四楽章


私は花の海に佇む、一人の少年を見つけた。少年は六つ、七つ位の歳で、栗色の巻き毛を風に揺らし、目をつむって空を仰いで立っていた。背中には春祭りで子供たちが着ける、蜜蜂の羽飾り。しかしそれは、普通の子達が着けている紙で出来たものではなく、薄いガラスで出来た、まるで本物の蜜蜂の羽の様に繊細で、上品な仕上がりのものだった。一時の祭りにこんなにも優美な物をあつらえるのだから、裕福な家の子だろうかと思って少年の衣服を見ると、服は至って普通のシンプルなものだった。むしろ、祭りのために着飾った人々に比べて地味にさえ見えた。

しばらくすると、少年は不意に目を開けて周りを見回し私を見つけた。私と目が合った少年は、私に柔らかく微笑みかけ、花の海を掻き分けて近づいてきた。私は少年に声をかけてみた。

「やぁ、良い天気だね。君は一人なのかい?」

「こんにちは。ううん、一人じゃないよ、花や、蜜蜂がいるもん。でも、お兄さん達から見たら一人なのかな。お兄さんは一人なの?」

「そうだよ。町で金色の蜜蜂を見つけてね、追いかけていたらここまで来てしまったんだ。」

「へぇ、それはついてるね。最近じゃ
金色の蜜蜂を見かけたなんて人、滅多にいないもの」

「そうなんだ…。あの…気のせいかもしれないし、信じて貰えないかもしれないけど、蜜蜂を追いかけてるとき、私には蜜蜂が歌っているように聞こえたんだ。その歌っていうのは、私が作った歌なんだけども…」

「歌え歌え、春の歌……」

「どうしてその歌を知ってるんだい?私はその歌を、この町に来る途中に歌ったっきりなのに…」

私は驚いて少年を見つめた。驚きで目を丸くしているだろう私を見て、少年はくつくつと笑った。

「歌え歌え、春の歌。野を翔る蜜蜂と共に、南から帰った燕と共に…。蜜蜂が歌ってたんだ。町に続く道の近くで聞いたんだって。お兄さんの歌、気に入ったんだろうなぁ。僕のところまで届けてきたんだよ。僕もこの歌、好きだなぁ」

「……やっぱりあの蜜蜂は神様だったりするのかい?」

「うーん、どうだろうね」

少年はそういうと、さっきよりも笑みを深めた。

そして私達の間に沈黙が訪れた。その沈黙は、決して重く気詰まりなものではなく、どこか懐かしい友達といるような心地よいものだった。聞きたいことは山ほどあった。この子は何者なのだろう。どうやって蜜蜂の言葉を聞いたのだろう。しかし私には何故かそれを聞く気が起こらず、少年と一緒に静かに春の風に吹かれていた。

やがて、私はポツリと呟いた。

「春だなぁ………美しい春だ」

私の呟きに、少年はピクリと動き、長い睫毛を伏せてこう答えた。

「春は来てないよ。この町には、もう六年も春が来てないんだ」

その声は寂しげだった。

「どういうことだい?花もこんなに咲いて、蜜蜂が飛んで、暖かい風が吹いて…、それでも春は来ていないのかい?六年間ずっと…?」

「そう、六年間ずっと」

それから少年は、私を真正面から見つめ、こう言った。

「この町の春祭りと蜜蜂の伝説は知ってるね?実はこの伝説には、最近続きが出来たんだけど、お兄さん、聞いてくれるかな?」



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