慎重にドアを閉め、途中で寝室に寄り適当な毛布を取ってから、リビングに向かう。案の定机に伏せてだらしなく眠っていた奏を視認すると、やはり頬はゆるんだ。
待っていろと命じたわけでもなく、ガキでもないのだから帰ってからのことは自分ですべてできるのに。この恋人はいつだって、忠犬のようにオレの帰りを待っている。いや。忠犬、という表現は彼女には些か贅沢だろうか。
場所など関係もなくすやすやと気持ち良さそうに眠る彼女に毛布をかけ、冷蔵庫へ向かう。ラップのかかった夕飯を探さんとしたその目は、ぴたりと固まった。リビングで芋虫のようになっている彼女を振り返ると、やはりまた、笑みがこぼれる。
「本人が忘れてるってのに…」
手作りをしたのだろう、いびつさが目立つ白いケーキと、それに乗るチョコプレートにはオレの名前、そしてハッピーバースデーの文字。
記念日に無頓着な自分に誕生日を思いださせてくれるのはいつだって他人で、それを一番オレ好みの方法でやってくれるのが、奏だ。
ケーキはそのままにしておいて、リビングに戻り彼女のとなりに腰を下ろす。朝は何も言っていなかったくせに、こいつ。驚かせるつもりで準備したものが当日に実行できず、ひとりで凹んでいる姿がありありと浮かぶ。
連絡しかり、ヒステリーしかり。いままで相手にしてきた他の女たちとは違い、奏はオレをしばりつけることをしない。それはこちらがもどかしくなるくらいに。求められてはいないのかと疑うほどのときがあったかと思えば、ふとしたときにこうして大切にされる。
上手い、といえば、聞こえは良くないが。奏がそういう性格であることもきっと、オレたちが長続きしている理由のひとつなのだろう。
毛布をすこしだけずらし、見えた耳元にそうっと唇を落とす。弱いところに触られた彼女は小さく甘い声を出して、拒絶を見せるかのように身じろいだ。口も鼻もうずめて、息ができているのだろうか、この忠犬は。
さらり。頭というより髪を撫でるくらい軽く手をすべらせて、立ち上がる。
朝になったら、彼女が起きるまで隣で寝たフリをしておこう。気付いていないのをいいことに忍び足で作戦を練り直す楽しげな空気を。きっと身体全体で、満喫できることだろう。
120526
Happy birthday Kaoru!!