むかしのはなし
 
  鉄の臭いがした。血の臭いだ。どうやらその発生原はポケモンのようで、倒れているようだった。血はすでに止まっているようだったが、触ってみるとひどく衰弱している。今まで生きてきた経験から言って、日付が変わる頃にはもうこの世にはいないだろうと思われた。……誰かが生かそうとしなければ。自分がその『生かそうとする誰か』になれることには気付いていたが、残念ながらギニョルはタブンネやミロカロスのような優しい性格ではなかった。そもそも、自然界は弱肉強食だ。いや、自然界だけの話でもないだろう。弱いものは食われ、死んでいく。……捨てられる。当たり前のことだった。そう、分かっていたのに、声をかけてしまったのは何故なのか。


「ぼん、大丈夫かい?話はできるかな?」
 返事は無い。だが、わずかに身じろぎしたような気がした。抱き起こして、軽く頬を叩いてみる。
 「……う、ぁあ……、れ?」
目をさましたらしい。もっとも、睡眠からというよりは気絶した状態からと言うべきだろうが。
 「私はギニョルと言う。多分、今ぼんを起こしたのは気まぐれだが……ぼんは生きたいかい?」


長い時間がたった。その間ずっと、擦れた声にならない声が、返事をしようと響いていた。そして、ついに、
 「…たい、いき…い、生きたい、生きたい!」
強い声で叫んだ。
 「そうかい。では、私が育ててあげよう。うん、ぼんは何も食べていないようだから、まず何か食べ物を持ってこようか。少しここで待っていてくれるかい?」
そう言ってその場を離れた。多分、固形物は受け付けないだろう。近くにいたモンジャラによく熟した木の実と、器にできそうな大きな葉を見つけてきてもらった。木の実を刷り潰して、器に入れそこに水を入れた。簡単なジュースのようなものだ。


  即席ジュースはなかなか好評だった。急いで飲みすぎて案の定むせたことを学習して、小さいポケモンは今はちびちび飲んでいる。とりあえず飢え死にの心配は無くなった。次は知るべきことを訊かなければならない。まず、
 「ぼん、名前は?」
 「?、名前?さっきからお前、ぼんて呼んでる、それじゃないのか?おれ、ぼん。ぼん、気に入った」
ぼん、という呼び方はただ坊、という呼び方がなまっただけのものだ。前の主の言い方が移ってしまったものだった。ただの二人称なのだ。しかし、野生のポケモンの間でも、名前とまではいかずとも個体の識別のための簡単な呼び名くらいはあるものだ。それすらないとは、いかに疎まれていたかが分かる。だが、確認はしなければならない。
 「母親か父親は……どうしたんだい?」
 「おとうはずっとまえにアブソルとたたかってしんだ。おかあはどっかいった。ここでおれがひるねしてたらいなくなってた。そっからいっしゅうかんくらいずっとこのあたりにいた」
キャモメがお前は捨てられたんだって言ってた。おれ、捨てられたのか?そう、小さなポケモンは訊いてきた。
 「……そうかもしれないね」
他の可能性も無くはないが、一週間という長い期間現れないのならばこれからもこの小さなポケモンを迎えにくるとは考えにくかった。いずれにしても、このまま放置すればまた死神が忍び寄ってくるに違いない。
 「でも、ぼんは生きたいのだろう?さっきも言ったように私がぼんを育てよう」
ああ、そうだ、もう一つ訊かなければいけないことがある。
 「ぼんの種族はなんだい?」
訊くとぼんは驚いたようだった。
 「見て分からないか?カゲボウズだ」
 「ああ、私は目がほとんど見えないんだ。光を感じるくらいしかできない」
ますます驚いた気配が伝わってくる。ギニョルは目が見えない代わりに他の感覚が優れていた。その上、最近は勘が鋭くなってきている。何かに触れるとその状態や感情がなんとなく分かるようにもなってきた。第六感というやつかもしれない。それにしても、カゲボウズ。進化前とはいえ、ギニョルと同じ種族だ。それに、『捨てられた』。なぜぼんに声をかけたのか。その問いの答えが、見つかったかもしれない。
 ギニョルとぼんは、似ているのだ。






似ているっていうのは状況のことです。言ってしまえば、ラバさんがまめちゃんを構うのと同じ理由。野生ポケの間でも呼び名くらいはつける〜ってのも我が家設定です。でも小さいの、とかそんな感じ。
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