カーヴェ成り代わり
2023/04/19 10:28


 人に騙されないように、それだけは気を張って生きてきた。カーヴェのことは好きだし、尊敬するし、ああなれたら理想だろうとも思う。ただ、いざ自分の身になってみると、借金だけは御免だな、と。
 紆余曲折、本当に、文面で見るだけでは理解できなかったリアルな壮絶さを経てアルハイゼンとの共同研究はどうにかなった。ただ違ったのは、あの例の家のこと。当然僕には住む家があったし、まあそんなに不便もしていなかったから、態々移り住もうとも思わなかった。家という物の性質からして、アルハイゼンと半分こなんてできっこないし。結果、保険に保険を重ねて「何かあった時宿を貸してくれ」ということで妥結した。アルハイゼンにも不満はなかった……、と、思う。本当は、何もないことが1番。1番……、だったんだけど……。

「お、お邪魔します……」
「ああ」

 全然関係ないところで家が住めない状態になるなんて思わないよな!
 スメールの密林から砂漠への道のりは長く、まあまあ険しい。途中襲われても対抗できるよう、身を守れるように駄獣に防具をつけるのは悪いアイデアじゃないと思う。思う、けど……、まさかそれが僕の家に突っ込むなんて思わないじゃないか……。勢いと防具をつけた駄獣の突進は見事僕の家の壁をぶち抜いた。家財の状態はまあ散々。本や仕事道具は無事だったが、人が住める状態ではなくなってしまった。あの時約束した「何かあった時」が来てしまったというワケ。

「家の修繕はなるべく急いでくれるらしいけど、それでも少なくとも1月はかかるだろうって」
「そうか」
「仕事で外にいることが多いだろうから、寝床だけ借りられれば……」
「それは困る。折角片付けたんだ、君が使ってくれなければ俺の苦労が水の泡だ」
「え、あ、そう……? じゃあ、ありがたく借りようかな」

 見やすいように扉が開かれた部屋は、物が片付けられていてきれいなものだ。僕が間借りを頼んだのは昨日のことだが、そんなに急いで片付けてくれたのか? わざわざ? なんていうか、数年前の約束事に対して律儀なやつだな。アルハイゼンは安定した生活を求める、変革に対して面倒くさがりな男だと思っていた。僕に免責がないとはいえ、僕と同居なんてうんざりだとばかり。

「ベッドがある!」
「ないと困るだろう」
「わ、態々買ったってことはないよな……?」
「俺がベッドを2つも使うように見えるか?」
「見えないから驚いてるんだ!」

 え、そんな、ってことは、僕が部屋を借りるからって買ってきたのか? アルハイゼンには必要ないのに? しかも僕は家が直ったらここから出ていくんだぞ? ……ゲストルームにする、とか。いや、アルハイゼンにそれはないか。

「必要なくなったら僕がちゃんと買い取るからな……」
「好きにしろ。必要なくなるならな」

───

 可笑しい。何が可笑しいって、家の修繕がまっっっっっっったく進まない。壊した本人は本当に申し訳なさそうにしているが、もしかして僕は騙されているのか? いや、騙すったって、僕を家に帰さないことで発生する得なんてない。流石に人を疑いすぎか。僕はこのまま家が直らず、ずっとアルハイゼンに迷惑かけて生きていくのだろうか。カーヴェはアルハイゼンと同居するのが世界の決まり?

「アルハイゼン……、その、話があるんだけど」
「聞こう」

 ヘッドホンを外して本を閉じたアルハイゼンの前に座って、膝の上で手を組む。別にアルハイゼンを冷血だなんて思っちゃいないが、迷惑を掛けている自覚はあるからなあ。一応あんな約束をしたとはいえ、家主がアルハイゼンであることは変わりない。

「家がな……、一向に直らなくて」
「ああ、そうだろうな」
「そうだろうな!? 君知っていたのか!?」
「ひと目見ればわかるよ」

 それはそう。思いっきり風通しが良くなってしまっているので、修繕具合なんてものは外から見ても一目瞭か。なんたって穴すら塞がっていないから……。

「前に君に「1月くらいで直るだろうからすぐに出ていく」と言っただろう? それが無理そうだから、その、相談を」
「君が家にいる分には構わない。そもそもこの家は研究課題の報酬だ、2人で住むのが正しい形だろう」
「でも君、他人が家にいるのはストレスじゃないか?」
「そうでもない」
「あれ、そうなの? じゃあどれくらい長くなるかはわからないけど、頼むよ」

 家が直らない現状ではありがたい。宿をとるったって金がバカにならないだろうし、その金額を請求するのも気が引ける。当然の権利とはいえ、こう、踏んだり蹴ったりで可哀想というか。あのべそべその泣き顔を見るとな……。




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