「ベル、 あ、りがとう 」
別に、そう一言返した俺の声に。 " ごめんね "と、だせぇくらい掠れた声で。最後に此奴はそう言った。 手に持つナイフからぽたぽたと足元に垂れる血液が、小さな水溜まりを作っていた。 いつも通りのSランとは程遠いA級の任務。雑魚掃除も終わって、さあ帰るかと踵を返そうとした時。瓦礫の影で虫の息になってる此奴と、相打ちして死んだのであろう敵の死体が転がっていた。 何してんの、と俺が告げようとしたのと。血塗れになった此奴が俺に「ころして」と言ったのは、殆ど同時だった。
気付いたら、手に持っていたナイフで動脈を裂いていた。情が湧いてでた訳では無い。ただ、本能的に脳がそう動いた。
掠れて殆ど聞こえない様な此奴の声が聞こえてから、やっと頭が冷めていって。理解するのには、そう時間はかからなかった。
率直に言って、馬鹿なんじゃねえかと思った、ヘマして呆気なく死んで、暗殺部隊の癖に、最後の言葉は感謝と謝罪。さすがは庶民と言ったところだ。
死んだ? 確認をする為、そう声をかけた。 返事は無く、ただ足元にじわりと血が広がってくる。
返事がないのがなぜだか無性に気に食わなくて、此奴の胸倉を掴み無理矢理に顔をあげさせた。ぐらりと頭の重みで倒れかける前に、その口を口で塞ぐ。くそ不味い鉄の味が口の中に入ってきて、顔を顰めた。
たった一度、らしくもなく触れるだけの口付けをした後。口を離すと。お互いのそれを繋いでいたはずの赤い糸は、ぷつりと途絶えた。
親指の腹で口に付いた血を拭いながら。普通さあ、と口を開く。
「王子のキスで目覚めんじゃねーのかよ」
乾いた声は、誰にも届く事無く瓦礫の影に吸い込まれていった。
相も変わらずに何も紡がない唇に、「あーそうかよ」と呟きながら立ち上がる。馬鹿らし、とぽつりと呟いた直後ふと、袖に目がいった。先程胸倉を掴んだ時に血が付着した様で、既に濁った色を残している。
そこそこ値の張るヴァリアー特注の隊服。カマが見たら大層悲鳴をあげるだろう。
しし、と普段通りの笑みを零し、"落としてなんかやらねえ"と、上機嫌に呟きながら。青年はその場を去った。
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