放課後。名前は一人で帰宅しながら、ふと昼休みの友人との会話を思い出した。

『名前てなんで男作んないの?』

『じゃああんたはなんで男たくさん作るの?』

『いるにこしたことないし…。あ、そういえば昨日から渡辺君と付き合ってる』

『…それって隣のクラスの?あんたまた!?一週間前に別れたばっかじゃん』

『だってぇ、前のは浮気してたんだもん!今回は大丈夫!』

『…なんで言い切れるのよ?』

『あたしのカン♪』

『………そう』

(その勘で毎回外れてるって自覚ないのかなあ…)



名前の友人は容姿は可愛らしいし人気もある。
だが、それをうまく利用して彼氏を幾度となく作っている。
名前はその友人と仲が良いが、そういう面で見ると彼女の行為は認められるものではない。

「渡辺か…あの子もかわいそーに…」

名前はぽつりと呟く。

友人の付き合い方の雑さはもはや二年生全体に知れ渡っているはずだ。それなのに懲りずに告白すれのは下心があるか、本気なのか、どちらかだ。

「全部ひっくるめて…恋なのかな…」

名前は人を好きになった事がない。
友人もクラスメイトが桃色になって騒いでいても、自分にはまるで別の空間だった。
どんなタイプがいいっていう希望もなければ、この14年間告白交際した事もなかった。

「やっぱり…私がおかしいのだろうか、」

名前は立ち止まり、唸った。その時、

「苗字?」

どこか聞き覚えのある声がかけられた。振り返ると、そこに立っていたのはジャージ姿のクラスメイト・風丸一郎太だった。仲良くないわけではないが、頻繁に話したりしない。他人という程関わりがないわけでなく、友達と言う程親しいわけでもない。まさにただのクラスメイトと呼ぶしかない間柄だ。

「苗字は今帰りなのか?」

「…風丸君は部活帰り?」

「ああ。でも苗字ってすぐに教室からいなくなったよな。帰ったんだと思ったけど…」

「え?あ、ああ…友達待ってたんだよ、しばらくは。でも先に帰っちゃったから遅くなってさ」

(自分は何ペラペラしゃべってんの?てかなんで風丸君、私がすぐに教室出た事知ってんの?)

ふつふつと疑問が沸き上がってきたが、それを抑えこむ。そして、厭味にならない作り笑顔を張り付けたまま、尋ねた。

「でも、どうして?」

「あんまり暗くなると危険だろ。帰り向こうなら、途中まで一緒に帰らないか?」

「え?いや…遠慮するよ…」

「なんでだ?友達帰ったんだろ?」

「そうだけど…」

「じゃあ、行こうぜ」

強引に手を引かれ、拒む事が出来なかった。

(こんなとこ…クラスの風丸君好きな人に見られたらやばいな…)

そう思いながらも、当の風丸に握られた手は男女の力の差虚しく、離す事が出来ない。

しばらくはほぼ一方的に風丸が話しかけ、名前がやんわりと返しながら逃げ腰という状態が続いた。
ようやく名前の家が見えてくると、強引にでも送ってくれた風丸にお礼を言った。

「えーと、風丸君ありがとね」

「いや…、ところで苗字は付き合ってる奴とか…いるのか?」

「……いやいや、全然。好きとかまったくねえ…」

自分で言ってて少し悲しい。風丸は珍しく頬をわずかに赤く染めて、言いにくそうに続きを口にした。

「じゃあ……付き合ってくれないか、」

「付き合うって……、どこかに、とかじゃなくて…?」

「ああ。俺と付き合ってほしい」

「いやでも私……風丸君の事良い人だとは思ってるけど、別にカレカノにあるみたいな恋心とかないし」

「わ、わかってる。だから、付き合ってやっぱり好きになれないようなら…あきらめる。可能性があるなら付き合ってくれないか?」

真剣な表情で迷いのない眼で見られ、しばらく悩んだ後、押しに弱い名前は言ってしまった。

「……じゃあ、はい」

「!いいのか!?」

「え、まあ…」

「本当だな?よし!」

普段は落ち着いている風丸の本当に嬉しそうな無邪気な反応はとても新鮮だった。

(これから、風丸君の事を知って…私も、変わっていくのだろうか…)

名前は胸の鼓動がわずかに早くなったような気がした。おそらく、間違いではない。今までになかった変化に若干戸惑う。しかし、風丸ていたら本当に変われるのかもしれない。
人間の厄介な感情を体験する事が出来るかもしれない。
内心理屈を並べたてるが、風丸に抱きしめられて拒まなかったのも、顔に血が上ったような感覚に陥ったのも、きっとき気のせいではないはずだ。



(ちなみに、もし私が付き合っていたらどうするつもりだったんだ?)

(相手を呼び出して全校生徒に聞こえるように大告白するつもりだったり、な…)

(!!?)

(まあいいじゃないか。ならなかったんだから)

(まあ、ね………。風丸君は怒らせないようにしよう…)




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