短編 | ナノ


▼ 逆転岩王帝君タリヤ

※タルタリヤ成り代わり
※鍾離と立場逆転
※過去考証はガバ
※タルタリヤではあるけど、タルタリヤという名もタルタリヤの本名も出ない

大体ネタのこれ(立場逆転岩王帝君タリヤ)です



 少年は雪深い道を歩く。孤児院に居るのは嫌いだ。威張り散らす子供を返り討ちにすれば、今度は怯えるばかり。大人は「国に貢献できる」「きっとファデュイに」と勝手に好き放題少年の未来を語る。雪も嫌いだ、国も、孤児院も、大人も、子供も。
 孤児院から離れた森。真っ白な雪景色の中、鮮やかなオレンジ色がポツンと佇んでいた。浮世離れした雰囲気の男は、雪国に居るには少しばかり薄着で、思わず少年は声をかけてしまった。

「おい、この雪でそう薄着では死ぬぞ」

 腕を組んで仁王立ち。初対面の相手に不遜な態度だが、これは少年の常だ。男は視線を空から少年へ移すと、驚いたように目を見開いた後破顔した。

「心配ありがとう、問題ないよ。俺は寒さに強いからね。それよりよかった、人に会えるなんて! 君ここらの地理には詳しい? 街はどっちかな」

 「地図を読むのは苦手じゃない筈なんだけど」と言う男は、スネージナヤに居るには薄着だが確かに血色がいい。寒さに強いとこんなものだろうか。少年の周りにはこの男のように薄着でピンピンしている人間はいない。
 男が観光客か冒険者か知らないが、街から相当離れたこんな森の中に居るようなら方向音痴と言っても差し支えないだろう。

「このあたりは何もない。1番近い街はあっち。雪でわかり難くはなっているが、そこは人が通る道になっている。道は多少積もりが浅いからそこを歩いて行けば着く」

 人通りは少ないが、全くないわけでもない。獣道に近い、雪の積もりが浅い道を指し示す。

「ありがとう。やっぱり地元民に聞くのが1番だ。でも君、ここらには何もないなら、なぜここに? 見たところ民家も近くなさそうだけど」
「…………住居が、少し離れたところに」

 少年は、あそこを意地でも家とは呼びたくなかった。その葛藤が少しの間を生み出したが、男はそれを深くは聞かず少しだけ苦笑いした。家出少年とでも思われただろうか。別にどうだって構わないが。

「君、名前は? 俺は名無」
「……鍾離だ」
「鍾離。俺は数日スネージナヤに居るつもりなんだけど、君さえ良ければまた俺の相手をしてよ。折角の縁だ」

 恐らく名無は、住居に居たくない鍾離の気持ちを読み取ったのだろう。それでわざわざ、出会ったばかりの鍾離のために時間を割こうとしている。鍾離にとって、友好的に名前を聞かれたのも、まっすぐ目を見て名前を呼ばれたのも初めてだった。また会いたいと言われたのも同じく。普通なら怪しむべきなのかもしれないが、こんなところに迷い込んで、偶々会っただけの少年を気遣い柔和な笑みを見せるこの男をどうして怪しむことができようか。どうせ孤児院に居たって時間がただ浪費されていくだけ、なら、名無とまた会ってみるのも悪くない。鍾離の名前を呼んでくれた名無と。
 心の中で沢山の理由を積み上げて、鍾離は首肯した。それに名無が嬉しそうにするものだから、鍾離もどこか嬉しくなってしまって。……こんなことは、初めてだった。でもどうして中々、悪くない。

───

 翌日、鍾離は名無がこの場所に辿り着けない可能性に思い至った。地図が読めないあの男、果たして鍾離と出会ったこの場所まで再度辿り着けるのだろうか。そわそわする鍾離を他所に、名無は昨日と同じ軽装で訪れた。

「また道に迷ったかと」
「まさか! 言っただろ、地図は読めるんだよ」

 なら何故昨日は道に迷って途方に暮れていたのか。声に出さずとも鍾離がそう思っていることは名無にはバレバレであったらしく、彼は「鍾離に会うためだったのかもね」と笑ってみせた。誤魔化されたようで釈然としないが、少しだけ嬉しかったので鍾離はそこで口をつぐんだ。

「……ん? 鍾離、手の甲が少し赤くないかな」

 名無に指摘されて、鍾離はパッと手を後ろに隠した。昨日孤児院で子供に絡まれ返り討ちにしたときのものだ。相手にやられた傷なんかはないけれど、人を殴るとどうしても手に傷ができる。
 名無は鍾離の不遜な態度は気にしないが、暴力沙汰にどんな顔をするかはわからない。柔和な雰囲気を持つから、もしかしたら嫌がるかもしれない、なんて。

「あは、喧嘩かい? 隠さなくったって、怒ったりしないよ。君は誰彼構わず喧嘩をふっかけるタイプじゃなさそうだし。それより鍾離、君が喧嘩をしたなら大事なことを聞かなきゃいけない」
「……?」
「勝った?」
「……勝った」
「流石だ!」

 鍾離が思っているより、名無は太い神経をしているらしい。不思議な男だと思う。昨日会ったばかりなのに、鍾離を信頼しているような素振りをするし、こうして喧嘩に勝ったことに喜んでみせる。

「戦いっていうのは避けられないことも多い。強いに越したことはないよ」
「……避けられないか。名無も?」
「そうだね、俺も避けられなかった。でもまあ、俺は戦うの好きだし悲観はしてない。武闘ってのはいいものだ」

 そう言った名無は槍を出してクルクルと回してみせた。神々しさすら感じる姿に、鍾離は息を呑んだ。洗練された美しさとは、こういうものか。

「名無は槍を使うのか」
「槍も、使うんだよ。得物は多いほうがいい。鍾離もなにか得物を?」
「いいや、まだ殴り合いしかしたことがない。……もし得物を持つなら、槍がいい」

 名無の姿を見て、同じものを持ちたいと思った。名無にとってそれが数ある得物の内の1つだとしても、鍾離が初めて美しいと思えたものだったから。そんな鍾離の思いを知ってか知らずか、名無は「いいね」と言って頷いた。

「槍が使いたいなら、俺が教えよう。いつか鍾離が滅茶苦茶強くなったら、俺と戦おうか」

 名無は鍾離に槍を手渡し、目を爛々と輝かせて言った。期待が込められたその目を向けられるのが、不思議と嫌じゃない。名無が戦うことが好きならば、強くて何度でも名無と戦えるようになった鍾離のことはもっと好きになってくれるだろうか。

「強くなるぞ、俺は」
「楽しみだ」


 そうして数日名無に槍の手ほどきを受けた鍾離は、スネージナヤを去る名無と別れたその帰り道に深淵に落ちた。何ヶ月と過ごした深淵も、孤児院に戻ってみれば僅か数日の出来事。しかしその数日で、鍾離は力を手にした。だがもっと強くなれる。まだ足りない。もっともっと強く……! 強さを求め、彼は嫌悪していたファデュイに入ることさえ厭わなかった。強くなることと、名無を探すことの両方に有利であると合理的に考えた結果だ。
 かくして、鍾離はファデュイ執行官11位公子の座を手にした。


───

 幼少期に鍾離と出会ってしまったことで、もしやなにか不都合があるのではないか。それに気がついたのは鍾離と別れて暫く経った後だったが、当然もう手遅れ。いや……でも……、知らんし……。別に俺は好きでモラクスになったわけじゃないから知らねェ! と元気よくいい大人の責任逃れをした。深く考えず取り敢えず前を向いて邁進するってことよ。ノープランで生きてるとこういうところの切り替えは早い。俺の神生いつもこんな感じ。
 しかしながら、送仙儀式に不備が出るのはまずいものだからどうしようかと悩んでいたところ、飛び込んできた氷神との契約。神の心は「公子」に渡せば良いというそれに、心中でガッツポーズをキメた。俺の適当な神生をカバーしてくれる世界最高、と。まあ俺がモラクスになったのももとはと言えば世界のガバみたいなもんだから、当たり前のアフターケアだよ。

 この「神の心を公子に渡す」というのが氷神にとっては予想外の悪手だった訳だけど。目の前で器用に箸を扱う鍾離を眺めていると、視線に気がついたか鍾離は箸を止めた。

「どうした」
「箸を使うのがうまくなったな、と思って」
「ああ。弱点は克服するものだと名無が言っただろう」

 まだ滑るものには苦戦するようだが、それは璃月人だって稲妻人だって一緒。そのレベルまで到達するのがまあ早いこと早いこと。俺が教えたのなんて最初の1回くらいじゃないか? その次の食事のときには覚束ないながらも形になっていたし。

「璃月では会食も当然箸を使う。拙い姿を晒すわけにもいかないからな。……個人的にはまだナイフやフォークのほうが扱いやすいが」
「用意してあるんだから使いなよ。俺との食事は別に仕事じゃないんだ、好きに食べたらいい」

 接待では使う食器にまで気を遣うようだけど、今の食事相手は俺なんだからそこに気遣う必要はない。俺は昔から箸が結局1番便利だと信じて疑っていないから、なにかにつけ箸を使うけど。

「だが……」
「ご馳走する俺は、美味しそうに食べてくれるのが1番嬉しいよ」

 おず……とフォークに手を伸ばした鍾離を見て、俺も料理に箸をつける。そうそう、好きなように好きなものを食べるのが1番。年を食うと若者がモリモリ飯食ってるところを見るのが好きになる。

「あ、そういえば、最近ファデュイの人見ないね」
「そうだな。そろそろ3ヶ月は経つからな」
「もうそんなに経つのか……」

 この3ヶ月とは、鍾離がファデュイから逃げている期間を指す。公子である鍾離は、岩神の心を持ったまま姿を晦ました為に絶賛お尋ね者だ。まさか彼女も、信じて(?)遣わせた執行官が神の心を持ち逃げするとは思わなかっただろう。いや同じことスカラマシュもするんだけど。鍾離はファデュイ執行官内でも、仕事は優秀に熟すが他人に興味を示さないことで有名だったようだし。神の心に興味を示すなんて少しも思っていなかっただろう。

「ファデュイはどこの国でも警戒される。仕事とはいえ、見つかる可能性の低いものを探す為に好き好んで昼間に街を彷徨く輩はいないだろうな。かといって、俺は夜に外出はしない。見つからなければ徐々に通常業務に時間が割かれるのも当然だ。事の重要性からみると、予想より少しばかり早かったが」

 流石、元執行官はファデュイ内部のことをよくわかっている。しかし完全に捜索が打ち切られるわけではない。追われ続けるのがわかっているというのに、鍾離はなぜ神の心という氷神にとって重要な物を持ち逃げしたのだったか。理由は……、ああそうだ、神の心という名前だから。

「神の心って言っても、俺の感情がどうってわけでもないのに。鍾離が何に使えるわけでもない、そもそも何なのかすらよく知らない物の為によく国も地位も捨てられるものだね」
「神の心がそのまま名無の心でないことは理解している。それでも、名無の心と銘打たれたものを他の誰にも渡したくない。国も地位も、その為なら惜しくはないさ」
「……そっかぁ」

 氷神も惜しいことをした。契約内容が「神の心を公子に渡す」ことでなければ、契約遂行の為に俺が鍾離からなんとしてでも神の心を奪い返しただろうに。まあそこのガバは俺には関係ないので、今日も鍾離が水晶蝦にフォークぶっ刺すところを呑気に眺めさせてもらう。こんなに箸が似合いそうな顔なのにフォーク。俺の鍾離先生による先入観だな、これ。

「あ、今度鍾離に箸を贈ろう。良い意匠のものを見つけたんだ」
「……好きな食器で食べていいのでは?」
「外で……、あ、そうか、もう会食することもないのか。残念。やっぱりなし」
「いや、やはり璃月に住むなら箸を使おう」
「気を遣ってくれなくても」
「名無がくれるものは全て欲しい」
「……そっ……かあ……」

 俺がこんなに懐かれるような覚えがないことだけ、ちょっと不安。





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