丸めたタオルを枕にして屋上の隅に寝そべり、対冷房対策のために持ってきている大きめのショールを身体にかける。そうして両の目を閉じた。


 こうして学校で眠るようになったのは、つい最近のことだ。不良排除体質の学校とはいえ表立ってデモ運動をするほどではなかったこの学校に、石矢魔の連中が居候しに来てから。石高生を見かけるたびに囁かれる勝手な悪口は、元不良の私にはまるで自分に言われているように聞こえて心に刺さる。鈍い針。不快だ。

 さらりと吹く夏の風を感じながら、心に刺さった針をじっくり溶かしてゆく。細くなったところですかさず引き抜いて、風に乗せて流した。今だけだ。聖の人達が石高生に慣れるか、あるいは石高生の居候期間が終われば。あからさまなデモ運動は止んでくれるはず。

 だから大丈夫。針は抜いて、尖りそうになった牙は丸めて。アラームをセットした携帯電話を握りしめて入眠体勢に入ると、近くに気配を感じた。目を開けるとそこには、懐かしい男がいる。手を伸ばせば、撫でられた赤ん坊が気持ち良さそうに目を細めた。


「完全におやすみモードじゃねえか。ここ学校だぞ」

「休み時間だから大丈夫。お昼終わったら戻るよ」


 傍らに腰を下ろした男鹿の気配を感じながら、目を閉じる。中学で一緒で、お互い手のつけられない不良。仲良くしていたわけではなかったけれど、共通の友人がいたことがきっかけで何度か一緒にお弁当を食べたり一緒に帰ったりしたことはあった。

 この学校に居候する生徒は、残念ながら石矢魔のなかでも一番厄介な連中です。担任がオブラートを溶かし尽くして言ったその瞬間から、確信していた。この男がこの学校に来ることも、共通の友人である古市がいつもどおり巻き込まれていることも。

 どうやら、正解だったらしい。屋上には男鹿だけで古市はいないけれど、わざわざ尋ねることもないだろう。会えたら会えるし、会えなかったら会えない。

 穏やかな生活とは、そういうものだ。


「男鹿、ひとくち」

「ん」

「パンだけじゃん。肉の部分ちょうだいよ」

「贅沢言うな。肉の部分ほしいなら500円」

「高っ。しかもそのパン300円でしょ」

「詳しいな」

「週一で買ってるからね。おいしいんだーこれ」

「女が週一でBLTとか、相変わらず色気ねえな」

「へえー。男鹿も色気とか分かるようになったんだー」


 何だかんだ言って甘い男鹿がくれた、肉の味が付いているところのパンをもそもそと食べる。おいしい。週に一度の贅沢品にする価値は十分にある。

 高校生になって、学力はともかく意識はすこしだけ大人に近付いたらしい男鹿を、じっと見つめる。高校生になってキッパリと脱不良をした私とは違い、男鹿は今でも暴れ回っている。噂に聞くその悪評は多少脚色されてはいれどやはり間違いなく男鹿の行動様式に当てはまっていて、それが分かるたびに何故だかホッとした。

 男鹿は変わっていないのだ。わたしがいくら変わろうが、使わないことで力がいくら弱くなってゆこうが。男鹿は変わらず、だからそのそばにいる古市もきっと変わっていない。


 本当はわかっている。その事実に安心している時点で、信じきっている時点で、私はもう手遅れなのだ。マトモな学生社会にうまく紛れ込んだつもりで、フツウに当てはまらない自分を、既に作りはじめてしまっている。

 そうして手遅れとなる最大の決め手は、その真実を、どうしようもなく嬉しく思ってしまっているということで。


 視線に気づいてこちらを見た男鹿が、ふたたび千切ったパンを差し出してきてくれる。やっぱり、甘い。目を閉じて、ショールを頭まで引き上げた。


「男鹿ぁ」

「む?」

「また、一緒に帰ろーね」

「おう?なんだよいきなり」

「ううん。ねえ、古市は?」








121111

(自販機。もうすぐ来るんじゃね?)
(そ)
(男鹿ー、やっぱアレ売り切れてた。って、それ何)
(イモ虫)
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