私の彼氏、五条くんは誰もが認める程かっこいい。
強いし、背も高いし、人当たりだって良い。
_だけど。
「… まじ、かぁ」
友達から送られてきた写真を見てため息をつく。
映っているのは見慣れた後ろ姿と、その腕に恋人の様に腕を絡ませる、私の全然知らない、黒髪の女の子。
続く友達の心配の言葉を目で辿って、「教えてくれてありがとう」の文字を打ち込んだ。
ふとひとつ戻った画面の先で、見えた"五条くん"の文字に目を落とす。
たった1回横にフリックして出てきた「ブロック」の四文字を、ぽんとタップする。
あんなにキラキラして輝いていた日々を手放すのは、思わず笑ってしまうほど。あまりに簡単だった。
人生で初めて、浮気をされた。
付き合い始めの頃、友達に直ぐにその心配をされて。笑いながらないない、と返したのを覚えている。
沢山好きだと言ってくれていた五条くんに限ってそれは無いと、勝手に思ってしまっていた。
私にくれた沢山の「好き」は、私だけじゃなくて。
あの唇で誰かの唇に触れて、愛を囁いて。
寒いねと繋いでくれたあの手で、今は他の誰かを暖めているのだろう。
連絡先も消した。二度と見なくていい筈なんだ。
なのに、何でだろう。
溢れてくる涙を止められないのが、悔しくて。
ぐしぐし、と拭っている時。不意に突然誰かから電話がかかってきた。
誰だよこんな、空気の読めない時に。
取り出した携帯に表示された名前を見て、へ、と目を丸くした。
__
「彼奴がどうしようも無い馬鹿なのは知ってますが、一応、伝言で。名字さんと会いたいと。」
「申し訳ないけど…今は会いたくない、です」
目の前に座るのは、先程連絡をくれた張本人の硝子さん。話したい事がある、と言われて。少し言葉に詰まりながら、分かりましたと承諾した後。待ち合わせの場所に選ばれたのがこの、綺麗な雰囲気のカフェだった。折角間に入って話をしてくれているのに、こんな返事をするのが凄くいたたまれなくて。下を向いたままそう返すと、"ですよね、分かります"と返事が返ってきた。
想像だにしていない言葉に、顔を上げる。
「私だってそりゃ会いたくないと思うと思いますよ。」
そう珈琲を飲みながら告げる硝子さんに、「い、いいんですか」と思わず口にした。
「だって名字さんは何にも悪くないじゃないですか」
「で、も… 」
「じゃあ、私達もしちゃいましょうか、浮気。」
へ、と私が顔を上げるのと同時に。硝子さんはメニューを取りながら、ピンポーンと机の端の呼び鈴を鳴らした。い、今浮気って言った?それって、どういう_
やってきた店員さんに、「これとこれ。あと期間限定のこれもこれとセットでお願いします」と、次々とスイーツを頼んで行く硝子さんの姿を、ただ呆然と見ていた。
名字さん?と、突然名前を呼ばれてハッとする。
硝子さん、これ一体どういう_ とまで言いかけて、唇にとん、と指を当てられた。
その手が離され、今度は硝子さんの綺麗に色付いた唇に添えられ、しぃと子供同士みたいにサインを送られる。
「女子会ですよ、好きなだけ食べましょう」
「…!はい!」
女子会だなんて、久しぶりの言葉にじわじわと胸が高鳴っていった。
わくわくとしながらメニューを捲って、美味しそうな写真を目で追いかける。歳を気にしていつしか食べなくなっていたパフェを、手始めに注文した。
__
「おいし…」
ふわふわのスポンジと、蕩けるチョコソース。口の中でほろほろと溶けるクリーム。控えめではなく、子供の夢をかき集めた様な。とことん甘いこれがずっと食べたかった。
「ここのパフェ美味しいですよね、私も結構好きなんですよ」
"昔は三人で来てましてね"、そう言われた言葉にちくりと胸が傷んだ。何となくだけど、前に硝子さんから聞いたことのある話だ。
伏せられた目の色は長い睫毛に隠れて見えない、けれど。ぱち、と目が合った瞬間に。ふと優しく細められた。
「彼奴、本当にどうしようもない馬鹿な男ですけど、只何も変われない奴だとは思わないんですよ。」
私も友達として甘いんですかね、そう苦く笑いながら言う硝子さんの言葉は、難しかったけれど。なぜだか分かるというか。すとんと心に落ち着くような気がした。
ことん、とカップを置いた途端。硝子さんの髪のいい匂いと、珈琲の匂いがふわりと香る。
何か言いたかったけれど、喉に引っかかったように出てこないでいる時。ブー、ブー、と机の上に振動が伝わって、ぁ、と 意識が其方に移った。「失礼、」という硝子さんの声にいいえ、大丈夫ですよと頷く。
画面を開いた途端、少し硝子さんが笑った気がした。
これ、とそのまま携帯の画面を向けられる。
文字を、目で辿る。そうしたら、つい座ってられなくて。がた、と立ち上がっていた。
「ごめん、硝子さん。わたし、」
「いいえこちらこそ、会計は私がしとくので」
何から何まで申し訳ない、ごめんなさいと言おうとすると。また「ストップ」と口に手を当てられて止められた。目が合うと、またにっこりと笑われる。
"私の分まで殴っといて下さいね"
ひらりと手を振られ、その優しさにまた泣きそうになりながら。はい、と頭を下げて カフェを後にした。
はっ、はっ、とそこを目指して駆け出す。
なんであんなに綺麗で優しい人が五条くんの友達なんだろう、そう思って。
_五条くんの友達だからか、と変に納得してしまう自分が嫌だった。
『会いたくなかったら、来なくても全然いいから』
『あの公園で待っていると伝えて下さい』
__
ひゅうと、冷たい風が頬を掠める。
あの公園と言われて、迷わず此処に向かってきたけれど。思えば他にも二人で行った公園なんて、沢山あるよな。そう思いながら、公園へ足を踏み入れた。
花が小さく咲いている道を、一人歩く。
"ここ、あんま遊具無いね"と残念そうに言っていた五条くんに、"五条くんに合う遊具なんて早々ないと思うけど"と笑いながら返した記憶が、ふわりと蘇ってきた。
子供が産まれたら遊具のある場所で遊ばせたいね、と言ったあの声が、風と共に耳に落ちてくる。
五条くんの事情は知っている。子供を産むことが、そう簡単じゃないって事も。
でも、五条くんと居れば幸せだった。
子供を産めなくても、二人で手を繋いで。遊具のない公園を只歩くだけで、その日常が何よりも幸せだった。
名前、そう私の名前を呼んで、愛しそうに細めるあの目が、水平線に沈む太陽みたいで好きだった。
ねえ、五条くんは、そうじゃなかったの。
よく見慣れた後ろ姿にふと足を止める。少し息を吸って、ゆっくりと吐いて。「五条くん」と声をかけた。
私の声にふと振り向き、サングラス越しのその目が見えた瞬間に。何処かほっとしてる自分がいた。
「名前、_本当に、ごめん」
「うん。最初知った時は辛かったし、すごく悲しかった」
「うん。」
「私よりも可愛い子の方が良いのかなって思っちゃった、それが辛かった」
「うん。」
真っ直ぐに受け止める五条くんに、いても立っても居られなくて。気付いたら、その胸に飛び込んでいる自分がいた。後ろに手は回せない、でも。
今すぐにでも、傍に行きたかった。
「でも、嫌いになんてなれなかったよ、私五条くんが好きだよ、それが悲しいの、」
泣きたくなんて無いのに、言う度にぼろぼろと涙が溢れ落ちた。"本当にごめん、" そう言って拭う指が優しくて、その優しさに私はまた溶かされる。それがまた、悔しい。私はこんなにも、この人に弱い。
「…名前に一度振り向いて欲しいと思ってた、でも選んだ方法が最悪だった。」
「振り向いてって、私 五条くんしか好きじゃないよ。なんで信じてくれないの。」
背に回された腕に。ぎゅう、と強く抱き締められる。
微かに腕が震えていた。"ごめん、嫌だったら離して" そう告げられる声も不安が入り混じっていて。
馬鹿だなあと思うと同時に、私もどうしようもなく馬鹿だと思った。
「五条くんはかっこいいよ」
「私には勿体ないってぐらい、すごく好きで、大好きで、言ったら嫌われちゃうかなって思うぐらいには好きよ」
普段は恥ずかしくて、中々口に出来なかった言葉を告げる。五条くんの目が、微かに潤んだ様な気がした。
やっと気付いた。五条くんは、子供から無理矢理大人になるように道を決められた人なんだ。自分から大人になるタイミングを失って、大人であろうと頑張っているだけで。本当は、こうして言葉にしないと安心ができないような人なんだ。
「…僕も、名前が好き。」
ずっと言われたかった言葉に、じわりと涙が滲む。
"遅いよ、馬鹿じゃないの"
そう言うと、サファイアの瞳が辛そうに細められた。
馬鹿ね、と陶器の様に白い頬を包み込む。
そんな顔、世界一似合わないのが五条くんだよ。
背伸びをして、キスをして。
いつもの宝石の煌めきを取り戻したのなら。
二人子供に戻って、美味しいパフェでも一緒に食べに行こう。
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