6

誘拐強姦事件が起き、私は助かったが、友達は皆死んでしまった。親達は、なぜ私の子どもが助からず、あなただけが助かっんだ、裏切りではないのか、と私を責め立てた。私は激しい糾弾のなかで、愛故の憎悪の存在をありありと感じたものだ。あげく両親は病院を別の家に譲り渡し、あるEUの国の郊外で心中したらしい。愛があれば、愛があればなんだってやっていけるんだよ。そう言ったのは父だった。母を溺愛していた父だった。
愛があれば、母を殺すことだって、自殺をすることだって雑作無いということだったんだろうか。
少なくとも、私にはその「なんだって」の意味を単純に解釈することしかできないでいる。
「ああ」


7

好きな曲ができて、好きなお店ができて、好きなカフェができて、好きな本が増えて、好きな食べ物が自分の口から発せられる事実に私は驚嘆していた。すべて私ひとりだけではうまれなかった今日だ。
「まるでおばあちゃんを連れてるみたいですよ。どこに行っても初めて、初めてって喜ぶんですから」
授業や実習を終えたサンジに連れられて、私は様々な場所を知った。別にひとりでだって行こうと思えば足を伸ばせる距離だ。けれど足がすくむのだ、ひとりで外に出るということを考えるだけで。私はこの、いびつな関係に完全依存をしきっていた。それはもしかしたら、この前気づいた、サンジがこの世界に上手くフィットしきれていないという事実に私が都合のいい解釈を加えて利用しているだけなのかもしれない。独りよがりの推測に、私の中で誰かが、ぽっと疑問を投げかける。
利用している?
利用しているのは誰なんだ?利用されているだけではなくて?
その疑問に私はいつまでも答えられずに、曖昧に笑って右手を軽く降って、煙たがってみたりする。
――じゃあ何なの。私が利用されているというなら、誰が私を利用しているのかしら。


8


「世の中分からないことがあった方が幸せですよ。全て分かったとして、考えてみてください。随分と興ざめだと思いませんか」
サンジがふと放った一言は、私をまた浴槽に沈める。私はサンジが帰ったあと浴槽に浸かりながら、息を止めてみた。彼に助けられた私は、彼を助けなくてはならない。そんな公式じみたことを手のひらでもてあそんでいても、私にはどうしようもない。ぶくぶくと酸素を吐き出した。
日常に甘んじている。
それは今更気づかされた、どうしようもなく恥じるべき事実である。私は突然の救世主に特例を発動させ続けているのだ。言うならば、病院の重症患者が完治してもなお退院を渋るような、みっともない惰性。私は彼にいつまで生命を預けるつもりなのだろうか。
苛々する。
彼のことを考えて、幸せな気持ちで満たされて、溢れて、その気持ちが地に足をつけた途端、真っ黒になる。焼けこげていく薄っぺらい紙のように、いとも簡単に。そして苦しくなる。こんな気持ちに塗れるくらいなら、彼を知らない方が良かった。彼に守られた“ナワバリ”は、私を生かすけれど、きっと成熟させてはくれないのだ。手首を刺して、浴槽に沈んだあのとき、私は死んだ。例えるならば、殺された蝶がピンに押されて、博物館を回るようなものだ。蝶はさまざまな場所を知るけれど、どんなに素晴らしい場所でも、そこを飛び回ることは叶わない。
私は死んだのだ…。





「居たんだ。何より大切な仲間が居たんだ。だけど全部もう過去の話で、しかも別の世界ときたもんだ。話せるわけないだろ。はじめはここが天国か何かと思ったさ。でもおれはこっちの世界ではまだ19で専門学生なんかやってて、新聞配達したりクソオヤジのいねえ店でさほど美味くもない料理しか作れねえやつ等と同じ厨房に立ってて、なあ、おれだって全部夢だと思いたいさ。だけどお前が居たんだ。生きるしかねえだろ。一緒に…」




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