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今日という日と明日という日の区切りは一体何処にあるのだろう。幼い頃、暗い部屋の中で時計が夜中の12時を指す瞬間を嬉々として見つめていた記憶がある。私は、今日であった日が昨日になる瞬間を、確かに見ていたはずなのだ。 「おねーさーん、生きてますか」 今日は彼が「今日」を運んで来た。いつものことながら働かない頭を軽く振って頭を起こす。鉄剤のおかげで昨日ほどのだるさはなくなっていた。 昨夜、またナイフを取り出して包帯のある白い手首に当ててみた。なんだか馬鹿らしくなってしまったのでそのナイフは洗って片付けた。彼の巻いてくれた包帯を傷つけるような真似をしたくないと思った。そしてそのままシャワーを浴びて床についたのだった。 「残念ながら生きてるわ」 「ご冗談を」 青年は困ったように笑って、どこかのスーパーの買い物袋を冷蔵庫の前に下ろした。 「この冷蔵庫、大きいのになんにも入ってないんですね。今日はそれを埋めに」 「そう」 両親の生きていた頃はまだ、たんと食料は入っていたはず。だけれど食べないものだから、ぽいぽいと捨てていた記憶もある。静寂の居心地悪さに、私は口を開いた。 「私そんなに食べないわ」 「大丈夫です、おれも食べますし、食べさせてみせます」 何を根拠にそんな自信満々なことが言えるのか。様々な食材を冷蔵庫に入れていく青年の背中を見つめながら、信用してみるしか私の生きる道はないことを少しずつ悟っていった。まともに考えたところで彼はただの怪しい男だが、この男を追い出したところで残るのは死、それだけだ。どうせ2枚しか手札がないのなら、望みのあるそれに賭けた方が賢いだろう。私は死を捨てた。 青年がおもむろに口を開いた。 「パンは好きですか」 ひと呼吸置いてから、 「そうね。メロンパンが好き」 「それ、おやつです」 また青年は困ったように笑ったが、それはなんだか年相応の快活なそれのように見えた。冷蔵庫を閉じ、満足げに振り返った彼に私は当たり前の疑問を口にした。 「学生?いくつなの?」 「19です。調理師専門学校に通ってます」 それからしばらく会話らしい会話は見当たらなかった。目の前の彼の、輪郭みたいなものが見えたことに、少なからず私は動揺していた。分かっている、彼は私の王子様でもないし、逆に死神でも天使でもない。ただの人間だ。 ただ居心地が良すぎたのだ。彼に助けられた瞬間から、彼が目の前で料理を差し出す時から、警戒というものをしたことがない。彼は人間だが、それに加えて私に「何か」を訴えかけられる人間なのだ。それだけは昨日の1日で確信している。 「じゃああなたも教えてください。何歳で、職業はなんですか」 言葉に詰まった。 心を落ち着けるために浅めに深呼吸をし、ゆっくりと瞬きをした。目の前の紅茶の湯気を右手で掬うように泳がせながら、私はぽつりと言葉を下ろした。 「今年の2月で21になったの。無職ってわけじゃないけど、今は働いてないわ」 驚くそぶりすら見せず、彼は何かを調理し始めていた。そういえば昨日と随分雰囲気が違う。 「ねえ、もしかして昨日ってバイトの途中かなにかだったの」 「そうですね。昨日は新聞配達の途中でした」 ここは高級住宅街の一角に建つマンションだというのに、オートロックすら完備されていなかった。ここ一帯の治安が良すぎるせいだろう。ポストがそれぞれの家の前にあるのもそれが理由だった。私は部屋の明かりを消して、代わりに大きな窓を開けた。3月のひやりとした冷気が頬をなでていった。 「昨日、バイト終わったあとに担当に話してきたんです。『恋人が倒れて看病しなきゃいけないので、1週間休ませてください』って」 「馬鹿ね」 本当に馬鹿みたいで、それでいて可笑しくて、私はその感情にくすぐられて笑った。 「馬鹿なもんか」 青年も笑った。
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