▽ネオンぼやけて、の続き









 大丈夫、ではないみたいですねえ。当たり前の質問をした私に暢気に笑いながらそう告げて、それからもずっと笑みを絶やさずに居つづける。そんな彼女を、絶対に護ろうと誓った。


 やわらかな頬にできた切り傷に脱脂綿を宛てると、くすぐったそうに目を瞑る。きれいに伸びた睫毛が、ふるえていた。気づかないふりをして消毒を続ける。

 夜更けに近づいた街中。不良でもないこの子が待ち伏せられて危うく監禁されかけた理由は明白だし、本人もそれに気付いているのだろう。謝罪や感謝よりも先に、一番はじめに出た言葉は、寧々には言わないで、だった。

 擦りむいた肘の手当ても済ませて、救急箱を片付け始めると、彼女は花のような笑顔でお礼を言った。その笑顔の奥に隠されたものは、きっと私には見えない色をしているのだろう。


「烈怒帝瑠に入りなさい」

「あはは。私、石高生じゃないですよ?」

「学校なんて関係ないわ。入らなくてももちろん護るけど、入った方が、不良たちはあなたに手を出しにくくなる」

「うーん……」


 悩むように首を捻って、けっきょく彼女が断ることは分かっている。あの日の夜と同じ。二人ともに差し出した手の片方は、掴まれなかった。ただ、ありがとうございます、と。

 首を振った彼女が、今にも散り落ちてしまいそうに見えて。思わず抱きしめると、一瞬びっくりしたように身体を固くした彼女はすぐに緊張を解き、葵さん、と呼んだ。


 今までずっと隣にいた人を取り上げられて、私のことを憎んでいるのか。どうして烈怒帝瑠に入ろうとしないのか。どうしてそんなにずっと、本心を隠しているのか。

 溢れ出す質問が、名前を呼ばれた瞬間から頭のなかで絡まりあう。もつれたそれらをどう引っ張りだせば、ちぎれずに取り出せるのか。判らなくてただ焦っていると、葵さん、また彼女が私の名前を呼んだ。


「ありがとうございます」

「…わたし、あなたに何もしてあげられてないわ」

「うそ。私を救ってくれたのは、間違いなく葵さんです」


 腕のなかで、彼女がこころもち首を曲げる。まるで信じきっているかのようにぴったりと私に寄り添った彼女は、あたたかく、そして小さかった。

 護ってあげなければと。改めて心に誓い、同時に自分の無力さを痛感する。


「寧々、葵さんのそばにいるようになってからすっごく楽しそう。だから私も幸せなんです」


 寧々の幸せは、私の幸せ。揺らがぬ彼女のその思いはきっと、私が二人を見つけるよりずっと前からのものなのだろう。心の底から愛おしく、大切に想う。それは友人を越えた、まるで母親のような感情。寧々も同じ瞳で彼女を見ている。


 長い年月をかけて二人のあいだに築き上げられたその色のなかには、私はもちろん、二人以外は入れない。触れることすらままならない。

 そのなかには、彼女のすべてが在るというのに。


「だから葵さん」


 寧々のこと、よろしくお願いします。心臓に直接伝えるかのように囁いた彼女の体温を感じて、自分がし続けているあまりに浅はかな誓いを心が嘲笑った。






(でも、それでもわたしはあなたを護りたいの)


121020
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