α公子成り代わり小話
2023/01/04 23:12

 そもそも送仙儀式って何がいるんだっけ。そこからすでに躓いているけど、必要なものは鍾離先生が把握しているし、一緒に集めるのは相棒だから問題ないよね。俺は俺のものではない金さえ出せばそれでいい。富者にぶん殴られそう。

「では、品物をいただこう」

 近くに居るかな、と思って見に来たのだがちょうどいいところだったみたいだ。声の聞こえた方向を見遣ると、鍾離先生たちが玩具屋の前にいるのが見えた。凧? 凧なんかあったっけ? 全然覚えてないや。

「金に関しては……」
「やあ相棒、鍾離先生! 準備は順調?」
「公子! いいタイミングだぞ!」
「よかった……」

 多分タイミングとしては今まさに支払いってところだろうか。相棒とおチビちゃんの反応から察するに、俺に要求されていることはひとつ!

「なるほどね、俺が払うよ!」
「助かる、公子殿」
「どういたしまして」

 言うタイミングがここだったのかは正直自信がないけど、以後タイミングを逃すよりはいいかなって。やっぱり公子といえば「俺が払うよ!」だよね。俺の金じゃないけど。今このタイミングで出歩けば鍾離先生たちにぶち当たりそうだな、と思って毎度資金は持ち歩いている。なんか渡すイベントあったような気がして。

「ところで公子殿、今までどこでなにを?」
「北国銀行で仕事してたよ」
「それは俺より大切な仕事なのだろうか」
「えっ」

 厳密には「それは俺(と送仙儀式の準備をするという契約)より大切な仕事なのだろうか」という内容であること、有能な公子はバッチリクッキリしっかり把握しましたとさ。言いたいことはわかるけど、こう、なんていうのかな、気持ちが……、わからない……。発言の意図が。

「……それは、あの、」
「公子、甲斐性見せないと」
「ここで言い淀むと……、なんか、アレだぞ! 頑張れ公子!」

 あのね、違うんだよ。伝えられない現状がもどかしい。相棒がいる前で「俺の代わりに相棒に頼んで、俺はもうひとつ大事なことしてるよ」なんて言えなくて、なんて伝えたものかなと頭を捻る。甲斐性とかの問題ではない。

「鍾離先生のことが大切……、だから、仕事してるんだよ……」

 結局ここに落ち着く訳である。鍾離先生との契約が大切だから、俺は今仕事頑張ってるんだよ。もうそれしか言いようがない。「そんなこと言わせてごめんな……」みたいなことは言わないけど、なんかそれに似た類の発言になってしまった。あのさぁ、自分の身元隠したいって割に隠すつもりないじゃん。ボロ出そうだから勘弁してよ。

「む……、そうか。ならば仕方ない」
「ご理解いただけたようでなによりです……」
「だがもう少し顔を見せる努力をしてくれ」
「頑張ります……」

 さて、と鍾離先生と相棒が「次は労働力だな」と話しているのを見てひと息つく。鍾離先生のあの威圧感で来られると自然と敬語になってしまう。俺がヘタレだからだろうか。多分そう。いや、でも、だって、鍾離先生がまさかクソ真面目な顔で「顔を見せろ」とか言うとは思わないだろ。協力者ってこんな大変なの? 淑女のこと尊敬するよ。……淑女顔見せてなくないか!?
 鍾離先生の理不尽はひとまず置いておくとして、労働力を雇うならお金が必要だ。

「相棒、この金を持っていくといい。一応忠告しておくけど、鍾離先生は値切りなんてできない……、いや、しないのかな。とにかく、君がやるんだよ。交渉はできる?」
「うん」
「なら良し。頑張って。俺はまた仕事に戻るから」
「戻るの? 鍾離先生を置いて?」
「も、戻る……よ……? やめてくれ、相棒までそういうこと言うの……」

 なんだか帰り難い雰囲気を醸し出されたが、帰るよ俺は。

───

「ココナッツヒツジ!? あっは、あはははは! ココナッ……、ココナッツ……っはは、あ、だめ死にそう」

 鍾離先生たちに呼ばれて不卜廬に足を運んで、説明されたのがかの有名なココナッツヒツジの話。話も勿論だが、恥入る先生たちが何より面白くてそろそろ本当に呼吸ができなくて死ぬ。必死に呼吸を整えようとする俺に、おチビちゃんが「人の不幸を喜ぶなー!」と叫ぶ。

「っ、はあ、ごめんごめん。永生香だっけ。……その前にココナッツミルク飲みに行かない?」
「揶揄うな!!」
「あっはははは!」

 だって打てば響くのが楽しくて。暫くこのネタをことあるごとに持ち出してしまいそう。立ち去るときの常套句「ちょっとココナッツヒツジ探してくるわ」とかで良くない?
 ただのゲラと化した不審な男の近くに忍び寄る小さな影。服の裾をぐいぐい引っ張られてそちらに目を向けると、不卜廬のかわいいキョンシー七七ちゃんがそこに。

「? どうしたの?」
「ココナッツミルク……」

 ぐわ、見上げてくるのかわいい……! おねだりされている……! でもこんな見ず知らずの人間におねだりして、ついていってしまいそうなの大丈夫なんですか!?

「あの、えっと、白朮さん、だっけ? いいのかな、この子」
「失礼。こらこら七七、困らせてはいけませんよ」
「……」
「ぐぅっ……!」

 七七ちゃんがジッと無垢な目で見つめてくる……! おにいちゃんがココナッツミルク買ってあげようね。もう好きなだけ買ってあげようね。

「ココナッツミルク……、買いに行こうかな……」
「! ココナッツミルク……」
「待て待て待て! 永生香のこと忘れてるぞ!」
「ハッ! そうだった危ない」
「危ないのは公子だけだよ」
「言うね」

 そんなにやばそうに見えたかな。俺見た目は爽やかな方だと思うんだけど。あ、もしかして笑ったの根に持ってる? それはなんか、しょうがないな。甘んじて受け入れよう。
 グサグサ刺さる相棒たちからの視線に居心地の悪さを感じながら、白朮さんと支払いの話し合いをする。金額は……299万モラ。ココナッツミルク云々の値切りは省略されたな。イチキュッパ的なギリギリ金額ってなんかお得感出て良い。

「では公子殿、支払いはそのようにお願いしますね。……それと、よければ七七に少しだけ構ってもらえますか?」
「えっ、俺? いいんですか?」

 まさか初対面、しかもファデュイ相手にそんな提案が出るとは。動揺と「ほんとにいいんですかぁ!?」の気持ちから思わず口調が敬語に。まあそりゃ、七七ちゃんには神の目もあるし戦えるけど。白朮さんがにっこり頷いたので、未だ俺の服の裾を握っている七七ちゃんにできるだけ優しく微笑みかける。

「七七ちゃん、俺とココナッツミルク飲みに行く?」
「……行く」

 ぼおっと少し焦点があってんだかどうなんだかわからない目のまま、七七ちゃんが頷いた。完全にココナッツミルクの勝利。ココナッツミルクに釣られて怪しい人について行かないか心配だよ。こう、弟妹を持つお兄ちゃんとして。

「じゃあ行こうか。それじゃあ先生たち、またね!」
「……ああ、また」
「またな!」

 手を繋ぐには身長差があるので、七七ちゃんを抱えて不卜廬を後にする。ファデュイ執行官としての名に恥じぬ行動を……、いや、この場合逆の方がいいのか? 一応ファデュイってそこかしこで悪虐非道みたいに言われているしなぁ。事実は事実なのでなんとも言えないね。

「ふふ、ココナッツヒツジ……」
「ココナッツヒツジ……?」
「おもしろいね、七七ちゃん」

───

「あ、あいつさっさと帰っていったな……」
「……七七嬢と共にする時間はあるのだな」
「……先生?」
「いや。問題が解決したのなら、そろそろ玉京台へ戻らなければ」





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