海岸の窓 第一話 | ナノ


約束の海岸



ここはあの人と出会った海岸。
あの人と別れた海岸。
そして、あの人と再会を誓った、約束の海岸…

5年前、今でも鮮明に思い出せる、輝く日々の終わり。

「貴方と私は違うから。私といることで、貴方が不幸になったり、寂しい思いをするのは嫌だわ」

私と彼女は想い合っていた。しかし、この世はなんてままならないのだろう。上半身は人間、下半身は魚。彼女は人魚だった。貧しい絵描きの私との間には、埋めようのない差があった。

「それでも貴女を愛している」

私がそう言うと、彼女はかすかに微笑んで言った。

「貴方の言葉が本当なら、5年後にまた、この海岸で再会しましょう。それまで、私のこの大切な杖を預かって下さい。貴方がその杖を手放すときが、私達の再会の時。もし、貴方の気持ちが変わってしまったのなら…その杖は貴方にあげましょう。そして、たまには私のことを思い出して下さいね。」

あれから5年たった。気持ちは今も変わらない。私は雨のなか、独り海岸で待っている。約束の杖と、そしてスケッチブックを抱えて。

私は貧しくて、売れない絵描きだったけど、彼女は私の絵を好きだと言ってくれた。私は、彼女に会えない5年間、彼女に見せたい地上の風景をずっと描きためていた。その一つ一つに、目を輝かせてはしゃぐ、彼女の絵を描き加えた。それが私に出来る精一杯のことだった。

スケッチブックの中の彼女を雨から守るようにして立っているうちに、私はびっしょり濡れて、体が重くなっていったが、それでも待ち続けた。

やがて雨があがった。月が顔を出して、海岸を優しく照らし出した。もうじき日付が変わる。彼女は来ないのだろうか。

海岸に背を向けかけた時、波間から、懐かしい、優しい歌声が聴こえた。

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