"次の任務、名前もそれなりに覚悟をしていて欲しいな"

突然そう告げられた言葉に、目を丸くした。
覚悟はしていたつもりだった、けれど。当の本人からそう言われるだなんて思ってもいなくて。少し胸が苦しくなる様な、そんな感覚がした。

「覚悟、って」

「うーん、暫く会えなくなる覚悟?」

「暫くって、また会えるって事だよね?」

" そうだったら嬉しいね " そう返された声に、気付いたら傍まで駆け寄っていた。五条先生は、あまりにも優しすぎる。私を心配させない為に、はっきりとその言葉を言わないだけだ。
私よりも、大変なのは先生の筈なのに。袖を掴んだ自分の手は微かに震えていて、この手を離したくない、とただ一心に考えていた。
ばくばくと鳴り出す心臓に、見ない振りをして。ふ、と騒ぐ心を沈める。

手を伸ばして、その頬を手で包んだ。
今度は、私が先生を落ち着かせる番だから。

「大丈夫、だって先生は最強なんでしょ?」

そっと頬に触れて、そう告げる。手の内にある白くて陶器みたいに綺麗な肌に、少しの羨ましささえ覚える。布を下ろすと、宝石みたいな色が此方を覗いていた。サンタマリアに似たその輝きに、毎回目を奪われる。
__サンタマリア、皆が救いを求める聖女様。この呪いを祓う世界で、最強の二文字を背負う六眼がその宝石に見えるだなんて。皮肉なもんだな、と目を細める。

"そうだね、"といつも通りの声で、にっこりとしながら返された言葉に少し胸が苦しくなった。
この人は、こうして口元を綻ばせ、「最強」の座に立つ以外の選択肢が、目の前に残されていなかったんじゃないか、と思ってしまう。

最強であるが故に失ってしまったもの。それはきっと私が想像するよりもずっと重くて、辛くて、苦しくて。その座に居続ける最愛の人に、私は何も出来ない。その事実が、あまりに不甲斐なくて悔しい。

"先生さ"と、そう告げた私の声は酷いぐらい震えていて。首を傾げる大好きな先生の表情と、ぱちりと目が合うと同時に。どうしようもなく焦がれて、それと同時に悲しくなって。
絞り出すように、口を開いた。

「最強じゃなくなりたかったら、私が代わりに最強になってあげる」

「何それ、名前僕より弱いくせに」

ぷは、と軽く笑いながらそう言われて一気に悲しさがどこかへ飛んで行った。
この人、傷ついてるんじゃなかったっけ。恨めしく渋々と見ると、あれ、とその目の色に何か変化を感じた。心做しか色が透き通った様な、そんな感覚。
綺麗、と思わず見蕩れていると。先生の声に遮られた。

「名前、顔上げて」

何、と顔を上げた瞬間に。そのまま口を塞がれる。
瞬きをする前に離されて、綺麗な青色とまた目が合う。たった一度、触れるだけというより、当たるだけのキス。

吸い寄せられるように、もう一度。今度は私から触れる。先生の背は高くて、背伸びをしても足りないから、こうして先生が屈んでくれた時にしないと、届かない。

私は、まだまだ弱い。隣は愚か、この人の数歩後にだって立てやしない。

" 私、先生に追いつけるように、早く大人になりますからね " そう言った私に、先生は少し目を丸くした後、ふっと柔らかにそれを細めて 「たのしみ、」と返してくれた。


先生の、目の色が好き。宝石みたいに綺麗で、青空を閉じ込めたような色が、この薄汚れた世界には綺麗すぎて、たまに不安になる程綺麗なあの目が、好き。

先生の声が好き、私の名前を呼ぶ、決して甘い声という訳では無いのに聞いていたら眠くなるような、落ち着くあの声が好き。

___先生が、好き。どうしようもなく、好き。


パンドラの匣はまだ、開かない。




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