあ。まあ、翔ならそんなもんか」
「ちょっ……どういう意味だよ!」
「おい、今はやめとけって」
いつものみんなのやりとりを前に、私は精一杯の笑顔を向けた。
「ありがとう……みんな……」
「いえ……俺の方こそ、すみませんでした。いろいろとご迷惑をおかけして……」
その言葉に、京介くんと亮太くんがニヤリと笑う。
「へえ……何?ふたりに迷惑かかるようなことしたの?」
「……え?」
「いい度胸じゃん?俺たちがいるのにさあ?」
「……まあ、コイツらの前では禁句でしょ」
「え、義人さんまで……本当、勘弁してくださいって!」
3人の笑顔を前に、蒼太くんは焦りの表情を浮かべた。
(ふふ……なんだかんだで蒼太くんとWaveのみんな、仲良くなってるみたい)
微笑ましく思っていると、京介くんが私の顔をのぞき込んでくる。
「その顔、俺たちにしてないで、一磨に見せてあげた方がいいんじゃない?」
(あ……)
優しいまなざしにドキッとしていると、翔くんの茶化すような声が聞こえてきた。
「京介にしてはめずらしいセリフじゃん?」
「……悪いか?」
「べっつにー?京介の言う通り、早く一磨のところに行った方がいいんじゃないの、詩季ちゃん?」
私は翔くんにもうながされて部屋の入口に足を向ける。
すると、亮太くんが微笑みを向けてくれた。
「一磨なら、休憩がてら中庭の桜を見に行くって言ってたよ」
「うん、わかった。ありがとう!」
みんなに優しく見送られながら、私の足は少しずつ速くなっていく。
愛しい彼がいる場所へ向かって。

記者会見の夜。
「アッロハー」
山田の事務所に桃瀬が、いつも以上に浮かれた様子で飛び込んでくる。
「なんだ……妙に明るいな」
「そっりゃそうでしょ。可愛い詩季ちゃんの結婚が決まったんだし?」
その言葉に山田はキッとにらむような視線を向けた。
「まだ決まってない」
「あっら、往生際が悪い。……まあ、いいわよ、今日は。朝まで飲むつもりでやってきたんだし」
そう言われて山田は肩をすくめる。
「すぐには出られんぞ」
「はいはい。今日はもう何もないから大丈夫よ。でも……約束通り、ちゃんと説得したのね、彼」
「ああ……まあ、あのとき……説得しきれなかったら、あきらめると思っていいかって聞いたら……」
「聞いたら……?」
桃瀬の問いかけに山田は口を閉じた。
「あらヤダ。そこでやめたら続きが気になるじゃない」
「……教えない」
「ちょっとー……徹平ちゃんってば、ずるーい」
桃瀬の言葉に山田はカバンを手にする。
「ほら、行くんだろ、飲みに」
「あら、すぐには出られないんじゃなかったの?」
そうニヤリと笑う桃瀬に、山田はため息をついた。
「こんな状況で仕事ができると思ってるのか。……ほら行くぞ」
「あらあら……それって私のせい?それとも詩季ちゃんのせいー?」

(あ……いた)
ホテルの中庭に着いた途端、ベンチに腰かけている一磨さんに目が止まった。
今、この場所には私と彼……そして、キレイに花を咲かせている桜だけ。
近づいていくと、微動だにしない彼に違和感を覚える。
(あれ……?)
だが、その理由はすぐにわかった。
「……寝てる」
記者会見が終わってホッとしたのか、穏やかに眠っている彼の顔に出会う。
私は起こさないように、そっと一磨さんの隣に座った。
(以前にも、舞台の稽古場で一磨さんが寝ていたことがあったよね……)
頭を優しくなでてみると、それに反応したのか彼のまぶたがゆっくりと上がっていく。
「あ……れ……?詩季ちゃん?」
「一磨さん、ごめん。起こしちゃったね」
「それはいいんだけど……どうしてここに……」
眠気まなこをこする彼はどこか幼く見え、私はクスッと微笑んだ。
「一磨さんが記者会見するって聞いて、いても立ってもいられなくて……」
「そっか……じゃあ、さっき記者の中にいたのは……やっぱり詩季ちゃ……詩季だったんだ」
そう言われて、私はさっきの記者会見を思い出す。
「あ……やっぱり私だって気づいてたんだ?」
「そりゃあ、詩季の顔、間違えるわけないって」
彼はそう言いながらも照れたように頭をかいた。
「なんて……さすがにここには来ていないだろうって思ったから、確信は持てなかったんだけど」
「一磨さん……」
「でも、本人で良かった。呼びかけるように言っちゃった瞬間があったから……」
(あ……あのときの……)
「……うん。事務所を説得してくれたんだね、ありがとう。大変だったでしょ?」
「いや……絶対に説得するってそう決めてたから。……山田さんにもそうハッキリ言ったしね」
「山田さんに……?」
(え?山田さんに……いつ会ったんだろう……?)
私の様子に、彼は少し照れたような笑みを浮かべて答える。
「うん……前に事務所を訪ねて話したことがあったんだ。そのときに説得するから認めてくださいって……」
「そうだったんだ」
「で、そのときにもし認めてもらえなかったらあきらめるのかって聞かれて……必ず認めてもらいます。認めてもらえるまであきらめませんからって」
(一磨さん……)
「ははっ……ホントは言うつもりじゃなかったんだけどな」
彼は頬を染めて立ち上がると、手を差し出してくる。
「はい……お手をどうぞ」
「あ、ありがとう……」
穏やかな陽気の中、私はそっと彼の手に自分の手を重ねた。

見上げるとキラキラと桜の花びらが舞い、幻想的な世界を醸し出している。
「もうこんなに桜が咲く季節になったんだね……」
「うん……あのときはまだ、小さなつぼみだったのに……」
(あのときって……)
「覚えてる?以前、桜のある公園で俺が言ったこと……やっとハッキリ詩季に言うことができる……」
「それって……確か……」
期待とともに高まっていく気持ち。
そんな私を前に、彼はスウッと大きく息を吸ったあと、普段の優しい表情で口を開いた。
「俺と……結婚してくれませんか?」
「え……?」
つながっている手にキュッと力が込められる。
まるで、彼の真剣な意思が手を通して伝わってくるかのように。
「俺の一生をかけて幸せにするから。……何があっても……必ず」
彼の頬が心なしかほんのりと桜色に染まっていく。
「一緒に笑い合って、助け合って……詩季となら、そんな毎日が送れるって思っているんだ。……詩季はどうかな?」
彼に見つめられて、私は一瞬ドキッとするも、その鼓動の高鳴りはゆるやかに落ち着いていった。
「うん……」
「じゃあ、……俺の隣にずっといてくれませんか?」
そう問いかけられて、私は微笑みながらゆっくりと首を縦に振る。
「はい……謹んでお受けいたします」答えた瞬間、つながれていた手が引っ張られ、私は彼に抱きしめられた。

「良かった……イヤだって言われたらどうしようかと思ってたよ」
耳元でささやかれるホッとしたような彼の声。
「そんなこと……言うわけないでしょ」
「……そっか」
彼はクスッと微笑んで抱きしめていた腕を離し、スーツの胸ポケットに手を入れた。
「ずっとタイミングを見失っていたけど、やっと詩季に渡せるな。……これを……受け取ってほしいんだ」
取り出されたノハキレイで小さなケース。
押し寄せてくる様々な感情に、私はかすかに手を震わせながらそれを受け取った。
「開けていい?」
彼が首を縦に振るのを確認して開けると……そこには美しく光るプラチナのリング。
「一磨さん……」
期待していた以上に込み上げてくる気持ちに、私の目頭は熱くなっていく。
「もう……気にしなくていいよ。呼び捨てにして」
「あ……うん。ありがとう……一磨……」
「きっと詩季に似合うって思って選んだんだ……婚約指輪として。……気に入ってくれるといいんだけど」
(婚約指輪……)
私は胸がいっぱいで何も言うことができず、コクリとうなずいた。
すると、一磨がスッとリングを取って、私の左手の薬指につけてくれる。
「うわあ……キレイ……」
自然と漏れるつぶやきに、一磨は穏やかな笑みを浮かべ、再び私を抱きしめた。
「詩季……」
「あ……」
唇から伝わってくる彼の温もり。
それはいつも私の心をとても優しく、穏やかにさせてくれる。
この触れ合う温もりもお互いの気持ちも……それはこれからきっと変わらない。
そして、何があってもふたりで一緒に乗り越えていけるということも。
「やっと、この日を迎えることができたね。詩季……愛してるよ」
「一磨……私も……」
私たちにまるで祝福するかのように降り注ぐ桜の花びら。
その桜に見守られながら、私と一磨はお互いを確かめるように抱きしめ合った。
いつまでも、いつまでも……。


一磨の記者会見から数ヵ月後。
舞台は当初の日程通り、上演されることになった。
月日が流れるのは早いもので、今日はミュージカルの千秋楽だった。
休憩を挟んだあと残っているのは、一磨と私の役が結婚式を挙げるシーン。
(この舞台で結婚式を挙げるのも、今日で最後なんだなあ……)
控え室でぼんやりと思いながら待機していると、コンコンとノックが響く。
「はい……どうぞ」
すると、室内に入ってきたのは、スーツに身を包んだ一磨だった。
「もう準備はできた?そろそろ時間だけど……」
「うん……。今日で最後だから、なんだか感慨深くなっちゃって……」
そうして、今までの公演を思い出す。
もともと一磨との報道で注目されていたこともあってか、前売りチケットは予約開始の1時間ですべて完売。
開演後の評判も上々で、今日のこの日まで、大きな事故もなく無事に公演をしてきていた。
「それは俺もだよ。無事に終わりそうってことでホッとしている気持ちもあるけど……やっぱりなんだか寂しいよね」
「うん……ずっと一緒にがんばってきたキャストやスタッフの人たちも、今日で最後だし……」
目を伏せていると、一磨はコホンと咳払いをする。
「それには俺も含まれてる?」
「え……?」
ハッと顔を上げて彼を見ると、一磨の頬はどこか恥ずかしそうに赤くなっていた。
「……いや、なんでもないよ」
ごまかすようなそぶりに私は口元をゆるめる。
「ふふ……ちゃんと聞こえたよ?もちろん一磨のことも、だよ?」
茶化すように微笑みを向けると、彼は頬を染めたまま頭をかいた。
「もう……詩季にはかなわないなあ。でも、確かにそのキレイな姿が見られなくなるのは……ちょっと複雑だね」
そう言われて私は自分の姿を見下す。
「……でも、ウェディングドレス姿なら、もう少ししたら見られるでしょ」
私たちは少し前にお互いの両親と事務所に挨拶をして結婚を認めてもらい、結婚式の準備を進めていた。
「それはそうだけど……結婚式のドレスは今のものとデザインが違うから。まあ……あっちが特別なんだけど」
(特別……か……)
頬が自然とゆるんでいくのを感じていると、一磨はスッと私の腰に手を回してくる。
そして、耳元に彼の吐息がかかった。
「でも、今日で見納めなら、詩季のその可愛いドレス姿も、しっかりと目に焼き付けておかないとね」
相変わらずの優しい笑顔を前に、私の頬は熱を帯び始めていく。
「ん?どうしたの?顔が赤いけど……」
「な、なんでもない!」
(もう……かなわないのは私の方かも……)
そのとき、廊下から声が聞こえてきた。
「そろそろスタンバイお願いしますー」
私たちは笑顔を見交わして立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
しっかりとお互いの手を握って……。

数時間後……。
一磨と私の結婚式のラストシーン。
私の身体は彼に抱きしめられたまま、お互いの顔を見つめ合う。
「僕たちは今まで、たくさんのことを乗り越えてきた。……だから、これからも一緒に乗り越えられる。……そう信じている」
「はい……私も信じます。誠実で優しいあなたに生涯、尽くしていきたい」
「では、僕は死がふたりを別つまで……キミを生涯守り続けていこう」
そうして、ふたりは強く抱きしめ合う。
教会の鐘の音が響きわたると、幕がゆっくりと下りていく。
すると……。
(あ……)
観客席にいる人たちは立ち上がり、拍手は会場を包むように大きくなっていった。
それはまるで、私と一磨を祝福するかのようで……。
ふと見れば、舞台袖にいたキャストやスタッフたちも、微笑んで拍手をしてくれている。
うれしくなって彼の顔を見ると、一磨からやわらかいまなざしが降り注いでいた。
(あ……)
ドキッとした瞬間、彼はギュウッと私を強く抱きしめる。
「愛してるよ……詩季……」
(え?今、役名じゃなくて私の名前……)
そんな私の思いをかき消すように重なっていく唇。
目を閉じても、聞こえてくるのは観客席からの拍手。
真っ白になっていく頭の中、感じるのは彼の唇の温もりだけ。
私はこれ以上、体験したことのない高揚感とともに、幸せな気持ちを味わっていた。
ゆっくりと唇が離されると、まるで満開の桜のような鮮やかな一磨の笑顔と出会う。
私もつられるように笑みを交わし……この幸せが観客席へ届くようにと、しっかりと抱きしめ合うのだった。



2011/05/20 16:04


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