短編 | ナノ


▼ ラジオデーモンとラジオデーモン

※2Pアラスター(@ Anic_enさん)
※生前捏造


「だ、誰……?」

 ラジオデーモンアラスターをやっていて最大のショック。いやはや、ニューオリンズの殺人鬼から地獄のラジオデーモンまでのびのび健やかに過ごしてきた私には少々刺激が強い。
 手を血塗れにして呆然とするの青年の顔は気弱そうな印象を受けるが……、全体的に私に似ている。そう、私の生前に! 入念な計画の上で人を殺して生きる糧にした私とは違って、どうにも目の前の青年は衝動的に人を殺してしまって動揺しているようだ。その有り様で、なぜ私を呼び出せたんだか。並行世界の同一人物の縁か? マア、それがなんであったとしても私にはさして関係ないが。そう! 呼び出されたなら契約を! 悪魔の基本ですね。それが達成されれば他はどうだっていい!

「御機嫌よう、はじめまして、赤の映える素敵な紳士よ。私はラジオデーモン。デーモンの名の通り魔の者ですどうぞよろしく……おっと、握手はできそうにありませんね。そんなに血塗れでは」
「ら、ラジオ、デーモン? なんで悪魔が……? あっ、そんなことよりこれ! これ、どうしよう!」

 「そんなことより」? おやおや、これはまた、気弱そうなのに随分とイイ性格をしているようで何より。しかしながら呼び出したのは彼自身の望みではなく偶然のようだし、私が手伝う義理はない。薄情と言うなかれ、これが悪魔の常だ。

「サア? どうしようと言われても。知りませんね、エエ、私の知ったことではない。契約者じゃないあなたに興味はありませんから」

 気長にバードウオッチングでもしていれば、じきに地獄への道が開き帰れることだろう。この惨状? 知ったことではない! 彼だって(多分)アラスターなんだから、気弱で愚鈍でもどうにかなるだろう。人間窮地に陥ったときは普段より力を発揮できると言うし。

「契約? あっ、そうか、悪魔だもんね……。じゃあもし僕が君と契約したら、これをどうにかしてくれるの?」
「……エエ! 契約さえ交わせばもちろん。悪魔は約束を守ります。とっても誠実!」

 少し冷たい態度で突き放して、私にはどうしても契約したい意思はないと突きつけてやればこの通り! こういった手口、悪魔に願いがある召喚では使わないが、地獄ではたまに使う。
 契約する意思が少しでも出てきたのなら、まずは警戒されないよう気軽にジャブから! はじめっから魂取りにいけば警戒されること間違いなしだ。特に彼は気が小さいから。私は堅実ラジオデーモンなので、真面目にコツコツ獲物を逃さないように。

「契約内容は簡潔で明確に。そうですねェ……。では、その死体を、食べられるように「あなたが」解体してください。さすれば血痕も凶器も私が綺麗さっぱり無くして差し上げます。晴れてそれは犯人捜索中の死体から行方不明の生死不明者に早変わり! どうでしょう?」

 なんて良心的! 賭博と酒以外には興味がないハスクも薄気味悪いと賞賛しそうなくらい!

「た、食べられるように解体!? まさかとは思うけど……、食べるの?」
「なにか問題でも?」
「いや……、人の好みには口を出さないけど……。どうせ僕が解体するなら、契約の意味ってあるの、それ?」
「ハア?」

 おっと、「何言ってんだこいつ」が出てしまった。怯えて涙目になった青年を宥めるように、先ほどよりも柔らかい笑顔を意識して微笑む。しょうがない、もう少しサービスですよ。悪魔と契約するのに利益が少ないとゴネるだなんて、気が小さいんだかどうだか。

「失礼、失礼! では四肢を解体してください、一先ずはそれでよしとしましょう」
「は、はーい……」

 ウーン、納得していないのが透けている。怖いからとりあえず従っておこうという魂胆が見え見え。透け透けの見え見え。嫌ですね、そんな私を野蛮人みたいに扱われては。

「どうか怖がらず、何が不満なのか言ってみてください? 私はこんなに良心的なのに。一応言っておきますが、今までの契約の中でもここまで優しい契約はありませんでしたよ」
「いや、あの、……解体までできたら、あとは隠すだけでしょ? それなら僕でもできるかなって……」

 ほーん、解体と隠蔽の違いも苦労も理解していない。なるほど、なるほど。

「そう思いますか? ならば自分でやってみればいい。止めませんよォ、別に。契約は互いの合意が大切ですからね。私は相手を騙して契約書になんとかサインさせることに必死な詐欺師じゃない。あなたの挑戦を応援します、エエ、喜んで!」
「えっ」
「アア残念です。対価を軽くして少しのお手伝いで済むよう、とても良心的に取り計らったつもりなのに! あなたの言うようにいちから私がやっても構いませんが、あなたは一体何を差し出してくれると言うんですか?」
「え? えっと……、うう、ごめんなさい……。じゃあ、その、僕が解体するのって君にとって対価になるの……? その言い方だと、対価って結構大切だよね?」

 一先ず、対価と物事の釣り合いに関しては意識してくれたらしい。最初の1歩って感じ。警戒心が強いというより気弱で愚鈍。

「あなたの言う通り、契約には互いに利がないといけません。悪魔の基本です。基本のき。慈善活動なんてナンセンスですよ、その通り。今回、確かに私にはあなたの死体隠滅をこなすメリットがない。しかしながらあなたは私に救いを求めている! そう! まるで迷える子羊のように! そんなあなたを「対価が用意できそうにないから」なんて理由で捨て置くなんてできませんよ、私優しいので!」

 今ちょっとどっかの学園長のセリフ入っちゃったな。まあいいか、このネタわかるわけないし。散々「どうなったって知ったことではない」とか「契約しないなら興味ない」とか言った気がするけれど、どうせ覚えてないでしょう! 私の言い分をここまでは理解しているようで、頷いてみせた青年を確認して続ける。

「うっかり衝動的に殺してしまった死体を、罪の意識に苛まれながら解体という重労働をこなす……、その姿をみて楽しむことで対価としようかと思いまして。どうでしょうか? とっても良心的じゃあありませんか?」
「そ、そういう愉しみ方、なんだ……。良心的、だよね、あはは……多分……」
「では以上を以て、ラジオデーモンの猿でもわかる契約講座終了とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。もし今のでご理解頂けなかったのなら、残念ですが畜生と契約する趣味はないので本格的にお暇しますが?」
「いや、わかった! 十分わかったよ! ……やる、から、僕に手を貸して欲しい」

 契約成立! 青年は死体をヒイヒイ言いながら四肢と胴体、頭の6つに裂き、私は凶器と血痕を綺麗さっぱり消し去った。解体するだけなら重労働だができなくはないのだ。問題は、証拠隠滅死体隠蔽のほう。彼は今回のことでよくよく理解できたことだろう。少し大まかに死体を切っただけで息を切らせているのだ、隠蔽なんてまともにできようもない。ほらね。
 彼が使った凶器は折角なので貰っておくことにした。まあ、いつか使う時が来るかもしれませんし。私の趣味じゃあありませんけどね。よく切れる刃物だから……、そうだな、思っているより早く出番が来るかも。そう、本当にすぐに。

「はあ、はあ……、き、君って、結構手際にうるさいんだね……!」
「そうですね、趣味でそういうことをしていたもので。手際の悪い解体を見ているとついつい口を出してしまうんです、いやー、悪い癖ですね! マア、次に活かせると思って素直に聞いておけばよろしいのでは?」
「次なんてないよォ!!」

───

 あったね、次。

「次なんてない、でしたっけ? ンンー、つい先日の発言がこうも簡単に覆せるとは! あなた悪魔の素質あるのでは?」
「うるさい、うるさい……! 僕だって、こんなつもりじゃ……!」

 契約成立後、特に青年(やはりアラスターと言うらしい)についてまわる必要はなかったが、時空を飛び越えているせいか地獄に戻るのもひと苦労そうだったのであれやこれやと理由をつけて未だ彼のそばに居る。もうちょっと粘れば美味しいご飯が食べられそう! というのもある。人肉もそうだし、彼のこともだ。平行世界とはいえ、私には変わりないのだ。絶対やると思った。やらなきゃアラスターじゃない! 見事期待通り死体を作り上げてくれた訳だが、どうにも彼は気が小さくて錯乱気味で困るな。

「こんなつもりじゃなかった? じゃあどういうつもりで? 人を殺すのにあれこれ理由が必要ですか? なら、理由さえあれば人を殺せる? 素敵ですねェ! どんな理由がお好みでしょう? 昔嫌いだった犬に顔が似ている、吸っているタバコの匂いが嫌い、服の趣味があわない、声が嫌い、きのこたけのこ派閥争い、ネクタイがうまく結べていなかったから!」
「うるさいって言ってるだろ! 黙れ!」

 おっと、癇癪を起こしてしまったみたいだ。オーケー、黙ろう。口角は上がったままだが、口を閉じてオーケーサイン。どうせ君は私を頼るしかない。この悪魔を。うーん、実に愉快愉快! 気が小さくてすぐに錯乱する癇癪持ちの割、全てが終わった後にはケロッとしているこの男、私とはだいぶ性格が違うがやっぱりどう考えても殺人には向いている。悪魔にも。次はないと言っておきながら衝動に任せて殺人を犯してしまうところもね! 性的に迫られて満更でもなかったクセに、地雷ひとつでこうとは。此度は1度目の殺人とは理由は違うのだろうけど、こうなればいくつの理由で殺人を犯すか楽しみになってきた。

「ど、どうしよう……! 凶器、血痕……、死体、どうにか、」
「……」

 前時代なだけあって捜査も杜撰、監視カメラなんてものそこらになければ、鑑識もザル。だから私もいくつもの死体を積み上げた訳だが。今彼の脳内は警察に捕まることへの恐怖が蠢いているのだろう。「ラジオの仕事ができなくなっちゃう」とか? ありそう! そこに殺人への罪悪感がなさそうなところが気に入ってますよ! 小指の先ほどね。おっと、鳥が窓際に。かわいいですねえ、鹿と鳥は仲良しなんですよ。プエップエッ。知らんけど。

「ね、ねえ、」
「?」
「あう、ごめんよ、怒鳴ってごめん、黙れなんて思ってないよ……」

 いや、普通に嘘。黙れとは思っただろ。おしゃべりな私が素直に口を閉じてひと言も発さないことに泣きべそをかきながら、彼は「助けてよお」と情けない声で言った。自分に似た顔でそれやられると微妙な気分。や、いいけど……、どうせ自分の顔なんて鏡見た時しか目に入らないから。

「助けてと簡単に言いますけど、対価は考えているんですか? 最初に言ったはずですが、私慈善活動なんてしませんよ。悪魔ですから。あなたがどんな魅力的な提案をしてくれるか想像がつかなくて楽しみですね、心が踊ります! さあ準備ができたらいつでもどうぞ?」
「対価、対価……、こういうのって何が釣り合うの? 僕、君の好みの体位も知らないのに」
「次にその話をしだしたらあなたを殺してしまいそうなくらい、その話題は大嫌いです」

 そうだった、うっかりしていたけれど、彼は性行為に忌避感のないオープンどすけべだった。好き嫌いの話で真っ先に体位の話になるって。最悪。マジサゲ。おっとうっかり語彙力が。

「そ、そうなんだ……。えっと、前は解体だったよね。じゃあ、前よりもっと、ちゃんと解体してみせるよ、それじゃ駄目……?」
「ウーン……」

 1度目の過ちを乗り越え、解体への忌避感が薄れた者の解体ショーを見ても楽しくないのだが。最終的には彼が地獄に落ちた後も私の奴隷にすることを目標としている為、徐々に契約内容もシビアに、しかし彼の警戒心を上げ過ぎないよう立ち回らなければいけない。魂を明け渡すくらい判断力を失い、私に従順になってもらわなければ。

「それでは少し面白みがない。わかります? 面白み」
「えっと、……そんなこと言われても」
「もう少しスリリングに! そう、例えば……、私の指示を守って、私の言う通りに解体する。そう心配せずとも、不可能な指示はしませんよ、前回の息の切れた様子からあなたの運動不足はちゃーんと認識していますから。でも、前ほど優しくはしませんよ、ハッハー!」

 ドッとざわめく声が上がる。うーん、SEが本日も絶好調! 「前ほど、優しく……?」と呟く様はまるで宇宙を背負った猫のよう。小突いたりどついたりしなかったのだから、普段の私と比べればびっくりするほど優しい指南だったはず。ハスクも驚いて酒瓶をひっくり返してしまうくらい!

「さあ、どうします? 他の悪魔を呼んでも構いませんよ。ただ、他の悪魔は私より貪欲ですから、対価に魂を要求されてしまうかも」
「魂!? 魂を取られたら……、どうなるの?」
「死後は地獄に真っ逆さま。そのまま契約の鎖に繋がれて奴隷ですかね、オーソドックスなのは」
「ど、奴隷……」

 死後の(一部条件が揃わなければ)終わりのない世界で囚われ続けるなんて御免だろう。誰だって。まあ、彼はマゾヒストの気があるみたいだからこれをどう取るかは知らないが。恐怖の中に少しの興味関心を感じる。うーん、マゾ。一生自覚しないまま生きていてくれ。

「……わかった。君の条件を呑むよ」
「では、楽しい解体の時間と行きましょう! 大丈夫、優しく、優しぃく教えてあげますよ。死体の手取り、足取り、首取り!」

 さて、では彼にはどう動いてもらおうか。前は簡易的に四肢を切り落としただけだが、それじゃあ代わり映えしなくてつまらない。彼が怯えて泣いて苦労するような、そんなエンターテインメントがいい!

「まずは前回手を出さなかった内臓! 腑分けはできたほうがいい。内臓は傷みやすくデリケートですから優しく、丁寧に、でも迅速に! さあナイフを持って、これを貸してあげましょう」
「えっ、これ……」
「いつか使うときが来ると思ってとっておきました。嬉しいでしょう?」

 ああ、ちゃんと持っておいてよかった! 泣いても笑ってももう戻れない。あなたはそれを成し遂げなければならない! 自分の意思で手足を動かしてね!


───


 どうにも指南し過ぎたらしい。彼は死体の解体に慣れきり、殺人をひとつの趣味とし、私の食人にすら興味を示した。うーん、これであなたもアラスター! ラジオデーモンになる日も近いか? 彼が死んだ日には、私はどの地獄に行くのだろうか。彼の魂を手に入れると仮定して、ならば彼と共に、この世界の地獄に? それとも、彼をつれて私の地獄に行くのだろうか。どちらでも愉快愉快。構いませーん!

「ねぇ、流石にそろそろ名前を教えてほしいな」
「名前?」
「そう。いつまでも「君」って呼ぶのは寂しいじゃない? 僕と君との仲だし……」
「私とあなたが一体どういう仲なのかは知りませんが、そうですね……」

 同姓同名なぞ珍しくもないし、別に名前くらい教えたっていいが、彼の言う通り素直に教えるのは癪。普段オドオドしているクセに最近は私に慣れたのか、こうして仲のいい友人のように距離を詰めようとする。段々私を舐め腐ってきているようでちょっとムカつくー、ということ!

「アラスター、君の愛称は?」
「え? えーっと、アル、かな」
「じゃあそれ」
「じゃあそれ!? ひ、ひどい、僕には名前も教えてくれないの……!?」

 私も「アル」なので。プーン、とよそを向いて「この話はおしまい」とマイクをいじいじ。うんうん、特に異常なし、絶好調。

「嫌ならラジオデーモンと。それより、手が止まっていますよ、私に美味しい食事をご馳走してくれるのでは?」
「う、ううう……、いいよ、アルが僕と同じ名前でいいっていうなら、それで……」

 ぐすぐす涙目になりながら、今日殺した男性を解体していく手際は手慣れたもの。もう罪悪感もクソもないし、殺人をエンジョイしている。後始末も私が手を出すことは証拠隠滅の口出しくらいか。のんびり一緒に死体で作られたディナーを口にするだけの日々は、少々退屈。彼の反応も新鮮味がないし、怯えもしないし。

「そういえば、この人とは初めて同性でのセックスした仲なんだよ。行きずりって感じだったし、セックス自体も本番なしのオーラルだったんだけど。まさかまた会うことになるなんて……。それにまたこうして、……興味なさそうだね?」
「ええ全く興味ありませんね」
「アルはいつも僕が誰かと居るときとか、シてるときは居ないもんね。今日も息の根止まるまでは居なかったし……、どうして?」

 どうして? なぜ見ないのかと言う話? 第三者の性行為の最中に意図的に居合わせるような輩は変態だけでは? アア、彼は変態だからわからないのか、そこの一般的感覚が。

「あなた、野良犬の交尾に興味あります?」
「あ、ある……」
「ア、そう。私はない。あなたと私じゃ趣味が合わないみたいですね。この話はおしまい」
「えー!?」

 要するに私からすればお前らの性行為など発情期の野生動物の交尾に過ぎず、どうでもいいし興味ないしなんなら嫌悪感まである。そういう話だったが、残念ながら彼には通じなかった。残念、残念! ……野良犬の交尾にまで興味を持つのか、この男。引くわ。

「じゃあ、アルの興味ある話ってなに? アルの話聞きたいな。君の声とっても好きなんだ、楽しいラジオを聴いてるみたいで」
「私の声を独り占めしながら解体作業ですか! 贅沢ですね、いいでしょう! ラジオデーモンの名に賭けて、楽しい時間をお約束しますよ」

 私が興味あるのは、如何に人にラジオを通してエンターテイメントをお届けできるか! 地獄では上級悪魔の断末魔を放送することで一部の悪魔には楽しい時間をお届けできたことだろう。悪魔って悲鳴好きじゃん? 特に威張ってて上の方でふんぞりかえってる奴が惨めに無様に悲鳴あげている様なんてもう最高! 地獄に住むどれだけの悪魔があの放送を心待ちにしていたことか! ……してたよね? 多分してた。マア、狩る悪魔も減ってしまったので自然と上級悪魔の悲鳴を聴こうのコーナーは終了してしまったが。再放送ならいつでもできるのでお気軽に! 今の所再放送を望まれたことはない。私もそろそろお気軽ご意見箱のためにスマホを持つべき? 視聴者の声を迅速かつ気軽に聞けるのは最新技術のいいところですね、そういうところは認めていますよ。エエ、元々はスマホがないと死にそうな人が蔓延る時代の人間でしたので一応ね。マ、地獄にそんなファンレターを送るような悪魔は居なさそうなので依然持つ予定はありませんが。そもそもそこまで熱狂的ファンなら紙でもなんでも送ってきますからねぇ、ほら、どこかのボックス頭の悪魔みたいに。

「えっと、地獄にはアルのラジオに熱烈な手紙を送ってくる悪魔が居るの?」
「ええそれはもう熱烈な恨み妬み嫉みを。彼は言葉による表現力に欠けるところがあるので、何通も送られたところで罵倒のバリエーションも乏しく退屈ですがね」
「そ、そう……全然相手にされてないんだ、可哀想……」

 次点で興味あるのは、そう、配下と書いて奴隷と読む、魂を私に握らせる契約をうっかりしてしまった悪魔について。使える手駒は多い方がいいですからね、親愛なるハスク、可愛いニフティー、他にも色々たくさん! 地獄に落ちる前に私を召喚して「こいつ殺してプリーズ! 対価は俺!」みたいなことしていた奴もまあまあ。私そういうの、嫌いじゃないので! 殺して死体は食べられるし、奴隷も増える。いいことしかありませんね!

「へえ、じゃあアルは、僕のことも欲しい?」
「……エー?」

 元はと言えば、確かに彼の魂を手に入れられたらと思っていた。思っていたが、いざ本人から「僕のこと欲しい?」と聞かれると、ウーン、いらないって言いたくなりますねェ。複雑なラジオデーモン心! 契約なんてしなくても彼は地獄行き。ゆくゆくはラジオデーモン。別世界線だし、正直最近は微妙な心持ちで見守っている。彼が地獄に行けば、もしかしたら今後一切交わることはないかもしれない存在だ。

「僕は、アルになら魂差し出してもいいと思ってるよ」
「おやおや随分軽率! しかし私、貰えるものは貰っておくタイプです」
「えへ、アル、僕のこと繋いでくれるんだ。嬉しいな……」

 「いらないって突っ返されるかと思った……」と安堵のため息を吐いた彼は、最後のひと作業を終えて汗を拭った。その選択肢もなくはないが、先ほども言った通り、私は貰えるなら貰っておくタイプ。いつかは役に立つかも! 片付けができない人みたい。「いつか」は来ません? まあ嵩張るものじゃないからいいでしょう。

「ああ、そうだ。契約には対価がいるんだっけ?」
「私になにか要求するつもりですか? いいですね! 興味があります。あなたが自分自身にどの程度価値を見出しているのか」
「え、えうう……」

 変な鳴き声だな。パッと血痕を消して、彼の発言を期待して待つ。さあ、どんな提案をしてくれる? 自信持って言ってみて。

「もし、僕が君の名前を当てることができたら、1つなんでもお願いを聞いてほしい。あ、聞いてほしいって、聞くだけじゃないよ? 叶えてほしい!」
「……なんでも? エー? なんでもですかァ?」
「お願いお願い! 変なこと言わないから! えーっと、そうだ、えっちなのはなし! ね!」

 なんでも、なんて言うから途端嫌そうな雰囲気を出した私に次々妥協案を出すアラスター。対価ではあるが、それは彼が私の名前を当てなければ成立しない。当てることができなければ、彼は何も手にできないまま私に魂を渡すことになるのだ。なるほど、悪くない取引。並行世界やらパラレルワールドやら、そんなもの彼が思いつくとは到底思えないし……。加えて悪魔の名前当てという文化が、私は嫌いじゃないから。

「……いいですよ! ただし、回答は1回だけ。タイムリミットはあなたが死ぬまでです」


───


 赤い空見て! 広い! いやぁ、7年失踪扱いになってて流石に草! アラスターにかまけて、その上向こうの地獄でも数年過ごしたせいでまさかの7年。向こうの地獄で過ごしていた間もアラスターとは片時も離れられなかったので、実質アラスターと一緒に居まくりの7年だった。一生一緒にいてくれや! とか言い出しそうな(ニアピンなら多分言ってた)アラスターが嫌だったのでなんとか帰ってきた次第。悪魔の一生って。草。

「ら、ラジオデーモンだっ……!」

 はい、どうもラジオデーモンです皆さんお元気ですかー!? 私は1周回って元気。これは空元気?
 アラスターは死ぬ間際、見事私の名前を当ててみせた。「あーあ2度と野良犬の交尾に興味あるとか言えないだろうな」と呑気かましていた私はもうびっくり仰天。彼の「お願い」は「君の魂に鎖を繋いで、僕に頂戴」だった。お前それ魂の主導権じゃねぇかクソが代! と文句を言う暇もなく、「名前を当てられたらお願いを聞く」の履行がされあえなく鎖に繋がれた鹿へと早変わり。あー、ハイハイ、私が迂闊でした、気弱で快楽に溺れがちなマゾとはいえアラスターを侮った私が悪いですハイハイ。

「……アラスター?」
「おや親愛なる友よ! ハーーーースク! あなたが賭博場や酒場以外にいるなんて珍しいですねぇ、明日は酒の雨が降るかも!」

 見慣れた賭博キャットを見かけてテンションはグングン上がっていく。スッと隣にまで距離を詰めて肩を組んで頬ずりまでしちゃう! ああいい毛並み……、いや、ちょっとゴワついてる。ハスクそういう手入れとかしませんからねぇ。頭の中は1にギャンブル2に酒……、逆か? どっちだって構わないが、とにかく毛並みなんてそんな大して気にしていないだろう。ペットではあるが基本放し飼いなので毛並みを整える義務は私にはないし、いつか彼の毛をモフモフにしてくれる人が現れたらいいね! ニフティとかどう? やだ?

「おい、……おい! やめろ、離れろ! いきなりしばらく消えたかと思ったら……」
「思ったら?」
「……また突然現れるし少しも変わってないんだな」
「変わっていて欲しかったんですか? 具体的にはどのように? あなたの都合のいいように? それはどういう変化ですかねぇ、興味があります! どうぞ話して?」

 オラ、言えよ。どこかの悪魔に負けてボロボロになった私を、無様だと指をさして笑えるチャンスかと思っていたぞと! ハハハ! 残念でした!
 ツンツンマイクで突かれながら威圧されたハスクの耳はヘタれてしまった! おやおや可哀想に。ちょっと怖い顔し過ぎたかなと気を取り直す。怒ってませんよ、そんなには!

「素直なお耳! 怖がりさんですね、そんな怯えなくても取って食ったりしませんよ。近頃は多種多様な肉を口にしたものですから、気分はいいんです。ナハハ!」
「……そうかよ。別に、良いも悪いもない。いきなり姿を消したせいで死んだだのと侮られてたから……、何も変わってないなと思ったのが素直に口に出た。それだけだ」
「あ、そう。思っていたよりつまらない」
「おい」

 ハスクはギャンブルと酒以外興味ありませんからねぇ。ラジオデーモンが死んだとか死んでないとかどっかの配下になったとか様々噂を耳にしても、契約が切れていない以上私が死んでないのはわかるだろうし。……ちょっと待て。いや、ウーン、契約者たちとの鎖は切れていたら困る。困るが、私がちょっと世界線飛び越えていた間も契約が切れていないということは……。

「おっと久々の再会で会話に花を咲かせたいのは山々ですが、私少々用事を思い出しましたのでこれで失礼します」
「は?」
「また近いうちに会いましょうね友よ!」

 世界飛び超えればワンチャンアラスターとの契約も切れるだろうと思っていたけれど、これじゃもしかしなくてもあいつと繋がったままジャーン!! 最悪!! あいつが世界線超えてきませんように、あいつが世界線超えてきませんように!



「アル? アル、アルどこ? アル……、ねえ、アルッ!! 聞こえないの? どこに行ったの! ねえ!!」

 アルが、居なくなった。アラスターとの契約は繋がっているけれど、ただ姿が見えない、どこにもいない。清潔好きのアルの為にアラスターが掃除を徹底している家の中も、珈琲好きのアルが好む近くのカフェにも、アルが好きな肉をよく買う行きつけの肉屋にも! アラスターの影であり使い魔でもあるシャドウが「アルのほうから出てくるように、なにか餌を吊り下げよう」と誘う。

「やめてよ……、アルに「餌」だなんて」

 でも、それがとても有効な手段だとはアラスターも思った。気ままで楽しいこと、エンターテインメントを好むアルの興味を惹くようなことができれば、彼の方からひょっこり戻ってくるかもしれないと。

「楽しいこと、エンターテインメント……、アルの好きな……」

 そう、アルは確か……。

「悪魔の、断末魔?」

 シャドウが賛同するようにざわめいた。アルは昔……、アラスターが生きている頃「上級悪魔の断末魔は最高のエンターテインメント!」と言っていた。ならばアラスターがそれをラジオで流せば、アルは帰ってくるのではないか。「あなたにもエンターテインメントがわかるようになりましたか!」なんて言って。それでいて、「でもまだまだ拙いですね」と昔のようにアラスターに構ってくれるかもしれない。

「アルのため、だし……仕方ないよね……」

 アルのため。正しくは、アルを取り戻したいアラスターのため。
 別世界への扉が開くまで、あと少し。



──────



「アル、どこか行くの?」
「ええ、そのつもりです」
「あのさ、お願いがあるんだけど……」
「……聞くだけ聞きましょう」

 少し外に散歩、ついでに肉でも買いに出かけようか、と部屋のドアノブを握ったところで、ブルベリーが慌てて駆け寄ってくる。ドアノブから手を離さず、身体を少しだけ相手に向けて話を聞く姿勢。聞くだけの姿勢とも言う。

「もしどこかに行くときは、僕に言ってからにしてほしいんだ……。また君がどこか遠くに行ってしまわないか、不安でたまらないから。……お願い」
「フム……、私はただのお願いを聞くような性分ではないのですが、っ!」

 いつもの軽口で「たまになら」と続けようとして、突如肩を掴まれ扉に背を押し付けられた。扉に打ちつけた背中も、彼の爪が食い込む肩も痛い。私が思っていたより随分と虫の居所が悪かったようだ。少なくとも、望んだ答えが返ってこないことが許せないくらいには。

「じゃあお願いじゃなくて、命令してほしい? あまり滅多なこと言わないでよ。君には優しくしたい、大事にしたいのに。……でも君が僕を蔑ろにして捨てようとするなら、僕はやるよ」
「……アラスター、痛い」
「痛くしてるんだよ、君に僕の気持ちがわかるように!」

 私が今感じている痛みが、彼の心の痛みと同じだとでも? 誓いなんて性分ではないから誓って言いはしないが、私は彼を程々に蔑ろにはするが捨てようとはしていない。彼がこちらの地獄に来てしまったものだから尚更、もう切れようのない縁なのだと諦めている。

「本当は、この手だってずっと離したくない。アル……、頼むよ、もう僕をひとりにしないで……」

 ぎゅう、と身体を締め付けられる。これはもう抱擁ではなく締め落としだと思う。彼にその自覚はないようだが。アーア、メンタルヘルスケアが必要な男が身近に2人も! 私生前なにか悪いことでも……、ウーン、たくさんした! じゃあ仕方がない。自業自得。

「そう言われても一々あなたに外出の許可を取るだなんて、そんな約束はしません。……が、多少善処はしましょう。近くにいれば声を掛けるくらいは。わかったら早く離してくださいさっきから痛い」
「……わかった」
「ハァ、外に出る気分ではなくなりましたねぇ、あなたのお陰で」
「僕悪くないもん」

 なァにが「悪くないもん」だ。可愛こぶりやがって。私に可愛く見られたいというその気概は買いましょう。
 世界線を超えてきた彼は、色も性格も耳の立ち方も違う為に、ここでは私に似ている兄弟のような扱いを受けている。私の魂と繋がれているからか、はたまた彼自身が悪魔へと変貌したからか、彼は私に対して少し強引な手段もとるようになった。私を探すために悪魔の虐殺を行って悲鳴のラジオ放送をしたとも言っていたし、私の見る目に狂いはなかったといえばそうなのだが、相手をするのが少し……、いや大分面倒くさい。互いに繋ぎあっている関係が故に滅茶苦茶を押し付けてくることはないものの、彼の吹っ切れ方は正直よくわからないのでやり辛いところがある。

「ア、そう。ならこの話はお終い」

 まあ悪いと思っていないなら別にそれで構いませんとも。互いの主張がぶつかり合うことは地獄じゃなくてもよくあることだ。そういうときはこれ以上話し合いを重ねても無駄! 私は自由で居たいし自由にやる、彼はそれが嫌。どうにもなりませんね。本でも読もうか。

「……うぅ。あっ、そうだ。アル、珈琲飲まない? それと、クラフティは……、えっと、食べない?」
「ンー……、珈琲だけで結構です」

───

「あ、アル? 終わった?」
「あら、ブルベリー! 隠れてたのね、怪我はない?」
「うん、大丈夫」

 実に得難い経験、基、楽しい時間だった。珈琲ブレイクを邪魔されたときはどうしてやろうかと思ったが、これでチャラということにしておこう。身を削った娯楽の提供、実にありがたい。
 幾度か戦ったこともある……らしい悪魔を吹っ飛ばした辺りで、建物に隠れていたブルベリーが様子を見に出てきた。チャーリーは彼を私にひっつくか弱いバンビだと思っているようでしょっちゅう心配しているが、その内実は猛獣である。私ではなく彼が襲われたとしても、ここには同じ景色が広がることだろう。

「ブルベリー、少し出掛けます。上着を新調しなくては」
「えっ? どこか汚れ……、嘘、千切られた?」
「少し。裾が千切られた上着なんて品がないでしょう? テーラーに行きます。……着替えてから」

 裾を少し千切られただけとは言え、この上着で外を歩こうとは思わない。替えの上着を着て、これは捨てよう。ンンー? SDG's? そんな言葉もあったなァ! マァ私悪魔なのでそういうのの真逆を邁進していきますよ。

「待って、アラスター! やることがあるでしょ!」
「ああ、壁とかね」
「壁? ああ……」

 ヴァギーとエンジェルの指さす先は、先程の悪魔が空けた大穴。そういえばそんなこともあったね。つい先程のことなのに、いやはや、他に目的があるとうっかり見落としてしまう。こんなにでっかい穴なのになあ。

「私の……いや、私たちの大事なホテルですからね! 早急に対応しましょう。玄関や窓以外に出入り可能な大穴が空いたままだなんて、新聞に何書かれるかわかったものじゃありませんものね、ハハ!」

 あってよかった、労働力。さぁて、私は私の用事を済ませよう。自分以外に労働の手があると、自分の時間を削らなくていいから楽だ。奴隷くん、ナンパされようが構わないが、仕事終わってからにして。

「これで解決。よろしいですね?」
「ありがとう、アラスター」
「礼には及びませんよ、チャーリー。私たちは運命共同体ですからね!」
「う、運命共同体っ!? チャーリー、もとはといえばこいつのせいなんだよ? そんなに感謝する必要ない」
「おっと? 私のせいではありません! 私に勝手に恨みを持ったあちらが悪い。私はテラスという外からならどこにいるのか一目瞭然の場所にいたというのに、禄に見もせず壁に穴を空けたのも彼」

 フフ、レディの嫉妬からくる発言など全然気にしませんが。チャーリーの肩に手を回すと、ヴァギーは高確率で威嚇してくる。親しみを持って接しているだけなのに! マァマァ構いやしませんよ、おふたりどうぞ仲良く、とチャーリーとヴァギーをギュッとくっつけて、私は部屋へと足を進める。「そんなに」ってことは、少しくらい感謝しているってことだろうか……? 素直でかわいらしいこと!

「あ、待って! 僕も行きたい」
「構いませんよ」
「あと、その……、破れた上着って捨てちゃう? 捨てるくらいなら僕が欲しいなぁ……なんて、えへ、駄目?」
「嫌」

 お前の前科忘れてないからな。これは捨てる。絶対に。燃やす。

───

「ンンー、気分爽快ですね」
「アラスター? やっぱりあのラジオ放送って、あの部屋から……?」
「エエ。素敵な放送とは正直言い難いですが、幾ばくかの暇つぶしにはなったでしょう? 少なくとも中身のないテレビよりは。ああそうでした、ブルベリーは多分明日には帰ってくると思いますよ」
「出先で別れたの?」
「置いてきました」
「置いて!?」

 テーラーで店員に粉掛け出したので、放って帰ってきた。その上店から出れば愉快痛快ヴォックスくんが、私への私信を公共電波に乗せて発信しているではありませんか! そんなに大勢の前で叫んでくれなくても、あなたが私に興味津々なことくらいわかっていますよ、とラジオでお返ししたところだ。停電起こしてやんの。

「声は掛けてきた、のよね……?」
「いいえ? 放って帰ってきましたよ。先程のラジオ放送で、彼も私がホテルに戻ったことはわかったとは思いますが」
「えぇーっと……、その、ブルベリーが少し……、可哀想じゃないかしら?」
「可哀想?」

 可哀想、とはなんだろうか? 哀れ、不憫……、私は哀れまれるのは好きじゃないが、どちらかというと可哀想なのはブルベリーより私のほうではなかろうか。

「自分に似た顔が他の店員に粉掛けている中採寸される私の気持ちにもなってみてください、チャーリー。非ッ常ォーに嫌な気分ですよ」
「あっ。あー……、えっと」
「マァ、心配せずとも彼のそういった行動はよくあることですから。互いに慣れていますよ。置いていくのも、置いていかれるのも」

 本当に、なァにが「遠くに行かないで」「ひとりにしないで」だよ。ブルベリーの発言にシラけるのは、彼のこういった普段の行動にも原因がある。彼の言うところの「置いていく」というのはまた少しニュアンスが変わってくるのだろうが、そうだとしても阿呆らしくなるのは仕方がない。

「朝帰りか昼帰りかは知りませんが、そのうち帰ってきますよ。あんなでも雑魚ではありませんから」
「ならいい……、のかしら?」

──────

 サーペンシャスをホテルに投入するというヴォックスの策は、可もなく不可もなくといったところだった。だって私は何もしてないので。もう少し面白くなるかと思ったんですけど……、マァ、上着を新調する羽目になった原因から直接謝罪頂いたのは気分がいい。差し向けてくれたことには少しだけ感謝してもいいかも?

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ん゛!! アルぅぅううう!!」

 うるせっ。ホテルのエントランスから私の部屋まで届いた情けない声。べそかきブルベリーが可哀想だとかうるさいだとかで苦情が来る前に、影に潜ってエントランスに急行する。まったく、私はいつから彼の保護者になったんだ? 早朝じゃないだけまだマシか? 殴られたら殴り返すどころか、相手を葬るくらいはできるのに、相手が死んだ後でも殴られた事実に泣いているようなやつの面倒は大変。「ほーら私が殺しておいてあげましたよ、泣き止んでくださいねぇ」も使えないし。

「なんですか情けない声を出して……おや、ガラスでもカチ割ったんですか?」
「アルぅ……! 僕っ、僕ぅっ、急に板頭にアルとはどんな関係なんだとか、アルのなんなんだとか話しかけられてぇ……! 勢い凄いし、詰め寄ってきて怖いし、それでっ、それでぇっ……! う゛あ゛ぁ゛ん! 怖いし痛いよぉー!」

 裂傷だらけの手とズタズタになった袖、謎の液体とガラス片……、板頭の顔面に拳をお見舞いしたようだ。ほらね、やっぱりちゃんとやることやって帰って来てる。いつの間にやら箱から板になっていたヴォックスくん、ナメてかかるからズタボロにされるんだ。君っていつまでたってもおバカさん。

「それで? その怖い板頭に拳を貫通させたバンビちゃん、そんなに泣いて私にどうして欲しいんですか?」
「エッ!?」
「ンー? どうしました?」
「え、えっと、今ならアル、なんでも、してくれる……? なんでも……」

 …………気持ち悪いな。彼が「なんでも」と言うときは大抵ロクなことを考えていない。悲しきかな、彼との付き合いの中でそれを学んでしまった。過去の私の苦労を思うと涙が出そう。
 しかし、エントランスで泣きながら私を呼んだって、復讐済みなら私にできることはなにもない。手当てでもしてあげれば満足するのか? それなら、慣れている相手に頼んだほうがいい。チャーリーにお願いすればすぐにでも救急セットを手に飛んできてくれるだろう。「なにをして欲しいのか」に「なんでもしてくれるのか」と泣き止んで返してくるくらいだから手当てもいらないかも知れませんけどねぇ! ハハ!

「う、うう……僕まだ具体的なことは何も言ってないのに……」
「……? なんですか?」
「アルさっき気持ち悪いって言ったよぉ……!」
「エェ? いつ? 覚えがない……、脊髄反射かもしれませんね。失礼失礼」

 全然覚えがない。でも多分彼が「なんでも」とか言ったあたりかな。本音はある程度隠さないといけないんですけどォ……、無理なときもあります。仕方ない仕方ない。あ、いつの間にか爪がこんなに……、そろそろ削ろう。そうだな、今夜あたり。

「あの、じゃあ……、包帯巻いてほしい、かな……」
「……いいでしょう! さあ立ったままではなんですから、どうぞ座って。裂傷だらけですからね、少々痛みますよ」
「う、うん……」

 「痛いから我慢しろよ」ではなく「間違ってもこんなところで発情するなよ」の気持ち。大袈裟じゃなく、あるんだよ、こいつは。本当に。

「……あの板頭が、アルが昔言ってた「熱烈な手紙を送ってくる粘着系」?」
「おそらくはそうでしょう。私が顔を知っている板頭は彼くらいですから……、他に板頭が増えていなければ!」

 如何に地獄広しといえど、板頭でブルベリーに私との関係を問いただすような悪魔はヴォックスくらいだろう。十中八九、いや、九分九厘。私はもう7年も姿を晦ましていたというのに、粘着力は衰えていないようで何より。……いや本当は衰えていてほしかったかな。

「そっか、やっぱり」

 ヴォックスは、ブルベリーに「僕がアルとどんな関係でも君には関係ないだろ」と言われて酷く動揺したらしい。へえ。事実を突きつけられて動揺するとは可笑しな話だが、ヴォックスがと聞くとありそうだなと思える。

「僕が「アル」って呼んでるのに吃驚しちゃったみたいで。「アルって、アラスター?」なんて聞いてくるんだよ? だから僕、思わず「アルのこと愛称で呼んだことないんだ、可哀想」って。え、えへへ、怒らせちゃった」
「それだけやっておいて、よくあんな被害者ヅラで泣き叫べたものですねぇ。なに? 「怖かった」、でしたっけ?」
「い、イジメないでよアル! だって、すごく怒ってたから……怖かったよ……」

 それだけのことを言ってるんだよ。最初から強気に出れば、口を割らせることはできないとヴォックスはわかっていたはず。ならば、最初は相手に口を挟ませない早口ではあるかも知れないが、少なくとも喧嘩腰ではなかっただろう。ブルベリーの警戒態勢は兎も角、「可哀想」はさぞ癪に障っただろうと想像に難くない。頭に血が上って「誰が誰を可哀想だって!?」とかなんとかブルベリーに詰め寄ったのだろう。怒気と勢いに驚いたブルベリーが顔面に拳を貫通、と。しょーもな。

「ハイ、オシマイ。怖いだのなんだのと言うのなら、相手を怒らせない努力をするべきでは? 他多数は兎も角、ヴォックスならあなたが可哀想なんて言わなければ怒鳴ることもなかったでしょうに。悪魔になったときに円滑なコミュニケーションについての知識は落っことしてしまったんですか?」
「だってぇ……! アルの昔馴染み気取って、僕よりアルのこと知ってる、みたいに話してくるから……。思わず言っちゃったんだよ」
「……マァいいでしょう。ヴォックスのアレは一種の病気みたいなものですから、放っておけばよろしい。次から相手にしないように」

 スマートなカリスマを気取っているらしい彼は、私にチーム加入を断られたのが相当頭にきているらしい。それが私への変な執着になって無関心へ戻ることもできず、感情を拗らせて、さらに執着心を加速させている。ウーン、とっても悪循環。巻き込まれている私が可哀想で可哀想で涙が出そう。

「相手にしないように? できるかな……」
「無理強いはしませんよ、好きになさい」
「アルのその時々突き放すの、良くないと思うなぁ……」
「突き放す? 好きにしなさいと言っているのに?」

 自由意志の尊重をしているだけなのに、突き放すとはなんて失礼な物言い。勝手にしなさいより語感はずっとマシじゃなかろうか。

「ベッドで言われたら最高にイイかもしれないけど……あっ、思わず、ごめんごめん、ごめんよアル! ちょっとうっかりしちゃだただけで、アル、ごめっ、アル!!」
「イエ、別に」

 謝罪を繰り返しながら縋ろうとする彼の手を避けて、ソファから立ち距離を取る。そんな必死に謝ってくれなくても結構。趣味趣向も思考も自由であるべきですよねぇ、はい。ただ少し、彼は私が「そういうの」が苦手だと知っているのだから、配慮くらい欲しかったなと思ってしまう。イエ失敬、私が彼にそれを勝手に期待していただけというお話。それを彼がしなかった、できなかった、忘れていたからといって大して構いませんけど……。今は少し距離を取らせてほしい。物理的に。

「手当てはしたので、私は失礼しますよ。少し……、外に」
「あ、アル、待って」
「夕飯までには帰りますよ、ご心配なく!」

───

「アラスターァ!!」
「うるさ……」

 今日ってもしかして厄日なのかもしれない。
 気分転換に外をぶらついていただけで、テレビ頭と遭遇することになるなんて。VOXTEKのCEOとあらばさぞ忙しいのだろうと思っていたが、意外と暇? やっぱり名声の殆どは彼の周りの功績なのかも。

「ご機嫌ようヴォックス。先程あなたの頭に拳が貫通したと聞いたばかりなのですが……、頭の回復が随分と早いようで。見た目通りペラッペラで中身がないからですかね? まさかそんな利点があるなんて! 盲点でした。ハハッ、なりたくはありませんが」

 朝帰り途中のブルベリーに話しかけたということは、あれからそう時間も経っていない筈だ。まさかアンパン式ではあるまいし。……違うよね?

「……あー、アラスター?」
「ハイ?」
「随分と……、その、可愛らしい愛称で呼ばれているみたいじゃないか。あのラジオデーモンが! ハハッ……、ハァ……」

 どうしたどうした、まさか情緒不安定? 空元気で大きく声を張り上げたかと思えば、ため息を吐いている。いつもに増して皮肉のキレがないし。

「故障ですか、天才てれびくん。どこか不調があるなら、こんなところに居ないでさっさと帰って修理でもなんでもしたほうがよろしいのでは? 特に理由もないのに名前を叫ばれるのは私も迷惑なので」

 ハーァ、テレビはエンタメを届けるのが役目なのに、テレビ頭のヴォックスくんは私に楽しみを提供してくれないだなんて。モノクルをピカピカに磨く作業のほうがまだ楽しい。目に見える成果と達成感があって。ああほら、よく見える。

「アラスター……」
「ハァイ」
「あの青いのはお前のなんなんだ? お前に兄弟が居たなんて話、聞いたことがない。やけに距離は近いし……、お前は触れられるのが嫌いなんじゃなかったのか? なぜあいつには許す? どういう関係だ? 俺と何が違う?」
「質問が多いですねェ、ヴォックスくん。私が律儀にすべて答えると思っているんですか? 教えてほしければ……、そうですねェ、もっと興味をそそる切り口で来てください」
「興味だと!? 俺がお前の興味を簡単に惹けるなら今こうはなってないんだよ!! Fuck!!」
「アッハ! 私にとってあなたがつまらないと正しく理解しているようで何より」

 その中指を突き立てて咆哮する様は少しは面白いですよ。昔むかし、ヴォックスは私からの興味を日々着々と失っていきつまらない存在に成り果ててしまいましたとさ。マァ……、それぞれ相性というものがありますし? 反りが合わなかったということですね。落ち込むことないよォ。こうして距離をとっていれば、たまに見る新鮮さで少しは面白い……かも。

「でも今日は少しくらい私の興味を惹けるのでは? 今日のあなたは昨日のあなたよりうまく行くかもしれない。挑戦の権利は誰にでも等しく与えられるものだ、私もあなたにそのチャンスを差し上げます。さあ、どうぞ?」

 奇しくもホテルの「2度目のチャンス」と似通った考えだ。私とチャーリーの出会いって本当に運命的!

「は!? あ、あー、ええと、暴力的で泣き虫なアレは誰との子供だ? てっきりお前はEDだとばかり思っていたが、まさか穴に突っ込む気概があったとは! いや、もしかして突っ込まれ」
「つまらない。3点」
「Fuck!!!!」

 なんでそれ面白いと思った? 「お前の妹と寝たけど何か?」なんて番組作って放送するだけあるよ、そのセンス。下ネタを入れないと喋れない呪いにかかってしまっているなんて、可哀想に。

「そもそも興味をそそる切り口の質問ってなんだよ!!」
「……そうですね、私との会話初心者のあなたには少しばかり難易度が高かったかもしれない。もう少し仲良くならないと」

 そもそもの話、ある程度世間話を楽しむような相手でなければ会話に乗り気じゃないし、質問に答えるにも「どうしよっかな」といういたずら心が出る。まずは質問に素直に答えるような間柄にならないとね! 興味をそそる云々の話じゃありませんでした、と。

「か、会話、初心者……」
「それで、なんでしたっけ? その努力に免じて少しくらいなら教えて差し上げてもいいですよ、私優しいので」
「は? あ、あー……、じゃあ、そうだな、……あいつは何だ?」
「抽象的な質問ですね。一応兄弟のようなもの、ということになっています。厳密には兄弟ではありませんが、そんなことはどうだっていいでしょう?」

 突き詰めていくと……、ほぼ同一人物。兄弟ではないが、そんなことは誰にも関係ないしどうでもいい。

「節操なしで弱虫で泣き虫の情緒不安定ですが、新しいものへの忌避感は特にないようですし、あなたとも仲良くできるんじゃないですか? よかったですね」
「仲良くだと!? 俺はあいつに穴あけられてるんだぞ!?」
「アア、そういえば。その顔面を男前にされたとか。ンフフ、少しだけ見たかったです、残念」

 頭がキレイに治ってるから忘れていた。やっぱり「アラスター」とはどうやっても相性が悪い運命にあるのだろうか。

「……つまりなんだ、あいつは兄弟だから、触れられても構わないと?」
「ハァ? アア……、ンー……、マァそうですね。そういうことにしておきましょう」
「なんなんだその答え! 他に理由があるのか!? なんだ、何を理由に許しているんだ! あいつがよくて俺が駄目な理由は!?」
「……うるさ」

 なにがそんなに気になるのか、ヴォックスは吠えながら地団駄を踏む。そこで私に詰め寄ってきたり肩を掴んだりしないところは好印象ですよ。昔叩きまくった成果が出ている。調教? はて、なんのことやら。
 私はブルベリーをほぼ同一人物とみなしているので、他人より少し自分に近いものだと思っている。だから多少触れられることは大目に見ているだけで……、別に嬉しくはないしあまり頻繁にされると引き剥がす。現に、外に出る前も彼の手は避けた。

「やけに拘りますね。まさかあなた、そんなに私に触りたいんですか……?」
「なっ、」
「ハッ、そんなわけありませんよねェ? 冗談ですよ、冗談」

 そもそも、触りたいってなんだ。改めて口に出すと変。触れ合いによるスキンシップを好む者は一定数存在するし、私も自分から触れ合うことに関しては好きな方だが、私とヴォックスはスキンシップするような仲ではない。

「待て。俺がもし、あー、……そうだな、触りたいと言ったら? 検討してくれるのか? いやまさか、そんなこと! ハハッ、ありえない。ありえないが、……どうなんだ?」
「……一応、検討はしますよ。何事も。しかしそれならば、詳細を詰めねば結果は出ませんが。相変わらず交渉が下手なヴォックスくん、数年ぶりだというのにそういうところは変わりませんね。質疑応答もそろそろ終わりにしましょう。あなたとのお喋りには飽きてきた」

 答えてあげましょうとは言ったが、あまり身にならない質問されてばかりで、なんとも彼との話は退屈。抽象的で要領を得ない。ビジネスシーンではもう少し使いようになるみたいだが……。触りたいと言っても、それがどこのことなのかどういった状況下でなのか、それを詰めねばうんともすんとも。ブルベリーの場合「触ってもいい?」は大抵その場ですぐ身体の至るところを弄るという意味。これは勿論即却下だが、例えば、握手がしたいとかなら断ることもない。触れられるのは確かに苦手だ。しかし、だからといってすべてを拒否して受け付けないわけではない。ヴォックスはどうにも少し変な勘違いをしているようだ。

「お、俺は……」
「あっ、アルッ!!」
「ビッ!? ……ブルベリー? 追ってきたんですか、あなた」

 ホテルに置いてきた筈のブルベリーが、半泣きで駆け寄ってくる。ちゃんと「夕飯までには帰る」と言ったのに、それまでの時間も待てないとは。

「だって、アル、僕のこと避けっ……、避けて……っううううう!」
「アラマァ、泣き虫。キープスマイリングですよ、ブルベリー。笑顔じゃなくちゃ! ほら、笑顔!」

 手を避けられたのが相当堪えたらしい。私が自分の頬を指で押し上げてにっこり笑ってみせると、彼も眉をハの字にしたままぎこちなく口角を上げる。

「え、笑顔……?」
「ウーン、8点!」
「ひどいよぉ!!」
「10点満点中の8点ですよ、そういうことにしておきましょう」

 100点式に変えると80点だ。良いじゃありませんか!
 大した気分転換にならない外出だったが、彼が追いついてきたのならそろそろホテルに戻る頃合いかもしれない。今日はブルベリーとどこかへ行く気分でもないし。

「お、お前……!」
「……ご機嫌よう、板頭。ねえ、アル」
「なんですか」

 ブルベリーは私の横に、肩が触れそうなくらい距離を詰めた。私の名を呼んではいるが、目はヴォックスを見ている。さっき泣くくらい怖がっていた板頭に警戒しているのか……、はたまた、なにか愉快なことを考えているのか。

「ハグしていい? 僕アルが居なくて心細くて、寂しくて、泣いちゃいそうだったんだ」
「なっ!?」
「もう泣いてましたけどね」
「それに彼! 僕に突っかかってきた板頭だよ!? 怖いよぅ! お願い、アル。お尻も尻尾も絶対触らないって約束する。背中に手を回すだけ! だからハグさせて。5秒でいいから」

 うるうるの瞳で、顎の下で手を組んだブルベリー。それ、チャーリーの真似ですね? びっくりするほど全然響かない! きっと彼は私とヴォックスが話していたことを少しだけ聞いていたのだろう。これはヴォックスへの嫌がらせですねェ。打てば響くところは、ヴォックスのいいところであり、悪いところでもある。
 両腕を少しだけ広げて、ブルベリーを見る。

「……いいですよ、5秒」
「やったぁ!」
「い、いいのか!? なんで!」
「僕とアルはそれが許される距離感だからだよ、君とは違って。流行りばかり追いかけて、アルの興味ひとつ満足に惹けない! 粘着メンヘラトラッシュボックス!! 次アルに触れようなんて考えたら」
「ブルベリー、そろそろ5秒ですよ」
「えーん、名残惜しいよぉ」
「そいつ2重人格か何かか……?」

 ドン引きしたヴォックスの呟きは、当たらずとも遠からずといったところだと思う。情緒は不安定だし、たまに影の影響を強く受けて凶暴になるときもあるし。現に今なんて、ブルベリーの影は少し凶暴な形に変化して蠢いている。まさかブルベリーがここまでヴォックスを嫌うとは。なにかと性格が私と逆傾向にある彼は、ヴォックスとも上手に付き合うかと思っていた。

「早く帰ろう、アル。そろそろ退屈になってきたって言ったよね? 実はさっき言えなかったんだけど、昨日ヴィンテージのウイスキー貰ったんだ。いや、正確には貰ったんじゃなくて、持って帰って来たって言うか……、持ち主が居なくなったって言うか……とにかく! アルもきっと気にいると思うんだ」
「オイ待て、」
「昨日の彼ね、肉の方の味はいまひとつだったけど、お酒の収集が趣味だったみたいで」
「オイ! さっきから俺の言葉を遮って何なんだお前は! アラスターと俺はまだ話の最中なんだよ、邪魔するな!」
「邪魔なのは君のほうだろ。大体、アルに「飽きてきた」なんて言わせた時点で君とアルの話はもう終わってる」

 アーアー、喧嘩が始まってしまった。往来で元気なこと! 吃らず弱気にならず喧嘩腰のブルベリーなんて珍しいものを見られたので、厄日もかくやとばかりの不幸続きも多少は面白いものになった。それに、件のウイスキーもどんなものか気になる。先帰ってもいいかな?

「ブルベリー、まだやるなら私は先に帰りますよ」
「えっ、やだ。僕も帰る。それじゃあご機嫌よう板頭」
「ご機嫌ようじゃねぇこの*****!!」

 私の言葉を聞いた途端勢いをなくしてなおざりに挨拶をしたブルベリーに、顔面も音声もぐちゃぐちゃにしながらヴォックスが吠える。

「映像が乱れてて何言ってるかわからないなァ。新しい頭ももう駄目になっちゃった? 僕が中身見てあげようか……、またその頭を叩き割ってさァ!!」
「ジャ、置いてきマース」

───

「只今戻りまし……、おや? 荒れ放題ですね、なにかありました? 模様替え?」

 ホテルのエントランスは少し見ない間にボロボロになっていた。カーペットが破れ、壁に穴が空き、電球は割れ……、なにここ、ホーンテッドマンション? 模様替え提案者は中々素敵な趣味の持ち主のようだが、残念ながら私とは趣味が合わなそうだ。

「アラスター、おかえりなさい……、えーっと、これは……」
「あんたのところの青いのだよ! つまり、あんたの監督責任!」

 チャーリーが言い淀んだところを補填するようにヴァギーが叫んだ。はて、私のところの青いの? 青い……。

「まさかブルベリー? 彼の趣味がこれだとは! 長年付き合いがあっても今の今まで知りませんでした。私とは感性が合いませんねェ、私の部屋の模様替えは絶対に任せないようにしましょう」
「模様替えなわけないでしょ!」
「違うんですか?」

 ボロい見た目もアンティークとかなんとか誤魔化したりするから、生憎流行に疎い私には洒落なのか壊れているのかわからない。「今の流行りなんだよ」とか言われたら「あーそうですか、私とは趣味が合いませんね」と流してしまうからね。

「あー、あのね、アラスター。あなた、ブルベリーのことエントランスに置いて出ていったわよね?」
「エエ、しかし泣き虫のお世話は一応ちゃんと終わらせてから出ていきましたよ」
「最初の泣き声のときは駆けつけたのね! ……いやぁ、問題はその後なんだけど、あはは。多分あなたがその後出て行ってから、ブルベリーが泣きながら暴れちゃって」
「泣きながらあんたの名前叫んで、エントランスはこの有様。あんたを探しに外に出て行ったと思うんだけど?」

 避けられたショックか、置いて行かれたことにか。それともその両方か。ちゃんと外に出ることも伝えたし、夕飯までには戻るとも伝えたのに。

「確かに泣きながら追いついてきましたね。彼の不安定さには困ったもので、私も苦労していますよ、エエ。でも! 何もかも世話は致しません!」
「ハ? 直すつもりはないって?」
「怒らないでくださいヴァギー。チャーリーの好きなお顔が台無し……、ではありませんね。チャーリーはどんなあなたも大好き恋は盲目ですから」

 一瞬ヴァギーはチャーリーの視線を気にしたようにチャーリーを見たが、勿論チャーリーは怒った顔も笑った顔もヴァギーならなんでも大好き! アア美しきかな愛とは! ハイハイ。私が言いたいのはそんなに怒るなってこと。

「マァいいでしょうそんなことは。とにかく、早合点して私に怒鳴るのは良くないと言いたいのです。このまま壊れたものを放置する気はありませんよ、私は綺麗好きですからね! それに、このホテルに協力すると言ってから、私が惨状を放置したことはないでしょう? いつだって協力的! ね、チャーリー?」
「そうね!」
「そう……かな……?」

 チャーリーはなんとなく味方につけたが、ヴァギーは少し懐疑的。頼みは聞いてきたし、破壊されたものの修復はすぐに行ってきた。……確かに、私が居なければ起きなかった惨劇もなくはないけど。そんなことどうだっていいでしょう。

「あ、アルぅ!」
「ほらちょうどいいところに原因が帰ってきましたよ」

 ヴォックスと戯れ終わったのか、また半泣きでホテルのドアを開けたブルベリーを指さす。やったなら片付けさせる! ちゃんと躾けないと後が大変ですからね。今のうちから覚えさせれば、少しはおとなしくなる、かも……?

「酷いよ、また僕のこと置いていった!!」
「声はちゃーんと掛けましたよ。あなたがヴォックスとのお喋りに夢中になってたから聞き逃したんです、それなのに私を非難するなんて酷ォいですねェ。マ、そんなことどうでもいいんですけど。ブルベリー、このホテルの惨状を見てご覧なさい」

 ブルベリーの横に移動して周りを見渡すよう手で促すと、彼はエントランスをキョロキョロ見回して、「え、えへへ……」と引き攣った愛想笑いをする。自分のしたことだとは覚えているらしい。私はブルベリーにいつもの笑顔を返して、地面を指さす。

「片付け」
「ハイ……」




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