短編 | ナノ


▼ 書記官カーヴェと大建築士アルハイゼン

※カーヴェ成り代わりとアルハイゼンの立場逆転モノ
※若干冷静なカーヴェ成り代わりと人間味が少し多いアルハイゼン




 祖母が亡くなってから、漠然と抱えていた違和感が明確になった。僕が物心つく年頃にはとうに居なかった両親。代わりに僕を育ててくれて、たくさんの愛を注いでくれた祖母。そして、僕の名前。

「……アルハイゼン、は?」

 僕の名前、カーヴェなんだけど。

───

 そうは言っても、僕の興味のある分野は知論派の分野だったし、記憶からくるよくわからない感覚だけで妙論派に志望したいとは思えなかった。祖母のように各学派の傍聴に行くのは楽しかったけれど、専攻するならば知論派かな、と。その……なんだろう、余波、とかなのかな。

「君……、は、えっと」
「妙論派のアルハイゼンです、カーヴェ先輩」
「妙論派のアルハイゼン」

 アルハイゼンが、妙論派に……! 僕のせいなのか? 僕が知論派に行ったから? いや、そもそも、僕の家庭事情がそのままアルハイゼンの家庭事情で、ということはアルハイゼンの父はまさか……? 僕のせいか? 僕の……、いや、僕じゃないな、僕は何もしていない。なんなんだこの、変に記憶があるせいで罪悪感が刺激される感じ。不愉快だなあ。

「……? カーヴェ先輩?」
「ああ、なんでもない……」

 話しかけておきながらひとりで百面相する僕を不審そうに見るアルハイゼンは、僕を「カーヴェ先輩」と呼ぶ。そんな可愛らしい時期があったのか、君にも。いや、僕の知っているアルハイゼンは“あの”アルハイゼンだけど。「寒いのか? 俺は平気だが」のアルハイゼンね。うーん、可愛くない。

「……君と僕は初対面だった筈だけど、よく僕の名前を知っていたね」
「有名人ですよ、知論派のカーヴェ先輩」
「有名人……?」

 変な噂とかじゃなければいいけど。そう視線を彷徨わせた先で、アルハイゼンの手に持っている本が建築関係の書物であることに気がついた。へえ、建築か。僕は僕のしたいことを諦める気はないけど、やっぱり補填するように世界っていうのはできているのかな。なんか、嫌な気分だ。僕が一方的にこんな感情を抱くことは、アルハイゼンにとってもいい迷惑だろうけど。

「カーヴェ先輩も、なにか本を?」
「いや、僕は……」

 そこで漸く、アルハイゼンの読書の邪魔をしていたことに気がついた。ここは図書館だ。アルハイゼンを見かけてつい声をかけてしまったが、見知らぬ男にいきなり声をかけられたアルハイゼンはいま滅茶苦茶迷惑を感じているだろう。

「すまない、読書の邪魔だったね」
「いえ。今は本より、あなたと話していたい」
「そ、うかい? はは、嬉しいな……」

 嬉しさと予想外の言葉で声が裏返った。なんだこの後輩、可愛いな。僕との会話など、学術的利益がなければ時間の無駄だと切り捨てられると思っていた。だって初対面だし、学者の時間は貴重だからね。

「……なら、よかったら外で話さないか?」


 アルハイゼンとは交流を重ねた。僕とアルハイゼンに考え方の違いはあれど、想定の範囲内だ。本来のカーヴェとアルハイゼンに比べれば、教令院内ではよくあることの範疇だろう。未だアルハイゼンにとっては新鮮だったようだけど。興味がそそられたか、少しは僕との親交を悪くないと思ってくれているのが伝わってきた。ただ、「よくあること」におさまる程度の僕とアルハイゼンは、鏡と呼べるほどじゃない。きっと彼にとっての鏡は僕ではなく、彼の父親だったのではなかろうか。これはあくまで僕の勝手な推測だけど。だって、僕はカーヴェじゃないから。別になにも悲観してはいない、ただの事実だ。僕とアルハイゼンは知論派のカーヴェと妙論派のアルハイゼンで、書記官アルハイゼンと建築士カーヴェではない。
 僕には彼と彼の家族の間で何があったかを知る由はないが、彼が何にも悩まされることなく生きられたらいいなと思う。……いや、なんか大丈夫そうだけど。アルハイゼン、結構肝がごん太だったからな……。


──────


 喧嘩も討論も数えきれないくらいあった共同研究で手に入れた家。アルハイゼンは書記官ではないから、教令院に近い住居に特に魅力は感じなかったようだ。僕はというと、やっぱり職場に近い家はありがたかったから貰い受けることにした。ただ、祖母と暮らしていたあの家を引き払うこともできずにいる。維持は多少手間かもしれないが、住居って資産だし、あって困ることはないかなと。家を残したところでそこに祖母はいないが、少しでも思い出を形にしておきたいという思いも、少しはある。本は新居に移動してしまったし、がらんとした部屋の中は逆に記憶から乖離してしまったが。未練がましさを責められている気がした。いつか気持ちの整理がついたら、その時またどうするか考えよう。
 アルハイゼンはというと、アルカサルザライパレスを完成させたと風の噂で聞いた。彼のことだ、合理的思考と美的センスで完璧にやり遂げたことだろう。僕は彼のことを合理主義と美術的視点の双方を併せ持ったハイブリットモンスターだと思っている。理性的感情的、芸術を理解するしない、アルハイゼンとカーヴェは悉く反対だったはずだ。僕はといえば別に突出したところはなく、代わりにアルハイゼンがこんなことに。そのうち書記官と建築士も両方やるように……、なったら僕が職を追われる。困るな、それは。

 ランバド酒場の2階席。アルハイゼンはたまにそこで仕事をしている。煩雑さより静寂を好むアルハイゼンだが、設計やデザインの最中は多少の雑音があったほうが捗る、……こともあるそうだ。「君って意外と寂しがりなところがあるな」とは口に出さず「まあそういうこともあるよね」と同意したが、アルハイゼンには胡散臭いものを見る目で見られた。ぼ、僕だってそういうときが……、ない、けど……。僕がそういう質じゃないってわかってるから、あんな目で見たんだろうな。わかってるよ。でも共感ってされると少し嬉しいだろ? ……嘘ってわかってたら嬉しくないか。不誠実だったかもしれない。気付きを得た。

「アルハイゼン」
「……カーヴェ」
「やあ、久しぶり」

 かく言う僕も、仕事終わりに酒場に寄ることもある。だけどこうしてアルハイゼンと鉢合わせるのは大変に珍しいことだ。なんせ彼は殆どシティにいない。

「なにか用か?」
「いいや、特に用はないよ。居るのに気がついたから、ひと声掛けておこうと思っただけ。邪魔したなら悪かったね、良い夜を」
「待て、邪魔じゃない。……時間があるなら少し、話せないか」
「……うん、いいよ。君と飲むのは久しぶりだ」

 ほんとに今日は寂しんボーイみたいだ。僕はひとりの時間を大切にするが、アルハイゼンとの時間はそれに勝る。非常に有意義で……、いや、友達との時間にそんな理屈はいらないか。彼といると楽しい、それだけで十分だ。

「カーヴェ、君にとって、家とはなんだ?」
「家? 住居のことだろう? 住んでいる場所、帰る場所だ。僕にとってはそれ以上はないかな。君のほうが詳しいだろ、こういうのは」
「……そうだな」

 僕の言葉に同意したものの、アルハイゼンの顔は納得していないように見える。何かに迷っている、悩んでいる? アルハイゼンにとっての、家の定義が揺らいでいるのだろうか。

「定義がどうというより、概念的な話がしたいのか。今までの家庭環境生育環境で培われた、家に対するイメージ、求めるもの……。アルハイゼン、きっと君にはあるんだね。ただの建物じゃなくて、その中に大切なものが」

 あたたかな家族、家庭。住居があるだけが家ではない。たしかカーヴェもそんなことを言っていたかな。
 アルハイゼンは眉間に皺を寄せて押し黙った。何か考えている顔だ。僕が言った言葉についてか、それとも、家族のことか。

「……俺の家は空虚だ。前々からふとしたときに漠然とそれを感じることがあったが、君の言葉を聞いて明確になったよ」
「そこに人が居ないから?」
「……」

 そこに人が居なくちゃ、街は空虚な箱さ。と、日曜朝にも言っていた。国民が居なければ国は国ではないとも言うし、人の存在というのは大きいものだ。

「詰まるところ、君、寂しいのか。仕事でいろんな人と接して、いろんな家族を見て、だけど家には自分ひとり。家族がどうしたかは言及しないけど、少なくとも今家にはいないんだろう? 家ってなんなんだろうってセンチメンタルになっちゃうくらいには、ひとりが寂しいんだ」
「寂しい……」

 「これが……心……」みたいな反応をしている。寂しいって感情は始めてかい? そっかあ、かといって僕から教えてあげられることもないんだけど。これ本当は全然寂しいとかじゃないとか、そういうことあるかな。いや、アルハイゼンだって流石にそんな勘違いは……。

「……ここまで言っておいてなんだけど、結構当てずっぽうだからな。僕は君じゃないから、結局のところ君のことはわからない。よくよく自分の心に聞いてみて、本当に寂しくて仕方なかったら僕のところに来ればいいさ」
「君のところに?」
「そのときはルームシェアでもしよう」

 まあアルハイゼンが「寂しくて仕方ない」なんて状況になるかどうかはちょっと怪しい。なんせ肝がごん太なので。そもそもただ自分の心境変化に戸惑ってただけで、それの把握さえできればどうということはないかもしれない。アルハイゼン、強い子。

「あ、そういえば君の申請が上がってきていたよ。君の書類はいつも抜けがないな。明日には」
「うん、寂しい」
「通……、なに?」
「君の言うように、俺にとって家は家族が居るもので、自分ひとりで居るのは空虚で寂しい。カーヴェ、俺は今寂しくて仕方ないんだ。どうにかしてくれるんだろう?」
「お……、おお……?」

 僕は今もしかして、言質を取られた? いや、別にルームシェアくらいいいけど、まさかアルハイゼンが寂しさを認めて僕を頼るとは。……思い返してみれば、昔から結構先輩には甘えるタイプだったかな? うーん、僕に効く年下属性。

「カーヴェ」
「そんな顔しなくても、発言の撤回なんてしないよ。いいよ、ルームシェアしよう。僕と一緒に住んで、君の寂しさがなくなればいいけど。まずは試しに、泊まりから初めてみるのがいいと思うけど、どうかな」
「……うん、そうしよう。帰るぞ、カーヴェ」
「今から!? いいけど、君場所わかるのか? ちょっと、君足早いな。待って、アルハイゼン、鍵がないと入れないぞ!」


──────


「こんばんは、ティナリ、セノ。久しぶりだね」
「ああ」
「うん、久しぶり。迎えならこっちだよ」

 ティナリが指し示す先には、頬杖をついて微睡んでいるアルハイゼン。手には杯を握っているが、中身は空のようだ。

「また随分飲んだな、君。ほら起きて、帰るよ」
「うん……」

 返事はしているが、するだけ。店員に水を頼んで、酔いが冷めて自分で歩けるまで少し待つか。

「あ、水ください」
「流石に抱えては帰らないよね」
「ん? 抱えて? なんの話だ?」
「アルハイゼンが酔うと、カーヴェが抱えて連れて帰るって聞いたから」
「誰に」
「俺だ」
「セノか」

 セノも現場を見たことはないが、何人かそう証言していたから気になっていたと。確かにそういうこともある。僕が家に居るとき、アルハイゼンは酔い潰れることに遠慮がない。と言っても、僕は大抵家に居るが。たまに家をあけた日はちゃんと自分で帰ってきているから、まあ、多分これはアルハイゼンなりの甘えなんじゃないかと。可愛い後輩だなあ、まったく。

「抱えて帰るのが常だけど、今日は君たちが居るからさ。ゆっくり待とうかなって」
「ということは、普段はカーヴェが連れて帰っているんだな」
「アルハイゼンひとりなら、家まで抱えて帰るくらいできるよ」

 いくら鍛えようが建築士カーヴェ以上の見た目にはならないが、力はある方だ。アルハイゼンひとり抱えて家までなら容易い。
 ティナリたちと飲む前まで製図でもしていたのか、首に引っかかっているヘッドホンを外して机に置く。丁度店員が水を持ってきてくれたので、それをアルハイゼンの手に握らせる。まだアルハイゼンは夢うつつだ。

「アルハイゼン、水飲んで」
「うん……」

 今度は生返事ではなく、きちんと水を口に運び始めた。しかしまあスローペース。ここまでぼけぼけのアルハイゼンは中々見られない。いつもはこんなに酷くないんだが。ティナリとセノが一緒だからかな。

「そのヘッドホン、カーヴェも同じの持ってたよね」
「ああ。最初は色違いのスペアのつもりで作ったんだけど」

 普段のものとスペアと、ひと目でわかりやすいよう色を反対にしたらアルハイゼンの色になった。僕とアルハイゼンは色まで反対なのだ。

「あまりにも色が似合うから、そのままアルハイゼンにあげたんだよ。雑音が邪魔になる場面もあるだろうし」
「お揃いってことか。君たち本当に仲がいいなあ」
「それほどでも」
「いいや、カーヴェ。アルハイゼンとカーヴェのような関係、という例えがある。簡単に言うととても親密という意味合いになるそうだ」
「なんだって?」
「お前たちを知っている者には通じる例えだと聞いたが」

 御本人が初耳なんだけど。とても親密……、とても親密? 親しく、密? 仲はいいほうだと思うけど……。

「どんなときに使うんだ、その例え……」
「そうだな、たしか……「アルハイゼンとカーヴェのような関係性になれる人と結婚したい」だったか」
「イマイチわからん例えだな」
「そう? 僕はなんとなくわかるけど」
「俺も、初めて聞いたときは言い得て妙だなと思った」

 つまり僕たちは傍から見てそう例えに使われるほど仲がいい、と。確かに1番関係が深い人物はと言われると、それはもちろんアルハイゼンだ。しかしまあ、結婚相手との関係性に例えられるとそれはちょっと違うんじゃないか?

「僕たち、ベッタベタに仲良しってわけじゃないのに。喧嘩だってするし」
「全く喧嘩もしないなんて無理な話だよ。傍から見ると、君たちは生涯のパートナーと例えてもいいくらい、良い関係を築けている……、ように見えるって話」
「学生時代に知り合い同じ課題をこなし、卒業後にそれぞれの道を歩みその後再会して、今や同居するパートナー……。まるで夫婦の出会いから結婚までを聞いているようだ」
「新しい洒落か? 笑えるな」
「何っ!? そんなつもりはなかったんだが……、そうか、笑えるのかこれは……」
「セノ、笑えるっていうのは皮肉だよ。カーヴェ全然笑ってないでしょ」

 ティナリに指をさされ、セノがこちらを見たのでとりあえず微笑みを湛えておく。皮肉であることを否定もしないが。教令院で学ぶ人間の総数考えれば、僕らと同じ道を辿って結婚する者も珍しくないとは思うけど……、夫婦ねえ。まあこんなものは酒場での気安く意味のない笑い話だ。

「もし僕とアルハイゼンが夫婦だったら、子供はメラックか? 愉快だな、可愛げはあるが」
「メラックって、あの動く鞄だよね?」

 ある日砂漠でアルハイゼンが手に入れてきたらしい核を使った、自動機能を多数搭載した鞄。主にアルハイゼンが仕事に連れて行っているが、僕もたまに家で重いものを持ち上げるときに手伝ってもらうことがある。カーヴェといったらメラックだが、残念なことに僕の仕事でメラックの世話になることはそうないし、僕自身も両手剣は自分で振り回している。しかしながら鞄を使った戦法は興味深く、近いうち、可能であれば鞄型重火器などに手を出してみたい。草元素では難しいだろうか。うーん、草原核の発射……、水さえ確保できれば草元素は僕の神の目でいけるな……。

「あまり大荷物になることは避けたいって言うから、自分で移動してくれる鞄があればいいのにって話をしたら実現してしまった」
「普通ならそう容易く実現しない話なんだけど、君たちはそれをやってみせるんだもんな……」
「僕は案を出しただけで、他はほとんどアルハイゼンが自分でやったよ。確かにそう苦労しているようには見えなかったけどね。たまに彼をただの建築士にしておくには惜しいと思うことがあるよ……。あ、思うだけだからな。アルハイゼンから建築をとったりしない」

 真面目に考えても、彼ならば書記官と建築士の両立も可能だろう。書記官じゃなくたって、なんでも。本人がやりたがるかと言われると、それはもちろん否だが。それに惜しいと思うことはあれど、スメールには彼の建築士としての才能が必要なのだ。カーヴェがスメールに必要だったように。だから特に他の仕事に誘ったことはない。僕は彼が正確無比な図面を描く姿を見るのが好きだし。

「わかってるよ、カーヴェはアルハイゼンが仕事してる姿が好きなんだって」
「……うん? 今そんな話したか?」
「そういうことでしょ?」
「ああ、俺も以前アルハイゼンから「設計図を描いている時に、カーヴェがたまに読書を中断して自分を見ているときがある」という話を聞いたとき同じことを思った」
「アルハイゼンがそんなことを? 視線が邪魔、とか……」
「そうは言っていなかったが」
「そうか、よかった。アルハイゼンは邪魔なら直接言うよな」

 アルハイゼンはそういう男だ。僕はアルハイゼンが僕の視線に気がついてるとは知らなかった。それくらいアルハイゼンの反応は無だったから。バレているのなら今度から堂々と見ることにしよう。別に今までだって盗み見ると言うほどこっそり見ていたわけじゃないが。無意識に視線が吸い寄せられていた、とでも言うべきだろうか。

「読書より優先するということは、相当好きなんだろう? ジッと暫く見たあと、息抜きにと珈琲を淹れてくれるんだと言って……、そうだ、その後「君たちはカーヴェの淹れた珈琲を飲んだことがあるか?」と聞かれた」
「ああ……言われたね……」
「……家に来たことがないんだから、ないな?」
「そうだ。俺もティナリもないと言った。そうしたらアルハイゼンは「そうか、俺はあるが」と……。そのときの言葉にしようのない感情……、あれはもしかして、苛つき、だったんだろうか……」
「面白い会話してるんだな、君たち……」

 特別美味しいわけではない、普通の珈琲だけど。僕は好き嫌いはあっても良し悪しがわかる舌はしていない。言葉だけ聞いているとマウントをとっているように聞こえるんだが、アルハイゼンの真意は如何に。世間話のつもりだったんだろうか。

「今度淹れてくれないか」
「それは構わないけど、別に特別美味しいわけじゃないよ」
「いいんだ、問題点はそこではないからな。……前々から思っていたんだが、俺もティナリもカーヴェの友人だ。だが同じ家に住んでいるというアドバンテージがあるアルハイゼンには勝てない……どうにかならないだろうか」
「友人に勝ち負けとかなくないか? セノは一体なにと戦ってるんだ」
「アルハイゼンと」

 ああ、うん。至極真面目な顔で変なことを言うのは、セノの常だ。冗句と言い難い冗句とかな。彼がアルハイゼンとなにか競っているというのなら静かに見守ろう。理由も何もかも謎だが。楽しいならいいよ。

「……勝敗の仔細について興味が出ないでもないが、まあ結果が出たら教えてよ」
「ああ、勝利を勝ち取ってみせる」
「期待してる……、うん、期待してるよ?」

 やる気をみせるセノに曖昧な応援を送ると、ぐるりと肩に腕が回された。どうやらアルハイゼンは一応少しは酔いが覚めたらしい。

「カーヴェ、いつの間に来ていたんだ……?」
「少し前だよ。君が持ってる水も僕が頼んだものなのに、全然覚えてないのか?」

 いつもはもう少しマシなのに、困った男だ。ここに気心の知れた面子しかいないことを感謝し、今後は飲酒量に気を付けて貰いたい。君にはきっと、酒で忘れてしまいたい現実なんてないはずなんだから。……ないよな?

「……アルハイゼン、帰れそうか?」
「うん……、君が支えてくれるなら。そうだ、帰る前に。最近はどうか、だったな」
「え、何の話?」
「ああ、まだ飲み始めくらいに「最近どう?」って。変わりないって言ってなかったっけ?」
「いや、……うん、ひとつ思い出した。先日買い物に行ったときの話なんだが」

 帰れそうではあるが、やはり酔いは完全に覚めていなかったようだ。僕が来る前に話していたらしいことを今掘り出している。話し方も理路整然と話しているようで、いつもより脳に浮かんだことそのまま話しています感が否めない。珍しく脳直ハイゼンだ。

「君たちも知っての通り、俺にも芸術へのプライドというものがある。建築は実用性や合理性の他に美しさも必要だ。多くの学者は素直に頷かないだろうが、アルカサルザライパレスが称賛されている時点でそれは明白と言わざるを得ない。機能美という言葉もあるくらいだからな。美しさ、芸術性というのは、俺の建築に必要なものだ。つまり俺の審美眼は美しさに対して敏感かつ正確だと言える」

 アルハイゼンの建築への姿勢は、今のスメールの内実とは相性が悪い。本人も自覚した上で、折り合いをつけているようだ。これは、建築士のカーヴェも一応はそうであった。……いや、カーヴェは、完全に割り切ることはできず悩み続けていた、かな? セノもティナリも、勿論僕も、アルハイゼンの言葉をジッと聞く。確かにアルハイゼンの審美眼は優れていると言っていい。美しさとは何たるかを知らぬ者ですら、アルハイゼンの選ぶものや作るものには感銘を受ける程だ。

「俺はカーヴェを常々美しいものだと思っているし、それを超えるものどころか並ぶものすら中々ないと思っているんだが」
「ん?」

 急に流れが変わったな。グリンとこちらを向いたアルハイゼンの顔は、僕の肩に腕を回しているせいでひどく近い。

「相変わらず芸術品のようだ」
「……どうも?」

 どう返すべきか迷って苦笑いで応えた僕に満足したらしいアルハイゼンは、再度セノたちの方へ顔を向けた。圧から解放されて、意図せず安堵のため息が出る。なんの称賛だったんだ、今のは。

「だが先日買い物に出かけた際、遠目から見ただけで目を奪われるような人物が居た。姿勢に、所作……、稲妻では「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉があるそうだ。その言葉が似合うような」
「アルハイゼンがそこまで他人を手放しに褒めるなんて」
「ああ。俺もカーヴェ以外をここまで美しいと思うことがあるとは思わなくて、視線を逸らすこともできずずっと見つめてしまった」
「一大事だね」
「天変地異の前触れか?」
「そんなにぃ?」

 少々大袈裟じゃなかろうか。アルハイゼンにとっての美しさの定義を詳しく知るわけではないが、僕より美しい人なんてごまんといるだろう。アルハイゼンから美しいと評価を貰えることは喜ばしいことなんだろうけど、他の追随も許さないほどというのは流石に重い。それにこの話だけ聞いていると、まるでアルハイゼンがその人物に一目惚れしたかのようじゃないか。アルハイゼンだってロボットじゃないんだ、一目惚れの1回や2回くらいあるだろうさ。恋ってのは理屈じゃないし、落ちるものだし。まあアルハイゼンと恋が結びつかないって気持ちも、アルハイゼンが初対面の人物を遠目からの印象だけで称賛することの驚きもわかるけど。

「要は、アルハイゼンが一目惚れしたってことか? きみ、そんな一大事をよく流そうとしたな……。あ、もしかして失恋でもしたか?」
「失恋はしていない。一目惚れに関しては、そうだともそうでないとも言えるが」
「君にしては珍しくはっきりしない答えだな」
「その君が言うところの一目惚れ相手は、カーヴェのことだからな」
「……おお?」
「君たちの仲がいいようでなによりだよ」

 ティナリは冗句を言ったセノを見る目でアルハイゼンを見て、話を終わらせるように手を叩いた。突然の僕の登場に正直混乱している。本当になんの話? 僕はてっきり朴念仁アルハイゼンが恋に落ちた話かと思ってたんだけど、あてが外れたな。僕が容姿と所作を褒められた、ということで合ってる?

「結局どういう話なんだ、これ」
「俺の審美眼は依然狂いないという話だ。先輩であることも、君が友人であることも関係なく、俺は先入観なく君の美しさを評価できている。あと、君はいつどんなときも美しいという話でもある」
「きみ酔っ払うと話すこと全部面白いな……」

 あと声がすこぶる良い。

「俺はいつだって、君の興味関心を惹けるような男だろう」
「それもそうだな、君への興味は尽きないよ。ならば今異様に湧く興味は、普段見られない物珍しさから来るものかな。君は普段そんなに僕のことを美しいだのと称賛したりしないだろ」
「語る時間があるのならいくらでも語れるが、君に聞く時間があるのか? 少なくとも1日1時間は貰いたいところなんだが、近頃多忙な代理賢者兼書記官殿。君に、その時間が、あるのか?」
「君たち仲がいいのは何よりなんだけど、今日の許容量オーバーだからそこまでにしてくれる? カーヴェは早くアルハイゼン持って帰って」
「あはは、持って帰ってだって」

 担いで連れて行くつもりがなかったから水を飲ませたが、ティナリの言葉に従ってアルハイゼンは担いで帰ろうか? 許容量オーバーという言葉を使うだけあって、ティナリの言葉が少し雑になっている。

「じゃあそろそろ解散しようか。また今度は僕も誘ってくれ。次こそは時間を空けるよ」
「期待してる」
「セノは近いうちに珈琲飲みにおいでよ」
「勿論」
「……珈琲?」
「いいからいいから。帰ろうかアルハイゼン。寂しい思いをさせて悪かったね」



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