畳の香りというものは、こうも違うのかと思う。いつもはこんな風に身体全体で畳を感じようなんて頭を過りもしないのに、やっぱり立派な人の立派な部屋の立派な畳だと…こうも違うらしい。


「……うぇ」


 腰の辺りに体重を感じて、思わず蛙への進化途中のような声が出る。さっきまでは大人しく跨ぐだけだったのに、人生というものはまったく、思い通りにゆかないものだ。


「なにをする…無礼者め」

「こっちの台詞や。なにヒトの部屋のタタミ勝手に満喫しとんねん」

「おお…さすが真子さん」

「何がやねん」


 はよ退けアホ、お腹の下に入れた足で転がされて、仕方なく部屋の入口から身体をずらす。部屋に足を踏み入れた途端、良い眠りが得られそうなその香りに私はついつい欲望のままに寝転んでしまったのだ。

 引き出しをガサゴソと探って取り出した紙に何かを書き留める彼を、じっと見上げる。誰よりも感覚が研ぎ澄まされているこの人は、質の良いものを沢山知っている。

 今だって、本当に感覚が鋭い。寝転がっていた私が畳を満喫していたことに、ひとつも悩むことなく気付いてしまった。


 まあそれは、すこし大袈裟かもしれないけれど――……


「寝るなっちゅうねん」

「う…だってすっごく心地いいし…わたし今なら眠れる気がする」

「いつでもどこでも寝れる癖によう言うわ」


 顔に跡が付かないように、頭を畳につけた状態で目を閉じる。真子のいうとおり確かに私は昔から時場所問わず眠れるけれど、ここは、真子の部屋は特別な気がするんだ。


「で、何や」

「はへ?」

「ボケとんのか。何でオマエが俺の部屋に居るんや、って訊いとんねん」


 こーんな昼間っから。暇人もたいがいにせえ。唇を尖らせて非難する真子が、まださみしい本棚を更に寂しくして机に向かう。項をかくす黄金の髪は、あちらにいるあいだもきちんと手入れをされていたらしい。短いのも似合っているけれど、また伸ばすのだろうか。

 体力が尽きて畳に頬を押し付けると、高価な畳の若い香りがした。


「ひさしぶりに会えたのに、てきびしい…」


 もっとぎゅっとかすりすりとかぱっくんちょとか、してくれてもいいのに…。自重という至極大事なものを窓の外へかなぐり捨てて呟くと、真子がようやく筆の音をとめる。けれど顔を上げても真子は、依然として後頭部のままだった。

 差し込む陽射しも風も、それらが作り出す程好い温度も。なにが組み合わされて調えられているのか、特別な香りも。やはりこの場所は心地いい。真子のいる場所。


 真子が、いるところ。


「おかえり、しんじ」

「……せやから寝るなゆうとるやろ、アホ」








ひだまり運べ、ふたりのもとへ。

120610
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