俺がお前に見合うような人になるまで、待っていてくれ。なんて思ったのは、窓から見えた彼奴の笑顔を見てからだった。

今になって漸く分かった。
俺は、あの頃から変わったつもりで。実は変われてなんか居なかったんだ。

悪い、未来を待っていたのは、馬鹿だったのは俺だ。
気付くのが遅ェよ、本当に何してんだ俺。

待つんじゃねぇ、自分から掴むんだ。
お前はそういう男だろ、_切島鋭児郎。

勢いのままに立ち上がり、ペンも携帯も鞄も全部置いて、教室の扉を開けた。

早く伝えたくて、全力で走った。

確か、俺の記憶が正しければ。今日は彼奴は日直で、四限の体育の後の戸締りをしている筈。

まだ、帰っていないでくれ、なんて願いながら、兎に角無我夢中で走った。

途中、何人かの知り合いとすれ違った。
声をかけられたような気もする。

でも、悪ィけどそれどころじゃなくて、正直誰に声を掛けられたのかは覚えていない。

階段を飛ばし飛ばしで下るのがまどろっこしくて、グッと足に力を入れて一気に飛び降りた。多少痺れるだけで着地はあまり問題は無かったけれど。思ったより勢いが止まらなくて目の前の壁にぶつかった。

少し額が切れたのか、ちくりとした痛みがした。
でも、そんなこと気にしてる暇なんか無かった。
"日辻"、_ その名前を心の中で呼んだ瞬間、いつもの彼奴の笑ってる顔が脳裏で咲いた。少しだけふらつく足も気にせずに、地面を蹴り上げた。

一刻も早く、

日辻に会いたい




辿り着いた体育館の扉をギィ、と押し開けた。
ゼェ、ハァ、と荒い息が上がる。
死ぬほどだせぇ、汗や風でセットした髪だって崩れて。靴だって館履きじゃなくて上履きのままだ。

顎に伝ってきた汗を拭い。顔を上げて、少し下りてきた前髪の隙間から彼奴の方を見る。
かち、と目が合った瞬間に、ドキッと心臓が騒いだ。
戸締りをしている最中だったのか、手には鍵が握られていて。目の前にいるのはいつも通りの日辻のはずなのに。炭酸が弾けるみたいに、キラキラして見えた。

「切島くん?」

首を傾げて、さらりと髪が肩口から流れ落ちる。
日辻、とその名を呼んだ。先の言葉なんて、考えてもいない。殆ど、もう無意識だった。
目を細めて、どうしたの なんて柔らかい声が耳に届く。風鈴みたいな透き通った声が聞こえた途端、今まで心の中にあった靄が全部剥がれ落ちていくような気がした。ぽつり、と口から出た言葉も。自然と零れたものだった。

「…悪い、笑わないで聞いてくれ」

「俺、日辻が好きだ」

見つめていた目が、丸く開かれて。嗚呼、本当に綺麗だなと思った。日辻の目は不思議な色をしていて、普段は灰色に近い黒だけれど、一度光を閉じ込めると、途端にきらきらと硝子みたいに反射する。いつか教室でそれを見つけた時の事が、今の目の前の光景と重なる。

途端、その目からポロポロと雫が零れ出して、ビクッと反射的に肩を震わせながら。「ご、ごめん!!」と慌てて駆け寄った。ハンカチハンカチ、と急いでポケットに手を入れて、感触のないそこに、走ってくる最中落としたんだ、とさーっと血の気が引く。馬鹿野郎。本当に何してんだ俺。

「悪ぃ、ビックリさせたよな、ごめんな」

「ちが、ちがうの」

「へ、」

「嬉しいの」

"私もね、切島くんの事、ずっと好きだったの"

幸せそうに言われたその言葉が嬉しくて、気付いたら日辻を抱き締めていた。

いつもどんな感覚なのか気になっていた髪は、本当に羊の毛みたいにふわふわしていて、柔らかかった。
俺と全然違ェそれに、心臓がバクバク騒ぎ出すのが分かった。

「好きだ、遅くなってごめん、本当に好きだ」

「うん、うん、綿もね、切島くんが大好き。」

綿。日辻って気が緩んだら一人称が名前になるんだ、とか 大好きって言われた衝撃やら何やらで、最早俺の方が限界だった。

どうしよう、父さん母さん、俺、俺。こんなの知らねえよ。日辻の事が、すげえ好きだ。


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