一楽章


冬の透明で尖った風が、花の香りの化粧をして春の風に変わる頃。くたびれた服装の旅人が、歌を口ずさみながら山間の道を歩いていた。旅人の背中には荷物と一緒に竪琴がくくりつけてある。町から町へ移動して歌を聞かせる吟遊詩人。それが私だ。


歌え歌え 春の歌

野を翔る蜜蜂と共に

南から帰った燕と共に……


私は優しい風に目を細め、誰に聞かせるわけでもない歌をうたいながら、のんびりと歩いていた。木々の枝に覗く春の訪れ、足元でサラサラと鳴る若草、楽しげに歌う鳥たち。それは些細なことかもしれないが、私にはその全てが私を祝福しているように感じられ、とても幸せだった。そして、そんな幸せを人々に分け与えるのが私の仕事だと思っていた。

今回向かう先は花咲き乱れる、山間の小さな小さな町。七年前、今と同じ春の始めの季節に一度訪れたことがあったが、それっきり行くことがなかった町だ。

自分の歌を、想いを伝えることが出来ればどこでも良い。そんな考えから、普段は特に目的もこだわりも無く色んな町を転々とする私だったが、今回目指す山間の町には二つの目的があった。

一つ目は、春の訪れを告げるその町の祝祭・春祭りを見るため。七年前にも一度見たことがある、花と歌に溢れた祝祭だ。

二つ目の目的は、目的というよりも希望とか、願望に近い。それも本当に幽かなもの。

「……あの子にまた会えるだろうか」

七年前の春祭りで出会った、養蜂家の女の子。優しくて、眩しくて、お転婆で、花畑を跳ねるように駆ける姿は彼女自身が蜜蜂の様だった。花を巡って蜜蜂と共に移動する、彼女もまた旅人の様なものだから、あの町に行ったからといってまた会えるわけでは無いのだけれど……


それでも遠目に町が見えると、私の脚は自然とはやまったのだった。


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