耳慣れた音階が順に流れて、違和感の出たところで止まってはまた順に上から繰り返される。それを作り出す男の真剣な表情は成る程、それなりに整ってはいるけれど、それを何かを選ぶ判断基準になんて、できる方がおかしい。

 顔なんて、多様に変化するものなのだ。今のように真剣かと思えば、情けなくなることもある。ユルユルと変態みたいになることもあれば、カラッと晴れた日のようになることもある。そんな信用ならないものを、どうして基準にしろというのか。まったく解せない。

 言い出したらそれこそ、性格も声も体温も、信用に足るものなど、ヒトは何一つ持てないということになるのだけれど。


 ソの音が鳴る。上から順に音階が流れて、ながれて、部屋中に響いて壁に染み込んでいった。きっと夜になったら歌うのだろう。


「ありがと、さすが副隊長だ」

「副隊長関係ねェだろ」


 チューニングの済んだギターを満足げに手渡すこの男というものは、まったく。端整な顔と引き締まった肉体、加えて女好みの絶妙に低い声を持っているから、なにもしなくとも様々の美女たちに目に止められている。立場など気にしない流魂街の方々にもそうだ。

 付き合ったら付き合ったでこの子ってば相手に尽くせるだけ尽くす献身振りで、細か過ぎるくらい細かい気配りまでしてしまうからなかなか嫌われない。嫌われないけれど、捨てられる。捨てても構わないと思われているのだろうか、わたしには分からないけれど。捨てられても嫌われはせずに頼られるばかりだから、こいつはまたそれを繰り返すのだ。


 正しい音を並べるようになったギターで適当なメロディーを奏でながら、傍らで寝始めた同期を見つめる。なるほど、みなさま。これがほしいのですね。なさけないほどの愛し方より、飾った目で見て楽しめるこの奇麗なものが。手に入ってしまえばもうその先は、要らないと仰有るのですね。彼が自分を知っていればいい。自分の名前を、彼の声で呼んでもらえればいい。


「まったく檜佐木くんってば」


 ギターを床に置き、本格的に眠りに入る姿勢を固めてしまった彼のうえに身体を運ぶ。ぼんやりと目を開いたその男は自分に跨がる女を見て、あろうことか溜め息を吐いた。ここまでしてこれとは。彼を篭絡した女性たちはもしかしたら、実は欲しいものなど何一つ手に入れていなかったのかもしれない。


「チューニングばかりできても、弾けなきゃ意味がないよねえ」

「ちょっとは弾けるようになったっての」

「ハジける、の間違いじゃないの?」

「オマエな…」


 おしつけて、唇の少し横あたりを奪う。誘惑紛いのその行為に檜佐木がわたしを引き寄せて、耳元でおやすみと囁いた。ああわかったよ。わたしだけはこのままでいる。このまま、気付かないでいてあげようじゃないか。




120616
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