丹楓&丹恒成り代わり(厳重注意)
2023/10/01 20:57

「俺は丹楓じゃない。丹恒だ」

 さて、この言葉がどの程度刃に通じるか。普通ならば脱鱗した持明族に記憶はない。ここで彼が丹恒に丹楓であることを強いるのならば、俺は今一度応星との関係を見直さなければならなくなる。俺は罪を犯していない。罪の精算を丹恒に求める刃と、今俺の目の前にいる刃は事情が違うのだ。

「丹、恒……? 脱鱗したのか、丹楓……? 俺はお前と生きるために……」

 大切なものを目の前で取りこぼしたような、悲しい顔で刃はひとりつぶやいた。俺は何も言わない。これはお前の罪でもあるのだ、応星。禁忌を破り長命を得、その罪を俺に被せて羅浮から逃げざるを得ないよう仕向けたお前の。

「丹楓、」
「違う」

 伸ばされた刃の手を跳ね除ける。

「俺は、丹恒だ。誰かと俺を重ねるのはやめてもらおう」
「っ……」

 傷ついた顔。でも、こんなことは少し考えれば分かったはずだ、応星。道を踏み外した者に、幸せな結末などない。丹楓と応星は、共に永遠を生きることはできないんだ。

「そうか、ならば……、丹恒、貴様をこの手で殺すまで」
「……何?」
「持明族は、本当の意味で死に絶えることはない。お前を殺して、俺は丹楓との人生をやり直す!」
「なっ!?」

 正気か!? 思わぬ方向に舵をきった刃の攻撃を躱し、撃雲を手に距離を取る。

「お前……、頭が可笑しいんじゃないのか」

 どうしてこうなってしまったんだ、応星。お前はこう、もう少し爽やかで、笑顔の多い男だったじゃないか。晩年は兎も角。何をどうしたらこんな狂い方するんだ。例え来世の俺を刃が育てたとして、それは丹楓にはなり得ない。どうやっても、全く同じものにはならないというのに。

「丹楓を取り戻すためならば、如何なる手段も講じてみせる」

 過去に囚われ、丹楓の来世をも否定するとは。ああ、応星、なぜなんだ。俺はひどく悲しい。これで本当に、決別のときだ。

「……お前がその気なら、慈悲はない」


───

 そもそもどうして、記憶がバチコリあるのに刃にあんな態度をとるのかという話なんだが……。まあ、ほら、当たり前では? 普通ならば記憶はなくて当たり前だし、予定より随分早く脱鱗する羽目になったのも、もとはといえば応星のせいだし。だというのに、何も知らない来世の俺が記憶をなくしたことを責められ丹楓であることを求められるのは、理不尽極まりないと思う。俺が何も知らない丹恒だったら「殺すぞ」と思っていたこと間違いなし。実際事情を知っててもさっき刃のことは1回殺した。俺がただ単純に、応星のしたことに怒っているというのもあるが、奴には現実を見てもらわねば困るのだ。自己の所業のせいでどうなったか、その現実を。
 誰にだって、過ちはある。刃には罪を受け止め、その上でまだ生きていかねばならない事実を知ってほしい。それが、罰だ。そして、親友と思っていた男への、最後に俺ができること。

 ベロブルグでの騒動は終わりを告げ、次の跳躍まで時間を潰している最中。ゴミ箱を漁る穹には困ったものだが、なにもかもが珍しくてたまらないのだと思うと、まあ少しだけ気持ちはわからないでもない。俺も羅浮を出てすぐは浮足立っていた。追放された男の心持ちではないと自覚はあるが、外の知らないものには心躍るのだ、仕方ない。羅浮の気になるもの探索は丹楓のときにやり尽くしてしまって、あそこまで新しいものに囲まれるのが久々であったし。

「丹恒、冷えてないか?」
「ウチはもうめっちゃくちゃ寒い! 足が特に!」
「そうだろうな……」

 三月の足が出ている格好は、それは寒いだろう。上は兎も角、下は防寒の仕方も限られてくる。俺や穹が上着を貸したところで解決はしないだろう。

「寒冷地仕様の服装を用意したほうがいいかもしれないな。これから先、また同じような気候の星にあたるかもしれない」
「じゃあ、今度ショッピングしよ! 冬服冬服!」
「なのは冬服だと、スカートは長くするのか?」
「へへーん、スカートは短くっても、タイツがあるもーん。あっ、でも膝丈もかわいいかも」

 俺の寒冷地仕様はダウンジャケットだとかそういうイメージなんだが。しかしよくよく考えれば、男女で服装の可能性の幅は違うし、こんなものかもしれない。三月は何着ても似合うだろうから好きな服を着ればいいと思う。

「穹のも探そうよ。どんなのが好き? まずは今のと似た系統とか?」
「全然わからない!」
「自信満々に言うことじゃないから!」
「そういうのはこれからだろうな、こいつの場合」

 自分が何なのかさえわからない穹に、服の好みの話はまだ早いだろう。……年上の女性が好みらしいことは判明しているんだが。まあそういうのは追々。ブランドをいくつか上げる三月と、わからないなりに頷く穹。ここを出たら暫く冬服の出番はなさそうだが、楽しそうだから水はささないでおこう。

───

「……楓……、丹楓、……しているんだ、俺と……」

「ッ、……ハァ、……あ゛ー……」

 悪夢だ。丹恒として殺されそうになったときのことよりも、丹楓のときに「共に生きたいと願ってくれ」と請われたときのほうが嫌な思い出として染み付いている。
 応星と俺は、親友だった筈だ。互いに互いを最も親しいものだと思っていた。それは間違いない。ただ、その感情に、少しだけ行き違いがあった。あの時が来るまで、俺が気がつくことがなかった、応星の気持ち。

「愛……、……愛か……」

 愛とは難解なものだ。目に見えないのにそこにある、人によって星の数ほど解釈の違うそれ。俺と応星は、互いに愛情を抱いていたのだろうが、種類が違った。友愛、親愛と、恋慕。だからといって親友だった男に罪を被せていい理由にはなりませんこの話は終わり。羅浮行きたくねー!

 星穹列車は、星核ハンターの言葉通り仙舟羅浮へと向かう。俺は反対した。しかしナナシビトというのは困っている人を放ってはおけないのだ。仕方ない。俺だって、それを承知でこの列車に乗っている。
 羅浮でのことは少しだけ心配だが、今の将軍は景元だ。大丈夫だろう。知らんけど。昔の友とはいえ、本当に昔の話だから確証はない。人っていうのは少しの時間で変わるものだからな。ソースは応星。なにもかも終わり。ちょっと情報の参照元が悪いな。……うん、でも将軍という地位に就いているならば大丈夫だ。景元は大丈夫。大丈夫じゃないと話は進まないし羅浮はお終いだから。な、そうだろ応星? 「その通りだな、丹楓!」やめろ、俺は丹恒だ……。いや、ならば応星に話しかけるべきじゃない。俺が悪いこれは。刃、刃か……脳内にイマジナリ刃を住まわせられるほどまだ刃のことを知らないからな……。脳内住民もそろそろアップデートしなければいけない。星穹列車メンバーを住まわせてみよう。穹と三月とヴェルトさんと姫子さんとパム。肯定と諌める側でバランスがいい。

「丹恒、居る?」
「はい。……姫子さん? どうかしましたか」
「星核ハンターからの通信、一応丹恒も見ておくべきかと思って。記録があるから」
「ああ……。わかりました」

 ラウンジに出ると、姫子さんは既に記録を再生し始めていた。カフカが写り、そして……。

「刃……」
「丹恒? ……大丈夫?」
「あ……、はい」

 拘束されている仲間、というところで刃の顔が出てきたものだから、思わずしわしわのピカチュウみたいになってしまった。ぴえん。いや、知ってたが。知ってたんだが。

「……あの男と、浅からぬ仲なのね。大丈夫、あんたの話したくないことは聞かないし、列車に乗って旅をする私たちは仲間よ。安心して。たとえ過去に何があってもね」

 優しく微笑む姫子さんに、ぎこちなく笑みを返す。刃と再び相見えるここで、俺は過去と向き合う必要があるのだろう。俺の古巣、羅浮で。そろそろあいつも頭が冷えた頃だろうか。だったらいいな。

「羅浮には行かないって言っていたけど、この分だと丹恒も降りた方が良さそうね」
「えっ」
「かたをつけるんでしょう? あんたの顔を見ればわかるわ。留守番は1人いれば十分だから、列車のことは気にせずいってらっしゃい。土産話は聞かせてね」
「……はい、がんばります」

 姫子さんの声に背を押され、列車を後にする。彼女の「土産話を聞かせて」に深い意味はないのかもしれないが、俺にとってそれは「無事に帰ってこい」に聞こえた。俺には帰る場所がある。だから、大丈夫だ。


──────


「丹、恒……!」
「…………刃」

 大丈夫じゃない! 大丈夫じゃない!!
 殺気を込めてこちらを睨む刃は、一応俺のことを丹恒と呼ぶことにしたようだ。区別できて偉いぞと褒めてやりたいところだが、多分この区別は「こいつと丹楓を一緒にしたくない」「こいつは殺す」の気持ちから来ている。そのまま丹楓はもう戻らないところまでなんとか行き着いてほしい。俺はまだ脱鱗する予定はないからな。

 刃と「殺す」「お前マジでいい加減にしろよ」と意見のぶつけあいをしていると、景元の教え子である彦卿が参戦。増えるな。流石に相手が多数はキツいと仕方なしに飲月の力を開放すると、飲月の力を俺が持つことにか、それとも俺との戦いを邪魔されたことにか、理由は定かではないがとても不服そうな刃と共闘して彦卿の相手をすることになった。こいつを殺すのは俺だ的な独占欲か? お前に殺されるつもりもない一昨日来やがれ。
 共闘とは言っても刃が隙あらば俺のことも狙ってくるので、そろそろ誰か死んでも可笑しくないなと笑いそうになった頃。なんとカフカが刃を連れ戻しに来た。彼女の言霊は非常に便利に感じる。それで刃の丹楓への執着消してやってほしい。俺たちお互いのことは、昔のきれいな思い出にするのが1番だと思う。なあそう思うだろ応星? 「いや、それはちょっと……」どうしてだ応星……。この前みたいに「その通りだ!」って全肯定してくれ。

「刃ちゃん、撤収よ」
「…………」
「早く連れて行ってくれ。早く」

 シッシッ! と手を払えば、睨みつけられる。全然怖くないが。

「その格好でそういうことをするな……!」
「お前少し丹楓のこと美化し過ぎてないか? これくらいしただろ」
「…………」

 現に部屋から追い出すときなどたまにした覚えがある。刃もそれを思い出したのか、俺に反論できずに口を噤んだ。お前の中の丹楓が美化され過ぎていると座りが悪いので、たまには現実思い出してもらって。悔しそうな顔したってやめないからな。
 ついでにちょっとだけ舌を見せて刃を煽っていると、困ったようにカフカが将軍の存在を示唆する。ごめんな、こんな小学生男子みたいな諍いを見せて。そっちの刃ちゃんもこれに乗っかってるってことは似たような精神年齢だから、今後のお世話頑張ってくれ。俺? 俺は普段はおとなしい年上ポジションだから。

「……飲月君、丹楓」
「俺は丹恒だ」

 因みにこの下りってあと何回やります? 景元が俺の姿を見て呟いたので、訂正しておく。お前は知っているだろ、俺が脱鱗したこと。どいつもこいつも昔の男に未練たらたらで困る。これだから羅浮には来たくなかったんだ。列車を降りて羅浮に来てから、俺のストレス値は上昇の一途を辿っている。俺がただの丹恒だったら耐えられなかったかもしれない。丹楓でもあったからギリ耐えられている。どいつもこいつもボケナスで困るな。なあ、そうだろ、穹? 「ボケナスって何? 茄子?」聞いたことないか、ボケナス……。茄子で合ってる。俺は煮浸しが食べたい。焼き浸し……、揚げでもいいな。

「カフカ、お前の術であいつの記憶を消して、丹楓の記憶を呼び覚ますことはできないのか」
「刃ちゃん……」
「お前はさっさと帰れ!」

 ぐだぐだ居残るな。賞金首だろ。刃の勝手かつ無茶な要求に、普段飄々とした雰囲気のカフカでさえ困っている。

「行くぞ、将軍。このままでは話もできない。行く先は鱗淵境の奥だろう、事情は多少把握している」
「……ああ、では」

 なにか言おうとした彦卿を諌め、景元は星槎に乗り込んだ。俺には未だ刃の視線が突き刺さっている。お前やんちゃが過ぎるぞ。銀狼とお前をワンオペで面倒見るカフカが可哀想だとは思わんのか。
 漸く刃の視線から開放され、星槎の上でこれからの話をする。丹楓のことは有耶無耶にしてやっからレギオン倒すの手伝えよ、ということ。記憶がぼんやりあることも、飲月の力を使いこなしているのも脱鱗が中途半端だったからで説明がついた。頭の固いご老人方もたまには役に立つな。

「……しかし丹恒殿は、私の旧友によく似ている」
「それはそうだろうな」
「見た目だけではない。表情や、仕草も」
「その話はいつまでするつもりだ。あまり頻繁なら刃とお前を同じカテゴリに入れるぞ」
「ははは、そういうところ」

 はい、景元と刃は同じカテゴリに入れました。チーム昔の男を忘れられない奴ら。丹恒に失礼だとは思わんのか。

───

 飲月の姿は驚かれたが、元々羅浮に居たけど諸事情でなと濁せばみな納得したように頷いた。諸事情(友の裏切り)(強制脱鱗)(罪人島流し)(迫りくる刃)
 事態は無事収束、俺の羅浮立ち入り禁止令も解かれたわけだが、俺は羅浮に用事がない。2度と戻らないと覚悟していた故郷に、ほんの少しのノスタルジーはあるが……。丹恒だったら、己の前世に何があったか知りたいと思ったかもしれないが、生憎と俺は全部知っているし。過ぎ去ったことは重要ではない。
 と、いうことで俺はもっぱら列車で待機のつもりだったのだが。

「丹恒、蓮根餅美味しいよ」
「そうか、いいことだ。……ぐむ、む……」
「よし、次は獏巻きと……、色々買ってくるから、丹恒はここで待ってて」

 金人港の再興を手伝った穹が「丹恒にも見てほしい!」と誘ってきたのを無為にはできなかった。人で賑わって美味しいものがたくさんある場所に、俺と一緒に行きたかったと言われて断れるだろうか? いいや、無理だ。
 喧騒から少し離れた、日当たりの良い場所。昔……、丹楓だった頃、たまに応星と来たことを思い出す。応星は毎度変装に並々ならぬ熱意を持っていて、不自然にならないような頭の隠し方や、ヘアアレンジ、いっそ性別を変えた服装だとか……、今思うと変なところに情熱を注ぎすぎていた。陽射しが眠気を誘うし、このまま少し微睡んでもいいだろうか。今なら、楽しかった昔の夢が見れそうだ。あの悪夢のような懇願ではなく、ただ日向を歩いて話していたときの笑顔を。

「丹楓のその牙……、八重歯? 見えると少し得をした気分になる」

 なんとなく恥ずかしくなって、口を噤んだ。

「嫌か!?」

 牙が見えるってことは、それくらい大口開けていたということだ。大口、開けて……、笑ってた、のかな。恥ずかし。俺にも羞恥心は存在する。それに慌てたように、応星は言葉を連ねる。

「丹楓はあまり大きく口を開けないだろ? なのに俺の前ではそうして笑ってくれるから、嬉しいんだよ」

 だから隠さないでくれ、と苦笑いをされると、隠し続けるのも意地を張っているようで幼稚かと思えてくる。

「丹……、おい、こんな……寝る……」

 は? ああ、なんだ、起こしに来たのか。この声は応星だ。こうしてうとうととしていると、よく「こんなところで寝るな」と肩を揺すられた。お前が俺を放ってどこかへ行くから、俺は暇で……、それで眠くなるんだ。

「応星……、うるさい……少しくらいいいだろ……」

 だってもとはと言えば、お前が俺を置いてどこかへ行くからだ。陽射しは魔物。囚われた俺は暫く動けない。そのまま俺の安全確保でもしていてくれ。いつもそうだろう、俺が粘ればお前は強く出れない。今にしょうがないなと隣でぼうっとしだすんだ。

「……丹楓? ……なら、待っている、から」
「ん……」

 ほら。ああでも、応星が「起きろ」と言うのなら、もう戻らなければいけないのだろう。でもあと少しだけ。少しなら。

「応星、なにか、なんでもいい……、話を聞かせてくれ」
「……なにか?」
「お前の声が聞きたい……。少ししたら、ちゃんと帰るから」

 近くのチラシでも、覚えている鍛造方法でも、暗記しているなにかでも構わない。応星の声はひどく落ち着く。

「丹恒! ……と、刃?」

 ……パチッと、目を開いた。目の前に居るのは穹だ。ここは金人港で、俺は丹恒。星穹列車に乗るナナシビトであり、間違っても丹楓ではない。

「穹? は、あ、いや、待て、どういう」

 じゃあ今の応星の声は、

「丹楓、」
「俺は丹恒だッ!!」

 刃! 刃居た! 寝ぼけて、夢と混同して応星がそこにいるものだとばかり。俺は一体何を喋った?

「お前には丹楓の記憶があるのか? それとも、人格が2つ? まさか丹楓、俺に怒っているのか? だから俺のことも丹楓のことも知らないなどと言うのか?」
「ぐ、質問攻めをやめろ……! 知らん、俺はなにも……!」

 俺を壁に追い詰めるようにしてあれこれと聞いてくる刃を押し返すが、屈強な胸筋は手にフィットはすれども離れてはくれない。

「丹楓、」
「刃、丹恒は星穹列車のメンバーで、ナナシビトだ。それ以上口説こうとするなら容赦しない」
「口説かれてはいないが!」
「丹楓は今「ちゃんと帰る」と言った。丹楓の帰る場所は俺の隣だ」
「言ってない言ってない記憶にない帰るとしてもお前の隣ではない」


 全力で顔を背けた結果、頬が壁についているが、今はそんなことを気にしている暇はない。寝ぼけていたんだ、わかるだろ。そんな奴の言葉を真に受けるな。お前って昔からそうだよな応星……。「言質とったら勝ちだからな」お前って本当に昔からそんなだよ!!

「丹楓」
「丹恒だって言ってるだろ、刃。そんなんだから丹恒に嫌われるんだ」
「黙れ小僧! 丹楓は俺のことが大好きだったんだ、今も嫌いになどなるものか」

 だっ、誰が応星大好きだ!! ……いや、たしかに大好きだったが。唯一無二の親友と思っていたので。
 刃も穹も声が大きいせいで、段々と人が顔を覗かせて「痴情のもつれ……?」などと要らぬ想像を働かせ始めた。勘弁してくれ。見てないで誰か男の人(雲騎軍のこと。別に女の人でもいい)呼んでッ!! この人指名手配犯の賞金首です!!

「そうだろう、丹楓」
「俺に振るな、知らないと言っている」

 大体、ついこの間まで敵意を剥き出しに命を狙ってきた割に、寝言のひとつでこんなにあっさりと。憎悪を思い出してくれ。懐くな。自己の行いを後悔して懺悔して俺が安心して来世迎えられるようになってくれ、たのむ。昔の夢くらい、脱鱗した者は当然見る。それひとつをこんなに大事そうにされても困るんだ。主に俺の来世が。記憶もないのに寝言ひとつで「丹楓なんだろ?」とか言われたら可哀想だろ。

「……かつてのように同衾すれば、思い出すか?」
「どうきん?」
「してないが!? し、してない、はず……、だ! そんな記録はなかった」

 丹楓ではないという体でいるので、はっきりと否定するとまた話が可笑しくなってくる。くっ、卑怯だぞ……!!
 曖昧な否定をする俺を笑っている刃の中では、もうすっかり丹恒=丹楓の方程式が出来上がってしまったらしい。困る。ここからなんとか巻き返すことはできないか。

「居たぞ! 指名手配犯だ!」
「……邪魔が入ったか」

 誰かが通報してくれたのか、駆けつけた雲騎軍を見た刃は舌打ちをして撤退した。雲騎軍は刃を追いかけて行ったので、事情聴取は避けられそうだ。聞かれたところで「顔が知り合いにしてるらしく、執拗に絡まれている」としか言いようがないが。

「……帰ろう」
「うん。……あのさ、丹恒。どうきんってなに?」
「……共寝のことだ」
「ともね?」
「…………一緒に、寝ること、だな」

 間違ってはいない。ただ、同衾や共寝という言葉は添い寝とは違って、性行為の暗喩として使われることが多いというだけで。知らぬことのほうが多い穹には教えたほうがいいのだろうけど、流石にこんな往来では……。

「じゃあ、俺も丹恒と同衾したい」
「ちょっっっっっと待て。やめろ。一旦待て」

 事故です。流石にこれは想定外の事故。穹を引き寄せて、声ひそめる。

「……同衾や共寝というのは、主に性行為と同じ意味で使われる」
「えっ、じゃあ丹恒は刃とえっちなことしたのか」
「してない!」

 断じて、丹楓だった頃ですらそんなことはしていない。そもそも、そんな繁殖機能が備わっていないのだから。

「あいつは……、なんだ、ああやって俺を動揺させて俺が丹楓だと認めるよう仕向けているんだ」
「そうなのか? 方針転換したんだな。でも刃が何を言っても、丹恒は丹恒だ。星穹列車のファミリーで、アーカイブに籠もりきりで、冷徹な蒼龍なんてあだ名をつけられちゃう、俺たちの大事な丹恒」
「ああ。……脱鱗した者が前世の記憶を夢に見るのは珍しくない。しかし、何度夢でそれを見ようとも、前世と今世は別人だ。俺は丹恒で、星穹列車に乗るナナシビト。それ以外の誰でもない」
「……うん。よし、丹恒。色々買ってきたから食べよう!」

 俺は丹恒だ。少なくとも、俺はそういうつもりで生きていく。……ちょっと丹楓がポロッとするのは見逃してほしい。




あとがき(懺悔とも言います)
丹楓の罪に鱗淵境の壊滅があったこと、同行任務アプデ前にわかっていたはずなんですけどね。すぐ忘れる。
景元将軍に対しても、もうちょっとこう、あっただろ……。と、今は思います。すみません本当に。この成りくんはノリも何もかも軽いし性格はそんなによくなさそうで草。でも羅浮に来てからはストレスがマッハなので更に雑になっています。普段はもうちょっとマシ。
それにしたって、ただでさえ情報誤認があるのに刃のヤンデレ罪押し付けを追加するなんて重罪ですね。フォンテーヌだったらメロピデ要塞行き。すみません、フォンテーヌもやってないです。ヌヴィレット書くときはこんなことがないよう気をつけます。言うて趣味で好き勝手してんだからええやろ! という気持ちもなくはなかったけど、やっぱ……、恥、なんよ……。
この流れでいくと白露ちゃんがいなくなってしまうので本当に重罪。軽い気持ちでやってはいけないということがわかりましたね、来世に期待しましょう。またね。



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