! 夢主がちょっぴり病んでいます
「ーーー、」
あの言葉が、ぐるぐる、頭の中をリフレインしている。もしもあのとき、わたしがちゃんと"彼"の名前を呼んでいたら、どうなったんだろう。
「...おい、大丈夫か?」
意識が戻った。あ、わたし、またとんじゃってたんだ。わたしの背中に手を添えて心配そうにしている彼に、大丈夫だよと返事をする。
最近、ふとした瞬間に意識がぷっつり途切れることが多くなった。初めはどこかが悪いのかもしれないと病院に行ったりもしたのだけれど、身体はいたって健康。これが精神的な病気だっていうことは、すぐにわかった。
原因ははっきりしている。だから、この病気が治らないだろうこともわかっている。
酷く、頭痛がする。
水が欲しいと頼むと、彼はすぐに持ってきてくれた。その水で常備している頭痛薬を飲む。
「...飲みすぎだろ」
ごみ箱に捨てた3錠ぶんの包みを見て彼が言った。確かに規定の量を越えているけれど、これだけ飲まないと効かないんだから仕方がない。
「あのさ。俺じゃ何もできないかもしれねーけど、辛くなったら言えよ」
空になったコップを受け取った彼がわたしの頭を優しく撫でる。...ああ、そんな顔しないで。そんな優しい表情をされたら、君によく似たあの人を思い出してしまう。
「ありがとう.....アツヤ」
アツヤ。そう、彼はアツヤだ。白恋中エースストライカーの吹雪アツヤ。わたしは彼を見ないで、彼がいつも身につけている真っ白いマフラーに顔を埋めた。
こいつは、病んでいる。
北ヶ峰での雪崩事故で吹雪夫妻とその息子が死に、もうひとりの息子だけが取り残されてから、長い年月が過ぎた。昔から家族ぐるみで俺たちと仲が良かったこいつは当時、"俺"に負けないくらい悲しみ苦しんでいた。時間が経った今でさえ、北ヶ峰に行くことができないくらいだ。
俺のマフラーに顔を埋めるこいつをそっと引き寄せた。華奢だとかそういうレベルではないほど痩せている身体は俺の腕にすっぽり収まる。頭痛はもう大丈夫なんだろうか。
こいつは、あの事故が起きてから可笑しくなった。今までは、なんとか抑えてやることができていたけれど。最近は異常だ。突然、本当に唐突に意識をなくして、少し経つとはっとしたように目を覚ますということが日に日に増えている。
「...ねえ、大好き」
俺の思いをよそに、腕の中から可愛らしい声が聞こえた。表には出していないけれど、こいつだって自分の可笑しさにはとっくに気づいている筈なのに。
「ずっと一緒にいてね...アツヤ」
こいつは、アツヤに依存している。士郎が造り出した、偽物のアツヤに。これが仮初めの温もりだと知りながら、必死に目を背けて、自分を騙して、"俺"をアツヤだと思い込んで。
...もしも、あの事故で死んだのがアツヤじゃなくて士郎だったら。こいつはここまで可笑しくならなかったんだろうか。
"俺"が初めてこいつの前に現れ出たとき、こいつは戸惑いも躊躇いもしないでただ一言、「アツヤ、」と呟いた。もう何年も昔のことなのに、あの、雪のように白くて変色した血のように黒い声が、鼓膜にこびりついて離れない。
(偶然と必然が空回りした未来)
ぐるぐる、ぐるぐる。あのときからずうっと、堂々巡り。