短編 | ナノ


▼ 帝君平穏日記

※鍾離成り代わり
※ショウの漢字が文字化けする為、全て片仮名で表記されています
※仙術の捏造(夢枕に立つと夢の中に訪問するが別ということになっている)
※いやそうはならんやろ、ということもある
※結構なんでもあり。細かいことを気にしてはいけない





 モラクスになって思ったことは、ざっくり未来を知っている身として、「あんな面倒くさい葬式やりたくないな……」だった。まあ面倒で嫌なら変えていけばいい。なにせ時はまだ魔神戦争真っ只中。未だ璃月のりの字もないのだから、これから好きなように作っていけばいい。……魔神戦争なんぞやってる場合じゃねぇ! と言ってやりたいところだが、魔神戦争が終わらねば俺の理想の璃月計画は始まらないんだなあ。世知辛。魔神戦争とか勝つ気しかしない。


 老衰の気があった岩王帝君がついに亡くなったそうだ。葬儀は勿論往生堂へ。細かな様式や決まり事は俺へ。……自分の葬式ッ!!
 勿論俺が死んだわけではなく、昔から用意していた身代わりを死んだように見せかけているだけである。ゲーム内では黄金屋に安置され、ゲーム外では死体ぬいが出た例のアレ。動くし喋るしちょっと光る、某玩具会社のベルトとかくらいよくできた分身。なんかこう、成功のビジョンが見えていたものだから、ちょっと頑張れば作れた。モラクスのポテンシャルは高い。

 ただ少しばかりうっかりしていたことがある。死ぬのが少し早かったかもしれないことだ。俺は未だファデュイ執行官と知り合っていないし、なんなら氷神と契約なんぞしていない。100%自分のことしか考えていなかったうっかり鍾離、本来あるべき流れをマルっと忘れていたんだなあ。突然の岩神逝去に1番慌てているのは多分氷神。マジでごめん。まあ神がいなくなっても後継がいなくても円滑に回る国のモデルとしてはいいと思うので見逃して頂きたく……。あ、そういうのは目指してない? そっか。
 氷神からしてみれば、神の心はなくなってはいないだろうが、誰が保有しているのかわからない現状。うっかりひどいことをしてしまったようだ。璃月で派手に動くことのできないファデュイたちの探しものはさぞ難航することだろう。まあその内なんとかなるさ。

「鍾離さん、お茶淹れて欲しいなあ」
「ああ、わかった」

 往生堂で引き篭もり労働をしている男にたどり着くまで、ぜひ頑張ってほしい。たどり着けたら神の心はあげてもいいぞ。
 誰にも何も言わず勝手にやってしまったことだが、姿を見られると旧友や仙人たちには即バレするので、あまり外には出ていない。彼らはあまり街中には現れないが、俺の望みを聞き入れ、璃月を守らんと人々と歩み寄ってくれている。うーん、パーフェクト計画。群玉閣の寿命が伸びたかもしれない。

「堂主殿は茶を嗜むのが好きだな」
「好きだよ。鍾離さんが私のためにじっくり時間かけてくれてるんだもん」
「はは、そうか。淹れるのに時間が掛かるからな、なかなか人に振る舞おうとは思えなかったが……時間を楽しんでくれるのなら俺も振る舞い甲斐がある」

 むふん、と満足げな顔をした胡堂主は、甘え上手な孫娘のようだ。

「じゃあ毎日、1日3回……、うーん、5回!」
「ははは、5回は多いな」


──────


 早朝は璃月港にも静寂が訪れる。朝露に濡れた璃月港を歩くのも好きだが、人の少ないその時間帯は比較的仙人たちも現れやすい。となると、俺が散歩をするのは人混みに紛れやすい昼間。活気づいた街中を歩くのも、なかなかどうして悪くない。

「あ、鍾離先生。奇遇だね、散歩?」
「ああ」

 たまにこうして公子殿に会うこともあるが。さて、これが本当に偶然かどうかは……はは、神のみぞ知るというが、俺にもよくわからん。真相は明確ではないが、個人的には謀っているものだと思う。岩王帝君の送仙儀式は滞りなく行われたが、氷神は岩神の心は失われず、誰かに預けてあると推測しているらしい。恐らくファデュイはそれを探している最中。璃月七星や仙人、送仙儀式を行った往生堂が探りを入れられているということだ。中々いい線いってる。なにせ、何も言っていない手前仙人たちにも預けられず、未だ俺の中にあるのだから。

「俺はこれから昼食とるところだったんだけど、鍾離先生は? もう食べた? まだなら一緒にどう?」
「昼食か……」

 食事をするより探りを入れられる時間のほうが長くなりそうな予感。若造に引けを取るつもりはないし、別にそれくらい構いやしないが。

「実は鍾離先生に箸の使い方を教わりたくてさ」
「俺に?」
「そう。鍾離先生は俺が箸使えないとか言いふらしたりしないだろ?」

 少しの信頼しているポーズに、些細な弱みを見せて懐に入る手腕、見事なり。これが計算尽くか天性のものかは、……まあどちらでもいいか。年相応に可愛らしくていいものだ。

「どうかな、御馳走する代わりに」
「……そうだな、それならば引き受けよう」
「……なんだか嬉しそうだね?」
「そう見えるか? はは、まあその通りだ」

 年寄りというのは、大抵の場合年少者に頼られると嬉しいものだ。見た目だけなら公子殿とそう変わりない為に口にこそ出さないが、心情は常に幼子を相手する爺。

「瑠璃亭の予約を取ってあるんだ。……あはは、そんな目で見ないでよ。今日会ったのは本当に偶然。会えたらいいなと思って歩いてたのは否定しないけどね」

───

「……理屈が分かっても扱えるかどうかは、別!」
「ふむ、しかしその様子ならすぐ扱えるようになるだろうな」
「ほんと? 嬉し……、あっ」

 箸を滑り器に落ちた翠玉福袋を複雑そうな顔で見つめた公子殿は、器と箸を置いてこちらを見る。

「ナイフとフォークが要るか?」
「お気遣いどうも! 食器は必要ないよ。それより鍾離先生に聞きたいことがあってさ」
「聞きたいことか。……それは食事より大切か?」

 食事が建前だということはわかっているが、湯気をあげる食事を前に会話を優先するというのもどうだろう? とは言え、食事をご馳走になっている手前公子殿の希望を突っぱねるのも忍びない。

「公子殿がうまく箸を使って……、そうだな、翠玉福袋を食べられたら聞こう。どうだ?」
「いいね、そういう挑戦は燃えるタイプなんだ。っと、その前に、折角だし鍾離先生の手本を見せてよ」
「手本? いいだろう。ほら、こうだ」

 箸を使った年数ならば、そこいらの人間とは文字通り桁違いだ。豆も掴める。難なく箸で掴んだ翠玉福袋をそのままひと口と、スープを少し。

「わー……」
「はは、少し大きいな」
「鍾離先生も大口開けたりするんだね」
「少しはしたなかったか?」
「いやー? うーん、まあ、はしたなくはないかな」

 はしたなく"は"か、なら一体なんだったのか。今迄指摘されたことはなかったが、それはもしや俺が岩王帝君だったから……? 仙人たちも言えなかっただけで思うところがあったのだろうか。帰ったら堂主に聞いてもいいかもしれない。

「じゃあ次は俺の番か……」
「がんばれ、がんばれ」
「気が散るからやめてもらっていいかなほんとに」
「そうか、すまない」

 ちょっとお茶目に応援したつもりだったのだが、公子殿にとっては真剣にやらねばならない場面。俺の適当な応援は騒音か……。本当ならタンバリンとか叩きたいところだった。

「っと、……ん! 見た? うまくできたでしょ?」
「見事だな、流石公子殿」

 顔は険しく、手も少し震えていたが、見事翠玉福袋を口に運べた公子殿。得意げにする様子は初めて獲物を捕まえた猫のよう。まるで俺に懐いているかのように錯覚してしまうな。

「どう? 合格?」
「俺に委ねるのか。拙いが大目に見て及第点だな。いいぞ、何が聞きたい?」
「大目に見て及第点……。……鍾離先生は岩王帝君の送仙儀式を執り行った側って聞いてさ、その話を詳しく聞きたいなって思ってたんだ」
「ほう、送仙儀式の話か。公子殿が岩王帝君に興味があるとはな」
「えー? 興味津々だよ」

 神の心のこととか? 公子殿の真意は様々なズルにより知っているが、公子殿は未だに俺のことを送仙儀式に関わった神の心保持疑いの物知り一般人としか思っていないだろう。疑われてはいるが、未だ仔細が不明故に手っ取り早く送仙儀式に関わった者を片っ端から調べているだけのようなので、別に俺の高貴さが溢れて止まなかったわけではないはず。

「武神と名高い岩王帝君、1回くらい戦ってみたかったし……。で、かの岩王帝君の遺品を幾つか閲覧できるっていう鍾離先生は、岩王帝君とどんな関係?」
「よく知っているな」

 当然ながら、一応機密情報である。書物や細々とした道具の幾つかは俺に所有権が移っている、とはいえ岩王帝君の物なので好き勝手していいわけではない。使用・閲覧の権利がある程度。そしてこれを知るのは璃月七星やそれに近い者だったはず。

「俺の情報収集の賜物だね」
「組織内人員の掃除を進言したほうが良いだろうか……」
「秘密にしてよ、俺と鍾離先生の仲だろ?」
「ははは」

 探る者と探られる者の関係だな。放っておいたところで勝手に撤退していそうだからどちらでも構わないが。

「遺品の閲覧と言っても、俺が見るのは葬儀に関する文献くらいだ。往生堂でも仙人を送る儀式は俺の担当分野だからな。古来より岩王帝君が残してきた儀式の仔細を閲覧する許可を貰った、その程度だ。岩王帝君は勤勉な者を粗末には扱わない、それ故の閲覧権だが……、他に聞きたいことは?」

 勤勉な者を粗末に扱わない神様、俺のことだが。公子殿が俺と岩王帝君の仲を疑ってくる……のは、まあいつかはあるかもしれないと思っていた。用心はどれだけしてもいいものだ。

「……何か他に託されたりしてない?」
「していないな。なにか託すというのなら、俺よりも他に適任が居るのではないか?」
「うーん……、そっか、自信あったんだけどな……」

 しかしニアピンではある。神の心は託されたり預けられたりしたものでなく、元々俺のものでずっと俺が持っているからだ。ははは、いいのか公子殿。探しものがある事実を全然隠せていないぞ。もしかして俺はナメられている……?

「ファデュイ執行官が探し求めるものか……、随分と大事だな。送仙儀式についてもそれ関連だろう?」
「さて、どうかな? って、今更惚けたところでだけど。俺が璃月に来たのは最近だし、送仙儀式がどんなだったかその場に居合わせた鍾離先生から聞いておきたくて」
「どんな……、そうだな、盛大だったのは確かだ」
「だろうね……」

 一応璃月の神様なので……。残念ながら必要な物が多く面倒ではあるのは変わりなかったが、文献を多く残したことと、老い先短いアピールをしていたお陰で例のお使いイベントで揃える物は容易に揃った。国が主導であったし、商人たちも各々貢物……、あの場合お供えか? を持ち寄りそれはそれは壮大な葬儀で……。本当は死んでないもんだからちょっと気まずかったのは別の話。国の象徴としては死んだも同然なので、100嘘ということもない。ないったらない。

「近々、また偲ぶ機会が来るだろう。それに参加してみてはどうだ?」
「そろそろそんな時期か。そうしようかな」

 岩王帝君逝去n年……、といった具合に1年に1度偲ぶ会的なものが行われる。送仙儀式イベントの埋め合わせですか? すみませんね勝手なことして。内容はといえば、献花であるとか、商人が各々自慢のものを供えるとか、少し毛色の違う催しのようになっているが。

「献花か……、詳しいこと教えてくれる? 流石に恥かいたらヤバいでしょ」
「公子殿は外交官だからな……。構わないとも、俺で良ければ相談に乗ろう」
「璃月のことを聞くのに、鍾離先生以上の適任は居ないよ」


──────


 モンドを救った栄誉騎士。神を訪ねて璃月へと来たが、当の岩王帝君は逝去済み。ならば、と少しでも帝君を知るために、此度の儀式に参加することを決めた……。

「それで、俺に何をして欲しいんだ?」
「璃月の話と、儀式について説明してあげて欲しいんだ。俺だって流石に鍾離先生程詳しくはないからね。岩王帝君についても、鍾離先生は結構詳しいでしょ?」

 つい、と旅人の方を見れば、彼らは彼らでそわそわしている。帝君暗殺疑惑がないふたりと、公子殿は一体どうして知り合い、信頼を勝ち取ったのか……。公子殿の裏の意図的なものを感じないでもないが、俺自身旅人とここで縁を結ぶのは悪くない。

「いいだろう、引き受けた。では食事が終わったら声をかけてくれ。俺は先に失礼する」
「お、おう!」
「それじゃあ、また……」
「またね、先生」
「ああ、ゆっくりで構わないからな」

 瑠璃亭を出て柱の影に立つ。璃月の話は優秀なガイドであるパイモンが居るから必要ないだろう。となると、俺が主に教えることになるのは儀式での献花について。遂にこの時が来たか、といった感じだな。送仙儀式の代わりに旅人が参加することになる儀式……、無事で終わるわけがない。さして心配はしていないが、群玉閣の延命は俺には無理だったようで不甲斐ないな。さて……、俺は神の心を手放すことになるのか、手にするのは誰なのか。

───

 儀式での献花に使われる花は、特別なものでなくて構わない。民の多くは璃月原産の花を選ぶようだが、スイートフラワーやスメールローズ、パティサラを選ぶ者もたまに居る。これ作法なんてあってないようなものでは? 大衆の集う儀式などそんなものです。

「この時期は商人たちも多く花を仕入れているから、璃月港で手に入れるのも容易い。たまにモラをかけて盛大な花束を供える者も居るな」
「そっ、それはいいのか……?」
「いいんじゃないだろうか。亡くなった帝君を偲ぶと言っても、儀式など生きている者が自分たちの為にやるものだ」

 復讐と同じだな。岩王帝君のこの儀式に関しては、俺は目で楽しませて貰っているが。

「……とまあ、作法と言っても堅苦しいものはないからな、気を楽にして参加するといい。璃月の外から来た者もよく花を供えて行くんだ」
「そうなんだ」
「オイラ、覚えることが多かったらどうしようかと思ってたぞ」

 肩の力を抜いた様子のふたりは、「清心は?」「瑠璃袋とか?」と花の種類を話し合っている。民の間では清心がメジャーらしい。高所に生える清心は採集するのが大変じゃないのかと思うが。

「それと……、岩王帝君について知りたければ仙人を訪ねてみるといいかも知れない。遥か昔より璃月を見守ってきた仙人たちは普段は姿を見せないが、運がければ会える筈だ。望舒旅館に行くと、たまに降魔大聖に出会えるらしい」
「望舒旅館か……」
「さっそく行ってみようぜ!」
「また何か聞きたいことがあれば、往生堂を訪ねてくれ」
「鍾離先生は行かないの?」
「そろそろ堂主殿の休憩時間だからな。運があることを祈っている」

───

「帰ったか。降魔大聖には出会えたか?」
「うん……」
「他の仙人にも会えたけど……」
「けど? 何かあったか?」

 望舒旅館で出会ったショウは、近々岩王帝君の命日があると花を用意していたらしい。人の多い璃月港へは出向かず、望舒旅館の上から帝君を偲び、花を風に乗せ空高く届けるのだと。風流だな。

「ただ、今年は俺が訪ねてきたから、花を託したいって」
「他の仙人たちからも花を預かったんだ。岩王帝君の話もして貰ったぞ」
「それはよかったな」
「みんな、帝君が亡くなってから前より時間が長く感じるとか、悲しみは段々と薄れていくのが怖いって言ってた」

 仙人の時は長い。その長い生の中で別れは何度も経験したが、帝君さえ居なくなった今、時間は遅緩なれども悲しみは自然と薄れゆく。大切な人を失った悲しみが薄れてしまうことを、故人への裏切りのように感じてしまうのだろう。

「悲しみは何れ薄れゆくものだ。悲しまず故人を思い出せるようになることは、悪いことではないさ。その悲しみに触れてそんな顔をしているのか?」
「みんな悲しそうで、思わず……」
「鍾離だってあの場にいたらこうなると思うぞ!」
「そうかもしれないな」

 大切な人が居なくなっても、生きていけてしまうのは辛いだろうか。……まあその大切な人、俺なんだが。いやほんとすまん。まさかそんなことになってるとは。

「……綺麗な花だ」


──────


 オセルが出たぞーーーー!!!
 岩王帝君が逝去したことにより、封印が脆くなり解かれたのだと。表向きはそうなっているが、勿論そんな事実はない。俺は死んでいないのだから。あまりにも神の心が見つからず痺れを切らした公子殿が裏でこっそり封印を解き、騒動を起こしてあぶり出す作戦にしたらしい。神の心を託されるような人物ならば、その場に姿を表すだろうと。しかし残念ながら新たな人物が現れることもなく、オセルは旅人はじめ璃月七星や仙人たちの手により鎮められた。儀式は無事執り行われたが、あわや儀式が台無しになるところだったために皆の結束力がそれはもう。鬼気迫る表情とはまさに。

「それで、探しものは見つかったのか?」

 場は往生堂客間。俺が淹れた苦めのお茶に少し眉を顰めた公子殿は、ひと口飲み下して何事もなかったかのように茶托に湯呑を置いた。

「いやー、旅人に目星つけたけど外れたね。儀式までの間に旅人に託す可能性も考えてたんだけど……こうなると本当に海に沈んだとかが有力かな……」
「あまり派手に騒ぎを起こすのは感心しないな。危うく国際問題だっただろう」
「国からやっていいって言われちゃったからさー。でも痕跡はなるべく残さないようにしたんだよ」

 氷の女皇は、どうやら本格的に岩王帝君は死んだと認識したらしいな。武神モラクスがいないなら、多少国に手を出しても反撃は些細と判断したか。

「……ところでさぁ、鍾離先生ってやっぱり実は偉い人だったりする? 今回の騒動、表向きは偶然弱まった封印が解けただけってことになってるんだけど」
「俺は往生堂胡堂主の部下でそれ以外の肩書はない」
「……往生堂って実は裏の顔があるとか?」
「おもしろい推察だ、もしそうなら胡堂主は裏社会を牛耳る女傑だな」

 当然そんなわけはないのである。設定は面白いのでそれで小説を書けばいいと思う。
 あの場にいた者達はオセルの件に不信感を持っているが、確信はなく、公子殿を警戒するに留めているとか。本来の送仙儀式よりかは穏便に済んでいてなによりである。しかしまあ、こうして氷の女皇すら岩王帝君の死を認めたとあれば神の心はひっそり仕舞っておき、モラクスの生存は闇に葬るが良しか……。

「……鍾離先生にお客さんかな?」

 扉の外からする足音と声。今回の騒動の功労者である旅人だ。儀式も無事終わったことだし、次の旅をする前に声でも掛けに来てくれたのだろうか。

「鍾離!」
「鍾離先生! ……と、公子?」
「えっ! なんで公子が居るんだ!?」
「鍾離先生と俺は仲良しだからね」

 いま流れるように仲良しにされた。不仲ではないが……、うん、たまに食事もする仲なら、仲良しなのか?

「それで、どうしたんだふたりとも。儀式の感想でも伝えに来てくれたのか?」
「ああ、そうだった! 大変なこともあったけど、今年は仙人たちも参加してすっごく華やかだったぞ!」
「鍾離先生は参加しなかったんだね」
「ああ。俺は……、まあ少し事情があってな」

 自分のn回忌に参加するほど酔狂ではない。仙人たちも参加したのならば、やはり行かなくてよかった。
 功労者、か。ファデュイが海の底を探し出す可能性も否めない以上、今公子殿の前で手放しておくのも良いかもしれない。もっとも安全だろうところに。……まあ、氷神の手に渡ったところで構わないのだが。

「旅人、パイモン。そこに座ってくれ。大切な話をしよう」
「大切な話……?」
「公子殿もついでに聞いていくといい」
「ついでって……」

 お茶の1つも出せなくて悪いが、本当に大切な話だ。さあ元気に契約契約。しかしまあ、「秘密を」と言うと秘密を抱えていることがバレてしまい詮索の余地を与えてしまうことになるので切り出し方が難しいな。無難に「大切な話」としか言いようがない。

「これから話すことは他言無用だ。とても大切なことだからな。それが無理なら、話は取りやめよう。残念ではあるが、致し方ない」
「も、もし喋ったらどうなるんだ……?」
「そうだな……。これは契約だ、古の例に則り岩喰いの刑だろうか」
「岩喰いの刑……」

 旅人とパイモンの顔が引き攣っているので、「破らなければ問題ない」と微笑んでおく。そこで聞く気満々の公子殿くらい軽い気持ちで構わない。

「聞かせてほしい」
「お、オイラも!」
「おチビちゃん、うっかり口を滑らせないように気をつけないとね」
「公子殿も、例え上司相手でも……、氷神相手でも話さないように」
「……仕事に支障出る?」
「そこまで警戒することではないな」

 俺の事情を抜いたところで支障はないはずだ。要は神の心さえ手に入ればいいのだから。出処も、岩王帝君が生きているかも関係ない。
 大事な話ではあるものの、「秘密を話す」と言ってしまうと俺に秘密があることを開示してしまうこととなる。そのせいで内容を開示する前に他言無用を強いたので、公平性を求めて後々ふたりには1つずつ俺に頼み事をする権利をやろう。
 皆の覚悟が決まったところで、旅人に拳をつき出す。

「では、璃月を守った英雄にこれを託そう」

 解いた拳の中には、岩神の神の心。

「えっ」
「は?」
「……えええええ!? 神の心!? 鍾離が!? なんで!?」
「ちょっと待ってよ鍾離先生! あんたやっぱり持ってたんじゃないか! 嘘つき! 俺のこと騙したね! 酷い人!」
「騒がしい。追って説明するから少し落ち着いてくれ」

 予想以上に公子殿からの糾弾が酷い。立ち上がらないで座っていてくれ。ああ、旅人、そこそこ大事なものだからなくさないように持っていてくれ。うん。そう、大事なものはバッグに。

「先ず公子殿。公子殿は俺に「岩王帝君に託された物はないか」と聞いただろう。神の心は元々俺のもので、1度も手放したことはない。少しばかり騙しはしたが嘘はついていないぞ、嘘つきは心外だ」
「……元々、鍾離先生のもの?」
「次にパイモン。何故俺が神の心を持っているかだが、それは当然、俺が岩神だからだな。今回の騒動で璃月を見事守ってくれた英雄に、俺から感謝を」
「ちょっと待って……、事情が全然……。岩王帝君って死んだんじゃなかったの?」

 話せば長くなるが……。そう切り出して今までの経緯を説明する。璃月には神がいなくとも大丈夫な国になって欲しかったこと、その為には仙人と人間たちとの歩み寄りが必要だったこと、その両方を叶える為に自分が実は生きていることは誰にも言えなかったこと。

「仙人たちも無事悲しみを乗り越えたことだろう。それに、神の心を探してこれ以上璃月を引っ掻き回されてもたまらない。だから旅人、お前にこれを託そうと」
「いや、悲しみは乗り越えられてないと思う……」
「ああ……、ちょっとは落ち着いたかもしれないけどな……」
「そうだろうか? まあどちらにせよ、国も安定して、仙人たちと人々の関係も良好。璃月は本当にいい国になった。しかし旅人、お前が神の心を持ちたくなければ別な者に託しても構わないぞ。公子殿とか」
「あ、いいねそれ。頂戴」
「絶対駄目」
「ファデュイになんか渡せるか!」

 ははは、フラれてやんの。国も安定し、騒動の種になりそうな神の心も手放した。そろそろ本格的に自由の身になってもいい気がする。旧友に嘘を吐き続けるのも、仙人たちの目を掻い潜り続けるのもそろそろ限界だと思っていたんだ。なんならそちらの理由が大きい。世を偲ぶのも限界があるんだ……。

「よし、じゃあ勝負して勝った方に権利があることにしよう。鍾離先生が俺にもこの話をしたってことは、略奪のチャンスを与えてくれたってことだからね」
「ついでって言われてた癖に!」
「ついでだろうと、ファデュイにこれ以上詮索されるのが嫌だからだろうが、俺に情報開示した以上はそういうことだよ! オセルを鎮めたその強さ、1度戦ってみたいと思ってたんだ、こういうの一石二鳥って言うらしいね!」
「あー! 鍾離が岩王帝君なら、オセルの封印が解かれたのってお前らのせいか!?」
「これは1回痛い目見せておかないと……」

 若い衆は血の気が多くて元気で何よりだ。公子殿には他言無用を敷いたから、スネージナヤやファデュイに俺のことが漏れることはなし。このまま死んだものとして扱ってくれるだろう。神の心が公子殿に渡ったとしても、契約した以上うまく誤魔化してくれる筈だ。では真相を仙人たちと……、凝光には伝えるべきだろうか? まずはショウに話して決めるのがいいかもしれない。……今更何よ! ってなるだろうか。


──────


「実は少し悩みがあってな。騒動の後、俺の生存を隠し続ける理由もないかとショウの夢に出てみたのだが……」

 夢の中でショウは俺の姿を目に留め、酷く悲しそうな顔で俺の名を呼んだ。まあそれくらいなら想定の範囲内なのだが、ショウは俺が「すまない、隠していたのだが実は死んでいなくて」と話しても一切信じることがなかった。どれだけ言っても暖簾に腕押し状態。これには流石の俺もどうすればいいのかわからず。

「「わかっています、これは我の願望なのです」といって憚らなくてな……。俺は死んだままの方がいいと思うか?」
「鍾離先生、俺に相談してる場合じゃないよ。今すぐ望舒旅館行って」
「ショウが可哀想だからな、今すぐ行った方がいいと思うぞ」
「はは。いや、しかし、望舒旅館にか……」

 行ってもいいのだが、そうすると夢の中でショウが謝り倒しながら俺にエグめの接吻を仕掛けてきたことをなかったことにはできないだろう。夢の中の出来事故俺は別に構わないが、ショウが死んでしまう可能性がある。羞恥とか罪悪感とかで。しかもあの口ぶりだと初犯ではない。

「お前たちの意見としては、伝えた方がいいと思っていると」
「そりゃ……ねえ?」
「ショウのあんな顔を見たら、なあ?」
「そうか……。ならば近いうちに。下準備をしてから向かうとしよう」

───

 夢枕に立つ、という仙術は難しいものではない。しかしこう、2回も連続でしくじると自信をなくしてくるな。これまた懐かしい岩王帝君時代の格好だ。夢枕に立つのと、夢の中に訪れるのとでは少し違う。主に向こうの認識が。だからこそショウは夢に現れる俺の言葉を信じようとしないのだろう。

「ショウ」
「帝君、夜のひとときだけでも……、幻でも、会えたことを喜ばしく思う我を許してください……」
「……ああ、許すとも。寂しい思いをさせてすまない」

 誠心誠意正真正銘俺の謝罪なのだが、ショウからすれば「自分の望んでいる言葉を言ってくれる本当は生きているという設定の岩王帝君」な訳で。嬉しいんだか悲しいんだかよくわからない表情をしている。本当にごめん……。まさかここまでとはな……。
 縋り付くように身を寄せるショウの顔が近付いて来るのを、掌で遮る。

「ショウ、待て」
「何故ですか? いつものように我を求めてはくださらないのですか、帝君」

 俺の知らない俺の話が出てきたな。いつもって何だ。そんなに毎晩俺の夢を見るほど気に病んでいたのか? こうなってくると、どれだけ声をかけても無駄だろう。今回は諦めて、次こそは仙術を成功させて事情を話すしかない。もちろん、昨日今日の夢は知らないことにして。

「ショウ、お前のことは大切に思っている」

 だからこそ、1番最初にショウに話をしようと思っていたのだ。こんなことになってしまったが。

「ならば帝君、今一度、夢の中だけでいいのです。我の都合のいい夢に、我の欲望だとしても現れて下さったのなら、どうか……!」
「ショウ……」

 生きるのも辛いですと言わんばかりの瞳に見つめられ、かといって唇にキスを送るわけにもいかず。悩んだ末、額にひとつ口付けを。

「帝君、」
「すまない、ショウ」

 本当に、色々と。

───

「よかった、ちゃんと会いに来てたんだ」
「「下準備をしてから」なんて言ってたから、ほったらかしにするんじゃないかって心配してたんだぞ」
「そうか、それは随分心配をかけたようだ。……それでふたりとも、他になにか言うことはないか?」
「……ないな」
「ないね」
「せめてちゃんとこちらを見て言ってくれないだろうか」

 場所は望舒旅館。あの夢の後道具を見直すことで無事ショウの夢枕に立つことは成功した。怒るどころか泣き始めたショウに慌て、夜中にも関わらず望舒旅館へ直接赴きあれやこれやと宥めているうちにいつの間にか朝。見事ひっつき虫と化したショウを抱えて背を撫でていたところ、そろそろ流石に会いに来たか確認しにきたという旅人たちに出会ったわけなのだが。見えているんだろう、このひっつき虫が。ショウが後から謝り倒すことになるだろうから、まだ傷の浅い今のうちにお前たちが正気に戻してやってくれないだろうか。

「帝君、帝君……」
「ほらショウ、旅人たちも来たのだから離れた方がいいのではないだろうか」
「嫌です……もう離しません……」

 嫌なんて初めて言われた気がする。ショウはこんなに甘えん坊だっただろうか。人目も憚らず……、いや、そもそも俺に引っ付くということ自体しなかったと思うのだが。

「……旅人」
「ああ、俺たち様子見に来ただけだから。鍾離先生、ファイトー」
「じゃあな!」

 助けを求める俺に目もくれず、ふたりは本当に帰ってしまった。滞在時間わずか5分と言ったところだろうか。ショウとふたり残され、このずっと泣いているひっつき虫を俺はどうすればいいのだろう。そろそろショウの脱水が心配だ。

「ショウ、お前たちに本当のことを伝えていなくてすまない。旅人から聞いたが、随分と悲しませてしまったようだな」
「……必要なことだったのだとわかっています。徐々に衰えていく帝君を前に、覚悟だってできていた筈なのです。それでも、どうしようもなく悲しく、辛かった。また会えて、今どうしようもなく嬉しい……。次は、本当に亡くなるその時は我も連れていってください……」
「縁起でもないことを言うな……」


 暫くして、漸くショウは俺から離れて隣に座った。それでも腕は掴まれたままだが……。どうやら俺は今回のことでショウからの信用を失ってしまったようだ。自業自得。

「帝君が夢枕に立ったときは驚きました。仙術であるとはわかっていたのですが、我は毎晩帝君の夢を見るので……」
「悪夢か……?」
「帝君が夢に出て悪夢な訳がありませんが?」

 故人が毎晩夢に出るのは悪夢では? ショウ、それ多分ストレスって言うんだよ。まあ……、内容がアレなら、確かに悪夢というか、うーん……。毎晩謝り倒しているのならどちらにせよ悪夢だと思うのだが。まあお前がそう思うならそれでいいさ。

「それで、他の仙人にも伝えるべきか、という話ですが」
「ああ」
「是非にと言いたいのですが、我から伝えると遂に幻覚を見始めたかと言われる可能性が高いですね」
「……?」
「場合によってはその場に帝君を連れていっても、死者蘇生や傀儡を疑われます。流石にそのような疑いを一瞬でも帝君にかけたくはないので……、他の仙人たちには夢を通じて同時に伝えるのがいいのではないかと」
「うん……? いや、提案は理解したんだが、途中少しわからないことが……んん?」

 ショウから伝えれば幻覚を疑われ、俺を連れ立って会いに行っても死者蘇生を疑われる? 俺が想像していた以上にショウの精神は蝕まれているのかもしれない。普通そうはならんやろ。

「老衰を選んだのは、お前たちに気負わせない為だったんだが……、うまくいかないものだな」
「帝君の尊い御考えに応えられない未熟者で申し訳なく……」
「責めているつもりはないんだ、そう謝らないでくれ」

 神の手から離れることは璃月にとって必要なことだったし、誰にも告げなかったことにも理由がある。失敗だったとは思っていないが……、もう少しいい道がもしかしたらあったのだろうかという気はしている。しかし悔やんでも時既に、なのでこれ以上は時間の無駄だ。楽しい話、これからの話をしよう。

「ああそうだ、もう俺は神ではないからな。今は鍾離と名乗っている。気軽に呼んでくれ」
「鍾離様ですか、普段はどちらに?」
「様……、まあいいか。璃月港の往生堂に勤めている」
「往生堂……、我の葬儀は鍾離様が挙げてくれると」
「縁起でもない話はよしてくれ」

 先程から縁起でもない発言が多い。寿命を考えても全くないとは言えないが、できることならショウには俺より長生きして欲しいと思っている。

「人目は避けますので、……たまに、会いに行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いつでも」

───

「しょ、鍾離様! まさか我の夢にお出でになっていたのですか!? 我に会いに来る前に! 「夢に出たが信じてもらえなかった」と旅人にこぼしたと聞きましたが!」
「さて、どうだったか」
「こちらを見て言ってください!」
「……バレてしまっては仕方がない。少しばかり術に失敗してしまったんだ」
「で、では、あの、口付けを交わしたのは、鍾離様、ご本人……!?」
「ああ、激しい口付けだったな……」
「も゛っ、もうしわけ、ございませ……」


──────


 往生堂にある部屋の窓がやや乱暴に開かれ、ショウがそのように乱暴に部屋に入ってくるのは珍しいなと目をやった。

「……ショウ?」

 そこにいたのは、赤いショウ。本来緑色をしている髪は赤く、有り体に言うと2Pカラーのショウだ。緑から赤に、それはさながら光の巨人のカラータイマーのようだ。一般的に赤は警告色である。もしや、ショウの身になにか起きているのか? 魔神戦争時にもなかったような非常事態が。

「鍾離、様」
「どうしたんだショウ。ああ、まずは座った方がいいな。椅子……、いや、ベッドに。どこか痛むか? 連理鎮心散は……」

 容体が悪くなればすぐに横になれるようショウをベッドに座らせる。連理鎮心散が棚にあったはずだ。業障が原因かはわからないが、常に業障が身体を苛むショウにはまずそれで身体を落ち着けるのがいいだろう。

「鍾離様、身体は大事ありません。ただ、その、そばに居ていただけませんか……?」
「……わかった」

 袖を引いてそう言われてしまえば、大人しくそばにいる以外選択肢はない。しかし俺の身体にもたれかかるという普段のショウならばしない行動に、事態は想像以上に深刻なのではないかと思い始めた。本当に大丈夫なのかこれ。発熱などの症状はないようだが……。

「……以前から思っていたのですが」
「なんだ?」
「鍾離様は我への警戒心がまるでありませんね」
「警戒? お前を警戒する必要がどこにある?」

 殺気もなく、俺を害そうとする気配もないのだから、色が違うとはいえショウを警戒する理由はない。そして何があっても俺はショウより強い。

「そんなことでは、取って食われてしまいますよ」
「……取って、食う? ショウが、俺を?」
「はい。……こうして」

 徐々に近づく顔と、頬に添えられた手。覚えがあるこの光景。そうだ、たしか前にショウの夢の中で……。

「ちょ、ちょっと待てショウ、いきなりなん、んんーーーっ!?」

 舌が、


──────


 ショウが旅人をアビスの攻撃から庇い妙な攻撃を受け、煙が晴れた時には何故か増えていた。

「なんっ、え、ショウ!? ふたり!?」

 赤いショウの姿に驚くのも束の間。その場でいち早く行動を起こしたのは赤いショウで、一瞬でその場から去ってしまった。

「くっ、なんださっきの輩は……!」
「色が赤いショウ……? それより、どこか怪我はしてない?」
「大事ない」
「さっきのあいつはどこ行っちゃったんだ? 声をかける間もなく飛んでっちゃったぞ」

 アビスの影響で増えたショウ。当然野放しにできるはずもない。行先の宛てはないが、とにかく悪事を働いていないことを願って地道に探すしかないだろう。

「ショウは一応鍾離先生に診てもらおう」
「なっ!? 大事ないと言っただろう!」
「でもいきなりふたりに増えてるし、アビスの攻撃なんだからなにがあるかわかんないだろ! オイラも旅人に賛成だぞ!」

 通常こういう時は医者に行くものだが、ショウは仙人である。対人間と同じ医術では意味を成さない可能性がある、というのと単純に鍾離先生の前ではショウはおとなしいので。まるで借りてきた猫。


 で、往生堂に来たのだけど、これは一体どういう状況だろう。

「な、なっ、」
「うおっ!? どうしたんだ旅人ぉ! なんにも見えないぞ!」

 鍾離先生の部屋の扉を開いてまず飛び込んできたのが、赤いショウの後ろ姿。そしてその向こうに鍾離先生。ふたりの距離はもう密着していると言っても過言ではなく……、もうキスしてる。咄嗟にパイモンの目を塞いだ自分の瞬発力に乾杯。鍾離先生の抵抗は些細なもので、簡単に赤いショウに押さえ込まれてしまっていて……、いや長いな。鍾離先生息できてる?

「この無礼者! 鍾離様から離れろ!」

 漸く混乱から脱したショウが鍾離先生から赤いショウを引き剥がし捕らえる。赤いショウは嫌そうな顔こそしているが、抵抗はしていないようだ。見せられない行動をする者が捕まったので、パイモンの目から手を退かす。

「あ! 赤いショウだ!」
「鍾離様、ご無事ですか!?」
「無事に決まっているだろう、我が鍾離様に害を為すわけがない」
「貴様は黙っていろ無礼者!」

 結構な強引さをもったキスは害ではないのだろうか。現に鍾離先生は息を乱して涙目である。

「ショウがふたり……? 一体どういうことだ」
「ショウが俺を庇ってアビスの攻撃を受けたんだけど、煙が晴れたらこんなことに」
「赤いショウはすぐにその場から居なくなったから、こっちのショウを一応鍾離に診てもらおうと思って連れてきたんだぞ。まさか赤いショウもここに居たなんて偶然だな!」
「そうだね、とんでもない偶然だ」

 赤いショウはショウにとってなんなのか、それは依然わからないが、赤いショウの鍾離先生への態度からして全くの別人ということはないだろう。一目散に鍾離のもとへ来ていたらしいことがいい証明だ。しかし先程の窒息寸前キスからすると全く同じでもない。元々はショウから派生したもののようだが、果たして……?

「……ふむ、どちらも異常はなさそうだが。別の存在というよりも、一部が分裂したかのような」
「鍾離様、我はショウの欲望です」
「我の欲望だと?」

 ショウは俗世から切り離された仙人だ。俗世に疎く、欲も薄い。そんなショウの欲望は、顕現して一目散に鍾離先生のもとへ来た。それはつまり、ショウの欲望は鍾離先生に関係していまるということ。鍾離先生のもとに来たときの衝撃のシーンも加味して、名探偵旅人はすべてを察してしまった。

「鍾離先生、それじゃあ後はよろしく」
「へっ!? どうしたんだ旅人、帰るのか? 放っておいていいのか?」
「パイモン、多分俺たちはここにいないほうがいい」

 センシティブでプライベートな気配がする。

───

「我は貴様の欲望なのだから、貴様がしたいと思っていたことをしている。わかっているだろう」
「わ、我が鍾離様に、そんな不埒な欲を抱いていただと……!?」
「むしろ鍾離様以外に欲がない。鍾離様さえ手に入れば他に何も要らん」
「手に入れるだと!? なんたる不敬な……!」
「その不敬な考えもすべて貴様のものだがな」

 ショウからすれば一応元上司に当たる俺に、窒息寸前のエグ目のキスをぶちかました赤いショウ。そんな彼に我は貴様の欲望だ、と言われたところではいそうですかとショウが頷ける筈もなく、絶賛口喧嘩はヒートアップしている。なお欲にオープンな分赤いショウが優勢に見える。俺は置いていかれているが元気。

「我は分離した貴様の欲望だ。認めるかどうかは勝手にするがいい。我は興味がない」

 つまり欲望版ジキルとハイドか。赤いショウは俺の顔を見て、愛想よく笑った。ショウの笑みとは少し違う表情だ。

「鍾離様、続きを致しましょう」
「続き……?」
「口付けよりももっと深いことを」

 欲望の化身とは、とんでもなく淫らだ。ショウは俺に対してこんな欲を持っていたのか? 先程からグイグイ来る。まあ覚えがないでもないんだが……。

「それでお前が満足すれば、ショウはひとりに戻るのか?」
「戻ってほしいのですか? 我も欲が満ち足りれば或いはと思っていたのですが、正直次から次へとしたいことが溢れてしまって満足とは程遠く……。彼奴とんでもない助平ですよ」
「黙れ貴様ァ!!」
「まあそう怒るな、ショウ」

 欲望全開でよく喋るショウは少し珍しくて面白い。何を言ったところで、分裂したショウはショウの一部なのだしそこまで拒絶し抑え込む必要もないように思う。寧ろ自分の一部なら肯定してやるべきではないだろうか? ペルソナのように。

「欲を持つのは悪いことではない。……赤いショウの言う「したいこと」は、ショウも望んでいることなんだろう?」
「は、……ぁ、の、鍾離、様……」
「自己を律するのは立派なことだが、たまには俺に甘えてくれてもいい」
「その……」

 ショウは顔を赤くしてして動かなくなってしまったので、赤いショウに問いかけてみる。

「赤いショウは俺と何がしたい? 何をしてほしい?」
「鍾離様と身体が溶け合う程の濃密な時を過ごしたく思います。具体的には先程のように口付けを交わしたり、身体に触れ合ったり……。口に出すのも憚られるようなことも、したい、です……」
「だそうだが。ショウはどうだ?」
「わっ、我は、そんな……、ことは……」
「したくないのか?」

 どう見ても迷っている。肯定すべきか否定すべきか、俺がショウに欲を存分にさらけ出せと言ったものだから迷いまくっている。あと多分ショウは思考がだいぶ真面目なので、「ここで否定するのも鍾離様に失礼なのでは……?」と考えているかもしれない。赤いショウの発言からするにショウの望みも同じだろうが、失礼とかないから違うなら違うと言ってくれていいんだが。

「し、したいです!」
「!」

 ショウが意を決して肯定した刹那、部屋は煙に包まれた。もしやこれはショウがアビスに攻撃を受けたときと同じ煙だろうか? もうひとり増えたり……、はしないか、流石に。
 煙がおさまると、そこに立っていたのはショウひとり。無事分裂した赤いショウは戻ったようだ。

「よかったな、無事解決だ。どこか身体に異変はないか?」
「は……、あ、はい……。どこにも異変はありません。不甲斐ないところをお見せしました。また、その、無礼な行為まで……」
「そう気に病む必要はない。構わないと言っただろう」
「はい……。……では鍾離様、続きもしてくださるのですね」
「……つづ、ぇっ、あ、」








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