海岸の窓 番外篇2 | ナノ


海岸の窓


海岸には、変な人がいる。

その人はいつも独りでやって来て、海に向かって独り言を言っている。

いつからだろう。私もいつも、その海岸にやって来ては、岩陰からそっと、その姿を見ていた。

「今日はね、広場で絵を描いていたんだ。そしたら、小さな子がきれいだねって、言ってくれたよ。」

「今日はね、絵が三枚も売れたんだよ。少しお金もたまってきたし、そろそろ冬の上着を買い換えようかな。」

「今日はね、すれ違ったひとに『おはよう』って言ったら、『おはよう』って返してくれたよ。」

本当に他愛もない話を、その人はまるで誰かが目の前にいるように話していた。

本当に変な人。私はあの人の前に姿を現したことがないから、本当に海と話してるつもりなんだろう。

それでも、そんな変な人でも私が見つめ続けたのは、その人が『窓を持ち歩く人』だったからだ。

   ◆   ◆   ◆   ◆

私がその人を初めて見かけたのは、半年前。私は海面から顔を出して、その人をこっそり見ていた。初めて見たときは、その人は、ただ黙って海を見つめていた。溜め息ばかりついていた。

その日、帰り際に、その人は手に持っていた四角くて薄い物から何かを一枚ちぎって器用に折っていった。

その人はそれをスッと海に向かって飛ばした。

それは私に向かって滑るように飛んできた。びっくりした。それは私の目の前に落ちて、ゆらゆら浮かんだ。私は直ぐに、反射的にそれを手に取った。少しふやけてしまっている。

そこで私は、それに何かが描かれていることに気づいた。ゆっくりと、破らないようにそれを開くと…

「……!」

そこには私の知らない陸の世界が描かれていた。海岸を見ると、その人はちょうど帰ろうとしているところだった。

あの人は、窓を持ち歩いている。

その時私はそう思ったのだ。気付けば、陸の世界が描かれていたそれは、ぐちゃぐちゃにふやけてしまっていた。

私は、もう一度彼が持ち歩いている窓を覗いて見たかった。

   ◆   ◆   ◆   ◆

海岸へ泳いで行きながら、私はあの頃を思い出していた。

彼が海に向かって独り言を言い始めたのは、その次からだった。初めとは違って、それからはいつも楽しそうだった。

もうすぐ海岸…。その時、私に向かって何かがスッと飛んできた。

あ…、あの時と同じ…

けれど私は、今度は海面に落ちる前にそれを捕まえた。開いてみると、それはやはり『窓』だった。

私は顔を上げた。あの人がこちらを見つめて微笑んでいた。

「やっと、姿を現してくれたね」

その時私はやっと気がついた。

「馬鹿ね、私は。あの人はあの時、とっくに私に気がついていたのね。あの人は、私に話しかけていたんだわ」

そう呟くと、私も彼に微笑み返した。



海岸には変な人がいる。窓を持ち歩いていて、優しくて、素敵な変な人がいる。



             〜Fin〜



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