アルハイゼンと友人の男
2023/01/15 22:09


「君は、「僕のほうが先に好きだったのに現象」というものを知っているか」
「僕のほうが先に好きだったのに現象……? なにその変な名前の現象」

 ずっと本に没頭していた男が、不意に顔を上げて言う。直球でなんの捻りもない名前、アルハイゼンが読んでいる本に出てくるものとは思えないが。
 曰く、稲妻の娯楽小説や恋愛小説などで稀にある現象で、テンプレートと化している為にそう呼ばれるらしい。あのアルハイゼンが娯楽小説に恋愛小説ね。言っちゃ悪いがちょっと似合わない。

「それで? まさか君がそうなったって話じゃないだろ? ……違うよな? はは、まさかそうなら、僕ちょっと……、笑い転げてしまうかも……!」
「早合点してすでに笑っているのは構わないが、そんな事実はない」
「ああ、はは、まあそうだよね、僕も自分で言っておいてなんだけど全然想像できないよ」

 このアルハイゼンという男、惚れた腫れたなんて話題からスメール1縁遠い存在と言っても過言ではないだろう。そんな男だからこそ、ずっと好きだった相手に思いを伝える意気地もなしに他の男に取られるなんてことになっていたら笑えてしまうのである。眉目秀麗才色兼備な書記官殿のゴシップネタなんて、たまらなく面白いじゃないか。

「でもこの話を聞いて、何のアクションも取らないことは悪手だと思ったよ。まず相手に好意を寄せていることをアピールするのは何より大事だとね」
「……えっ、恋バナ? なんだアルハイゼン、好きな相手がいるなら言ってくれればよかったのに。真剣な恋愛相談なら僕は不向きだから、もっといい人を探したほうがいいよ」

 なにせ僕はアルハイゼンが失恋したら爆笑するタイプだ。正直今だって、アルハイゼンに好きな相手が居るってところを根掘り葉掘り聞きたくて仕方ない。一応我慢してはいるが、これを面白いコンテンツだとは思っているし。他人事ってなんでこんなに面白いんだろう。こんな僕に真剣な恋愛相談はやめたほうがいい。それくらいの分別はある。

「いいや、君が相手として最適だ」
「そう? 君が最適とまで言うならありがたく聞かせてもらおうかな」

 アルハイゼンは俺の性格を知っている。それで尚アルハイゼンが最適と言うのなら、これ以上遠慮する必要はない。正直滅茶苦茶気になる。

「俺は相手の人間関係を把握しているから「突然第3者に取られる」なんてことはないと断言できるが、相手の人間関係を監視し今の関係を続けるだけというのは悪手だ。なんの進展もないからな」
「進展したいのか……、君も人間だね」
「俺のことを性欲も何もない人形だとでも思っていたのか?」
「……無意識下ではそう思っていたのかも」

 ジト、と睨めつけられるが、これは自分でも自覚がなかったのだから許してほしい。そうか、アルハイゼンにも性欲はあるのか。そうだよな、いくらストイックに見えたって。
 人間関係の監視云々は相手にバレていないなら好きにしたらいいと思う。それくらいアルハイゼンには朝飯前ってことか。本当に面白い男だな。

「確かに、進展を求めるなら停滞している現状は最善とは言えないだろうね」
「ああ。現状には満足しているが、それがずっと続くかは確証などない。公に好意を伝えることで、周りへの牽制にもなるかもしれないし」
「合理的だ」

 そもそもアルハイゼンの話では、相手はアルハイゼンの好意に気がついてない様子。となればフラれようが成就しようが延期されようが、好意を伝えておくのは大切だと思う。意識させるというのは大きい。万が一にも第3者に取られるなんてことはないと断言していたが、もしもそうなったらアルハイゼンも「僕の方が先に好きだったのに」になってしまう現状に気がついたのだろう。気がついてから行動するのが驚くくらい早いアルハイゼンだ、もしかしたら明日のスメール(教令院)ではこの話で持ちきりかもしれないな。

「……君ならそう言ってくれると思ったよ」
「君も他人との意見の合致が心強くなるときがあるんだね」
「ああ、俺が好きなのは君だからな。君の意見が重要だ」
「へえ、僕の……」

 ……僕のことが好きだって? アルハイゼンが?

「具体的には?」
「まずは顔だろうか。容姿が好みだ。ずっと見ていても飽きないし、一挙手一投足を見つめていたいと思う」
「なるほど、熱烈だね。悪くない」

 容姿に関する点は個人の趣向によるが納得できる。全部だよなんて陳腐な言葉を最初に吐かないところが、個人的に好感が持てた。そういうところだよアルハイゼン。僕は君のそういうところ、嫌いじゃない。

「君との会話はストレスが少ない。話が通じる相手、というのは簡単なようでそう見つからないものだ」
「嬉しいな、僕も君との会話は嫌いじゃない。でも、僕の性格は君にとって少々難ありじゃないかな?」

 なにせ僕はアルハイゼンの失恋の危機に腹を抱えて笑うような男だ。少々、というかだいぶ嫌じゃないだろうか。

「……ルックスで帳消しになるレベルだ。些細なものだろう」
「ルックスでチャラか! 君もしや僕の見た目結構好きだな?」
「ああ。それに実際君と交際すれば、俺の失恋やゴシップ関連で笑う暇もないだろうから問題ない」
「……それもそうか」

 僕の笑いの種はアルハイゼン関連だと些細な失敗も含むが、この男は失敗の少ない男だし。それになにより、ルックスでチャラらしいのだ。アルハイゼンからしたら特に問題ない。

「他にもあるけど、どうする?」
「いや、いいよ。君の気持ちはわかった。間違っても冗談なんかじゃないってことも」
「そうか。今すぐ答えを出してくれなくてもいいよ。先程も言ったように、まずは君に意識させることが目的だから」
「君がそう言うならありがたく時間を貰おうかな」

 アルハイゼンのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……。まあ折角時間をくれるというのだから思う存分悩もう。

「向こう5年くらい……」
「あまり遅いと俺も強硬手段に出るから覚えておいてくれ」




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