やっと終わった。
書き終えた日誌をぱたんと閉じて。 ぐ、と疲れきった体を伸ばしていたら自然と欠伸が出てきた。人気が無いのをいい事にふあぁとひとつ。 窓の外を見れば、既に当たりは暗くなり始めてて。やばい、早く帰らないととシャーペンを筆箱にしまった。 順番に鍵の施錠を確認してく中。 六限目の数学のまま残っていた黒板に肩を落とせば、少し背伸びをして黒板消しでそれらを消していく。 出席番号順で回ってくる日直だけど、今日はそれに加えて先生の雑用もしたものだから、過去最高に疲れた。
それに、今日はいつもと少し違う。
時計の短針は真下を指していて、下校時刻はとっくに過ぎている。いつもだったら誰も居ない筈なのに、
最後に一番前の席の窓の鍵を閉めて。ふと"そこ"に目をやった。
窓際の一番後ろの席で眠る、短い銀髪の彼に歩み寄れば、恐る恐るその名を口にしてみる。
「えっと、獄寺...くん」
「...ア?」 ゆっくりとその顔を上げ、不良そのものの目でギロりと睨み付けられた。寝起きだからか、いつもの声に更に重みが増していて。
威圧というかなんというかその ___ダメだこの人やっぱり怖い。
「お前……って、あれッじゅ、十代目ぇ!?!」 人が変わった様に、急にそう大声で叫びながら立ち上がり教室中を見渡す獄寺くんに、思わず目を丸くした。 少しの間言葉を失ったが、えっと確か...十代目って、
「沢田くんと山本くんなら、一時間くらい前に帰ったよ?」
「げ、なんでよりにもよってあの野球バカと」 野球バカ、というのはきっと山本くんの事だろう。顔色を悪くさせれば、魂が抜けたように落ち込み。 「すみません十代目...」なんて呟くと、机にゴンッと音を立てそのまま突っ伏した。
ふふ、と思わず笑ってしまった私に、"何笑ってんだよ"と機嫌の悪そうな声が返ってくる。
「別に?」 多分私の顔にはまだ笑みがかってるのだろう。 相手は頭に?を浮かばせた表情で、こちらを見ている。
なんか、獄寺君って、意外と怖くないのかもしれない。
あれ、そういえば何か忘れてる様な...嗚呼、そうだ。 鍵の施錠を確認しながら、思い出したそれを彼に向けて告げた。 「あ、そうそう。六限目に数学課題出たよ。」
「期限今週だからね、」と小さく付け足せば。 ちらりと後ろを振り向いてみた。 どんな反応が返ってくるんだろう。 先生から「課題だ」と告げられた時の、青冷めた沢田くんの姿が浮かび上がった。 遅刻をしては授業中寝てるんだから、たまには痛い目見てしまえ。 ふふんと得意気にしていると、聞こえたのは「ンなの終わってるに決まってんだろ」と言う言葉。
え、終わった?
長期課題という名の元出されたあの鬼畜な課題の山を?
「うそ、」
「ったりめーだ、ボンゴレ十代目の右腕がこれぐらい出来ねーでどうする。」
「ボンゴレ?」と首を傾ると、「あー...それ以上は言わねえ、忘れろ。」なんて言いながら、手持ちの煙草を取り出すと、徐に火をつける。いやちょっと勘弁してよ、さっき窓閉めたばっかりなんだけど。
「よく分からないけど、まふぃあ?の話だよね。」 マフィア という単語を言った途端、ゴホゴホと噎せた。え、めちゃくちゃ動揺してる。 分かりやすいなあ。
「てめ、それ何処で.........っ」
「えー...っと、山本くんが言ってた。」 さっき沢田くんと一緒に帰る時、同じクラスの子達から"一緒に帰ろう"、"なんでツナなのー?"と言っていた女の子達に、「ツナはボンゴレ十代目だからな。すっげーんだぜ!」と話していたのを、日誌を書きながら見た気がする。 「あんのクソ野球バカ...」なんて言いながら、頭に青筋を立て、前髪をぐしゃりとかきあげる。 そして、こっちを見上げると、こう告げた。
「ぜってー周りに言うんじゃねえぞ。」
釘を刺すような一言だけれど、今の時代の女子にはその言葉は通用しないのを、彼は知らないみたい。 まあ、私の場合は別だけど。 スカートを短くしたり、バレンタインで盛り上がったり、髪を染めたりだとか。
私は、そういう女の子じゃないから。
でも、私にだって、お願いしたい事はある。
「じゃあ、代わりにお願いしてもいい?」
「獄寺くんが良ければだけどさ。」 切り出した言葉に、獄寺くんは目を丸くした。
「課題、教えてくれない?」
「ここ、二次関数の問題が本当に分かんなくて、」 ずっと解けずにいた裏面の問題を指さすと、少し問題を読んだ瞬間に、すぐに答える。
「(1)はこの式代入して、因数分解したら出る。」
「え、え、これ無理じゃん。因数分解出来ない」 「どこ」と聞こえてきた言葉に、ここ、と指をさす。頬杖を付いたまま、「ん。」と式を見ようと覗き込めば。少しだけ、顔が近付く。
ふわりと、火薬みたいな香りが漂う。 何故だか分からないけど、どきっとした。
少し黙った後に一言。獄寺くんは「平方完成。」と呟く。
「へい、ほー.........」
「...お前ほんとに授業受けたのかよ」
「ちゃんと起きてます!!!」
呆れた様に言ってくる彼に、思わずカッとなって言い返した。思っていたよりも声が大きくて、反射的に口を抑える。 「ぷはっ、声でけー。」 少年みたいな、犬みたいな笑顔で彼はそう言った。
いつもは静かにしてる私が声を荒らげて、 いつも不良な獄寺くんが無邪気に笑ってる
少し不思議なこの時間が、楽しくて。
「獄寺くん」
「あ?」
「また今度、教えてもらってもいい?」
今日は、日直という仕事に感謝しようと思った。
back
← / →
|