あの道の先で
![](//img.mobilerz.net/sozai/1610_w.gif)
「それで、ここがその海岸なんだな?」
「そうだよ」
「二人は幸せに暮らしたんだよね?」
「うん。とても幸せに暮らしたよ。」
四月島の月明かりの海岸で、青年がキャンバスに向かって絵筆を踊らせている。その周りには彼のデビル達が、思い思いの格好で彼を囲んでいた。
「でもそれ全部、オメェの作り話なんだろ?」
「シルファは、おとぎ話考えるの好きだもんね」
「作り話じゃないよ」
「え?」
彼―――シルファの周りのデビル達がざわつく。しかし彼は、そんなデビル達をよそに絵を描き続けていた。
「本当にあった話だっていうのか?」
「いつの、誰の話なのですか?」
困惑する彼らの質問に、彼はごく自然に答えた。
「私自身の話だよ」
彼の言葉にデビル達は一瞬言葉を失い、目を丸くした。しかし――――
「ははは、まさかそんなこと!」
「そうだよ、ボクはだまされないよ」
「ふふふ…」
「あはははは!」
すぐに笑い始めた。信じてる者はいないようだ。彼自身も、彼のデビル達と一緒になって笑っている。
やがて、少し静かになると、彼は絵筆を踊らせる手を止めないまま、静かに言った。
「昔、洪水があったろ?」
その言葉に、デビル達がしんと静まり返った。彼は言葉を続ける。
「私と彼女は、共に住む家こそ無かったけれど、毎日幸せだったよ。でも洪水を境に、彼女と会えなくなってしまってね。私は彼女との思い出を抱えたまま、またここにいるけれど、彼女はどうしてるかな…」
ここはあの頃と本当に変わらない…
彼はそう呟くと、少し微笑んだ。
「…洪水が、その子の記憶を流してしまったんッスかね…」
「わからない」
「シルファ、悲しい?」
「わからない。だけどね…」
彼はそこでようやく手を止めると、デビル達を見渡した。
「彼女との別れの延長線上に、君達との出会いがあったんだ。それはとても幸せなことなんだよ。私は、『前の私』とはまた違う、守りたいものや、力になりたいもの、新しい恋にも出会うことが出来たんだよ。それに…」
彼は、今度はキャンバスに目を向けた。美しい人魚が眩しいほどの笑顔で、キャンバス越しに彼を見つめた。彼はそれに目を細めると
「あの時確かに、彼女は私を―――私だけを見て笑ってくれていたんだ。」
人魚の隣に、笑顔の彼自身を描き入れたのだった。
〜 Fin〜
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