親と子(gnsn)
2022/10/05 00:42

 自分は彼らを愛していた。きっと、彼らも自分を愛してくれているはずだと、そう思っていた。

 愛していたのは自分だけだったのかと、悲しみにのまれたのは、敵対していた者たちに捕まり暴行を受けてしばらく経った後。
 彼と揃いになるよう伸ばした髪を切られた。彼らがくれた髪紐とともに、打ち捨てられたという。それでも、彼らは自分を探している筈だと耐えた。しかし待てど暮せど彼らは現れず。ついに「彼らは異世界からの旅人で、もうこの世界から旅立った」と無情にも告げられた。

 ずっと無視してきた「可哀想に」「捨てられたんだよお前は」という言葉が嫌に脳に響き渡る。

 そして悲しみは、容易く憎しみに変わった。捕まった自分が悪いのだ、弱みになる存在である自分が。そう何度も彼らは悪くないと自分に言い聞かせたが、「自分だったら何があっても助けに行ったのに」と少しでも思ってしまってからは、もう、駄目だった。彼らと自分は同じ気持ちではない。彼らにとって自分はその程度の存在だ。そう思うと、ひどく悲しくて、苦しくて。愛してくれていたという自覚があったから、だから余計に「なんで」「どうして」が止まなかった。

 そして、失意と憎しみの中、死んだ。

 物心ついたとき、見知らぬ世界に生まれ変わっていることを自覚した。生きる理由もなく、だからといって死ぬ理由もなく、愛することも愛されることも恐ろしく、しかし新しい生を受けてなお彼らに縛られ続けるのも癪で。……どうしたらいいかわからないまま、惰性で生き続けた。
 新しい命になったとて、心の淀みは消えない。親しい人を作らず、集団にも属さずにひとりで生きてきた。きっと、裏切られるのが怖かったから。

 再会したとき、燻っていた憎しみは一気に燃え上がった。互いに姿は皮肉にもあのときと同じ。驚愕に見開かれた目が、「彼は俺を俺だと認識している」と如実に語っていた。交わす言葉はひとつもなく、交わる剣と剣。防戦一方の彼に高まる苛立ち。

「くっ……! どうしてここに……!?」
「なぜ戦わない! 防ぐだけでは俺は殺せないぞ!」
「なっ、なんなんだよお前! 旅人っ……!」

 俺たちの攻防の間に入れるはずもなく、声を上げるだけの幼子。ああそうか、俺なんかよりもっといいものを見つけたとでも? 悲しみから目を逸らし、燃え上がる憎悪。その感情のままに剣を薙ぎ払って、彼を弾き飛ばす。

「うっ……!」
「ああっ! 旅人っ!」
「来るな。来たらこいつを殺す」

 倒れ伏した彼の首に剣を突き付けて牽制する。あの浮遊する幼子になにかできるとは思わなかったが、彼の周りのどれもこれもを滅茶苦茶にしたくて仕方がなくて、無害であろう相手にも牙を剥く。
 彼は荒く息を吐きながら、倒れ伏したそのまま、俺の名前を口にした。

「お前にその名前を呼ばれる筋合いはない!」

 ギリ、と剣を握る手が怒りで軋む。「だいすきな君への、最初の贈り物だから」と、顔を綻ばせて度々彼が紡いだ名前も、もう憎しみの象徴でしかない。目の前が真っ赤になりそうなほどの怒りの中、彼のそばに落ちたあるものに視線は吸い寄せられた。恐らく戦いの最中、衝撃で鞄の中から出てきたであろうそれは、俺と、彼と、彼女の……。

「お、前が……なんで、それを……」
「遺髪、だって……」

 俺と彼らで揃いで誂えた髪紐と、それで束ねられた髪。俺が捕まったときに切られた髪だ。それを、遺髪だと、ずっと持っていたのか……? 俺を見捨てたくせに……? なぜ、なら、どうして……。
 ポロ、と彼の目から水滴が落ちる。瞳はまっすぐ、俺を見ていた。

「生きててくれて、よかった……。守れなくて、ごめん」

 なんで。




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