普段使いもしない全身鏡を押し入れの奥から引き出してきて、素っ裸の自分をその光る面に映す。前額面にて、爪先から首までに効果は無し。頸部より下には、どの面からでも効果は見られない。計算通りだ。さすが私。

 白衣を羽織り、頭頂部に生えた耳の感触を確かめていると、ノックもせずに扉が開かれた。


「おっ、…するか」

「何をですか。残念ですけど尻尾は生やしてませんし、耳も敏感にはしてませんからね」

「何だよ詰まんねえ。ソッチ系の効果つければ裏通販でもバカ売れだろうに」

「そういうのは阿近さんがご自分でお作りになったらいかがですか」

「俺が作ってもお前は実験台にならねえだろ」

「当たり前です。私は自分が作ったものしか試しませんから」


 阿近さんがこちらに歩いてきて、手に持っていた冊子を机に放る。取ろうとすると、頭をがしりと掴まれた。固定されているのは身体の一部分で、力もそれほど込められていないのに、全身の自由が利かなくなる。鬼道でもなければ薬でもない。明らかにすべき謎の一つだ。

 自分から出たものなのだから当然神経の繋がっている二つの耳を、阿近さんが断りも無しに揉み拉く。爪をたてられて、すこしだけ痛みが走った。身体が動かないため抵抗もできず、大人しくデータ収集を受けていると、数分してから阿近さんは私の耳を解放した。


「模様は?」

「特に付けたつもりはないので、おそらく薬を服用した人の体質によって変わるものかと。阿近さん飲みませんか」

「リンに飲ませろ。良い大人が猫耳生やしても仕方ねえだろ」

「ツノ三本も生やしてるくせに今更なにを」

「よーし待ってろ、すぐにオプション付きの獣化薬作ってきてやる」

「ごめんなさい勘弁してください」


 頭を片手で鷲掴みして徐々に力を込めてゆく阿近さんに平謝りをして、解放してもらう。科学者にプライドは必要ないというふざけた意見には真っ向から対立している自分だけれど、時には捨てるべきプライドもあるものだ。阿近さんを怒らせたままでいると、予想を遥かに超えた悪夢を見ることになる。

 ピアノ線のような銀のヒゲをくりくりともてあそび、僅かに尖らせた牙を指に刺し。薬によって変化した部分を余すところなく触り尽くした阿近さんが、ふむ、と納得したように私から離れる。


「研究費、出して頂けますか」

「出て二割だな。そもそも何で作ってんだこんなモン」

「女死協から頼まれましてね。仮装パーティーに使える獣耳を作ってほしいと」

「また女死協か…。ってそれ、別に薬で生やさなくてもいいんじゃねえか?モノ作った方がコストも抑えられるだろ」

「え?でも、薬で直接本人から生やした方が感覚も本格的でいいと思って」

「…お前はいつもそういうとこズレてるよな。まあ有意義な研究になったんなら良いが」

「なりましたよ、そりゃあもう。他に応用していけそうなものも発見できたので」

「何だ、裏通販関係か?」

「ちがいます」

「は、儲かるのに残念。じゃ、ヒトでの実験例最低二つ含めたレポートまとめて今週中に提出な」

「はーい変態副局長」

「その変態の奥さんやってるくせに何言ってんだ」


 最後にむにむにと、薬の効果とは関係のない部分を揉んで。阿近さんは研究室のドアを薄く開け、その隙間をすり抜けていく。不自然な部屋の出方に首を傾げると、入ってきた冷たい空気が体幹を刺激した。ああ、服を着るのを忘れていたのか。

 もぞもぞと白衣のボタンを留めながら、渡された冊子をぱらりと開いた。






121006
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