刃先を突きつける。いままで幾度となく繰り返してきたこの解錠に、違和感を覚えたのはいつのことだったか。

 護るべきその場所に、鋭く尖った刃を突きつける。まるで矛盾したこの行為。違和を感じたところで、わたしにとってそこが護るべき場所であるという認識は、ごく微細な変化しか持たなかったのだけれど。


 刃先を突きつける。その先は眩しいくらいに光っていて、その瞬間にもまた、わたしは違和を感じる。何度も何度も繰り返すうちに、薄れてきた認識。ほんとうにあの場所は、ほんとうに、護るべきものであるのか。


 ほんとうに、あのまま。


 あのひとは本当に、封じられるべきであったのか。



「うらはらさん、」

「ハイ」


 振り向いたわたしの視線のさきで、彼を封じた本人は無表情。帽子で隠れた目に、こちらが見えているのかも判らない。果たして見ようとしているのかも、疑わしいところだ。

 いつまでも通ってこないのを怪しく思って迎えに来た地獄蝶が、あたりを気侭に浮遊している。光の向こうから、生ぬるい風が吹く。


「…いえ。なんでもありません。それでは今度のご協力、真にありがとうございました」


 深く御辞儀をして再び、開いた門に向かい合う。光のさきはただ白く、何が待ち構えているのかも判らない。そうしてそれに恐れながら進んだ先にはいつも、あの景色が、あの場所が待ち構えているのだ。ほかのなによりもおそろしい。あの場所が、変わらずにいつも。


 息を深く吸い込みそのまま呼吸を止める。続いて足を出し進もうとしたその瞬間、片手を温かいものに包まれた。

 振り向くと、先程まで業務上の会話しかしていなかった浦原さんがすぐ近くでわたしの手を捕まえていて。見せてくれない表情と、当然のように合わない視線。

 温もりは優しく、わたしをつかまえたまま。


 このひとの言いたいことなど、わかっている。いったい何年、付き合わされてきたと思っているのか。いったい何年、困らせてきたと思っているのか。


 気付かれていることくらい、わかっている。


 振り向いた上半身をそのままに、足を進め、光のなかへと入り込む。地獄蝶が前へと飛んでいくのを見送ってから。最後に残しておいた片手を一気にこちら側へと引き込むと、白い閃光がはじけた。


「いたい!」

「…でしょうね」


 驚いて手を離した彼に微笑みかけると、見えた表情はいかにも不服そうなもの。御礼の者を遣わすほどだから正直確信はなかったけれど、やはりまだこのひとはあちらに拒絶されているらしい。何の準備もしなければこうして、結界が発動する。

 うらめしそうにこちらを見ていた浦原さんがひとつ溜息を吐いて、わたしのほうに向かいなおす。そうして開いた扇子を口元に当ててから、わざとらしく微笑んだ。


「また、いつでも寄ってくださいねン♪」

「ばか、今日は仕事で来たんです」

「冷たいっスねえ奏サンってば。がんばった元恋人をもうちょっと労っても罰は当たらないと思いますけど?」

「当たったらどうするんですか。あなたのためにそんな賭けに出る気はありません」


 ひらひらり、わざわざ目の前で地獄蝶が急かし始める。漆黒の羽と物騒な名を持つその生物を指の先に留まらせると、やっと落ち着いた結界越しに、浦原さんが私の名前を呼んだ。


 珍しく帽子を外し、やさしく微笑む。彼の姿が、見えなくなる。

 だから光はいけないんだ、向かうべき場所にあるものを、すべてすべて見えなくしてしまう。闇よりも性質が悪い。


 向かいなおしたそこは、光。楽園を模した光の世界。目を閉じ息を止め足を進めると、指先の地獄蝶がちいさな風を起こした。





(ねえ、いつまであなたはそこにいるの)

120503
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