短編 | ナノ


▼ 完璧な契約履行の筈だった

※タルタリヤ成り代わり
※なんちゃってオメガバース要素
※なのにそんなにオメガバース要素はない

大体ネタのこれ(α公子成り代わり)です





 ファデュイの基本理念として、「我々は理性なき獣ではない」というのがある。要するに、αだのΩだの第2性に縛られない、本能だけに従うなんて人間ではない、ということ。執行官の完全実力主義や第2性の秘匿性などからみれば、まあ悪いことばかりではないと思う。
 薬により第2性をコントロールし、秘匿性により差別をなくす。現実的でないこの理念を現実にしたのは、博士の研究だ。秘匿というものは非常時のリスクも生むが、博士の研究のお陰でそれも随分と減った。万が一に備えて、執行官には第2性の把握が許されているが。博士ってやべー。あれでβだっていうんだから、世の中バグってる。そりゃ第2性への殺意も湧くよ。散々「βなのに」とか「αだったら」とか言われたんだろうなぁ。開示してないはずなのに、どこからか漏れ出る上に、人の口に戸はたてられないものだ。目立てば目立つほどそれは顕著になる。

「公子、この中のどれがΩだ?」

 差し出された瓶。中にはフェロモンの染み付いた布が入っている。すん、とにおいを嗅ぐと甘い香りが鼻を抜けていく。においは嫌いじゃないけど、実験とはいえなんだか変態くさくてちょっと嫌。

「…………全部だね」
「チッ」
「その態度どうかと思うな……」
「ああ思わず。鼻が利いて偉いな公子、褒めてやろうか」
「それはいらない」

 第一、視線が微塵もこっち向いてないんだよなあ。褒める気ないだろ。博士にとっちゃαなんて嫌な生き物だろうし仕方ないけど、ファデュイの理念的にそれ許されるのかな。執行官でしょ、ちゃんとして。
 これはまあ推測に過ぎないが、執行官の中でαなのは俺と……、まあ居てひとりくらいだろう。そもそもαはびっくりするほど人口が少ない。予想じゃ執行官もほぼβ。もしかしたらΩは……、居るかも? じゃなきゃファデュイで憎しみ燃やして執行官なんかしてないよね。淑女なんかは顕著だ。ま、本当のところは興味ないから知らないけど。
 先遣隊連中やデッドエージェント連中は結構ごちゃまぜだけど、ファデュイ内の第2性の扱いからしてβやΩが集まるのは当然の帰結。蔑ろにされたβやΩが世間様を見返す為の集団なのか、って思ったこともあるくらいだ(入隊した動機にそれがないとは言わないが、ファデュイの本題はそこじゃない。どっちかというと使えるもんは使うって感じ)
 とは言え、ファデュイの上意下達は結構ガバなので、第2性関係ない職場として燃えてゴリッゴリに仕事してるやつも居れば、どうせβだからと腐ってるやつも偶にいる。基本理念、とは? 大きな問題に発展する、または過敏な執行官にバレなきゃ捨置かれるのでファデュイは結構色んなところがガバガバだ。厳しくて堅苦しいのも嫌だけどさぁ。

「薬は」
「飲んでるよ。フェロモン耐性は俺の実力じゃないからね、過信は禁物でしょ」
「ふむ、今日の晩と明日は休薬して……、そうだな、明日の晩にまた来い」
「なにかあったら博士の責任だよ」
「ああ、薬を怠った部下の処理は任せるといい」

 薬でのフェロモン抑制が徹底されてるから、そりゃそうなんだけどさ……。博士から見えていないのをいいことに、「この人はさあ……」と半目で博士を見る。部下の処理は確かにしてくれるだろうが、積極的に俺を庇うこともしてくれないだろうから絶対に理性を強く持たなくてはいけない。絶対にだ。場合によっては組織内に何人居るかどうかみたいなΩを、態々探し出して説得して仕掛けてくる可能性もあるからな。博士を信用しちゃいけない。執行官内で信用してはいけない人物ぶっちぎりのナンバー1。2は富者。個人調べ基、100%の偏見だけど。

───

 ガタッ、ドタン! うん、なんか人の暴れてる音がする。可笑しいな、博士が呼びつけたのだから俺が来ることなんてわかってただろうに。何に荒れてるのか知らないが、俺だって暇してるわけじゃない。最近は弓の練習に励んでいるので、こんなところで時間食われるのは勘弁。さっさと終わらせて帰らせてほしいから、空気は読まずに突入する。大体博士相手に空気なんか読んでも良いことはない。いいように使われて適当にポイだ。大事なのは我を押し通すこと。博士の意見はなぎ倒せ。

「博士ー、何して……」

 ぶわ、と鼻を抜けていったのはΩのフェロモン。目に飛び込んできたのは、発情しているであろう……、えーと、多分博士の部下かなあれ。兎に角、暫定αの部下が博士に覆いかぶさっているところ。αかな、多分αだよな、においは博士からするし。そんな博士に襲いかかってるし。

「本当に何してるの? 博士の趣味? 俺はもしかして邪魔かな? それとも見ててほしいの? 悪いんだけど、俺他人の行為を見て楽しむ趣味ないし帰っていいかな。職場の人間のシモ事情とか知りたくないよ」
「くっ……、おい、公子!」

 まあ半分は冗談。これがどう見ても合意じゃない上に不測の事態だってことは、博士のなけなしの抵抗と床に転がった注射器からわかる。全くしょうがない人だな。ファデュイ執行官、世話が焼ける野郎が多い。女性陣はそうでもないのにな。

「ねぇ君、聞こえる? それ博士だよ。執行官だよ。やばいよ、ねぇ」
「ハアッ、ハッ、誰だ……、邪魔をするな! 俺の、俺のΩ……!」
「だめだこれ」
「う゛っ」

 なんかもう理性のりの字もなかったから、早々に意識を失ってもらった。恐ろしく早い手刀(自称)だよ。当て身っ。起きたら罪悪感と恐怖に震えるんだろうな、彼は。全部博士のせいなのに。可哀想に。引き抜いてあげようかな。ペロンと仮面を捲ればなんとなく見たことあるような顔。うーん、実践経験と実力はそれなりだったかな……。
 上にいた人間が退いたことで、博士も立ち上がり埃を払う。まだ少し気怠げだけど、ぜーんぶこの人の自業自得だから放っておく。手を貸せとも言われてないし。しゃがんだまま博士を見上げる。なんか博士が発情期のΩみたいだな。

「それで? 博士のそれが今日の用事?」
「ああそうだ。擬似的にΩのフェロモンと発情期を引き起こす薬だが……、公子立て」
「はいはい」

 またとんでもない薬作ってんなー、と思うが、テロ的手段として非常に有用。倫理観は死んでるけど。こんなだからスメールを追い出されるんだよ。
 部下を横たえたまま立ち上がると、博士の視線は俺の下腹部に集中する。意図はわかるけど、どこ見てんだよと張り倒したくなるなぁ。不躾。デリカシーゼロ。はいはい気にしない気にしない、気にしたら負け。

「薬は?」
「飲んでないよ。ちゃんと昨日の夕方から止めてる」
「ふむ……。勃起不全か?」
「誰が不能だよ」

 本当に手が出そう。健全かつ健康優良児だよ。機能は全く失われていない。薬を抜けば、どれだけ理性的な人であろうと第2性に抗うのは難しい、というのがこの世界の共通認識だ。博士の懸念は最もだが、それはそれとしてやはり不能扱いには遺憾の意。

「年上……、いや、年下のほうがいいか?」
「好みの問題じゃないから。これで終わりなら帰るよ俺」
「待て、まだ検査がある」

 今にも年齢の違う自分を引っ張り出してきそうな(体の張り方どうかしてる)博士だったが、俺が嫌そうな顔をするとそそくさと検査の準備を始めた。まだ俺に帰られるとまずいらしい。若干足元が覚束ないのは、薬の影響でαにあてられたからか。
 博士の言う検査はもう何度目かわからないくらいやっているもので、俺のほうも準備が熟れてきている。上脱ぐだけだけど。博士の部下の彼は……、このまま床に寝かせてていいのかな。しばらく起きやしないと思うけど、ほんのり良心が咎めるので部屋の外で壁に凭れさせておく。こうすると「ああ……博士の部屋で何かあったんだな……」という理解を得られる。良いことです。……良いことか?

「公子! 早く脱げ」
「はいはい、わかってるよ。せっかちなんだから……」

 執行官第11位「公子」としての服が脱ぎやすいのは、もしや博士の要望だろうか。いつまで経っても博士の知的好奇心が枯れないせいで検査検査検査の日々だから、前開きできる服の便利さを痛感している。
 博士の部屋の適当な椅子を引っ張ってきて、博士の前に座る。心電図検査みたいだが、実際のところはもっと高度だというこの機械は、第2性の詳細な検査ができるものらしい。病院より良いモン持ってないか?

「フェロモンへの反応は他のαと変わらない数値を出しているな。今も……」

 目の前でヒラヒラと博士の手が振られる。いや、手とか振られましても。

「だが、私はお前からフェロモンを感じない。先程確認したが、試薬による発情期の発現はαを感じ取ることも含まれる。……Ωを感じ取りながら、興奮をしないか。不可解だな」

 やっぱり体の張り方どうかしてるよ。俺が時間通りに来なかったら博士はどうなっていたことか。博士のあのなけなしの抵抗も、疑似Ωとしてαを求めながらのものだったと考えると博士の理性も大したものだ。怖いなこの薬。量産できるようになったらヤバいよ。量産できませんように、神に願いを……、駄目だこの国の神は氷神女皇陛下だ。終わったな。

「αのフェロモンね……。博士は俺のフェロモン感じたい? Ωには結構負担あるんでしょ、これ」
「お前まさか、意図的に操作しているとでも? 馬鹿な。薬もなしに、そんな芸当が……。人間の抗えない本能……いやしかし、検査数値が正常ならあり得るのか……? ふん、なんでもいい、やってみろ。できるものなら」

 ちょっと珍しい芸当かな、と思っていたのだけど、博士の様子を見るにちょっと珍しいどころじゃなかったようだ。下手なこと言うんじゃなかったな。心なしか睨まれている気がする。うーん、半信半疑で……、数多の被験体を見てきた研究者として、そんなものは認められないって感じかな。

「うん……と、これくらい?」
「っ……!」

 感覚としては、博士のフェロモンに応えるように、少しだけ本能という瓶の蓋を開けたような感じ。博士が息を呑むのがありありとわかったので、さっさと蓋を閉める。これ蓋開けた分だけ相手のフェロモンも侵食してくる(雑なな例え)から嫌なんだよね。はいはい理性理性。フェロモンはさっさとしまっちゃおうね。

「お前……」
「あれ、駄目だった? 可笑しいな、手応えあったんだけど」
「まさか本当に……」

 確認の形をとったが、博士が俺のフェロモンに反応したのは火を見るより明らかだ。やってみろって言ったのは博士だから、謝ったりはしない。
 俺にとって第2性は、世間が言うほど厄介でもなくコントロールの効くものだった。他人の感じ方がわからない以上、俺が出来損ないの可能性も捨てきれなかったが、それは博士の検査によって早々に否定されたし。ただこれが珍しいのレベルではなく、前代未聞レベルだったのは誤算だなぁ。やっぱり第2性がない人生1回分、他の人より得してるからかもしれない。誰がなんと言おうと得だよ。

「お前の理性だけでコントロールしているというのなら、私が薬を増やしたらどうだ? お前に興奮剤を投与したら?」
「博士体の張り方どうかしてるよ」

 あ、しまったついに声に出てしまった。聞こえてなさそうだけど。
 一応通常の理論でいくなら、博士が薬を増やしたり、俺に興奮剤を投与したらここは大惨事になる。被害を受けるのは主に博士だ。メンタル的な話をするなら俺にも大打撃なんだけどさ。何が悲しくて職場の人間と交尾しなきゃならないんだ。博士も、実験過程であれこれできるのが楽しいとはいえ、自分の身体の負担忘れてないか? スメールの学者って皆こうなの? あ、皆こうなら博士は追放されてないか。ははは。

「ヒートのΩ……、番なら……密室……」

 おいおいおいなんか不穏な言葉が出てるぞ。本能の蓋を固く閉じる術を知っているので、万が一博士が仕掛けてきても耐えられると思いたい。思いたいが、理性の限界を試されることなんてなかったから、そんな事態になったらと思うと怖いんだよなぁ。博士の本気ってやつが特に。俺が死ぬまでやりそう。

「俺は博士の実験用マウスじゃないんだよ」
「…………はぁ、ああ、そうだ。お前は執行官だ。残念なことにな」
「色々漏れてる」
「お前が手足を駄目にして戦えなくなるまでは待とう」
「なってたまるか……」

 もし手足が駄目になって戦えなくなりそうだったら、戦場で死ぬ覚悟を決めよう。まあ戦場以外でそうなることはないだろうし、戦場でそんな事態になったら普通死ぬ。ふ、普通に考えたら……、うん、普通……大丈夫。
 身体の検査器具を外して、服を正す。俺の行動を見て博士も片付け始めたので、今日はこれでおしまい。

「外の彼、連れて行くつもりだけど……。本当にαなんだよね? 少し変だよ」
「具体的には?」
「えー……、具体的っていうか……、においが……」

 なんだか自分で言い出しといてなんだけど、犬みたいだな。だけど、本当に彼のにおいは普通のαとは違う。ほんの少しの違いでしかないけど、人工物のにおいがした。とは言えこんなことは初めてなので、自信のなさから若干歯切れが悪い俺に、博士は溜息を吐いて姿勢を崩す。この反応だと、やっぱり俺の気のせいってことかな。

「お前は本当に鼻が利く……」

 おいおいおいおいやってんなこいつ。博士の目が俺を責めて……、あとついでに探っているようだったのでそっと目をそらす。人よりちょっと鼻が利いてごめんねー。

「Ωの疑似薬を作るなら、αの疑似薬も作るに決まっているだろう? 効果の実証に、お前のフェロモン感知と抑制……、得るものは多かった。次はαにΩ疑似薬でも投与してみるとするか」
「αに……、ああまあ、好きにしたら。それよりも薬ってどれくらいで拔けるもんなの?」
「は? ああ……、……さあな忘れた」
「あ、そう……」

 こ、この無責任野郎……じゃないな、口角上がってるから俺へのイビリだこれ。このまま廊下に置いていってやるか、それとも叩き起こして博士にけしかけるか……、残念ながらどっちも倫理的にアウト。回収しておさまるまで見るしかない。俺の面倒見が良くて命拾いしたな!

 博士のにおいに人工物と「ホンモノ」が混じってたのは……、まあ、多分気のせい。そういうことにしておこうね。


──────


 店先で何かをじっくりと見つめる気品ある後ろ姿。そう、鍾離先生である! 鍾離先生とは、璃月に来て初日に孤雲閣で遭遇した。あまりにも初対面が早すぎて心臓飛び出るかと思ったけど、人間の体はそういうふうにできてないからなんとか無事。誰だって「オセル……俺が封印を解いてやるからな……」って心中で謎の彼氏ヅラしてる最中に後方から岩王帝君が声かけてきたらそうなる。そもそもオセルの彼氏ヅラなんか誰もしないか……。

「や、センセ! 今日も元気に財布忘れてるのかい?」
「いいや、今日は持っている」
「そう、いいことだね」

 普通凡人は出かけるとき大抵持ってるけどね。まあこんなでも理性的で博識、往生堂の客卿で身元も保証されてる上に審美眼が飛び抜けてるもんだから、財布のうっかりなんかは商人たちから温かい目で見られているらしい。健全な取引でさえあれば好青年な銀行職員に対して、璃月の商人たちは意外と世間話をする。北国銀行のことを疎ましく思う人もいれば、その逆だってまあ居るんだよね。何事もそういうもの。俺個人なんかは一応それなりに金を落とす太客でもあるから、想像してたよりかは風当たりが強くない。世間話はこっちがボロ出さないか虎視眈々と狙ってるだけかもしれないけど! 残念ながら璃月支店に行かされる前に富者にみっちり仕込まれてるから、ボロは出さないよ俺……。うっ、頭がっ……!

「……公子殿?」
「ん? ああごめんごめん。ちょっと上の空だった」
「俺が隣にいるというのに?」
「あっはは! ごめんって」

 この鍾離、意外とこういう類の軽口を叩くのである。いやまあ……、これは、少し前に俺が「俺かいるっていうのにさ」とか軽口叩いてふざけていたせいでもある、かな。先生は俺のことを凡人の見本として見ている節があるようで、たまにこうして俺の発言を真似たりする。最近は下手なことを言わないよう気をつけているので許されたい。今後先生と関わる人たち、俺のせいで先生の距離感と台詞バグってたらごめんよ。責任はとらないんですけど、はい。

「装飾品? へえ、綺麗だね。流石璃月」

 璃月といえば鉱石。鉱石といったら、やっぱり装飾品かな。加工技術も発達しているものだから、璃月のジュエリーは見ていて飽きない。土産物に選んだら、妹は喜んでくれるだろうか。
 色とりどりの耳飾りや首飾りのなかで、一際目を引く青色を指さす。

「俺この青色の耳飾りが好きだな」
「公子殿も目が肥えてきたな。それは一般的に質が高いと言われる色で、市場にはあまり出回らない」
「そうなの?」
「ええ、ええ! おふたりとも流石お目が高い!」

 俺はただ単純に好みと合致した偶然だけで、審美眼というにはまだまだだけど。璃月の鉱石はテイワットでも有数の……と語る商人に笑顔で返し、値札を確認する。当然、先生お墨付きの品とあれば値段は張るけど……、うーん、いいね! すごくいい!

「気に入ったよ、これ。先生買うつもりだったりした?」
「ん? ああ、俺のことは気にしなくていい」
「じゃあ買った!」
「毎度あり!」

 店主が品を包むのを眺めながら、岩神が死ぬまであとどれくらいかぼんやり考える。確か、年に1度の……、何か、行事があるんだったよな。まだ先か。先生がこうしてそこらを練り歩いてるってことは、計画自体は水面下で動いているのだとは思う。俺のところにも、仙人がどうとか札がどうとかそういう話が舞い込んできている。
 問題は、先生の正体を知ってる俺がどうするかだよなぁ。女皇様と先生の契約内容も、淑女がいつどうやって動くのかも知らないし。俺にできること、なくないか? やはり全力で璃月港を沈めよう大作戦。それしかない。利用されるだけなんて性に合わないし、どうせ帝君は出てこないんだから。オセルと妻同時なら勝てるか? どうにかして仙人と旅人を決裂させるとか? うん、なんか段々手段と目的が逆転してる気がしてきた。駄目だこれ、帰ってから考えよう。

「あの鉱石は……」
「うん?」
「公子殿の目に似ている」
「…………ほぉー。人の目を石に例えるなんて、先生は風流だね」
「俺は本気で言っているんだが」
「わかってるよ、先生はそういう冗談とか洒落とかあんまり言わないし……」

 でもド真面目に言われてるのがわかるから反応に困っちゃうってこともあるんだよ。俺をそんな風に褒めてどうするつもりなんだ……! どうもしないよね、わかってる。散兵に「死んだ魚の目」と罵られた瞳も、岩神の語彙にかかれば綺麗な鉱石になるんだね。散兵お前そういうとこじゃない?

「気に入ったものに似てるって言われるのは、照れくさいけど悪くないね」
「そうか」
「あの……、ぎ、銀行のお兄さん……?」
「はい?」

 照れるねー! とえへえへしていると、品物を包み終わったらしい店主が困惑気味に手招きしてくる。なになに、内緒話?

「その、おふたりは恋仲なんですか……?」
「えっ全然」
「そっ、そうでしたか……! いえ、失礼、余計な詮索をしました。こちらお品物です」
「あ、はい。ありがとう」

 勢いに圧されて「なんでそう思ったの?」とか1ミリも聞けなかった。人間ふたり歩いてるとそう見える病とか患ってる? こっちの人実は人間じゃないんだよなぁ。……ああ何、店主からしても先生の台詞は口説き文句に聞こえたとか? せ、先生ー! いつか大事故起こすよ! 気をつけなよね! 口に出して忠告はしないんだけど。帝君の痴情の縺れ、絶対面白い。
 北国銀行近くまで共に歩いて、それじゃあここで、と別れる前にいい人っぽく言っておこう。

「先生、なにか困ったことがあったら相談してね」
「? ああ、そうだな?」

 特に女性やΩに「私のことは遊びだったの!?」って迫られたときとか!

───

 北国銀行に戻ってきて早々、応接室内に璃月にいるはずのない女の後ろ姿があって、思わず買ったばかりのものを落としそうになった。

「ええ? 淑女?」
「あら、ようやく戻ってきたの。待ちくたびれたわ」
「そうなの、なんかごめんね」
「嘘よ、さっき来たところ。紅茶も冷めてないわ」

 ほんとだ、湯気出てる。
 向かい側に腰掛けると、頼まずとも俺の分の紅茶が置かれて会談モードだ。淑女は足を惜しげもなくさらけ出して足を組む。うーん、美脚なんだけどこれ見ていいのかな。いや待って、そもそも人をジロジロ見るのは良くない。そっと視線を紅茶に目を落とす。

「まったく……、モンドに行くなら隣国だろうってどいつもこいつも……」
「えっ、まさか俺に言伝?」
「そうよ。私を伝書鳩にするなんて随分贅沢だと思わない?」
「わぁ……、エカテリーナ、お茶菓子持ってきてくれるかな。俺の執務室のやつ」

 こういうときは美味しいものを差し出すのが1番。いいもの食べて落ち着こうね。美味しいものは人生において大切だよ。でも急に頼んだものだから、慌ただしく去っていったエカテリーナに心の中でごめんねの念を送る。後で詫びお菓子あげるからね……。
 「食べ物で機嫌をとろうなんて」と意地悪く言う淑女だが、台詞と表情は正反対である。まあ、なんていうか、この人は思ってたより可愛い人だ。本当のタルタリヤより俺が腑抜けているからか、八方美人のことなかれ主義だからか、それとも第2性のせいか、理由はわからないが、執行官たちとの関係はそんなにギスギスしていない。円満ではないけど、仕事に支障をきたすなんてことはないし、こうしてなんだかんだ言いながらも淑女は顔を見に来る。

「失礼します」
「ありがとう」
「あら、スネージナヤのじゃない。てっきり璃月のが出てくると思った」
「そっちのほうが好み?」
「別にどっちだっていいけど……」
「俺はどこ行っても、結局故郷の味に落ち着くよ」

 不思議なもので、心情的には第2の故郷みたいなスネージナヤも、テイワットでは唯一の故郷だから……、味覚が寄ってる。

「残念なことにスネージナヤのものって、大抵他所だと輸送費分高くつくんだよね」
「あんた輸送費なんて気にしてるの? 執行官の名前が泣くわね」
「削れるなら削りたい出費ってあるでしょ。これも向こうで買って持ち込んだやつだし」
「あんたの好みってわけね。……悪くないわ」

 素直に美味しいって言わないんだからさ、と俺もクッキーをひとつ口に放り込む。因みに検疫で1回中身覗かれたりなんかした。ファデュイって信用ないよね。
 淑女の故郷はスネージナヤじゃないけど、まあそんなこと別に気にしないでしょ。むしろここでモンドの話が出てくるほうが嫌だろう。まずもって俺にそんな話してないし。

「女皇様からの密書もあるから別にいいけど、他の執行官に使われるのは癪だわ」
「えっ、密書? 俺に?」

 淑女から差し出されたのは女皇様からの密書と……、いや執行官からの手紙多いな。遠出も駐在も今回が初めてってわけじゃないのに可笑しい。雄鶏はわかるけどさぁ、なにこの、博士からの封筒分厚っ。

「精々しくじらないよう気張りなさいよ」
「それは勿論」
「ならいいわ。……あんた、死にかけたら博士の強制延命処置、死んでも死体は博士行きなんだからヘマするんじゃないわよ。死ぬなら木っ端微塵になってあいつに吠え面かかせてやりなさい」
「りょ、了解……? 了解でいいのかなこれ……」

 博士に喧嘩を売る謎の助言を残して、淑女は去っていった。璃月に長居するつもりはないとか。え、本当に? 本当にやることないの? もしかして役割のスライドが起きてる? まさかそんな……、密書の中身に嫌な予感がしたので、一旦落ち着く為に博士の封筒を開けた。

「近況報告書……」

 ぺろ、と紙を捲るとなんと両面印刷で20枚。こんなに報告することないんだけど。えーと、「璃月に来てから体調変化がある……【はい】【多分そう】【わからない】【多分違う】【いいえ】」アキネイターか? 態々博士が作った……、わけないな。部下に作らせたんだろう、可哀想に。
 博士のアンケートを封筒に戻し、テーブルの端に寄せる。これ本当に書かないと駄目? 輸送事故で届かなかったことに……ならないなこれ。駄目だ。だって持ってきたの淑女だし。うわー、最悪。可笑しいな落ち着くために開いた筈なのに悩みが増えた。


──────


 黄昏時の孤雲閣を不気味に感じるのは、下にオセルが封印されていることを知っているからだろうか。逢魔が時だからね、逢魔が時。勿論俺が好き好んでこんな時間に孤雲閣に来ているわけもなく……。

「先生ぇ……、なんで孤雲閣?」
「人が少ないからだ。往生堂に勤める凡人と、北国銀行の重役の密会を見られる心配もない」
「オモシロ肩書選手権だなぁ。あっ、じゃあ時間は? なんで?」
「さて、何故だと思う?」
「あ、そう……特に意味はないのか……」

 黄昏時とは、誰そ彼時とも言う。そこに居るのが誰なのかわかりにくい時間でもあるということ。確かに、一応璃月一般市民を装っている鍾離先生と、ファデュイ執行官である俺が往来堂々と会ったらまず……、いや普段会ってるけど。大事な話となるとまた話は別なのだ。態々北国銀行へ来てもらうのも、俺が往生堂へ出向くのも不自然。誰かに疑われる可能性がある。と、いうわけで孤雲閣。場所の指定は先生だが、個人的にちょっと不気味なことを除けば、場所選びはまずまずいいんじゃないかな。

「それじゃあ、先生の好きな契約の話といこうか」

 で、ここからが本題。
 女皇様からの密書は、想像したとおり岩神が神を降りるにあたっての契約についてだった。詳しいことは何も知らされてないんだけど! 淑女は女皇様と先生の契約の中継していたけど、それって誰でもよかったのかもしれない。選ばれたのは公子でした。ざっくり「岩神が神を降りるにあたってのサポートして神の心貰って帰ってらっしゃいあなたならできる」って書いてあっただけの密書なんだけど、言い聞かせるように「岩神に名前を教えるのは深い意味があるので教えてはいけないとは言わないけどきちんと考えてから教えなさい」と書いてあったのが気になる。何……怖い……。名前とか教える機会ないよ……。

「岩神を降りるにあたってのサポート、としか聞いてないんだけど、具体的に俺は何をすればいい?」
「そうだな、まずは送仙儀式の準備だ。神は亡くなったと葬儀を執り行うことで、民衆が気持ちに区切りをつけるのが大切だろう」
「儀式ね……。そこらの経費は必要経費として銀行から出るはずだから心配しないで。ただ、作法はわからないよ。往生堂の客卿に任せるしかないね」
「ああ、それは任されよう」

 つまり俺はただの財布ってわけ。俺が払うよ! 富者に知られたらバチボコに怒られそうだけど、これは女皇様公認の出費だからさ。本来なら泥被るのも計画の内だったかもしれないけど……、先生と協力関係になるならそこは適当なものに責任ふっかけたい所存。やらなくていいことはやらない、被らなくていい責任は被らない、大事なことだね。はい? 璃月港水浸し計画? なんのことかな!

「女皇様と先生がどんな契約結んでようがいいけど、俺が関係するところは報告連絡相談してよ。後手に回ってボロが出るとか洒落にならないから」
「ああ、俺たちは共犯者だからな」
「急に物騒……」
「氷神にはすでに話をつけてある。契約にあたって、公子殿を俺の駒として借りると。つまりこの契約を終えるまで、公子殿は俺の手駒ということだな」

 俺の知らない間に俺の身柄が売られている……。女皇様のことは信頼しているから、そのまま売りとばされるんじゃないかなんて心配はしていないけど。密書(事務連絡と近況を伺う手紙)で端々に「五体満足で帰ってきなさいね」の意が汲み取れたのはこういうことか。

「ただ、あくまで氷神との間で交わされた契約だからな。公子殿とも個別で契約を結ばねばならないと思うのだが」
「契約? これ以上? 俺は女皇様の意思に従うし、先生に不利なことをする予定はないよ。神の心を貰えなくて困るのはこっちだし」
「ならば、それを明確に契約にすればいい。公子殿がその心積もりでいるのなら、枷にはならないだろう」
「そりゃそうだけど……、なに、契約って形にしなきゃ不安なの?」
「好きにとってくれて構わない」

 先生が神の座を降りる手伝いをする、先生が神だということは他言無用、まあそんなところ。何事も契約という形にしなければ確実性を得られないと考えるか。契約を司る神というだけある。

「先生がそれで安心するって言うなら、してもいいよ。文面? 契約書でも寄越してくれるのかな」
「いいや、今すぐにでも。公子殿の名前を教えてくれさえすれば」
「……名前?」

 名前を岩神に教えることは、深い意味を持つ。女皇様からの言葉が脳裏に過った。契約書を介さずとも確固たる力もって契約を成立させることができる(おそらくこれはただの口約束とはレベルが違う)のだ、名前が持つ力は絶大だろう。でも、どうしてか本能が「こいつに名前を教えてはいけない」と警報を鳴らすのだ。女皇様の言葉はそれだけではないと。

「先生、悪いけど名前以外でどうにかならない? 後でびっしり読みにくい小さい字で書き連ねた書類送ってくれてもいいからさ。公子タルタリヤとしてちゃんとサインするよ。本名じゃないって言い逃れもしない」
「なぜ?」
「……名前は、大事だから」

 そう女皇様に忠告されたから。俺が忠誠を誓ってもいいと思った女皇様の言葉と、自分自身の危機察知能力を蔑ろにはできない。

「……そうか。公子殿の意見を尊重しよう」
「よかった! 助か」
「だが、少し痛いぞ」

 ホッとしたのも束の間。目の前に先生の手がかざされるのと、左目に激痛が走ったのは同時。

「い゛っ、てぇな!!」

 水元素で形成した剣で首を落とすつもりだったが、それは岩元素もかくやという堅牢な手により阻まれた。流石岩神、身体も岩のように堅いって? カス!!!

「喧嘩か?」
「意外と血の気が多いな、公子殿。落ち着け、もう痛みは引いた筈だ」
「はァ? あ、ほんとだ。許さないけど」

 パチパチ瞬きをすれば、両目クッキリハッキリしっかり。よかった、目取られたかと思った。でも事前説明もなしに突然痛みに襲われた理不尽は何? 怒っていいよね俺。更に剣に力を込めるが、力は先生の方が上のようでびくともしない。

「名前の代わりの担保だ。公子殿の名前がわからないばかりに少々強引になってしまったからな……。痛みはそのせいだ」
「名前がわからないと痛みを発するのに名前がわからなかったときの担保? どうなってんのそのシステム。見直した方がいいんじゃない?」
「ははは」
「笑い事じゃないんですけどっ!」

 名前が担保になるってことは、やっぱり知られたらまずいんじゃないか。これ以上膠着状態を続けても意味がないと判断し、水元素を散らす。ったくもー、神を降りるっつってんのにこういうことするんだからさー。

「なに、もし万が一俺が契約を破るなんてことになったら目玉1個持ってかれるってこと?」
「そうなるな。大事にする」
「やらないよ」

 片目失ったらどれだけ訓練しないといけないと思ってるんだ。両目と違って距離感がとりにくくて大変なんだよ。肉食動物がなんで前向きに2つ目がついてるか知ってる? 距離感を正しく認識するためだよ?

「まあ予告なしの契約強行は腹が立つけど、先生がこれでいいって言うなら一先ずはいいか。目は絶対あげないけど」
「担保とは言ったが、俺も公子殿が契約を違えるとは思っていない。気付け、といったところか」
「そんな気付けいらないよ……」

 でももし俺が先生の正体をバラしたり計画を滅茶苦茶にしたら目はしっかり取られるんだろう。怖ーい。人間の目玉なんか大事にするったって程度がしれてるだろうに。目玉1個で岩神の信用が買えると思えば安いもんなのかな。

「じゃあ計画の詳細は後日でいい? なるべく大筋に沿うけど、修正が効くように細かいことは都度がいいと思うんだけど」
「そうだな、そのように」

 細かいこと、っていうのは旅人のことだけどね。往生堂で仙人の知識豊富な先生が主に儀式の準備をして、旅人にサポートを頼んで、俺はオセルの準備ってところかな。結局、仙人と人間が和解するには共通の敵を作って群玉閣を犠牲にするのが1番いい。璃月を守りたい気持ちは同じってことでね。禁忌滅却の札のことはバレてるだろうけど、オセル復活は悟られないよう気張るとしますか。岩神が死んで封印が緩んだってことにしちゃうもんね。こっちには岩神がついてるんだ、誤魔化してやるとも。

「……ところで公子殿、少しばかり聞きにくいことを聞いても?」
「なに? スリーサイズは測ってないから知らないよ」
「それよりもっとデリケートな話なんだが」
「あ、そう。いいよ」
「公子殿の第2性を教えてくれないだろうか」
「ああ、なるほどねー、そういうデリケートか」

 確かにデリケートで人によっては禁忌レベルだ。αとしての人生をほぼファデュイで過ごしているせいで一般的な感覚には詳しくないが、多分世間一般でも親しくない相手にこんな質問はしない。
 
「別に答えたっていいけど、単純な疑問ね、なんでそんなこと聞くの? 今回のことに特に関係ないよね? あ、先生は知らないかもしれないけど、ファデュイって第2性をコントロールする為に皆漏れなく薬飲んでるんだよ」
「……この人生に1度しかないであろう大事を成す共犯者のことを知りたいと思うのはいけないことだろうか?」
「あっはは! なにそれ! そんな、結婚するんじゃないんだから……! はあ、おもしろ……、俺αだよ……」
「αか……、一般的に大成すると言われる種だな。公子殿にはその風格がある」
「褒められてるってことでいいんだよね? いやー、うちそういう話完全にNGだからそう言われるの新鮮」

 大成する風格がある、なんて岩王帝君に言われたらなんか凄そうじゃん。その機会があるかはわからないけどね。

「俺には第2性というものが存在しない。七神はみなそうだ。だが、俺も凡人として生きる以上そういうものも必要だろうか」
「今どき薬で制御してるなんて珍しくもないんだから、態々機能として搭載しなくたって「薬でどうかしてる」とかって誤魔化せばいいじゃん。いやー、惜しむらくは先生がβ名乗るにはちょっと無理がありそうってことだよね。街中で聞いたら100人中120人がαって言うと思うな」
「増えた20人はなんなんだ」
「聞いてもないのに横から割り込んできたやつ」

 神という統治者なんて、ゴリッゴリの支配階級だろう。たしか、αはそういった性質が強いとかなんとか。一概には言えないが、ざっくりとね。俺自身はそういった感覚が微塵もないからあまり信用してないし気にしたことないけど。
 神には第2性がない、か。なんだか生物としてそもそもが違うって感じ。どうだっていいけどね!

「聞きたいことはこれで全部でいいよね? さっさと帰ろう、夕暮れの孤雲閣は綺麗だけど怖いねー」
「ああ、禍々しきモノの蠢く時間だからな……。そう感じるとは、公子殿は感覚が野生的なのかもしれない」
「どちらかっていうと理性的って評判なんだけどな……」


──────


「いっっっっっっってええええええええ!!!」
「こっ、公子!? なんだすごい声だぞ!?」
「どうしたの!?」

 激痛に思わず叫んだのが北国銀行入り口まで響いていたらしく、バタバタと相棒たちが駆け寄ってきた。送仙儀式は終わったらしい。左目を押さえて蹲る俺と、それを見下ろす鍾離先生。どう見てもただ事じゃないよね。俺は目が痛いです。

「相棒お疲れ……、労ってあげたいのも山々なんだけど、その前にこの人とちょぉっとお話しないとなんだよね」
「鍾離……? なんで鍾離が北国銀行に?」
「俺と公子殿が契約を結んでいたからだ」

 無事に迎仙儀式で暗殺の罪を着せられそうになった旅人を助け、禁忌滅却の札を授けた。早々にファデュイの開発品であることをバラしたかったところだが、偽物と知りながら持つことで仙人に悪感情を持たれては困るのでそこは少し騙したけど。群玉閣に行くまでにはネタバラシをすることで一応ギリギリの信用は保たれた、と思う。群玉閣でどんな会話があったかは知らないし覚えていないから、実際のところは知らないけど。
 仕掛け側に回ったおかげで俺自身は用がなくなった仙祖の亡骸に用があるという旅人を、不自然でない程度に鍾離先生に引き合わせたし、送仙儀式の準備も旅人のお陰で順調に進み、俺は璃月七星の探りを掻い潜り秘密裏にオセルの仕込みも完了。無事に岩王帝君逝去による影響で封印が緩んでオセル復活を演出できた。人生で1番の頑張りだったんじゃないかってくらい頑張ったのにこの仕打ちなに?

「あのさぁ、俺先生との契約ちゃんと守ったよね?」
「ああ、大凡は。安心しろ公子殿。ちゃんと見えるはずだ」
「ええー、またこのパターン? 痛いだけのやつ?」

 そっと手を退けると、光が眩しいが確かにちゃんと見える。契約時も契約完了時も激痛ってどういうイカレシステムだよ。

「危うくまた先生に襲いかかるところだったよ」
「目が」
「え、なに? 目? 見えるよ、無事でしょ?」
「こっ公子……! お前、その目……!」
「なになになにその反応なに!?」

 「目が」以上の言葉を発せずに驚愕している様子の相棒たち。その反応が怖くて先生に目を向けると、先生はただただ微笑んだ。えー!? なにー!?

「ちょ、鏡! 鏡! エカテリーナ!」
「はい、公子様どうされま……、目が」
「ねえー! なにー!?」

 みんなして俺の顔を見ては「目が」しか言わない! なに!? 怖い!! こんな状況でも頼まれごとに迅速な対応ができるエカテリーナが鏡を持ってきてくれて、ようやく事態を把握した。

「め、目がっ……!」

 岩元素マーク刻まれている……、って、なに? いやいやいや、待って待って、うん、大丈夫大丈夫、犯人はわかってる。下手人は今俺の目の前だ。

「エカテリーナ、下がっていいよ」
「は、はい」
「鍾離先生」
「どうした?」
「お前を殺す」
「ははっ!」

 笑ってんじゃねー! と水元素の双剣でハサミギロチンを狙うが、今回も今回とてあっさり止められる。ねえこの人岩神やめてないよ絶対。

「おおおお、落ち着け公子! 銀行内だぞ!」
「危ない危ない!」
「そうだ落ち着け公子殿、これには理由がある」
「理由がなかったら流石に邪眼モノだよ」

 慌てる相棒とおチビちゃんに悪いので、流石に一旦落ち着く。そうか、エカテリーナは離れさせたけど、相棒たちは忘れてた。強いから大丈夫だろうけど。

「はあ……、ああそうだ、ここ出入口近いな。とりあえず俺の執務室行こう。座って、じっくり、理由とやらを聞かせてもらおうじゃないか」
「ああ。旅人たちも来るといい。公子殿、構わないな?」
「いいよ、先生の好きにして」

 どうせなんとなくバレてんだから、1番の功労者に答え合わせくらいしてあげないとね。




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