盛大な物忘れの向こうで
冷たく透明な風が吹き始めた。そして四月島には洪水が訪れようとしている。そんな中、私は部屋で机に向かってせっせと勉強に励んでいた。気乗りはしないけど、これをやり遂げなければ七夕の聖戦は出れない。
半ば憔悴したところで、すっかり聞きなれた声が耳をくすぐった。
「この大変なときに勉強、勉強、勉強…。洪水の準備はしなくていいのかい?」
私は首をひねって振り向くと、苦笑しつつ答える。
「準備もなにも、私達ビンボーでgoldも全然無いだろう?エリクシルには代えられるだけ代えたし、レベルもあといっこ上げられるかなぁって感じだし。君は準備したのかい、ウコバクちゃん」
ウコバクちゃんは少し首を傾げて考え込んだ。
「…いや、してないなぁ。ほんと、シルファの言うとおり、準備すること何もなくって。ただ…」
「ただ?」
「ん…、アンタ、洪水の後、アタシ達のこと忘れたりしないよね?」
「あぁ…」
それでさっきから妙にソワソワしてたんだね。でも、そんなに不安にならなくても私の答えは決まってる。
「忘れるわけないだろう?君達が私を忘れても、私は君達を忘れない。私はしつこい奴だから、これからも何があっても君に付きまとうよ?」
冗談めかして言うと、今度はウコバクちゃんが苦笑した。
「まるでストーカーだね…。それにしても、先のことなんて保障も何も無いのに、よくそんなこと言い切れるよね」
「そうだね。でも、これは自分でも吃驚するくらいハッキリ言い切れるんだ。それに、例え忘れてしまっても、それは自分の中から完全に消えてしまったわけでは無いと思う。きっと、心の奥底の引き出しにしまわれて、鍵を掛けられてるだけなんだよ。鍵さえあれば、いつだって思い出せるんだよ。」
「そっか…。」
「…って、鍋爺が言ってた」
「受け売りじゃん!!」
「『洪水なんて、ちょっと盛大な物忘れじゃよ。物忘れなんてしょっちゅうじゃろ?そんな気に病むことなんてないんじゃよ』だってさ。まぁ、私もそう思うよ?」
「なるほどね…。盛大な物忘れか…。」
「だから私はそんなに不安じゃないよ。あ、でも一つ心配なことあるかも…」
「?」
「もし…洪水の後、この白蓮荘がさらにオンボロ屋敷になってたらどうする?」
私がそう言うと、ウコバクちゃんは「うへぇ」と顔をしかめた。
「それはゴメンだよ。綺麗になってくれないかなァ…」
「ふふ、そうだよね。ってことで、現白蓮荘で最後のドンチャン騒ぎを洪水前夜にやろうと思うんだけど、どう?」
「賛成!」
私はウコバクちゃんの返事と、その笑顔を確認すると、
「さ、じゃあ他の奴等にも知らせるかな」
リビングへ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『私達のなんの保障もない不確かな未来に乾杯!!』
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