アラスター成り代わりと小話&没(hzbn)
2024/03/25 18:38



 項垂れながらもアルに言われた通りエントランスの修復に励んだブルベリーは、キレイになったソファの上に倒れるように寝そべる。

「疲れたよぉ」
「お疲れー」

 チャーリーとヴァギーはアルに「ブルベリーひとりでやらせなさい」と部屋へと返されたが、修復途中帰って来たエンジェルが終わりまで見守り、ブルベリーを労ってくれた。
 件のアルはブルベリーにウイスキーの場所を聞くと、ブルベリーへのお仕置きも兼ねてハスクを連れて部屋に引っ込んでしまった。早く終わらせないとこの飲んだくれ猫が全部飲んでしまうぞ、という意味だと思う。なので本当ならブルベリーも今すぐ部屋に行きたいが、疲れてしまって休まないと動けそうにない。

「うううう……、アルとハスク、お酒全部飲んじゃうかな……」
「え、何。あのおヒゲちゃん今アラスターと一緒なの? 部屋にふたり悪魔が居れば、そりゃ酒よりセックスじゃない? それか両方」
「うーん、アルとハスクはそういうのじゃないから、それは心配してないよ」

 エンジェルは怪訝そうな顔をしたが、ブルベリーはこのホテルの誰よりもアルのことを知っていると普段から公言して憚らない為に、「あ、そう……」とだけ返した。

「まあでも確かに、アラスターにそういうイメージないかな。ブルベリーはアラスターのこと好きって言うけど、恋愛的にって言うなら正直絶望的じゃない?」
「ええ?」

 エンジェルから見ると、ブルベリーは報われない恋に身を焦がしているように見えるのかもしれない。アルがブルベリーを好きになることはないだろう。でもそれでもブルベリーは構わない。

「確かにアルは僕のことを好きにならないかもしれないけど……。でも、誰のことも好きにならないから、いいんだ」

 もし仮に、万が一、特別な誰かができたりしたら、そのときはどうなるかわからないけどね。そう言ってブルベリーが口元を両手でそっと隠して笑うと、エンジェルは「あー、そう、そうか、そういう……へー……」と頬を引き攣らせた。

「そろそろ動けそう! またね、エンジェル」
「うん、また……」



───没───





 アル、アルかあ……。口には出さず、アラスターは心中で何度もアルの名前を反芻する。それが彼の本名じゃないのは会話から勿論読み取れるし、馬鹿でもわかる。わかっているけれど、偽名としてだとしてもアラスターの愛称を選んでくれたことが、アラスターにとってはとても嬉しいことだった。
 アルはアラスターの要望に応じて、寝室にある椅子(アラスターがアルのために選んで、清掃時以外触れないことを約束した椅子である)に姿勢よく腰掛けてアルの興味のあることについて話す。

「私、ラジオデーモンの名の通り地獄ではラジオ放送をしていました。如何にラジオを通してエンターテインメントを広く届けられるのか! それが私の興味を惹くものですかね」

 アルのラジオ放送はきっと心躍る楽しいものだろうとアラスターは思う。アラスターが語るラジオ放送は、なるべく落ち着いた声で事実を伝えるものだ。それが悪いとか退屈だとか思ったことはないし、アラスターは自分の仕事が好きだし誇りを持っている。でもきっとアルならば、聞く人の心を踊らせるような、そんな楽しいラジオを放送するのだろうと。

「地獄の悪魔はきっと悲鳴が好きだろうと思いまして、上級悪魔の断末魔を放送してみました! 他にない試み、独創性! きっと数多の悪魔たちの心を踊らせたことでしょう。ウーン、今思い出しても最高のエンターテインメントでした!」

 しかし残念なことに、アラスターの想像していたラジオとは幾分か違うようだ。「なんだ、アルの声はしないのか」と。アルの話を聞いたアラスターにとって残念なのはそこだった。悲鳴よりよっぽど、アルの声のほうが素敵だと思うけどな、と。

「惜しむらくは、悲鳴を出す悪魔がいなくなったことで放送が続けられなくなったことですかね……。アア残念。ですが音源は残してあるのでいつでも再放送可能! 今のところ再放送を希望するお便りはありませんけどね。ハッハ! ……そもそも地獄にはマトモなファンレターもありませんし、メンタルヘルスに支障をきたしている粘着系男子のお便りが大多数を占めていてつまらない。彼の執着心には拍手くらい送ってあげてもいいですけどね」

 調子よく喋っていたアルが、うんざりしたような声を出した。アルに執着する悪魔とはどんなものだろうか。アルにとってその悪魔がどれほどの存在なのか、アラスターにはそれが……、それだけが気になる。

「えっと、地獄にはアルのラジオに熱烈な手紙を送ってくる悪魔が居るの?」
「ええそれはもう熱烈な恨み妬み嫉みを。彼は言葉による表現力に欠けるところがあるので、何通も送られたところで罵倒のバリエーションも乏しく退屈ですがね」
「そ、そう……全然相手にされてないんだ、可哀想……」

 アラスターはアルが初めてした特定の誰かの話だから、もう少し詳しい話が聞けるかと思っていたので拍子抜けした。周りを飛び回る蝿くらいには思われているのかも知れないが、尽く「退屈」で片付けられている。アルの興味を惹くような、エンターテインメント性に富んだ悪魔ではないようだ。アルにそんなに執着しているのに、興味のひとつも惹けないだなんて、なんて可哀想。アラスターは今アルと共に過ごしている現状を噛み締め、見知らぬ悪魔に少しの優越感を抱いた。「僕は少なくとも、君よりはアルの興味を惹けているし、エンターテインメントを提供できているよ」と。あとご飯。

「次点で興味があるのは、駒作りですかね。ああ、駒と言ってもチェスやバックギャモンをするわけしゃない。わかりやすく、労働力と言い換えるべきかもしれませんね。どれほど多く魂を手中に収めるかというのは、ある種の強さの指標ともなります。後の利便性を考えれば、まあまあやりがいありますよ。人間に呼び出されたときなんて、目的はだいたい殺人ですからね。死体は食事になるし、召喚者は労働力になる! 目的がシンプルであれば手間も減りますし、いいことばかりです」

 労働力。悪魔は対価に魂を求める。それを聞いてアラスターはピンときた。きっとアルももとはといえば、召喚主であるアラスターの魂がほしくて召喚に応じたはずだと。

「じゃあアルは、僕のことも欲しい?」
「……エー?」

 アルは少し興味のなさそうな返事をした。アラスターはアルに「いらない」と言われることの恐怖を目の前の死体の解体で誤魔化しながら、せめて「どっちでもいい」か「貰ってやってもいい」くらいにと祈る。なんでもいいから、死んでもアルとの繋がりがあればいいな、と。


 死ぬ間際、アラスターはあの日の約束通りアルの名前を当てた。これでアラスターはアルのもので、アルはアラスターのもの。互いに鎖で繋がれた状態は、どちらが上とも下とも言えないが、アラスターはアルの上に立ちたかったわけではないから構わない。






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