五楽章


歌うたいと金色の蜜蜂が春を呼ぶ祝祭、春祭り。蜜蜂のブローチに守り神が宿って、歌うたいの歌声を町中に届けるという伝説には、どうやら続きがあるらしい。

私が少年の問いかけに頷くと、少年は静かに語りだした。

「七年前の春祭り、その年の春が町に来た最後の春だったんだ。七年前の春祭りを最後に、歌うたいは春を呼べなくなっちゃったんだ。呼ばなくなった…とも言えるけれど…。七年前の歌うたいは、それはそれは綺麗な歌声で、心がこもってて、聞いててここの辺りがぽかぽかしてくるような歌を歌ってたんだ」

少年はそう言いながら、自身の胸をとんとんと叩いた。

「でもね、蜜蜂の守り神は気づいてたんだ。町の皆が少しずつ、春祭りの意味を…守り神の存在を忘れ始めていったことに。この町はね、昔は今よりずっと小さかったし、貧しかったし、山間にあってとなり町まで行くのも大変で…、冬に食べ物が足りなくなっても、雪に道を遮られて他の町に買いに行けなくて、お腹を空かせて死んでしまう人もいたんだ。だから、皆春になるととても喜んだ。春になればこの辺りは山菜が沢山採れるし、花が咲いて、蜜蜂がハチミツを作る。蜜蜂の神様が人々を可哀想に思って、ある年から恵みとして授けるようになったハチミツは、他のどの町で採れるハチミツよりも美味しくて高く売れたんだ。それに保存も利くから、厳しい冬、食べ物が無いとき、ハチミツを少しづつ舐めて生き延びた人もいるんだよ。春祭りが生まれたのは、町が小さくて貧しかったその頃。皆、春の訪れと蜜蜂の守り神に感謝せずにはいられなかったんだ。そして人々は蜜蜂の神様を象った金のブローチを作って、それを胸に着けた歌うたいが祝福と感謝の春の歌を歌うんだ。自分が恵んだハチミツに、人々が自然を大切にしたり歌を贈ることで応えてくれたことが、蜜蜂の神様にとって何よりも嬉しかった。だから春になるとブローチに宿って、歌うたいの歌を恵みと幸せの呪文として町中に、その周りの山々に伝えるようにもなったんだ。そうやって、人と神様のやり取りは続いていったんだ。ここまでの話は、お兄さんも知ってるでしょ?」

「うん」

「ところが、時が流れて町には少しずつ、魔法や科学が普及し始めていった。火をおこすのも、食べ物を作るのも、冬を越すのも、前より楽になっていったんだ。そうしているうちに、人々は自然から離れていって、冬の厳しさを忘れ、春の喜びを忘れていった。蜜蜂の神様がいなくても、皆自分達の力で何とか出来るようになっていったんだ。神様は、人々が昔よりも恵まれた生活を送れることを喜んだけど、自分の存在を忘れられてしまうのが寂しかった。それでも、春になったらちゃんとブローチに宿って春を呼び続けたよ。自分のことを、皆が忘れても。」

少年は自分の事のように、悲しそうにそう言った。


「けれど六年前の春祭りに、ついに我慢できなくなったんだ。その頃になると、もう人々は蜜蜂の神様のことを祝祭の時にしか思い出さなくなっちゃったし、祝祭自体も、観光とか、商売とか、お金を稼ぐためのものとしてしか考えなくなっちゃったんだ。道が増えて綺麗になって、町の外からもお祭りに参加する人が多くなったからね。それだけじゃない。毎年一人選ばれる春を呼ぶ歌うたいも、お金目当てで歌う人を選んじゃったんだ。春を呼んだ歌うたいには、金貨がたっぷり入った袋が報酬で貰えるんだけど、それが欲しいがために薄っぺらな、言葉ばっかり豪華に飾り立てた歌を歌ったんだ。神様はがっかりしてね、その年にその歌うたいが本番に歌ってる時、ブローチに宿ったまま、歌うたいの胸元から…皆の前から逃げ出してしちゃったんだよ。蜜蜂のブローチは神様を宿したままこの花畑に逃げ込んじゃった…」

「えっ…、じゃあブローチは今…」

「無いよ。あの日からずっと神様が隠してるんだ。神様は、『来年ならもしかしたら、心を込めて歌う人が来るかもしれない』って思ってたんだけど………ほら、皆の前で逃げ出したわけだし、少しは祝祭の意味とか思い出してくれるかな、自分のこと心配してくれるかなって。でも、次の年も、その次の年も、何事も無かったみたいに祝祭は続いたんだ。歌うたいも、胸元にブローチが無い以外に特に変わらず、やっぱり薄っぺらな歌を歌う人が選ばれてた。今年選ばれた人もね、お金が欲しくて歌うたいをするんだって。皆、本当に神様がいなくても大丈夫になっちゃったみたい。春はそれから来なくなっちゃった。心に来なくなっちゃったんだ。皆が忘れている限り、これからもずっと来ないんだよ…」

「………」

「僕はまた聴きたいな。飾りなんて無くていい。簡単でいい。ただ純粋に、春が来たのが嬉しくて嬉しくて堪らないっていう歌。春の喜びを皆に届けてくれる歌…。神様はね、ずっと待ってるんだよ。また皆で春を呼べる日を」



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