海岸の窓 第三話 | ナノ


絵の中の二人


次の日、私は布に包まれた大きな四角いもの―――キャンバスを持って海岸に向かった。私が寝泊まりしていた宿に、長い間置いていたキャンバスだった。

そのキャンバスに絵筆を踊らせたのは、もう4年も前になる。私の全財産と言ってもいいほどの値段で買った、大きなキャンバスに、私は溢れそうな想いを無我夢中になって描いたのだ。どうしても描きたいものがあったのだ。

私が海岸へ着いて間もなく、彼女が現れた。彼女は私が持っているキャンバスに気が付いて言った。

「それは何?」

私はすぐには答えずこう言った。

「貴女は私を『風』だと言ってくれた。今日は、本当は誰にも…貴女にも見せるつもりがなかった、私だけが見ていた世界へ、貴女を飛ばしたい。良いかな?」

彼女はすぐに頷いた。

「見たいわ。貴方しか見たことがない世界。」

私はキャンバスに掛かっていた布を取った。

そこに描かれていたのは、一人の青年と、美しい人魚だった。青年は白を基調とした正装で、人魚の髪には真珠が散りばめられ、ヴェールが掛かっていた。二人とも幸せそうに笑っている。

結婚式の絵だ。

「…」

彼女の目はキャンバスの上から動かない。

「これが私が見ていた世界なんだ。私は貧しくて、絵の中でしか結婚式を挙げられない。それでも、私は貴女と一緒にいたい。絵の中の貴女だけじゃなくて、絵の外の貴女とも、ずっと一緒に笑っていたい。私と結婚してくれますか?」

「…」

絵を見つめてじっとしている彼女の頬に、はらりと涙がつたった。

「…これが涙なのね。ずっと海の中にいたから、私、涙ってよくわからないの。不思議ね、私、今とても嬉しいのに涙がでてる…」

呟くように言うと、彼女は私に向き直った。

「私、この世界はもう見たことあるわ。貴方だけじゃない。私も、何度もこの世界を夢見ていたわ。」

彼女は絵の中の彼女に負けないくらい眩しい笑顔を見せた。

「貧しくても、結婚式が絵の中だけでも構わない。貴方と生きたい。」

私は自分の頬にも何かが伝うのを感じると、彼女を抱き締めた。強く強く抱き締めた。

海岸に昇った満月は、二人をいつまでも優しく照らしていた。



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