短編 | ナノ


▼ カーヴェと人じゃないもの



ネタのこれ(カーヴェを気に入っている人外)
※カーヴェ実装前駆け足!!
※not旅人
※旅人=空



「そういえば前に「食事は特に必要ない」と言っていたけど、嗜好品としては摂取できるのか?」

 ピタを平らげたカーヴェが、ふと思い出したように疑問を口にした。確か、前にカーヴェが食事をとるときに聞かれたことだ。

「摂取してできないことはない。身にはならないだろうし、そもそも味覚もないし資源の無駄だ」

 ガワはこうして人間を模しているけれど、中身の方はおざなりもいいところ。内臓も味覚も、なにもかも人間とは違う。やってできないことはないが、それをするメリットがない。資源の無駄で、金銭の無駄。どちらも使わずに済むならそのほうがいいだろう。

「できないことはないのなら、味を感じられるようにしたらいい。美味しい食事は人生に潤いをもたらす」
「カーヴェ、私の話を聞いていたか? 無駄だと言った」
「なんでもかんでも無駄だと切り捨てていたら、楽しくないだろ!」

 娯楽とはなんたるかを語るカーヴェには、私が楽しみを知らない悲しい生き物に見えるのだろうか。私にも必須でないが切り捨てていないものもある。目の前のカーヴェなんかがその最たるもの。感情のままに他の生物の中に紛れてまでそばに居座る行為で粗方満足しているから、そこに更に食事だなんだとするつもりはない。

「僕だけものを食べてるのはちょっと座りが悪いし……、僕の好きな食べ物を共有することもできないなんて寂しいだろ?」
「……なるほど、検討しよう」

 そういえば食事中は何度か意味有りげな視線を向けてきていたな。悪感情を持つ相手と出くわして「飯が不味くなる」と吐き捨てていた人間を見たことがあるし、逆に「人と食べると美味しい」と言っている者も見た。カーヴェは共感性や感受性が高いようだし、私が共に食事をすることでより楽しめるというのなら、改善するのも吝かではない。

「君、見た目は寄せるのに、本格的に擬態しようって気がまるでないな。体重なんてシェパードくらいしか……、いや、それより軽いんじゃないか?」
「見た目が似ていれば疑うやつはいない。そばにカーヴェがいるなら尚更な」

 大抵は見た目で誤魔化せる。自分と同じ姿の生き物を「もしや別の生き物なのでは」と警戒する者は少ない。近くに居るカーヴェが私を危険視せずに隣にいるのだから、余計に。例外は、カーヴェと親しいアルハイゼンと、草神伝手ではじめから正体を知っていた旅人くらいのものか。それでも最初は半信半疑だったくらいだ、紛れるくらい他愛ない。

「そうは言っても、君前に怪我をしたのに血を流さなかったことがあっただろう。ちゃんと中身まで気を使わないと、そういうところからバレるんだぞ」
「今は流れるようになってる」
「ああ、触れると霧散する謎の液体がな! あれは……、まあ、綺麗だし、君は滅多に怪我しないからいいけど。僕は君が糾弾されるところなんて見たくないぞ」
「私を侮るな」

 たとえスメール中の人間に詰め寄られ迫害の危機となろうが、私にとっては脅威ではない。

「……しかし、それがカーヴェにとって懸念事項になっているのなら、早急に対応しよう」

 ここで優先すべきは、カーヴェの心情だ。私が如何に抵抗力を持っているかは関係ない。私の意思でカーヴェのそばに居る以上、可能な限りカーヴェの願いに沿うべきだろう。

「うんうん、それがいい! そうだ、旅人は料理がうまいそうだから頼んでみよう。前に塵歌壺というものに誘われてね。それがどんなものか……、彼の家具配置センスも気になるし」


──────


 カーヴェ発案、旅人監修による塵歌壺内の食事会。参加者は発案者カーヴェ、場所提供旅人、主賓ジョン、偶々近くに居たので誘われ、偶々気分が乗ったので参加したアルハイゼン。
 身内ばかりでこれ以上恥の晒しようがないと羽目を外したカーヴェは、発案した身でありながら見事早々に酔っ払いとなり、隣で料理を少量ずつ嗜むジョンに物理的に絡み始めた。

「カーヴェ、こら噛むな」
「ジョンおいしい……」
「美味しい……?」

 ここまで動揺するジョンを見るのはアルハイゼンもはじめてだ。意味のない言葉を発する酔っ払いは、ジョンにとって理解不能で未知の生物と言ってもいいだろう。ジョンが唯一深い興味関心を示すカーヴェという存在が、理解不能の生き物になってしまった現状。ジョンは肩口をカーヴェに食まれ、腹をまさぐられながら「わけがわからない」という顔をしている。アルハイゼンとしては素肌に触られているのには流石に抵抗したほうがいいのではないか、と思うが、ジョンはカーヴェ相手になら何をされても構わないようなので、言ったところで無駄だろう。そもそも人間の形をしているからといって、あれが素肌とは限らない。カーヴェの行動の方は問題だが。

「はぁ……、君のこの身体、まるで芸術品だな。何を参考にしたんだ? なぜ? 僕のためか? そうだろう、僕のためだよな、君は僕のこと大好きだから」
「戦う者の平均値をとったらこうなっただけで、芸術性は求めていない」
「ふふ、僕も好きだよ」

 まるで成立していない会話に、ジョンの顔が歪んだ。それでも手を出したりしないのは、彼が今のカーヴェより余程理性的だからだろう。理性的な人外とそうでない人間では、後者のほうがより脅威である、とはよく言ったものだ。

「これ大丈夫? 見せられないことにならない?」
「ジョンにはその器官がないから大丈夫だろうな」

 この中で1番配慮すべき対象であるパイモンは満腹で寝てしまったが、目の前でいかがわしいことをされるのはアルハイゼンだって御免だ。困ったことにジョンは常にカーヴェへの抵抗が薄いし、カーヴェはこの調子だから何をしでかすかわからない。不幸中の幸いは、ジョンにはその器官が備わっていないことだろうか。この懸念は決して過剰ではなく、現在ジョンの肌に吸い付いているカーヴェを見れば妥当なものだ。酔っ払い侮るべからず。

「んんー……、ジョン、鬱血しないぞ……」
「血が流れていないからな」
「君ってやつはぁ……! どこもかしこもおざなりにしてぇ!」
「ああ」

 真面目にとりあっても無駄と判断したジョンが適当に返事をして、料理を口に運ぶ。

「空、これはなんて料理だ?」
「鳥卵の玉子焼き? 稲妻の料理だよ、気に入った?」
「スメールではない味付けだな。嫌いじゃない」
「君にも好き嫌いなんてものができたのか。ついこの間までものを食べることすらしなかったのに」
「この会までに少し」

 小さくひとつ頷いたジョンは、アルハイゼンの知らぬ間に味覚も好き嫌いも覚えたらしい。変化の原因は聞かなくてもわかる。ジョンはカーヴェ以外に左右されない。

「おいしいかい、ジョン。食べるっていうのもいいもんだろ?」
「そうだな」

 得意げなカーヴェの口に玉子焼きを突っ込んだジョンは、また別の料理に手を付けた。会話から察するに稲妻の文化に馴染みはないようだが、箸の使い方は随分と達者だ。前に大抵のことは見て覚えられると剣技を披露してみせたくらいだから、箸もその範疇にあるのだろう。

「……痛み? 料理に刺激があるな」
「それは璃月の料理だよ。璃月は唐辛子を使った辛い料理が有名なんだ」
「辛さに馴染みはないか? スメールにも香辛料を使った料理があるだろう」
「まだ食べたことがない」

 ジョンが常にカーヴェのそばにいるのなら、恐らくはまだスメールの外へ出たことはないだろう。それでいて、まだ香辛料の使われた料理を食べていないとなると……、ジョンがものを食べるようになったのは本当につい最近か。

「ジョン、それはくれないのか」
「痛いからやめたほうがいいと思う」
「痛いんじゃなくて辛いんだよ。それくらい僕も平気だから」
「ん」
「……おいしい!」
「求愛給餌だ……」

 言い得て妙。旅人が呟いた言葉に、アルハイゼンは心の中で同意した。自分たちはいつまでこれを見せられるのだろう。その不安は船を漕ぎはじめたカーヴェを、ジョンが慣れた手つきで膝を枕にして寝かしつけたことで霧散した。前にカーヴェが酔って寝たときにはアルハイゼンに「カーヴェが倒れた。どこか悪いのか?」などと言っていたのに。ジョンがここまで慣れるのに、カーヴェは一体どれほど醜態を晒してきたのか。

「……気に入った料理はある?」
「そうだな、すべて標準より高い品質だと思う。娯楽として摂取するには贅沢だ。全体に対してそういう印象を受けるが、好みと聞かれると少し困るな……」

 カーヴェに関して詮索することをやめた旅人の選択は正しい。ジョンは聞かなければ語らない質だから。
 料理に関してはまだ好みすらはっきりしていないジョンだが、旅人の料理への評価は上々。旅人も満更ではないようで、「これもお食べ……」と皿を寄せた。

「ありがとう。食事の対価に、なにか求めるものはあるか?」
「対価?」
「食事処ではモラを払うように、等価交換や物々交換というのが常なんだろう? 私はこの食事が気に入ったから、君の求めるものをなにか」

 冒険者協会で依頼を受け日々奔走する旅人も、まさかジョンが食事に対して報酬だなんだと切り出すとは思わなかったようだ。アルハイゼンはとうにジョンが人間社会に少し疎い生き物だということを知っていたが。

「急に言われてもな……。あ、そうだ、ならジョンのことをもっと教えて。好きなものと嫌いなものはまだわからないみたいだから……、アルハイゼンについてとか」
「……アルハイゼンについて? 私より君のほうが詳しいと思う。それに本人がそこにいるのだからそちらに聞くべきだ」
「ジョンから見たアルハイゼンについて聞きたいんだ。どう思ってるかとか」

 そういうのは、本人のいるところで聞くものだろうか。しかしアルハイゼンは悪口陰口を気にする質ではないし、ジョンが答えそうなことなど想像がつく。

「私から見た……。そうだな、アルハイゼンは理知的だ」
「……それだけ?」
「他に何を言えばいいかわからない」

 ジョンは、そういう生き物だ。悪印象を持たれていようが気にしないが、アルハイゼンはそもそもジョンがそこまでカーヴェ以外にリソースを割かないことを知っている。教令院にいる人間に聞いたほうがまだマシ、という程度の情報しか得られない。

「うーん……、あ。アルハイゼンはよくカーヴェと口論してるけど、それについてはどう思う? ジョンはカーヴェが好きだけど、カーヴェがアルハイゼンに怒ってるのを見て思うことはない?」

 各地を旅し、様々な人間と関わってきただけある。質問の仕方や切り口を変えた手腕は流石と言っていい。こうなれば、ジョンももう少し(あるかどうかわからない)心中を吐露するだろうか。

「……私はカーヴェの感情豊かなところを好ましく思っている。カーヴェの多様な感情の発露を誘発させるアルハイゼンには……、感謝? していると思う」
「……なんかズレてるような」
「ジョンは純粋かつ単純にカーヴェの様々な顔が見れて嬉しいくらいにしか思っていないようだな」
「それ以外になにかあるのか?」

 ジョンはまだ「笑っていてほしい」だの「泣かないでほしい」だの「怒った顔は見たくない」だのという類の感情は理解できないし持ち合わせていないらしい。それが例え1番気に入っていると豪語するカーヴェ相手であったとしても。アルハイゼンとしては、カーヴェとの口論で悪印象を持たれ、一方的に敵意を向けられるなんてことがないならそれでいいが。

「んんー……、ジョン……?」
「どうした、カーヴェ」

 カーヴェが目を開くと、ジョンは話もそっちのけで意識をカーヴェに向ける。

「きみ、なんかつめたいぞ……」
「カーヴェの体温が上昇しているから、冷やしたほうがいいと思った」
「だからって身体を冷たくするやつがあるか。普通の人間は、体表温度をそう易易と変えたりできないんだよ」

 じっとりと呆れたような顔でジョンに指摘したカーヴェは「ちょっと飲み過ぎたみたいだ……。今日はもう先に失礼するよ、おやすみ」と旅人に声を掛け、ふらつきながら階段へと向かって、振り返った。

「何してるんだジョン、行くよ」
「……わかった。カーヴェ、肩を貸そう」

 一段落ついたとはいえ、まだ話の途中だった為か一瞬アルハイゼンと旅人に視線を向けたものの、ジョンの優先順位1位は常にカーヴェだ。

「……カーヴェって、ジョンが自分のそばにいて当たり前って思ってるんだ」
「そうだろうな。ジョンもそれを拒否しない」
「カーヴェとの馴れ初めとか聞いておけばよかった……」

 アルハイゼンは興味がなくて聞いたことことがないが、聞かずとも答えは予想できる。

「それを聞いたとして、返ってくるのは「森で会った」くらいだろうな」
「そうなるよね……。次までに効率のいい質問の仕方を考えておこう」



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