▼ おじたんのおじたん
※3章公開あたりに書いたのでレオナ留年説採用していました
「ジョン様、レオナ様がお越しです」
ジョンの私室の扉越しに、遠慮がちに従者の声が掛けられる。
「レオナ? ……わかった。下がれ」
そして従者が去った後、少ししてからノックもなしに扉が開かれる。レオナ・キングスカラー、ジョンの遠縁の親戚である。
ホワイトライガーの獣人。珍しいに珍しいをかけ合わせたようなものがこのジョンであった。父がホワイトライオン、母がホワイトタイガーであり、兄は父の血を受け継ぎホワイトライオンである。
王家であるキングスカラー家の親戚にあたるジョンの下には昔からレオナが度々訪れており、レオナがナイトレイブンカレッジの生徒となった今でもこうして顔を見せに来る。
ジョンには親戚の子供の扱いがわからぬ。
多感な時期だったから仕方ないと個人的には思っているが、「おじさん」と呼ばれたときには「おじさんじゃねぇ!!」と大声で叫んでしまったし、構い方がわからず訪れたレオナを部屋にほぼ放置はよくあることだったし、子供の言う「遊ぶ」が何なのかわからず子供にはルールが難しいであろうボードゲームやカードゲームを引っ張り出したりした。弁解させてほしいのだが、ゲームに関してはジョンは100%善意だった。
ハイスクールに入って同級生の話を聞いて、漸く「あれもしかして子供に対する対応じゃないな?」と少し気がついた。ジョンは子供の扱いがわからぬ。飽きもせず度々ジョンの下へ遊びに来ていたレオナの気持ちもとんとわからぬ。こんなつまらぬ年上の親戚の男の下へとよく来るものだと頭をひねるばかりである。
レオナは歳を重ねようと特になにも変わらなかった。幼少期から奴はジョンのことを呼び捨てで呼ぶし、相変わらず顔を見せに来てはジョンの部屋で寛いでボードゲームやカードゲームで賭けをして帰っていく。ジョンは己が「親戚の子供」からみれば随分と退屈な存在だろうという自覚があった。故に、そんな己の下へ今も通うレオナは変わった子供だと思っている。
「先月も会わなかったか……?」
「ああ? 先月もじゃねぇだろ。もう1月も経ってんだよ。俺ァ、アンタと違って1年に3回じゃあ物足りねぇもんで」
ふん、と鼻を鳴らしてジョンのベッドに寝転がるレオナだが、レオナはここへ来るよりも我が家へと帰るべきだとジョンは思う。ジョンは、レオナが実家に顔を出すついでにジョンのところへ顔を出しているのだと思ってたのだが、事実は逆であるらしい。実家より帰る親戚の家。如何なものか。
一体なにがレオナの琴線に触れたのか知らないが、レオナは他よりも少しだけ、ジョンに懐いているのだと思う。それこそ、ジョンがナイトレイブンカレッジに通っていた頃、1年に3回しか帰ってこなかったことを根に持つくらいには。
「懐かしいなァ。お前がよく俺の服に爪を立てて引き止めようとしてたの、覚えてら。あの頃からちィっとも寂しがりは治ってないのか、レオナ」
「ああそうだ。アンタのせいだぜ」
「あん? 俺のせいか……」
そう言われると、ジョンもそんな気がしてきてしまった。顎に手を当てて「昔のレオナはどんなだったっけ」と首を傾げる。最初に会ったときを思い出して、いつからこんなにジョンにべったりだったか記憶を遡る。
「……いや、お前最初からそんなだっただろ。俺のせいじゃない」
幼いレオナはほぼ初対面からジョンの足に抱きついて離れなかった。「おじさんじゃねぇ」と怒鳴られても「じゃあ名前教えて」と返すだけで怖がることもなく。肝が座っているのか、寂しがりが極まっているのか、それはジョンの知るところではないが。
レオナは「あー、そうだったっけか」と適当な返事を返し、怠そうに身体を起こしてベッドの上にチェスを置いた。
「ジョン」
「またか」
レオナの対面にチェス盤を挟んで腰掛ける。
レオナはジョンの下へ来る度、チェスの勝負を仕掛けてくる。負けた奴が勝った奴の言うことを1つ聞く、という条件で。毎度ジョンが勝っているが、レオナは段々とジョンを追い詰めるようになり、最近は負けまであと1歩というところまで来ている。ジョンの年の功もそろそろ限界だ。
年下の親戚に負けるのが恥ずかしい、という気持ちはジョンにはない。が、ジョンは負けた己がレオナに一体何を言われるのかが少し恐ろしいとは感じている。ジョンはレオナに無茶を言わなかったが、レオナにその配慮があるか謎だからだ。
「お前の願いなんざ、俺に頼まなくても叶うだろうに……」
コツコツと盤の上で駒が動く。
いつだって、先手の白はレオナ、後手の黒はジョンだ。最初に初心者のレオナに有利な白を取らせ、以降ずっとそのまま続いている。ジョンはそろそろ白と黒交代制にしたいと思っているが、未だその話は切り出せない。
「叶わねぇモンもあるんだよ」
「それを俺が叶えられるとは思わんが」
第二王子といえど、国で最も高貴な血筋のレオナが望むことで、ジョンに頼まねばならぬ物等あるだろうか。ジョンが負けたらそれを叶えなければならないのだ。無茶なことではないとレオナの良心を信じているが、何故だか背筋に薄ら寒いものを感じる。
王の座とか言われたら困るけれど、まさかそんな、そんな……。ジョンはレオナの良心を信じている(2回目)
そうだ、第二王子といえば、
「レオナお前、俺ンとこ来るのはいいが、家にも帰ってやれよ」
「あ゛?」
「お前の兄と甥から、全然帰ってこねェって聞いた」
「チッ……」
この話はレオナにとって地雷だったようだ。さっきまでゆらゆら大きく揺れていた尻尾をベッドにバシバシ叩きつけている。ジョンは埃でくしゃみが出る質なので、埃が舞うそれはやめて貰いたいのだが。
精神攻撃を仕掛けるつもりはなく、ただの世間話のつもりだったが、思いがけずレオナを動揺させてしまったようだ。
「一応俺の方からも声掛けとけって言われたんだ。しかし流石にちと驚いたわ。毎度俺のとこに顔見せに来るのに、まさか家には帰ってねェとは思わなかった」
「俺の勝手だろうが」
「そりゃ……、違ェねェがよ、あっ、やべちょっと待っ」
「待たねぇ。ベラベラ喋ってっからだ」
「ッはー、可愛くねェ」
キングを狙うために動かしていた駒はレオナの手に。レオナの家の話で注意散漫になっていたことと、単純な読みの甘さのダブルコンボがジョンにクリーンヒット。レオナが思いがけない反応をしたから、などという言い訳は聞き苦しい為飲み込んだ。
大事な駒をなくし、残った駒でこの策略に長けたレオナに勝てるだろうか、とジョンの背中に冷や汗が伝う。引き分けを狙いに行きたいところだが……。
「ぐぅ……」
負けた。重要な駒を取られたあの一手が、挽回のしようのないくらいのミスだったのは言うまでもない。こういったときは「ぐぅの音も出ない」と言うが、ジョンの口からは唸り声がぐぅぐぅ鳴っている。ぐぅの音しか出ない。ぐぅの音はかろうじて出る。どっちでもいいが、ぎりぎり粘っていた戦績初の黒星が、己の注意散漫が原因でなんて笑えない。
「はぁー、負けた負けた……。それで、俺はレオナに何をすればいいんだ」
「約束」
「約束ゥ?」
「昔した約束を、今果たせ」
レオナは悪い顔をして笑っているが、ジョンはその「昔の約束」がピンとこない。チェスを棚に片付けながら、ジョンは昔レオナとした約束を思い出そうと頭を捻った。レオナは「約束だよ」と約束を取り付ける割に「約束したでしょ」と強請ってくることがなかったので果たしていない約束はおそらく結構ある。
「あー、遊んでほしい?」
「違う」
「……お泊り?」
「違う」
「ん゛ー……、べんきょ」
「違う」
昔の記憶を引っ張り出しても、どれもこれもレオナの望む答えと違うらしい。段々とレオナの機嫌が悪くなっているのをジョンは感じた。感じているがどうにも思い出せぬのだ。そんなに大切な約束を忘れてしまうなんて。これはレオナに素直に謝って教えて貰うしかあるまい。
ジョンはレオナの隣に寄って、ふさふさの耳に舌を這わせた。
「っ、」
「駄目だわ、歳だ歳。なンも思い出せん」
ザリザリとジョンが毛づくろいしてやると、レオナの耳がぴくぴく震える。昔から、レオナは耳をジョンに毛づくろいされるのが好きだった。……と、ジョンは思っている。多分好きだったのだと思う。自信はないが。幼い頃はジョンにぐりぐり頭を押し付けてきたし、今だって拒絶はしないし。
「……グル、」
「わァるかったよ。許せ。ちゃんと聞いてやっから」
「言ったな?」
おぉっと、まずいな、もしやこれはレオナの策略か。レオナが唸ったので素直に謝ったが、それを待っていたと言わんばかりに「言質とった」とレオナが笑う。
約束の内容はジョンが渋るような内容で、それでいて忘れているだろうことを見越していたやもしれぬ。ご機嫌ナナメもジョンのご機嫌取りも全て。これは参った。いつの間にか親戚の子供はこんなに(ちょっと嫌な方に)成長してしまったようだ。
まっすぐにジョンを見つめる緑の瞳。昔は可愛らしかった顔立ちも、今は精悍な雄の顔へと成長した。これは雌にモテるな。
「番うと言った」
「……なに?」
「俺が大きくなったら、ジョンは俺と番うと約束しただろう」
レオナのその言葉に、じわじわとジョンの昔の記憶が蘇る。
「ジョン、番って」とベッドに寝転んだジョンの腹に跨ったレオナが言っていたような。その時ジョンは最大級に眠かったし、所謂「あたし、お父さんと結婚する!」と同じものだと思ったので「はいはいレオナが大きくなったらな」と答えたようなそんな記憶が。
「……言った、ような気が、する……」
「気がするんじゃねぇ。言ったんだよ」
「そうかい……」
「俺は大きくなっただろ?」
確かにレオナは大きくなった。そりゃあ昔と比べればそうだ。なにせもう何年も経っているのだから。歳も20だ。
「そうは言ってもな……」
「あ゛? ちゃんと聞くっつったばっかだろうがよ、ジョン」
「わァった、はいはい。……だがレオナ、お前まだナイトレイブンカレッジ在学生だろうがよ。大きくなったとは言ってもなァ……」
そう、レオナはまだハイスクール在学中。ナイトレイブンカレッジを卒業していない生徒なのだ。もう20にもなるが、そういう観点でいけばまだまだ子供。三十路目前の男とハイスクールの生徒が番うなんて「ヤバイ」だろう。
「学生の餓鬼と番うとか、無ゥ理ィ。せめて卒業してねェとな」
「……」
ギュっと眉間に皺を寄せたレオナが黙る。
ジョンの感覚でいくとまだ名門ナイトレイブンカレッジの生徒とはいえ学生は餓鬼だ。約束の「大きくなったら」に該当しない。
「卒業したら、いいのか」
「んー……、そうだな。約束だしなァ」
世継ぎだとかそういったことは、ジョンは兄が家督を継いだので問題ない。レオナも己が第二王子であるからそこは問題ないと思っているのだろう。多分。
レオナもジョンも男であるが、ジョンは不思議と嫌悪感はない。レオナが番いたいというのなら応えてやってもいいかな、と思う。交尾できるかはわからないけれど。三十路目前のジョンで良いのならば、その約束果たしてやろうじゃないか。レオナが卒業する頃には三十路超えてるかもしれないな。
「こーんなちっせェ頃から待ってんだからもうちィとくらい待てるだろ」
「そんなちっさくねぇよボケてんのか」
なんて口の悪い奴だ、と思うが、言葉の過激さの割にレオナの尻尾はご機嫌だ。ジョンと番うという約束が子供の口約束でなく、ちゃんと大人の約束になったのがそんなに嬉しいのか、レオナの尻尾がジョンの尻尾に絡みついて締め上げてくる。
「もう三十路前なもんでね。四十路になる前には流石に卒業しろよレオナ」
「馬鹿にしてんのかテメェ」
「はははは」