つきり、走る慣れた痛みに眠りを妨げられる。私は母から遺伝し、母は祖母から遺伝し、祖母は曾祖母から遺伝しと、うちの家系の女には脈々と受け継がれている偏頭痛だ。こんなものが遺伝するくらいならもっと運の良さだとか、そういうものが遺伝してほしかったのだけれど。

 まあ、元より無いものを欲しがっていてもキリがない。お付き合いの長いコレに効く薬は、ただ耐えて耐え抜くことのみ。目を閉じて深く息をすると、背中で何かがもぞりと動いた。


「あ、寝てていいっすよ」

「え?あ、うん…?」


 顔も名前も一致するその声でようやく意識がはっきりしたのか、前頭部で疼く痛みが鋭くなった。そのおかげで微睡みは吹き飛び、周囲の状況を即座に認識しだす。

 冷静になって感じてみればこの頭痛の位置も、遺伝から来るところではない。


「ふーるいちくーん……」


 薄暗く荒れた倉庫。窓一面を染める夕焼けの光。うしろでまとめて縛られた手。釘の刺さったバットを持ってだらだら喋っているヤカラを見れば、どうやらこの場に首謀者はいないらしいことが判る。しかし会話をしているのがバレれば厄介な彼らの暇潰しにされるであろうことは確実なので、一応声は潜めておくことにした。


「…コロッケ、無事かな」

「さすが慣れてますね」

「だってそれ以外を心配したって無益でしょ」

「まあそうですけど…」


 後ろで溜め息を吐く古市くんの問診のような質問にだらだらと答えて、今回もただひたすらに待つ。どうやら私は前頭部を強打されて気絶したらしい。命の責任をとらなければならないような事態に運ぶつもりはなかっただろうけれど、よく生きてるな、自分。


 それにしても、と首だけを後ろに向ける。いわゆる拉致監禁、こんなことは今までに何度だってあったのに、古市くんの念入りな問診はちっとも質が落ちない。まあ、元々の彼の性格に加え、あの男と長年一緒にいたら実直さが磨かれるのも当たり前か。

 下を向いて欠伸をし、夕焼けの色に染まった屋内をぼんやり見回す。物騒なヤカラが、よくもこんなに集まったものだ。数で勝てるとでも思っているのか。あの男に。


 勝ちたいと望むのならば、もっと賢い方法を取るべきだ。よく耳にするそれはあくまで一般的な理論で。おそらくあの男には当てはまらない。

 あの男には。男鹿には。まっすぐに、身体でぶつかってゆかなければ、歯が立たないのだ。


 それを十二分に理解していながら、こうして友人の立場に潜り込んでいる自分は、おそらくこの倉庫内で一番に馬鹿なのだろう。屈辱的だけれど。


 問診を端から聞いてもらえていないことをようやく認めたのか、背中の古市くんが溜め息を吐く。私の口から出たらしい溜め息とそれは重なって、背中越しに笑い合うことになった。まったく、呑気なことだ。こんなことで、勝てるはずがない。

 だってもう既に、こんなにも信頼しきってしまうほど。あの男を頂点に認めてしまっている。


「ねえ、古市くんはさ」

「はい?」

「男鹿を信じてるんだねえ」


 とっぷりと暮れた屋外をみていた目が、ソファに座る趣味のあまりよろしくない不良の口にくわえられたコロッケを発見して、弓形に細まる。

 ああ、仕舞い、だ。


「先輩もでしょう」

「まーね」








(いたいた。おい、てめーらなに捕まってやがんだ)
(あ、おがくーん)
(つか古市、おまえデートって霞水とかよ。趣味わりーな)
(なっ、馬鹿オマエ!)
(え、デートとか言ってたの古市くん屍になれ。つか趣味悪いって何だ男鹿くん滅亡しろ)
(しねーよ。ほれ、はやく帰んぞ)
(うん。あ、そういえば男鹿くん、誕生日おめでと)
(誕生日?ああ、今日か)
(ん。で、今日買いに行ってたプレゼントがあの不良がくわえてるコロッケ)
(………へえー??)





誕生日おめでとー男鹿くん!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -