私の恋人、狗巻棘先輩は少し変わっている。
言葉の返答が全て「しゃけ」「おかか」「昆布」「高菜」「ツナマヨ」「いくら」…他にも沢山。とにかくおにぎりの具で返ってくる人だ。

勿論、それには理由があることも知っているし。それを含めて彼の事が好きになったのだから何も思うことは無い。何だったら可愛い。パン派だった私の食生活におにぎりが増え始めたのはそういう事だ。

「おにぎりって、美味しいんですね」

「しゃけ」

「残念、今日はタラコです」

口を開けて、ぱくりとそれにかぶりつく。もぐもぐと食べながら、先輩の返答とは違う具材な事に気づいてごくんと飲み込んだ後にそう返してみると。「しゃけ…」と、少しだけしょんぼりとした声が返ってきた。見えない犬の耳が見えた気がして、心臓がギュンと鳴るのが分かった。
何この人、本当に可愛い。

食べ終えた包装紙をレジ袋に入れながら。明日は鮭にしますね、なんて返してみると、今度は嬉しそうな「しゃけ!」が聞こえた。爛々と目を輝かせてる先輩と目が合って、つい笑みが零れる。

「狗巻先輩、ほんとに可愛い、大好きです」

好きの返事がなくても、それでもいいやと思えるのは狗巻先輩だからかな。なんて思った。
私がその分彼に伝えればいいんだから、そう心の中で呟いた途端に。じぃ、とチャックを下げる音が聞こえて、え、と驚いて顔を上げた。

術式を使う時ぐらいにしか見えない先輩の口、それが見えてどきどきして、本当に呪われたみたいに目が離せなかった。
そのまま先輩の口は、ゆっくりと小さく動いた。二文字の言葉に見えた、いったい、何を言ったんだろうとぐるぐると脳裏で考える。
_ つき ? 今日は新月で月なんか見えないのに。と最初に考えて、瞬時に違う、と言葉が過ぎった。もしも、さっき私の言った言葉の返事だとしたら、もしかして_


「す き?」

思わず、口からほろりと溢れてしまう。はっとして口を抑える私に。
「しゃけ」
と、狗巻先輩はこくんと一度だけ頷いた。

さっきの可愛い声とは違って、穏やかで優しい声。それにどきどきと心臓の音が煩くなる中、するりと手を伸ばされて、反射的に目を瞑ってしまう。
ぎゅっと目を瞑った私に、ふ、と空気を零すような笑みが聞こえて。口の横に触れた手が離れていくのを感じて、あれ、と目を開けた。
狗巻先輩の親指にはご飯粒がひとつ付いてて、「え、あ、恥ずかし!!私ずっとつけてたんですか?!」と思わず声に出した。は、恥ずかしい。そんな、と急いでティッシュを取ろうとした瞬間。

「…ツナマヨ」
そう、目を細めて言った狗巻先輩は。親指についたご飯粒をぺろりと舐めとった。

ぶわっと熱が顔に集まるのが分かる。
ずるいです先輩、本当に、ずるい、と俯いて絞り出すように言った私に。狗巻先輩はこてんと首を傾げた。



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