# 復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負 様より
お題「相合傘」




それは、酷く雨足の強い日だった。

任務を終え、剣先に残る血を振り払うと。横たわった其れを蹴り飛ばす。手がずるりと力無く落ち。バチャンと水を跳ねると。其れが動く事は無かった。刃先に残った其れが雨に溶け込み流れていくのを、只見下ろす。滲んだ赤色が薄れていくのを見て、何処か安堵している自分が居た気がした。

ザアア、_____
ここ数日の任務は一通り終わったが、明日からは次の標的の諜報にも手を付けないとならない。昨日の夜更けに始めた筈だったが、辺りは既に明るくなり始めている。最早笑いさえ出てくる其れに、其れにしても、更に強くなってきたなとその鈍色の雲へと視線を送れば。一向に止みそうにない其れに、帰るか と、たった一言の言葉が脳裏を過ぎった。
だが、その考えは捨てられた。出来る訳がねえだろと自分の脳へと返した。
血は流れ落ちたが、鉄のような匂いは消えてない。
簡単に取れるわけが無いのだ、当たり前だ。

彼奴はきっと、また自分の帰りを待っている。
飯を作って、何時もの椅子に座り。鮫の置き物を指先で弄りながら、足を揺らして。

その姿を思い浮かべた途端、意志は更に強く固まった。
彼奴には心配を掛けさせる訳にはいかねえ、それと、

俺の事で巻き込ませる訳にも、いかねえ。

だが、...嗚呼、そうだな。
何故なのかは知らないが、

__凄く、疲れた。


ふっと瞼が下がりかけたその時、自分の周りだけ雨が止んだ。否、雨粒が消えた。布の様な感触にぐいっと引き寄せられ、気を弛めていた俺は間抜けにも「う゛お゛...っ!」と、声を上げた。目の前に差し出された金具には、小さな鮫のシールが貼ってある。ガキくせえ、と昔自分が言った言葉を思い出した。待て、と脳裏が叫んでいた。そんなはずは無い、此奴が、此処に居るはずがない。と脳内で言葉が飛び交う中。持ち手を握る小さな手が、少し横に動くと。その奥から覗く、黒瞳と目が合った。紛れもない、家に居るはずの彼奴だ。
"スクアーロ" と口から紡がれる声が聞こえた、不思議だ。辺りは豪雨の筈なのに。
此奴の声だけが、やけに鮮明に聞こえた。

「お家、帰ろ。」

居るはずのない其奴の、その言葉に。一瞬時が止まったのかと思った。
砂糖菓子みたいに甘い声が、ほろほろと届く。

「今日ね、奮発して高いマグロ買っちゃったんだ。」
「カルパッチョ、今度こそ上手く作れるよ。練習したもん」
「スクアーロはさ、ね、ゆっくりしてていいから、...ね、」

次第に小さくなっていくその声に、気付いたら目の前の小さな頭を胸に押さえつけていた。ぱしゃん、と折り畳みの傘が地面に落ち、水面の水が跳ねる。
「苦しいよ、」という言葉に、うるせえと一瞥すれば。少し驚いた様な顔をしたあと、何か糸が解けたように。溢れるようにまた笑い出した。

その笑い声に、心の底から安堵している自分が居た。
それが何だか気に食わなくて、濡れて張り付いた髪をがしがしとかけば、チィッと舌打ちをした。

「スクアーロ、背が高いから、入らない...っくそっ!!!」
「当たり前だろーがぁ!!!!」
其れもその筈だ。此奴はアホなのか?と毎度の事ながら思う言葉を心に浮かべた。最大限まで背伸びをし、腕をぷるぷると震わせながら差す此奴に、俺は腰と首がどうにかなりそうな体制でキープをしている。変な健が吊ったらどうしてくれるんだ。
ゼェハァとお互い息を整え、さっさと貸せと持ち手を握る手に軽く触れると。その冷たさに目を見張る。
まさかこの雨で冷えきった寒空の下、手袋もせずにずっと一人で待っていたというのか。

「...ほんとに馬鹿だなてめえは、」

「うん、知ってる。」

へへ、と笑い返すと。スクアーロは心底複雑そうに、少し困ったようにてめえって奴は...と呟く。それが、申し訳ないけど嬉しくて。でも嬉しそうにしてると怒られるから、バレないようにその腕を引くと。寒いから早く帰ろう、とその足を進めた。

洗い流してくれる雨も、ずっと当たっていたら冷たいでしょう?
だから、貴方が深い海の底で、先の見えない白い霞がかる雨の中で一人で歩いていたら。その時は私が。こうして傘をさしてあげられたらいいなあ、なんて思う。


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