※夢主の容姿に関わる描写が少しだけ出てきます
「私の明日は、貴方に差し上げます」
まあ、とんだ殺し文句。 ティーカップに口を付けながら、彼はそう思った。 紅茶の淹れ方も、前に比べて随分と上達したように思う。メイクの方もそうだ。何もしない原石のままも良かったけれど。真っ白な陶器の肌に映えるバーガンディのアイシャドウに、瞬きをする度に煌めくシルバーラメも。フランス人形の様な、ボルドーに彩られた口紅も。まるでスパンコールのドレスを着飾ったかの様に美しい。
そして遂には口先まで。美しくなる限界を知らない目の前の少女に。ハァ、と深く溜息をついた。
「あんた、駆け引きというのを知らないの?」
" 駆け引き? " 不思議そうに首を傾げる彼女に、ええ と彼は頷き返した。あどけなく首を傾げるその仕草は、少女そのものだというのに。白い首筋からさらりと流れ落ちる、バイオレットの髪の微かな動きでさえも、彼の目をも奪ってしまう。
「普通はそうよ、飽きられるのが怖くて全てはあげないの。」
少女は少し考えてから、ぱち、と瞬いた。 長い睫毛が揺れ、ラピスラズリが輝きを取り戻す。
「じゃあ、明日の次の日 _ 明後日は貴方に差し上げると明言しないでおきましょうか」
「…へえ、というと?」
「そうしたら、貴方は私の明日を欲しがり続けるでしょう?」
予想だにしてなかった言葉に、彼はぴたりと口が止まった。けれど次の瞬間、高らかに笑みを零したのも一瞬の事だった。 掌で転がされているのは、一体どちらなのか。
「貴方、やっぱりいい性格してるわね」
「そうですか?それでも、リアさんに似合うと言われたものは全て着るような女ですよ」
" 私の方が、余程惚れ込んでいるかと " 口元に指先を添え、くすりと目を細めるその美しさを。既に手の中にあるにも関わらず、彼は改めて、欲しいと思った。 きっと、殆どが無意識だったのだろう。
"_似合うと言われたのが、赤い靴だとしたら?"
丸く目を見開いた彼女に、彼の黒のレンズに隠された瞳は見えない。 だけれど、そのボルドーに染まった唇は。ゆっくりと弧を描いていった。
目の前の、革の手袋に包まれた彼の手に。その白魚の様な指を絡める。 殺人鬼なのは自分の方だと言うのに、この薔薇にも似た少女は、まるで吸血鬼の様に気高く、優美に笑う。
「誰よりも美しく、最期のその時まで踊りきってみせます」
爪先から、髪の先まで。何よりも美しいというのに、少女はその美の限界を知らずにいる。 死体愛好家の愛する男にとって、世界で最も美しい作品となれるように。
理由はたったそれだけだ。狂っているとさえ思う。 真水よりも透明なラピスラズリが、此方を覗き込む。 その輝きが自分のものだと考えた途端、言葉にするのが惜しい程の多幸感に、口角が上がっていった。
"上等" 手の中にある小さな手の甲に、キスを落とす。 彼から上機嫌にそう告げられた言葉に、少女は満足気に目を細めた。
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