カーヴェと恋人の男
2023/04/04 00:02
個人的な、純度100%の偏見。カーヴェは、束縛も嫉妬もしないと思っていた。ついでに、自分もそういうのが嫌いなのだとばかり。
「君……、彼とはどういう関係だ? いいや待て、わかってるよ、君にその気はないんだろう。聞き方を変えようか。どういう経緯で、君は、彼の家から出てくるなんてことになった?」
目の前で切羽詰まった顔で俺を問い詰める彼は、まるで恋人の浮気を疑う人みたいだ。恋人なのはあっているが、浮気を疑う? はて、カーヴェとは縁遠そうな言葉だ。
「待て。そもそも、泊まっただけであっているよな? まさか、いや、君に限ってそんな……」
「ひと晩宿を借りただけだ、あっている」
シティには仕事の都合で訪れたが、そこで前に知り合った男と再会し「まだ宿をとっていないのなら是非」と気前よく誘ってくれたのだ。彼は俺がカーヴェのお陰で多少話が通じることを高く評価し、また次も仕事を頼みたいと言う程俺に好意的だった。でも、それだけ。カーヴェは知らないだろうが、彼には恋人がいる。昨日そう言っていた。
俺の仕事仲間なんかが時々「彼女は嫉妬深いし、束縛が強い」と愚痴を言うように、世の中にはそういう感情を窮屈に感じる者がいる。そういう質の人間は、大抵の場合自分も相手にその感情を持たないし向けない。故に気持ちがわからないし疎ましいと感じる。おそらくはカーヴェもそうだと思っていたのだけど。
「気になるのか?」
「い、嫌なのか、僕に詮索されるのが……!?」
「そうでなく」
カーヴェはアルハイゼン書記官とルームシェアしている。俺は、カーヴェがそうするのは(まあ他に色々のっぴきならない理由があるとしても)自分が相手に同じことをされても気にならないからだと思っていた。俺がどこで一晩明かそうと気にしないのだと。
「カーヴェはそういうことを気にしない男だと思っていた」
「は? 僕だって流石に恋人が他の男とひとつ屋根の下で一晩明かしたら気にするよ」
「そうなのか、意外だ」
「別れないからな!」
「誰もそんな話はしていない。あまり話を跳躍させないでくれるか、つていけなくなってしまう」
俺はカーヴェ程頭が良くないから。何がどうなって俺とカーヴェの別れ話になるというのか少し理解ができない。カーヴェの中では筋が通っているのだろうけど、結論だけ話されるとどうにも。
「意外だっていうのは、予想と違ったってことだろう。僕が嫉妬深い男で嫌になったんじゃないかと……、思って……」
「そうか。ただ驚いただけで他意はない。カーヴェはアルハイゼン書記官とルームシェアをしているだろう。だから、俺がどこで宿を取ろうと構いやしないと思っていたから」
「ぐっ……。確かに僕はアルハイゼンとルームシェアしているが……!」
カーヴェが苦々しい顔で唸る。自分の状況を鑑みると俺にとやかく言えない、みたいな表情。心中はまさしくそうなのだろう。
「君の仕事や生活の都合上、定住する家を持たないことも、野宿や宿を取るのが常だということもわかってる。それに僕の状況も状況だ、君の……、今日のような宿事情にとやかく言う資格がないのも……」
段々と言葉尻に覇気がなくなっていく。ついでに視線も下へ下へと。でも、そうか。カーヴェは気にしていないのではなく、自分の状況が故に言えなかったのか。
「カーヴェが嫌なら、次から気をつける」
「えっ。いいのか、鬱陶しくないかい? 君そういう嫉妬とかしないし、僕の気持ちわからないだろう? 嫌になったりとか。自分に理解できないことを押し付けられるのは苦痛じゃないか?」
「……」
俺自身は人の行動を縛りたいとは特に思わないけど、カーヴェの思いは尊重したいと思う。理解と許容、だろうか。それに、カーヴェが嫌だと思うことをしたくないというのは俺の感情だ。その為に宿の都合をすることは、そう大したことじゃない。少なくとも俺にとっては。
「嫌じゃない。カーヴェは俺に、嫌な思いをさせたくないと言った。俺も同じ気持ち」
「同じ……。はは、同じかぁ! そっか!」
端正な顔をへにゃへにゃにして笑うカーヴェを見て、そういえばと思い出す。愚痴を言っていた仕事仲間も「でも、あれも愛なんだよなあ……」と言って、締まりない顔で笑っていたことを。カーヴェの嫉妬も、俺の許容も多分同じもの。
「……ものは相談なんだけど」
「うん」
「君、身体に傷をつけることに抵抗はあるかい?」
「あるように見えるか?」
「一応の確認だよ、ないならよかった。僕の我儘をもう少しだけ聞いてほしくて」
身体を使う仕事をしていれば、大なり小なり傷は常だ。それが増えるくらい構わないが、仔細は教えてくれないのか。かといって上機嫌のカーヴェに水をさす気にもなれず、まあ楽しそうだからいいか、と思考を放棄した。