車両の一番端の壁に身体を預けて、目を閉じる。この時間の電車に乗るといつも、まるで真空状態にされているみたいな錯覚に陥る。空気を抜かれて、自分の型を取られる。同じかたちをした、中身のない私が生産されてゆく。

 鞄を持つ手に力を込め、時間が早く過ぎてくれることをただひたすらに祈りつづけた。次の駅まで、次の駅までの辛抱。


 このあたりでは比較的大きな駅に電車が止まり、開いたドアからヒトがぞろぞろと出ていく。真空成型された自分が剥がれ落ちて、床に転がったように見えた。

 下りた数と同じくらいの人々が乗り込んでくる車内で、顔を上げてドアの方を見る。満員電車を耐えるための心の支えとなった人物を探すためだ。しかし、なぜか今日は見当たらない。目立つ色をしているから、いつもはすぐに見つかるはずなのに。違う車両に乗ったのだろうか。

 若干つまさき立ちしていた足をおろし、息を吐く。今日は売店で甘いものでも買おう。彼に会えないのならば、他で充電をしなければ持たない。


「うわ。男鹿ー、こっちもいっぱいだぞ」

「こっちよりはマシだろ。はやく行け、ここ不安定なんだよ」

「はいはい。すみません、失礼します」

「あ、すみません…」


 すぐ横にあった連結部のドアが開き、男子高校生が二人と赤ん坊が一人、隣の車両から移動してくる。高校生のうちの一人、赤ん坊を背負っていない方は、すきとおるような銀色の髪をしていた。心臓がお腹を空かせたように、どくどくと暴れだす。彼、だ。私が勝手に心の支えにしている人物。

 二人曰く隣の車両よりは空いているらしい車内は、それでも十分混んでいる。石矢魔駅に着くまでよりはマシだけれど。すこし身動ぎをすれば触れてしまうほど近くにいる銀色の高校生の存在に心臓が破裂しそうだった。

 遠くから眺めているだけでは栄養補給になったのに。この距離だと、却って逆効果らしい。鞄を持つ手にじっとりと汗をかいているのを感じる。あと五分、あと五分の我慢。聖石矢魔学園の最寄り駅で彼らは下りる。

 しかし。近くで見ると、彼の銀色は息を呑むほどキレイだ。透明感のある白い肌と整った顔立ちにとても合っている。最高峰の職人がなにか特殊な素材でも使って、何年も何年もかけて丹念に作り上げたのではないかと思えるほどに。


「っわ」

「おっと」


 高鳴る心を落ち着かせようと目を閉じた、瞬間。電車が揺れ、パンプスを履いた足がすべる。つかまるものを探した手は目的を果たせず、気付けば黒いものに視界は埋まっていた。

 運転士への勝手な苦情がぽつぽつと上がるなか、顔を上げると、すぐ近くには銀色と、手元には固い胸板があった。どうやら赤ん坊を背負った方の高校生が、彼の友人と私の二人ともをサポートしてくれたらしい。

 慌てて離れ、お礼を言うと、助けてくれた高校生はぶっきらぼうに返事をし、それを補うように銀髪の高校生が笑顔でこちらの心配をしてくれた。その笑顔がキレイで、あまりにもキレイで。

 目につくものを手当たり次第詰め込んで一杯にしていただけだった心のなかに、澄んだ風が吹く。この空間は空虚ではないのだと、そっと知らせてくれる。


「あの?本当に大丈夫ですか?足くじいたりとか」

「え?あ、はい!大丈夫です。すみません、助かりました」

「いえいえ。こいつ力だけはあるんで、いつでも手すり代わりにしてやってください」

「あはは。確かに良い胸板」


 異常事態の発生を知らせる赤いランプが、頭のなかでくるくる回る。ずっと遠くで見ているだけだったキレイな高校生とまさかお話ができるなんて。今日がこんなラッキーな日だなんて、今朝の星占いでは教えてくれなかった。

 駅に着き、銀髪の高校生は笑顔で会釈をして電車を下りてゆく。学生のほとんどがこの駅で下りるため、車内はすっかり人が少なくなった。空いた席に吸い寄せられるように座り、天井を見つめる。今起こっていたことがあまりに現実味を帯びていなかったからだ。自分は夢でも見ているのだろうか。だとしたら、会社には確実に遅刻だ。





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