短編 | ナノ


▼ 金曜日の博士の夢3

※not旅人
※3章5幕までのネタバレ
※博士の動向の捏造
※時間考証ガバガバ


 タルタリヤは大きく溜息を吐いた。手元には同じ執行官である博士からの通達。きっとタルタリヤ以外の執行官にも送られているであろうその手紙の内容は「飼い犬が逃げました心当たりある人は博士まで至急」だ。勿論言葉そのまま書いてあるわけではなく、タルタリヤなりに要約するとそうなる、という話。添付されている写真は、先日見かけた犬に瓜二つ。当然本人だ。タルタリヤが実質見逃した、博士の実験台。
 あの犬、恐らくこうなることをわかっていた。その上で普段の博士のスタンスを引っ張り出し、こちらの油断を誘ってまんまと逃げ果せた訳だ。あのまっっったく実のない会話さえ、あの犬に踊らされてたかと思うと腹が立ってくる。敬語で話すくせに人を1ミリも敬っていないあのクソ犬、どうせ腹の中でこちらを笑っていたのだろう。

 博士の手紙を握り潰そうとする手をなんとか抑えて考える。1度あの犬が脱走したときの博士を思い出せば、今回の怒りのボルテージも相当だろうと容易に予想がつく。その博士相手に「どうでも良かったから故意に見逃した」なんて言ったらどうなるか、考えたくもない。旅人に犬の行方を聞いたところで、ファデュイであるタルタリヤを警戒して教えてくれないだろう。となると、最善は「なにもなかったことにする」ことか。

「エカテリーナ」
「はい」
「この写真の彼、見たことある?」
「……先日、公子様と一緒に居るところを」

 ひと目見ただけの男を記憶している優秀な部下に、博士の手紙をチラつかせながら言う。

「あの日、あの場に彼は居なかった、いいね?」
「はい」
「よし」

 確かに頷いた部下を確認して、タルタリヤはついに手紙を放り投げた。優秀な部下を博士のせいでなくす、なんてことにならずに済みそうだ。タルタリヤは兎も角、部下の命は博士の前では儚い。
 タルタリヤは、博士が放置した遺跡守衛の研究所のせいで、大事な家族が危険に晒されたことをしっかりと覚えている。遺跡守衛なんて戦ったところで大して唆られないし、邪眼まで使うハメになって散々だった。ので、これは本人に伝わることのない些細な仕返しも兼ねている。態々見つけ出して死体を手土産にするわけでもないのだ、これくらい可愛いレベルだろう。(手紙には「生きて捕えろ。殺したらお前を殺す」と丁寧に書いてある)

「さて、と」

 旅人に伝言を頼んでおこう。犬なら犬らしく、「受けた恩は忘れるなよ」と。あれでいて状況の判断はできるのだから、タルタリヤの言いたいことはこれで伝わるだろう。世を憂いているというより、命の扱いが雑で何をするにもノリの軽い阿呆犬め。もしも次会うことがあれば問答無用で引っ捕らえてやるが、今回だけは見逃してやろうじゃないか。

───

「あんたの知り合いって、旅人のことだったんだ」
「旅人の知り合いってことは、悪い人間じゃないと思うけど……」

 「それじゃあ」と出て行ったコレイは、お耳のかわいいお師匠さんと一緒に旅人を連れてすぐに戻って来た。パイモンの声は幻聴ではなく本人の声だったってワケ。ちょっと安心。旅人は私の様子見をしに来て、「パトロールは終わってる時間のはずだけど、姿が見えない」とコレイを心配したお師匠さんを発見した為、一緒にコレイを探していたらしい。偶然。知り合いと知り合いが知り合いだった。
 旅人の信頼度のお陰で、コレイのお師匠さんからの視線も少し訝しげなだけで済んでいる。これは私の見る目があったということですね。自分に都合のいいようにことが運びそうな人を見抜く能力。これだと感じが悪いから、いい感じに審美眼って言っておこうね。

「だっ、大丈夫だよ、師匠!」
「そうだぞ、ティナリ! なんていうか……、こいつに人に危害を加えるようなパッションはないからな!」
「ひっでぇ庇い方」

 庇ってくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっとなかったかな? お師匠さんからの視線も若干柔らかくなったけど、いまいち喜びきれない。まあ私の服もアクティブとは程遠いので、暴れまわるような人間ではないと認識されたのだと思っておこう。

「少なくとも、追いかけたり奪ったり……、そんなことはしませんよ。目立って見つかったらまずいので」
「それはそれで身元が不安だよ」
「しまった、失言」

 追われる身の者を匿うなんて厄介事だものね! そっと自分の口を塞ぐ。私、なにも、言ってない。
 呆れた顔をしているが、「まあそんな追われるようなワケアリの人を追い出すほど鬼じゃないよ」と優しいお師匠さん。すっごい、私も師匠って呼びたい。人生の師匠。ヨッ! 師匠! お耳がキュート!

「あ、そうだ、タルタリヤから伝言があったんだ」

 追うだの追われるだの、そういう会話でファデュイのことを思い出したらしい旅人が声を上げる。

「公子から? 伝言? 私に?」
「おう! お前の行き先は聞かないけど、伝言だけ頼まれてくれないかって言われたんだ」
「ええ……」

 「行き先は聞かない」は恐らく旅人へのアピールだ。俺ファデュイだけどあいつのこと追ってないよ、何も聞かないよ、伝言があるだけだよ、といったところか。えぇ……、やだな……公子からの伝言……。11文字のあたたかな言葉とかじゃないどころか命に関わってきそう。ファデュイ式呪詛とかだったらどうしよ。私が死んだら博士が癇癪起こして死人が出るかもしれないんですけど。困るの私じゃないからいいか。

「よし、覚悟ができたので聞きましょう」
「そんな身構えなくても、大した内容じゃなかったぞ?」
「「受けた恩は忘れるなよ」だって」
「……ふーーーーーーん?」

 テメェまかり間違っても博士に俺のことチクんじゃねぇぞ、だってさ! 公子のところに博士からお手紙でも来たかな。本当なら私の頭鷲掴んで「なにが有象無象の実験台だよよくも騙したな」と怒りのままにアイアンクローをお見舞いしたいことだろう。へへへ、今後公子に顔は見せらんないな。もとから見せるつもりサラサラなかったけど。

「恩って、璃月港で見逃したときのことか? しかも忘れるなって」
「そんなに深く考えなくて大丈夫大丈夫。言葉のままですよ。伝言ありがとうございます」

 璃月一生近付かんどこ! 激怒公子とかマジで殺される3秒前みたいな感じしそうで怖いからね。多分本当に殺されるってより、殺しそうな雰囲気を纏いながらチクチクチクチク嫌味をかまされ縛りあげられる。そして出荷。博士のところまで。嫌です。

「態々来てもらっちゃって悪いですね、お出しできるものもないのに……」
「そういえばここ、料理鍋も見当たらないね。師匠のところにお古があったような……」
「あっ! 休めるところを見つけるのに必死で気にしてなかったな。お前今まで大丈夫だったのか? 何食べてたんだ?」

 食べてないなんて言えない雰囲気を察知。私そういうのには敏感なんですよね。自分の異質さを見せつけることに。嘘は極力控えたいが、与える情報は少なくしたいし、いい感じに勘違いしてもらいたい。狡い大人というか、事なかれ主義というか。

「調理器具がなくてもどうにかなるんですよ。それにほら、私ほぼ寝てますし」
「寝ててもお腹は空かないか? オイラは朝起きたときからお腹ぺこぺこだぜ!」
「難儀な……」
「哀れむな!」

 私の場合はどうにかなる(食べなくてもいいから)なんだけど、実際問題ここは自然豊かだからどうにかなる、筈。木の実なんかは生で食べるし。森で過ごすことの多いだろうコレイやお師匠さんも「まあなんとかなるよね」みたいな目で見てるのでこれは間違いない。
 食いしん坊みたいなことを言ってるパイモンに「おお腹ペコちゃんよ、いつもお腹空かせて可哀想に……」と哀れみの視線を向けると、ぷんすこ怒られてしまった。いや、朝っぱらから空腹で始まるのは本当に難儀。

「コレイがさっき言ったけど、僕の家にお古でよかったらあるし、今度持ってこようか。いくら「なんとかなる」とはいえ、やっぱりあったほうが便利でしょ?」
「そうだ、それがいいよ!」

 なぁんで会ったばかりで、さらに警戒心の強そうなお師匠さんが私にこんなこと言うのかな、と思ったら、多分これコレイが楽しそうだからだ。弟子が可愛くてしょうがないんだなこのお師匠さんは! コレイも「あたし、ピタなら自信あるから」と既に滅茶苦茶楽しそうなので、断るのも悪いか。ピタってなにか知らないけど。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 まあきっと、使う機会は訪れないだろうけど。……いや、もしコレイや旅人がここに来たとき、使用の痕跡がないことを見られたら困るな。お湯でも……、沸かすか……。

「コレイのピタはすっごくうまいんだせ!」
「えへへ、照れるな……」
「へえ……」
「ピタって知ってる? 食べたことは?」

 旅人に問われて、首を横に振る。「じゃあ、今度作るまで楽しみにしておくといいよ」とお師匠も言う。これ食べないとまずいやつですかね。ヨモツヘグイというものを知っている手前、夢の中で飲食しようとは思えないのだ。散々博士に注射ぶっ刺されて変な液体注入されているし、今更ちょっと飲み食いした程度でどうこうなるとも思えないけど。今この段階で「私実は妖精さんだから飲食しなくても大丈夫なんですよね」とか言ったら怒られるかな。……怒られるな。余計なことはしないに限るね。その時のことはその時の自分に任せよう。


──────


「今日はお前にいい知らせがあるんだ! 博士がスメールからスネージナヤに帰ったぞ!」
「博士スメールに居たんですか!? 怖!」
「あれ、言ってなかった?」
「初耳です……」

 速報! 博士スメールに駐在! とはいってももう既に出ていったあとらしいが。博士から逃げて博士のいる場所に辿り着くってどんなギャグ? スネージナヤに帰ったと聞かなければ、追い込み漁だったんじゃないかと錯覚するくらい酷い。
 首を傾げながら「言わなかったっけ?」「報告来たよな?」「ああそうだ、寝てたんだ」と私がその情報を知らない理由を掘り出していく旅人とパイモン。タイミング悪かったんだね、ごめんね、寝坊助なばっかりに。今日は起きてるよ。あと明日も。

「オイラたちもここのところ忙しかったからな……」
「なんならこのあともね。時間が取れてよかった」
「そんな忙しいのに態々? ありがとうございます」
「ううん、この場所を勧めたのは俺たちだから」
「そうそう! 博士に見つからなくて良かったぞ……」

 ほんとそれ。街中になんて行ってたら目撃情報からの即拘束もあり得たかもしれない。なに? オルモス港の掲示板に人探しの広告が? 勘弁して! 剥がせ剥がせ。薪にしろ薪に。それで芋を焼こう。お芋の美味しい季節いーつだ? 芋は年中美味しいに決まってんだろ! 阿呆の回答。

「経緯がどうあれ、博士が船に乗っていくのは確かに見たし、間違いないと思う」
「経緯……。その口ぶりだと何かあったんですね。博士に馬鹿にでもされました?」

 あの人そういうことするよね。私しょっちゅう「馬鹿がよ……」って顔されてる。目元が見えなくても明確に伝わる雰囲気というものがあります。
 
「あいつ、オイラたちをおびき寄せるために態と痕跡を残して行ったんだ! 船の上から手まで振ってきたんだぞ!」
「え、博士が手を? それはナメられてますね」

 博士のパーフェクトナメプ。マジでそういうことするよあの人。空中で地団駄を踏むパイモンを「まあいいじゃないですか居なくなったんだし」と宥め、ホッと胸を撫でおろす。去ったというのなら、よっぽどのことがなければまたスメールに来ることはないだろう。万一ファデュイに見つかったとして、急いでスメールから逃げれば間に合うレベル。

「そういえば、ファデュイの奴らがなにか言ってたよな? 様子がちょっと違う? とか」
「ああ、駐在すると雰囲気が変わるってやつ?」
「博士の?」
「そうだぞ。まあ尾行しながら聞いてたから、オイラよく覚えてないんだけど……へへ」

 「肌にツヤとか言ってなかったか?」と朧気な記憶を語るパイモンに、なにか引っかかるものがある。様子が違う博士か……。つか肌にツヤって、そんな話をファデュイが? 「博士化粧品変えたのかな、ディオールとか? シャネル? 肌年齢若そうで憧れるわぁー」ってか。遊んでんじゃないんだぞファデュイくん。

「なにか気になることがあるの?」
「うーん……、少し、なにか引っかかるような……。思い出せないんですけど」
「おい! 諦めるのが早くないか?」
「どうでもいいことかもしれないので、あまり気にしない方向で」

 無理でーす思い出せませーんと腕でバッテンをつくり首を横に振る。どちらにせよ、私が持っている情報は少ない。引っかかるといっても大したことではない、もしくは既に旅人が知っている情報の可能性が高いのでさしたる問題はないだろう。意味深な反応をしてしまい申し訳ない。

「この後も用事があるんですよね? 時間は大丈夫ですか?」
「あっ、そうだった! それじゃあ、オイラたちもう行くな」
「はい、お元気で」
「またね」

 森を抜けていく背中を見送り、寝台に寝転がってもう1度先程のことを考える。スメールに居た博士のことはこの際いい。私に気付かず出ていったみたいだし。あの人年齢別義体があるんだし、どこかには居るかもと思っていた。数を考えれば逃亡先に居る可能性は半分……、以上あるかどうか。そんなところ。流石に多少の覚悟はしていたのだが、すれ違いでスメールが安全圏になったのは僥倖。…………義体? 年齢別の、義体。博士には年齢別の義体がある。
 思わず寝台から跳ね起きた。これだ、私が引っかかっていたのは! 結構大事なことじゃないか!

「やばい」

 博士、多分まだスメールに居る。

 一刻も早く旅人に知らせなければ。旅人もパイモンも詳しくは話さなかったが、尾行までしたのだ。恐らく博士がスメールに居ると何かマズいことがある。まあファデュイが居て都合のいいことなんかないわな。特に執行官。
 旅人の立ち去った方向へ慌てて駆け出すが時既に遅く、旅人の姿は見えない。こんなことだったら、どこへ行くのか聞いておけばよかった。私は彼らが何をするのかも知らない。そういえば、スメールにはシティがあるのだった。大きな都市だし、ここから遠くない。違ったとして、最悪そこなら旅人の行方を知っている人も居る筈。なんとか間に合わせなければ。

「くそ……」

 こんな非常事態でも、夢は覚めてしまう。博士のそばを離れて暫く、また前のように夢の時間は短くなってきている。喜ばしいと思っていたのだが、こんなところで不利にはたらくとは。明日……、明日で間に合うのだろうか。


──────


「おっ、起きた……、起きた!? アルハイゼン、アルハイゼーン! 居なっ……、なんて奴だ!」

 知らない顔に知らない天井だ。ちゃんと人の住む建物の内装。森じゃない。
 私のことを見ていてくれたらしい金髪の男が誰かを探す様を暫し見守り、頭の中を整理する。前のとき、私は何をしたのか、なぜここに居るのか。

 そう、たしか、あの次の日なんとかスメールシティまで辿り着くことができたのだ。どこへ行けばいいのかわからなかったはずなのに、私はなぜか自然と、旅人はスラサタンナ聖処に居るはずだと思っていた。現実世界だったら「なんつー作りだよ!!」とキレ散らかしそうな坂道を登り、聖処の前に辿り着いて……、それで。

「……あの、私生きてますよね」
「えっ? ああ、脈もあるし、生きてると思うけど……。ええと、生きてて良かったんだよな?」
「勿論!」
「そうか、ならよかった」

 安心した顔の彼に笑顔を返す。入水自殺なんてとんでもない! 飛び降りはしたけど。

 スラサタンナ聖処の前で間に合ったかと思いきや、なんと中から出てきた博士とブッキング。世を恨んだ。運が悪すぎる。双方驚きで動きが一瞬止まり、一拍おいて捕獲に走った博士vs逃亡に走った私。通常ルートで博士に勝てるわけがないことを早々に悟った私は、木を伝って水にダイブ。ほぼ死ぬつもりの決死のダイブだった。あの高さから飛び降りたら普通なら死ぬので、生きてたことに私が1番驚いている。

 さて、飛び降りた私が人の家に居るということはそれ即ち?

「あなたが私のことを助けてくれたんですね」
「ああ、水辺で倒れていた君を見たときは吃驚したよ。暫く目を覚まさなかったし……、とにかく、生きててよかった」
「ありがとうございます」

 この恩はいつか、なんとかしてお返ししたいと思います。家のスペースもとってしまったみたいだし。
 カーヴェと言うらしい彼に深く深く感謝の意を示し、絶対何か恩を返しに来ますのでと言うと、彼は気にしなくていいと言った。いや、私が気にする。ちょっとこの夢いい人が多いんだよ。いくら私がずるい大人といっても、流石に良心の呵責というものがあります。

「ふむ……、じゃあ僕に閃きをくれないか」
「閃き?」
「そう!」

 普通の恩返しより難易度が高いやつ来たな。閃きってどうやって渡すんだ? 博士……、博士の閃きなんか知らないな。参考にならない博士。あっ、勝手に役立たず判定してすみません、イマジナリー博士、イマジナリー博士すみませんて、中指しまって。なに、その中指は逃げたことに対するやつ? イマジナリーの癖にめんどくさいな!

「ええと……じゃあちょっとお手をお借りして」
「うん?」

 カーヴェの手を両手で握り、謎のパワーを注入するつもりで念を送る。ど、どうにかなれ……。こう、夢のパゥワで。
 ちろ、とカーヴェを見ると、繋がれた手を凝視している。

「やっぱり無理ですかね……」
「いや、今とてもいい意匠を閃いて驚いているんだ」
「マーーージで!?」
「ありがとう!」

 勢いよく抱きしめられたので、思わず背中に手を回す。夢のパワー、すごい。あとありがとうは多分こっちのセリフ。私に気を使っているわけではなさそうなので、本当に何かを閃いたのだろうけど、結局のところ閃きはカーヴェ次第なので。このタイミングで閃きを生み出した彼の脳みそに感謝を捧げ、家から出た。

───

 スメールシティから出てすぐ、私がずっと探し求めていた人影が見えた。

「た、旅人……!」
「あーーっ! 居た!」

 私に気がついたパイモンが大きな声を出して、私を指さす。様子から察するに、彼らも私を探してくれていたらしい。

「よかった、お前……、生きてたんだな!」
「スメールシティに目撃情報があるのに、中々見つからないから心配した」
「すみません、色々と理由がありまして……」

 旅人は私と会った後、いざこざの後に暫く気を失っていたらしい。起きた後もバタバタしていたが、落ち着いた頃にコレイが私の不在に気が付き伝えたのだとか。聞き込みをすれば、スメールシティに来たことはわかったものの、その後の消息が不明。つまり、私が飛び降りたところから消息が不明という訳だ。
 ところで、この説明を受けている最中、ずっと私は穴があきそうなほど顔を凝視されている。だ、誰なんだこの男。公子の胡乱な目は気にならないが、初対面の男の凝視は流石に気になる。

「うん、間違いない」
「あの……、彼は?」
「コイツはアルハイゼン! お前のことを探してるって言ったら、似たような奴を知ってるって言うから案内してもらってたんだ」
「見覚えはある?」
「いえ、初対面です」

 アルハイゼンは私を知っているようだが、私は彼を知らない。スメールシティに来たときにすれ違ったりでもしただろうか? んんん……、でも先程カーヴェが叫んでいた名前もアルハイゼンだったような?

「そうだろうな、君はずっと眠っていたから。旅人、俺が彼を知っているのは、同居人がずぶ濡れの彼を拾ってきたからだ」
「…………ずぶ濡れ?」
「あっ違う違う冤罪です違いますよ」

 アルハイゼンが「ずぶ濡れ」という単語を出した途端、旅人の目が鋭くなった。その目に「まさか入水……?」の雰囲気を感じ取ったので即座に否定する。このタイミングでそんなことするわけないじゃん。え、しそうって思われてるの? 遺憾の意。流石にそんなTPO弁えない輩じゃないですよ! TPO弁えた入水って何?

「ええと、色々とあったんですけど、それはまた後で謝罪するとして。アルハイゼンさんの同居人はカーヴェさんですよね? 確かにお世話になりました」
「気にしなくていい。家は俺のものだが、君を寝かせておくくらいしかできなかったからな」
「アルハイゼンがそんな優しいこと言うなんて、少し意外だな」
「別に優しくはないさ」

 寝ている人物に無理に食物を与えることはできないし、アルハイゼンがあまり細かいことに頓着しないのなら確かに気にしていないのだろう。ただ、パイモンが言うには、アルハイゼンのこの対応は「やさしい」らしい。つまり、普段の彼では想像できないこということだ。少し嫌な予感がして、少しアルハイゼンから離れて旅人に寄る。

「彼の状況はとても不可解だった。水に落ちて気を失っているにしては外傷が少なかったし、俺は医学に精通している訳ではないが耗弱というにはあまりにも健康的だったな。だというのに数日間眠り続けた。寝言も唸り声の1つもなくだ。とても知的好奇心を擽られたよ」
「お、お前……」
「なにもしてないよね?」

 駄目だ、この人博士と同じニオイがする。具体的に言うと、知的好奇心の為に自分の欲望をあまり制御しないニオイ。旅人に寄るというより、最早旅人を盾にするくらいの位置へ移動する。怖いんですけどこの人。アルハイゼンはずっと私を観察し続けている。凝視ってか観察なのよ、これは。
 アルハイゼンは少し首を傾げた。

「なにも、とは? 彼の身体に痕跡が残るようなことはしていないよ」
「痕跡が残らないようなことはしたのか!?」
「具体的になにをしたのか、包み隠さず言って」
「そんなに大したことはしていないんだが……」

 緊張のあまり、ぎゅ、と旅人の肩を掴んだ。大丈夫大丈夫、博士に注射さされたり寝起きチューされたり注射さされたり注射さされたりしてたから何を言われたってそれを越してくることはない大丈夫。でも初対面かつひと言も会話をしたことのない相手に、遠慮ひとつなく知的好奇心を満たそうと動く相手は怖いな! マトモであれマトモであれ。頼むから。博士を越してくるな。スメールに残った選択を後悔させないでくれ。

「先程も言ったが、医学に精通している訳ではないから、したといっても脈と体温を測るくらいだ。本人の意思なく体液の採取なんてできないし、勝手にあれこれ推測するより本人に聞いたほうが早いだろうと判断した」
「お、おう……思ったより普通だな。安心したぞ」
「そうか。それで、そのときは待ったのだから、そろそろ本人への聴取をさせてほしいんだが」
「今!?」
「君にとっては突然のことかもしれないが、俺はもう随分待ったんだ。家ではカーヴェが君に近寄らせまいと威嚇してくるし」
「アルハイゼンお前、ほんとに何もしてないんだよな……?」

 パイモンの再三の問いに、アルハイゼンはなぜ疑われるのかわからないという顔をしながら「それに対する答えは先程したはずだが」と言う。君の言葉の端々がその回答への信憑性を落としているんだけど、もしかして自覚がないのかな。ないんだろうね。私は今カーヴェへの好感度が爆上がりしているよ。カーヴェしか勝たん。威嚇へ至るまでの経緯なんて聞いたら藪蛇になりそうだからこの話はここでやめよう。本人だって変なことは何もしてないと言っているのだからね。やめよう。

「旅人の話と俺個人の調査、そしてあの日の君の状態を併せて考えれば、君はスラサタンナ聖処から飛び降りたことになる。だというのに、風の翼も持っていない君のその頑健さ……、常軌を逸していると言っていい」
「スラサタンナ聖処から……、飛び降り……?」
「ちょっとそういうこと言うのやめてもらっていいですかね! 違う違うんですよそれは私の謝罪と関係があってですね、話すと長いんですけど」

 アルハイゼンの余計な発言のせいで、旅人の顔が険しくなっている。たとえ自殺じゃなかったにしろ、そんな危ない行為したら怒るよね、わかるよ。わかるけど、これには止むに止まれぬ理由がありましてね。

「いつまでもこんなところで立ち話もなんですし、座って話しましょうか……」
「そうだな、それがいい」
「お前が返事するのかよ!」
「え、ついてくる気なんですかこの人」

 通常ならここで「再会できたんだよかったねそれじゃあ自分はここで」ってならないかな。だって私たち初対面じゃん。相手の素性も知らないじゃん。じゃんじゃんじゃん。
 なにか問題でも? みたいな顔をしているアルハイゼンを指さして、旅人に「ねえこの人おかしい」と訴えかける。なに、人のことを指さすな? う、うるせー! おまえには常識を問われたくない。

「君の存在を旅人に知らせたのは俺だし、君が療養していたのも俺の家だ。事の顛末を知る権利はあると思うが……、そうか、納得しないか」

 そう言われると私がわがままを言う子供みたいじゃないですか。私が悪いの? 私は聞き分けがない子なの? 旅人の肩をツンツンして「ねえねえ私とあの人どっちの主張が可笑しいと思う? ねえねえ」と無言の訴えを起こすと、旅人は無言で首を横に振った。そ、それはどういう意味だ。「アルハイゼンには何言っても無駄だよ」のジェスチャーかな。口に出して言ってやって! 何言っても無駄だと思われてると知らしめてやって!

「君はさっき「カーヴェに大変世話になった」と言ったな」
「い、言いました……」

 確かに、カーヴェには大変、それはもう大変世話になった。なにせ水場からの引き上げ、運搬、安置までしてもらったんですからね。表現が完全に荷物。まあ荷物みたいなもんでしょ。

「君を拾ってきたカーヴェに感謝をしながら、療養の場所を提供した俺に感謝がないのは如何なものだろうか」
「お、お前さっき珍しく「気にしてない」って言ってただろ!」

 変人に詰め寄られる私を哀れと思ったか、パイモンも加勢をしてくれるが、アルハイゼンの表情はピクリとも変わらない。

「気にしてないのは、彼が起きたら俺の質問に答えてもらうつもりでいたからだ。それ以上の余計な感謝の言葉なんかはいらない。君が俺の知的好奇心を擽り、なおかつ起床後は質問や実験に付き合ってくれるものと見越して、俺はカーヴェが君を連れ込むことを良しとしたんだ。意味がわかるよな?」

 なにそれ、知らん知らん。言葉と圧を重ねられ、段々とまっすぐ立っていられなくなる。怖くて旅人の背中に隠れてしまうということ! 最早掴んでいるのは肩ではなく背中の外套。何だこの人、怖。すごいんだよ、圧が。恩の押し売り感謝のカツアゲ。

「……だがまあ、君がどうしても嫌だと言うなら他の形で妥協してもいいよ」
「他の形……」
「それって……」

 もしかして、金銭。脳裏に出てきた某検索画面が私を責め立てる。残念ながら私はお金を持ち合わせていない。今まで必要になる場面がなかった上に、稼ぐ手段もなかったので。実質私には諦めるの1択しかないってワケ。泣いていいですかね。博士の注射でもアイアンクローでも泣いたことないんですけど。

「……あの、ベンチ探しましょう……、4人座れるところ……」
「ああ、それがいい」

 私は……弱い……。

───

 場所はプスパカフェ。私は外でベンチに座って話そうというつもりだったのに、「屋内のほうがいいだろう」とアルハイゼンに引きずられ、ロクに抵抗もできずこのザマ。目の前には湯気を立てる珈琲と旅人の顔。旅人の隣には勿論相棒のパイモン。つまり私の横にアルハイゼン。た、助けてくれー! 目力がすごい。

「ええと、まずどこから話しましょう。旅人が帰っていった後からでいいですか?」
「うん」
「たしか、博士がスメールから出ていったって話をした日だよな」

 私が何故スメールシティに居るかなどの経緯はアルハイゼンにとって興味がないだろうが、そんなことは知らん。まずは旅人へ、事の経緯を説明するのが優先だ。アルハイゼンの知りたいところは、どうせ話が進んでいけば自然と話題に上がる。

「あの後、私の感じていた違和感の正体に気がつきまして。本当に、申し訳ないことをしました。ふたりから聞いた情報を整理したら、スメールを出た博士は博士なんですけど出ていってほしい博士ではなかった可能性が」
「簡潔に」
「あの時まだスメールには博士が居たということです!」

 隣からせっついてくる男、嫌。よくわからない説明をしていた自覚はあるが、本当にどこから話してどう説明したものか私だって困っているんだよ。

「旅人たちは恐らく、あの後博士と遭遇したんですよね?」
「うん」

 やはり、あの時旅人たちはスラサタンナ聖処に居たのだ。私がそこから出てきた博士と遭遇したということは、とっても手遅れだったということ。頑張って走ったのに。お前はいつもそうだ。

「博士というのは、実は複数存在するんです。複数人が担っているというのではなく、こう、言葉通り博士が複数人居るんです。わかりにく。まあとにかく、その内2人もスメールに居たことになりますね。恐ろしい。それで、あの、申し訳ないことにですね」
「謝罪は最後にまとめてしたらどうだ。話がわかりにくい」
「ごもっとも……」

 あまりの後悔から、事あるごとに謝罪を繰り返してしまう。確かに説明の途中に何度も繰り返すのは鬱陶しいし良くない。話もわかりにくくなる。はい。すみません。

「後悔と言い訳のオンパレードになりそうなのでそこをできるだけ削ってお伝えします」
「お、おう……」
「ゆっくりでいいよ」

 すでに終わったことである為、そう急く必要はない。旅人の言葉通りゆっくりと、博士に年齢別の義体があること、スメールにはその内2人が居たであろうこと、遅れてファデュイの会話からそれを察したこと、旅人に伝えようとスメールシティまで来たことを話した。

「博士が居るかもしれないのに、スメールシティまでオイラたちを追いかけてきたのか?」
「確かに博士に遭遇して捕まるのは最も避けたいことですけど、その危険を冒しても伝えなければいけない気がして。ふたりにはお世話になってますから。……間に合わなかったんですけど」

 感動に胸打たれている様子のパイモンに苦笑いを返す。間に合わなかった以上、こんなものはただの言い訳に過ぎない。「今起きるのかよ」と、そう思ったのはあれが初めてだったと思う。博士のところでそんなことを思ったことはないし、それ以降も寝場所は確保していたから同じく。

「それで、多分気になっているのはここからですよね」

 私がスメールシティに来て、それから。アルハイゼンがした「スラサタンナ聖処から飛び降りた」という予想について。まあ勿論大正解なんだけど。
 スラサタンナ聖処へ向かったはいいものの、出てきた博士とかち合ってしまい、捕まるよりはと飛び降りた。そう伝えたときのパイモンの驚きようといったらそれはもう凄い凄い。テレビだったら1カメ! 2カメ! 3カメ! とかするくらいいいリアクション。でももうちょっと静かに頼む。旅人くらいサイレントに頼むよ、店内だからね。

「おっ、お前ー!」
「苦渋の選択だったんですよ、私だって。でも、博士に捕まるよりは……、ね。正攻法で博士から逃げられる気もしなかったので」

 生きるつもりではいた。筈。ただ、もし死んでも博士に捕まるよりかはマシという気持ちもあった。生き地獄博士ルート開拓はしません。もし捕まったら、次はもう逃げられない予感がしている。

「ごめんなさい、旅人。思い出すのが遅かったこと、伝えられなかったこと、危ない行為をしたこと、全部」
「いいよ、無事でよかった」

 旅人は、やはり優しい。隣でパイモンも「あんまり危ないことするなよ」と同意を示す中、雰囲気をぶった切るのがアルハイゼン。

「それで?」
「それで、とは? 私がしたことはここまでですよ。特殊な飛び降り法もなければ、特別な力もない。無傷だったのは運が良かったからじゃないですか?」

 まあ薄々そんな気はしていたが、アルハイゼンの知りたがっていることは私の知らぬことだ。生きているのは単に運が良かったからか、はたまた別の要因があるのか。しかし残念ながら私にはその別の要因に思い当たる節はない。

「ああお世話になったのにこんなオチで申し訳ない。外から見て健康体でも、意外とどこかしらにストレスがかかったりしてたのかもしれないですね」

 ええ申し訳ないですねえ、はい。とても。え、なに、顔が嬉しそう? そんなことありませんよォ!
 アルハイゼンが同席することに渋ったのは、アルハイゼンから博士に似た雰囲気を感じ取ったからと、私の事情を誰彼構わず言いふらすつもりはなかったからだ。身体の事情に関しては、ひた隠しにするほどではないが、必要もないのに開示することもない。アルハイゼンが知っているのは、飛び降りた後にひたすら眠る私。それだけの大事の後なのだ、死んだように眠るくらいは珍しくない。そう、私のことを知らないアルハイゼンからしたらな!

「なので」
「そうか、君自身も知らないなにかが、その身体にはあるんだな」
「そ、そう来る……!?」
「確かに君の意見も一理あるが、それが全てだと断定するにはまだ早いだろう。医学的には素人の俺がわからない何かがあっただけなのか、それとも未知の力があるのか。いくら運が良かったと言っても、スラサタンナ聖処から飛び降りて無傷ではいられない。君の話を聞いてなお、俺は後者だと見込んでいるよ」

 ちょ、一気にまくしたてないでほしい、わからなくなるから。アルハイゼンはどうしてか、私になにか特殊な力がはたらいていると思っているようだ。そんなものがあるなら、多分博士は知ってただろう。ひと言もそんなこと口にしたことないけど博士。
 寝ている間に耐久値バフがかかるというなら、私の寝床問題もちょっとはハードル低くなりそうだ。そういう点では調べることは悪くない。悪くないけど、個人的にアルハイゼンはやーーーーだ! 個人的に。特にそれ以外の理由はない。既に事情を知ってる旅人とか、なんとなく察してるコレイ&お師匠とかでいいと思うな。特に長くない説明すら面倒とも言います。

「だとして、どうやってそれを調べるんですか? また私に飛び降りろと? いいんですか、死にますよ」
「なんでそんなに喧嘩腰なんだよ……。でも、そういうのならオイラは反対するぞ」
「同じく反対」
「そうだな、実証実験となると……」

 スン……と静かになったアルハイゼンは何かを考えている様子だ。私自身は私の謎について基本そんなに気にしてないものだから、正直この話は退屈。だって夢だからさ。夢のパワー、なんかちょっと都合のいいやつ、そんなもん。

「で、この話はもう終わりでいいですよね。私も森に帰りたいし……」

 完全に安全圏となったスメールは安心安全。博士は居ないし、なんなら死んだと思って探すのも諦めたことだろう。カーヴェへのお礼でも考えようかな。コレイに相談に乗ってもらうのがいいかもしれない。

「あっ、そのことなんだけど」
「……えっ、なに、なんですか、嫌なお知らせ?」
「嫌なお知らせというか……、お前が落ちたあたりの水場に、今ファデュイが凄い居るんだ」
「多分、探してるんだと思う」
「嫌なお知らせだ!」

 旅人たちはここに来るまでに「やけにファデュイ多いな」とは思っていたが、私の飛び降り話を聞いてピンときたらしい。ファデュイ撤収したんじゃなかったのか。死体探し隊? 可哀想な仕事だな。私の死体なんか探してもどうにもならないだろうに。

「私の死体なんか探しても……ねぇ? なんででしょう」
「うーん、死体が見つからなければ納得できない、とか?」
「行方不明なんてよくあることでしょう? そんなものは実質死亡扱いになるんですよ。稀に生きてることもありますけど」

 ファデュイなんかは、組織員の行方不明に対してわざわざ死体探しなんてしていないイメージがある。じゃなきゃ旅人が遭遇した「層岩巨淵の奥にファデュイが……」なんてことはないだろう。私の見立てではその人たちはザックリ行方不明死亡扱いになってるんじゃないかと。戦闘が激しかったら死体が残らないこともあるし。まあ私ファデュイじゃないんですけども。

「君は博士のところに居たのか」
「はい、博士のかわいいモルモットでしたよ。逃げて今ここ」

 ぷいぷい。自称モルモットだったり他称犬だったり忙しい。ぷいわん。キメラ爆誕。かわいいモルモットとか適当言ったけど、別にかわいくはないな。それに博士はそもそも「KAWAII」という概念を知らなそう。愛らしいとかいう感情持ったことある? キュートアグレッションとかならギリ……いや、ないな。ないかも。かわいいに科学的根拠(論理性)はないとか聞いたことあるし。
 飛び降りまでしたし、そろそろ完全逃亡成功かと思ったんですけど、と続けると、アルハイゼンはひとつ頷いた。な、なに?

「博士は君が飛び降りたくらいで死なないと思っているか、もしくは死体だったとしても必要か、どちらかじゃないか」
「………」

 こ、怖いよー!! どっちもありそうで怖いよー!! 恐怖のあまり思わず絶句。博士は私より私のことを知り尽くしているから、死なないと思ってるというのはあり得る。死体探しだとしたら……、何に使うんだ。死体だろうが手元に欲しいとかそんな健気な性格はしていないだろうし、やっぱりなにかあるのかな。いやだって流石に、流石にそんな、え、そんなに私の顔好み? そんな馬鹿な。水死体は醜いからやめといたほうがいいよ。

「ひと目でも見つかったらまずいだろうな。探している以上、外にいる者たちは君の容姿を把握しているだろうし」
「たっ、旅人ぉ……!」

 だいぶ情けない声が出た。どうしようの声。ダンボールにでも隠れて移動すればいける? この世界観でダンボールは逆に怪しいな。
 スメールシティから出られないとなると、困るのは寝床だ。1週間もどこで過ごすんだよ。身体が痛まないのだから野宿だって構わないのだが、問題は人の目だ。それにどれだけ揺すられようが声をかけられようが起きられないし。

「ファデュイを全員シメる?」

 力こそパワー。流石旅人。すべてを力で解決してくれる。最高。やはり最後は暴力。グッと握られた拳が心強い。

「それだと相手に「なにかある」と言っているようなものだ。余計怪しまれるだろう」

 しかし暴力は今回解決策にはならないらしい。頭が蛮族の私には理解できない次元だ。いや、嘘嘘。アルハイゼンの意見も筋が通っている。ファデュイがどの程度報告を送るかわからないが、もし捜索隊がひとり残らず伸されたら「なにか目的があったのでは」となる。旅人が常日頃から目についたファデュイをバチボコにシメていなければの話だけど。
 流石にこうなると旅人も私もお手上げ。どうしろって言うんだ。意見をまとめるようにパイモンが「じゃあどうすればいいんだよぉ」と唸る。

「君たちの意見はそこまでか……」
「なんだよ! じゃあアルハイゼンは考えがあるのか?」
「勿論」

 やけにハッキリ言い切るアルハイゼンを見ると、彼も私を見ていたせいでバッチリ視線が合う。肩が跳ねたがこれはビビった訳ではなく驚いただけです。いや、どこに対する言い訳? ビビったよ、悪いかよ、目が怖いんだよ。謎の喧嘩腰。

「俺の家に来ればいい」
「……は?」
「あ、アルハイゼンの家に!?」
「勿論、条件があるが」

 とりあえず、話だけは聞こうと続きを促す。

「君が今ひた隠しにしている事実を洗いざらい吐くこと」
「……」
「君は今、俺に話していないことがあるな」

 あり、ますけど……。なん、えっ、私はそんなにわかりやすい? 私が故意に情報を伏せていることがこの男には丸わかりだったらしい。なんでだ。カマかけてる? 

「ひた隠しなんて、そんなこと」
「誤魔化すつもりでいるのか? それでもいいが、君は今スメールシティから出ることが非常に困難な状態だということをちゃんと理解したほうがいい」

 こ、この男ー!! ああクソ、わかったぞ、誤魔化しにくい理由が。この男が私に興味を持っているからだ。公子は私に興味ゼロだったから適当な誤魔化しや情報の出し惜しみに気が付かないか、気が付いたところで流していただろうが、アルハイゼンは違う。私の言葉や旅人の言葉、全ての情報を逃さないし突き詰める研究者気質。私が逃げることを許さない。
 私の証言と旅人の証言、どこでバレたとか明確なことはなく、多分順を追って情報を整理すると穴があるんだろう。打ち合せとかしてないし。い、イヤ……。

「……話したあとで「やっぱりなし」なんて言わないでくださいよ」

 しかし人生、何事も諦めが肝心と言います。まあいいよどうせ大したことじゃないし! ふんっ! 負け惜しみですけど!




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