海岸の窓 第四話 | ナノ


あの道の先で


「それで、ここがその海岸なんだな?」

「そうだよ」

「二人は幸せに暮らしたんだよね?」

「うん。とても幸せに暮らしたよ。」

四月島の月明かりの海岸で、青年がキャンバスに向かって絵筆を踊らせている。その周りには彼のデビル達が、思い思いの格好で彼を囲んでいた。

「でもそれ全部、オメェの作り話なんだろ?」

「シルファは、おとぎ話考えるの好きだもんね」

「作り話じゃないよ」

「え?」

彼―――シルファの周りのデビル達がざわつく。しかし彼は、そんなデビル達をよそに絵を描き続けていた。

「本当にあった話だっていうのか?」

「いつの、誰の話なのですか?」

困惑する彼らの質問に、彼はごく自然に答えた。

「私自身の話だよ」

彼の言葉にデビル達は一瞬言葉を失い、目を丸くした。しかし――――

「ははは、まさかそんなこと!」

「そうだよ、ボクはだまされないよ」

「ふふふ…」

「あはははは!」

すぐに笑い始めた。信じてる者はいないようだ。彼自身も、彼のデビル達と一緒になって笑っている。

やがて、少し静かになると、彼は絵筆を踊らせる手を止めないまま、静かに言った。

「昔、洪水があったろ?」

その言葉に、デビル達がしんと静まり返った。彼は言葉を続ける。

「私と彼女は、共に住む家こそ無かったけれど、毎日幸せだったよ。でも洪水を境に、彼女と会えなくなってしまってね。私は彼女との思い出を抱えたまま、またここにいるけれど、彼女はどうしてるかな…」

ここはあの頃と本当に変わらない…
彼はそう呟くと、少し微笑んだ。

「…洪水が、その子の記憶を流してしまったんッスかね…」

「わからない」

「シルファ、悲しい?」

「わからない。だけどね…」

彼はそこでようやく手を止めると、デビル達を見渡した。

「彼女との別れの延長線上に、君達との出会いがあったんだ。それはとても幸せなことなんだよ。私は、『前の私』とはまた違う、守りたいものや、力になりたいもの、新しい恋にも出会うことが出来たんだよ。それに…」

彼は、今度はキャンバスに目を向けた。美しい人魚が眩しいほどの笑顔で、キャンバス越しに彼を見つめた。彼はそれに目を細めると

「あの時確かに、彼女は私を―――私だけを見て笑ってくれていたんだ。」

人魚の隣に、笑顔の彼自身を描き入れたのだった。


〜 Fin〜



back next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -